虎
「お前ら、少しいいか?」 仁科夫妻を見送ると、男が銃の準備をしながら話しかけてくる。 「お前達もつらい時だってのは分かってんだが、悪いが力を貸してほしい」
「何です?」
「日が暮れる前に周囲を探索したいんだ。まだ生存者がいるだろうし、なんか食いモンとか、諸々も集めたい。どっちも夜になったら難しい」
「そうだな、確かに他にも人がいるのは確かだろうぜ」 健太は大きくうなずく。
「俺だけじゃ無理なんだ。いや、無理じゃねぇがどうにもな……」
「いえ、いいんです。自分達も手伝いますよ」
「待ちなさい!」 割り込んできたのは久蓮の母親だ。 「子供にそんなことはさせられるわけが無いでしょう!」
「ええ、お母さんには申し訳ない話です。ですが彼らはなんか普通とは違う。伊達に剣や鎧を着ている訳ではない」
「俺達は異形と戦えるんだ。そういう力を持ってる」
「それに、スマホで敵の位置も分かっしな」
「そんなのそのスマホをこの人に渡せばいいでしょ」 健太の母親がヒステリックに叫んだ。
「いえ、それだけではありません。なんか、彼らの傍では霧が薄くなるんです。通常の数倍は見通しがよくなる。これは人を探す上で重要な要素です」
これには久蓮と健太も驚いた。確かにミスティックの要素として霧を見通せるという事があった。
はじめからあの濃度でしか体感した事のないミスティック本人には、指摘されなければ分かりようもない事だ。
「そういうことだから、かあさん。悪いけど俺らは行くよ」
久蓮はそのまま母親を押しのけて地下室を出た。
泣き叫ぶ声が聞こえては来たが無視して地下へ通じる扉を閉じる。
「なんか悪いな。おふくろさんも、お前らも大変だってのに」
「そうかもしれませんが、それはあなただって同じ状況なんだから」
「そうそう、困った時ゃお互い様っス」
「それでも、こういうことは大人の仕事だ」 男は表情を険しくする。
「知ってます? 高校生、それも三年ってかなり微妙な年なんスよ。基本的にゃ子供扱いなんスが、都合によっちゃもう大人だろって怒られるんッス。だからいいんスよ別に」 健太はケラケラ笑う。
「確かになんかそんな感じだな」 男は表情を和らげ、久蓮たちを見つめた。 「それじゃあ頼りにするぜ」
「はい。じゃあ改めて。月代久蓮です」
「そうか、自己紹介してねぇな。自分は東健太ッス」
「おう。俺は宮瀬虎二だ」
随分と遅くなった自己紹介に、三人は揃って笑い出す。
「ところで虎二さん。何で銃なんか持ってんスか?」
久蓮もそのことは気になっていた。
肩から提げている鞄には使用している銃の弾倉がいくつも入っているし。それ以外にも弾薬を所持していることも空の弾倉に補充していたので知っている。
「ああ、こいつか。こいつは銃砲火気店のオヤジに貰ったんだよ。なんか霧に包まれてすぐ、蟻っころに襲われてな。とにかく何とか逃げ切ってそのまま銃屋に走ったんだ。そこのオヤジもなんか化けモンの事は知っててな、秘蔵のこいつを譲ってもらったんだよ」
「ああ、国道の牛丼屋の向かいにある」 虎二に言われて確かにそんな店があったことを思い出す。
「そんな店が日本にあんだ」
「日本たって狩猟が無い訳じゃないし、クレー射撃とかもあるだろ?」
「そういうこった。なんか、町にゾンビが溢れ出したら真っ先に行こうと思ってた店だからな。霧が出たときなんか偶然近くにいたし、今しかねぇと思ったね」
「そんな事考えてたんですか?」
「え、考えるだろ、普通」
驚く久蓮に虎二はきょとんと答える。その横で健太が賛同するように頷いているのが見え、久蓮をさらに驚かせた。
「自分は真っ直ぐショッピングモールに行くつもりでしたね」
「王道だな。俺は銃の後は刀剣やにいく気でいたぜ。現にお前らと出会ったのは、近道のために学園を突っ切っろうとした時だしな」 虎二はそう言って、しまったと口を閉じる。
虎二の心配の通り、学園と聞いた久蓮は美弥子の事を思い出した。
惨殺された美弥子の姿が頭をよぎり、ぐっと苦い思いがこみ上げてくる。そして、それと同時に強い自己嫌悪にさいなまれた。
美弥子が死んで数時間しか経っていないというのに、自分が笑って会話をしていることに腹が立ち、同時に悲しくもあった。
「なんかすまないな」
「いえ、大丈夫です。虎二さんにだって、今すぐ助けに行きたいひとがいるでしょうから」
「そうだな」 虎二はポケットからスマートフォンを取り出したが、しばらく見つめてそっとしまう。「それじゃあ行くか。早くしないと日が暮れちまう」
時間は十六時を過ぎた、虎二の言うように急がないと日が暮れる。
この霧の中で夜を迎えれば、見通しは最悪ないなるだろう。ミスティックの霧を薄める効果も、意味を成さなくなってしまう。