終わる世界
人型を打ち倒した所で、健太は攻撃参加頻度を落とした。
端的に言えばマジックポイントが尽きかけているのである。健太は回復役であるため、このままでは回復術技に回すマジックポイントに支障が出かねない。
保険として少し余裕を持たせて温存しておく。
健太に周辺警戒を任せて、久蓮は残る雑魚敵を掃討。球体が生み出す異形は総じて蟻やサソリであり、多少増えても苦ではなかった。
「周辺に敵影なし。それじゃあ、丸いのぶっ壊してくれ」
初めは完璧な球体だったそれも、いまや少々歪な形に変形させられている。
久蓮はその変形が最も酷くへこんだ場所を吟味した。
「《散血針》」
発声と共に左手の短剣を逆手に持ち替える。その途端に、刃が真紅に染まり、切っ先から赤い雫がたれ落ちる。
久蓮は空中に飛び上がり、身を捻って回転。落下速度と遠心力を加えた重い一撃を球体に叩き込んだ。
短剣は鍔元まで突き刺さり、真紅の刃が球体を突き抜け反対がわから噴出す。
久蓮は、苦痛に顔を歪めた。この術儀は久蓮の持つ中で最高威力の技だったが、使用時に使用者自身もダメージを食らう危険な技だった。
貫かれた球体は数秒間、何事も無くたたずんでいるように見えたが。
不意に、短剣の突き刺さった穴から、周囲に亀裂が走っていく。亀裂は全体へとくまなく広がっていき、突然白い液体を血液のように噴出したかと思えば。次の瞬間、破裂して粉々に砕け、霧の中に溶けていった。
「なんだったんだろうな?」
「さぁな。とりあえず車を呼びいくか」
二人が車の所に戻ると、女教師と男は大人しく車内で待っていた。
不安げで泣きそうな顔をしていた女教師は、二人の姿に安堵の表情を見せる。
「お待たせしました。敵は全部倒して、周囲100メートル以内は安全です」
「いや、なんかすまんね。大人が何もせずにいて」
「いえ別にいいですよ。こっちにも用事があったんで。それじゃあ、体育館に行きましょう」
久蓮が率先して動き出すと、車内の二人は何か物言いたげにしていたが、仕方が無しと、黙って付いていく。
車はすぐに目的地にたどり着いた。今はその全景を見ることは出来ないが、見慣れたかまぼこ型の建物は一部分だけでも十分全体を想像できる。
体育館の側面の両開きの扉を開き、車をバックで無理矢理突っ込む。
女教師の言うように中には5人の女生徒が隅に固まって震えていた。その中に美弥子がいない事が確認できた。
「それじゃあ、俺らはこれで」 もう用は無しと久蓮はくるりと反転。
「ああ、ちょっと待て」 さっさと行こうとする久蓮を男が止めた。「周囲に化け物はいないんだよな、それじゃあ俺もそっちについていく」
「え。いやいいですよ別に」
「人を探してるんだろ、だったら俺も一緒が早い」
「そうっスね。じゃあお願いします」
別に二人で探すも三人で探すも変わらないとは思ったが、健太が先にそう言ってしまえば、無理矢理拒否する理由もない。久蓮は頷き、高等部校舎へ向かう。
「中に異形の反応はありませんが、一応ご注意を。私は三階、健太は二階、あなたは一階をお願いします」
校舎の端、外壁に備え付けられてある非常階段の下で、捜索範囲を決め、久蓮は三階へ駆け上がった。
校内に通じる非常口は、なぜか開け放たれていた。中を覗き込み、戦慄した。
手前の教室の入り口付近に、女性とがひとり倒れているのが見えたのだ。
それだけではない、その先も、廊下上に転々と生徒が倒れ、その全てが鮮血の海に横たわっていた。
中に足を踏み入れるのが躊躇われる。
久蓮は急激に喉が渇いていくのを感じ。鼓動が早まり、四肢が震え出した。
今までどこか、これはゲームであると思い込んできた。
担任や警官、車の乗員の死から目を反らし、これはいつものミスティックエクスプローラーの延長線上だと、真実から顔を背けてきた。
その現実が。道中、避けて通ってきた光点にあったであろう光景が、今、目の前に広がっていた。
吐き気をこらえ、勇気を持って踏み出した先には、更なる地獄がまっていた。
教室の中で、無数の生徒達が切り刻まれ、一角にうずたかく積み上げられていた。取りこぼしと思われる切断された部位が乱雑に散っている。
教室内に踏み込めば、一歩一歩、広がる血溜りが水音を奏で。むせ返るような鉄の匂いは、これが血の匂いなのだと否が応でも教えてくる。
心臓を押さえ、息も絶え絶えに美弥子の教室を探す。
心も身体もそれを拒否していたが、意思をもって無理矢理押さえつけて足を進める。
どの教室も、同じ有様だった。
それは例外なく、美弥子の所属する三年C組も同様に。
死体と血に塗れた教室で。いままで一緒に過ごした年月が、それが仁科美弥子であったものだと、気がつかせた。
力なく跪くと冷たい液体がズボンに染み込んできた。
美弥子だったモノを抱きかかえる。
随分と軽く、持ち上げたときに何処かの部分が取れ、転がる音がした。
それが何かは確認できなかった。ただ目を強くつぶり、美弥子だったモノを抱きしめた。
「美弥子、俺は……」
静寂の校舎に久蓮の叫びがこだましたその日、世界は終わりを迎えた。




