嘘つきは百合のはじまり
あたしは、いくじなしだ。
◆
春休みも半ば。
部活の集まりを終えたあたしと明梨は、ちょうど会話が途切れたこともあって、なんとなく無言のままに連れ立って歩みを進めていた。
頭の中を、ぐるぐると思考が渦巻いていく。
――ほんとうに、言うつもりなの?
散々繰り返してきた、答えのわかりきった迷い。
そうだ。あたしはもう、決めたはずだ。
今日を逃したら、チャンスはまた遠ざかってしまう。
だから、
「わぁ……」
うっとりとしたような明梨の声に、無意識のうちにうつむいてしまっていた顔を上げる。
道路脇にアーチのように広がる桜が、あたしたちを迎えていた。
「きれいだね」
「うん」
咲きかけの花びらは、淡い色合いを精一杯に着飾っている。
それはまるで、あたしにも勇気を出せと言っているようで。
「……ねぇ明梨」
「んー? なぁに、瑞架ちゃん」
「好きだよ」
隣を歩く明梨が、不思議そうにこてんと首をかしげる。
穏やかな日光に照らされて、彼女の背中を覆う髪がさらりと揺れた。
「どうしたのいきなりー? ふふ、わたしも瑞架ちゃんのこと、好きだよー」
ふわふわと、明梨は楽しそうに笑う。
クラスどころか、学年全体でもその愛くるしさは人気を集めていた。
そんな彼女の答えは嬉しくて……、とても悲しかった。
きっと、その『好き』は皆に向けられるものだから。
「ううん、そうじゃなくて。恋愛的な意味で……好き、なの」
一歩、二歩。
先を歩くことになってしまったあたしは、明梨に背を向けたまま足を止めた。
「えっ? それって……あー、わかった! エイプリルフールでしょー。もぅ、びっくりしちゃったよー」
深呼吸ひとつ、振り向く。息苦しい感じは、なんとかごまかしてみる。
うん、大丈夫だ。あたしは、笑えてる。
「…………ちぇっ、ばれたか」
「んふふー、わたしも瑞架ちゃんのこと好きだよー。もちろん、恋愛的な意味で、ね」
「はいはい、ありがとう嬉しいなー」
「もー、先に言ったの瑞架ちゃんなのにー!」
ぽかり、と肩をたたかれて、それすらも彼女に触れられたという事実だけが残り、嬉しく思ってしまう。
ぷんすかと怒ったふりをする明梨はとっても可愛くて、あたしはますます胸が苦しくなる。
彼女が見せるいろいろな表情を、あたしだけのものにしたい。
そんな歪んだ感情が表に出ないよう、きつくきつく奥歯をかみしめた。
「だって、嘘をついてもいい日なんだから、そりゃあ嘘つかなきゃ面白くないじゃん?」
「それはそうだけどぉー」
ぷっくり。
子供っぽく頬を膨らませる明梨は、気付いたかな。
その柔らかいほっぺたをつつくあたしの指が、震えていたことに。
こんな感情を知る前は、もっと気軽に触れられたのに。
今ではもう、あたしは深呼吸が癖になってしまった。
「じゃあ、瑞架ちゃんはわたしのことキライ?」
「なんでそうなるのさ」
「だって、わたしのこと好きって言ったの、嘘なんでしょ?」
「違う違う。恋愛的な意味でっていうのが嘘。明梨のことはふつうに好きだよ」
あたしの答えに、明梨はきょとんと目を丸くした。さっきまでのむくれ顔はどこへやら、それをやっぱり可愛いと思ってしまうあたしも、我ながら相当なものだよね。
ここは、キライだということにしたほうが話が盛り上がるし、明梨もそういう予想をしてたんだろう。
でも。
あたしはたとえ嘘でも、それを口にしたくはなかった。
キライになんか、なれるはずないもん。
ずっとずっと秘めてきたこの想いも。
そして同時に、好きの種類を偽ってしまう弱さもまた、あたし自身なんだ。
「ふーん……?」
人差し指を唇に当てて、明梨は考え込む。
ともすれば、『あざとい』と揶揄されがちなその仕草が、不思議と明梨には似合っていた。
「瑞架ちゃんは、わたしのこと好き?」
「……うん」
「恋愛的な意味で?」
「……それは嘘」
明梨が何を言いたいのか、さっぱりわからない。
ただの確認とか整理なら、それでいいけど……やっぱり、何度も口に出して否定するのは、つらい。
そんなちょっとした気分のささくれが、あたしの口を動かした。
「明梨だって嘘なんでしょ? あたしのこと、好きっていうのさ」
「嘘じゃないよ」
即答で、それもはっきりとした声が聞こえて、あたしは驚いた。
気まずくてそらしていた目線を合わせると、明梨はやけに真剣な――いつでもふんわりしている彼女らしくない表情でこちらを見つめていた。
そうして、もう一度言う。
「嘘じゃないよ」
「…………」
「わたし、今日はまだ一度も嘘ついてないよ」
呼吸が、止まりそうだった。
「……それが嘘、なんでしょ?」
「ふふー、さて、どうかなー」
胸が、うるさい。
明梨の言葉を信じるなら、それは。
「エイプリルフールだからって、別に必ず嘘をつかなきゃいけないってわけじゃないもんねー?」
悪戯っぽく笑うその表情が嘘なのかどうか、あたしだけが知ることになる。