人形師になろう
昔々あるところに「人形師の卵」の村がありました。
人形師になりたい者はそこに集まり切磋琢磨をして腕を磨いていきました。
一流の人形師は王都で人々の羨望を浴びていました。
二流の人形師は地方の人々の役に立ち感謝されていました。
三流の人形師は田舎の町で仕事をもらっていました。
一流の人形師の人形は美しく才能豊かで、人間にできることは何でもできます。
人間には到底できないこともできます。
美しい声で歌をうたい、軽やかに舞踊り、勇猛に戦い、硬い壁も破壊し、巨大な象も持ち上げます。おいしい料理も、難しい計算も、芸術的な絵画も描きます。
すべては人形師の腕次第です。
人形師の卵たちの村の名物は人形の発表会です。
人形師の卵たちは、自分の作っている人形を持ち寄り披露します。そのあと投票が行われランキングが発表されます。
作っている途中の人形を持ってきてより良くするために広く意見を聞いたり、完成した人形を持って感想を聞いたり、それは人形師の自由です。
意見を言うのは人形師だけではなく、人形好きの人々や人形師のファンが自由に言うことができます。もちろん投票も一人一票とだれでも投票できます。
熱狂的な人形ファンはまだ卵の人形師の中から才能ある人形師をみつけ、その人形をより良いものに育てようと意見を言います。もちろん応援のため投票もします。
人形師も人形好きの人々も、人形を好きなことに違いはありません。
そんな人形師の卵の中に、いつか一流の人形師になることを目指しているヒサメがいました。
一生懸命人形を作って発表しますがランキングに入ったことがありません。
それでもヒサメは毎日楽しく人形を作っていました。
トートは村の中で最近めきめきと頭角を現してき人形師です。
初めて人形を作るというのに、その作品は見事なものでした。
トートは毎日作品を発表して意見を求めます。
たいていの人形師は早くて一週間に一度、ひと月に一度の人もいますからその速さは驚くべきものです。
初めてトートが発表したのは骨格でした。
頭蓋骨から始まって、毎日少しずつ骨格が出来上がっていきます。
初めての人形だから本物の人形師のものに比べると見劣りはしますが、卵の中では見事なものです。
まだ骨格だというのにランキングの常連になりました。
ヒサメはそんなトートに、より関節がしなやかになる材料を使った方がいいのではないかと意見しました。
トートの返事は、骨格は強度が大事なので強度が低くなるような材料を使う気はない、ということでした。
トートのファンたちはランキングに入ったこともないヒサメがトートにアドバイスなど身の程知らずだと笑います。
ヒサメは二度とトートに意見するのはやめようと思いました。
トートの人形が完成に近づいてきました。
そうするとだんだん否定的な意見が多くなってきました。
動きがぎこちない。踊りが得意ということなのにまるで案山子の踊りです。関節が硬くてしなやかさが足りません。
トートは戦いも得意な人形だから問題ないと言います。
でも基本スペックに踊りは入っていても剣術も武道も入っていません。
計算が得意な人形のはずなのに、ちょっと複雑な計算を間違えます。
トートは円周率を100ケタまで計算できるので、人形は計算を得意だと言います。
でも役には立ちません。
口の悪い人たちがトートの人形をデキソコナイだと言いました。今まで応援して時間の無駄だったと言いました。
トートは傷つきました。
今までみんなほめてくれていたのに、そんなひどいことを言うなんて人形を作って発表したことを後悔しました。
人形は、あとは顔を作れば完成でした。ここまで作ったので完成はさせようと思いました。
でもトートのやる気はなくなってます。
人形の顔はひどいものでした。誰が見ても手を抜いたのがわかります。
最後の発表会に完成した人形を持ってきたトートは、この後人形を壊して、二度と人形を作らないと宣言しました。
「デキソコナイの人形を発表して、みんなの時間を無駄にしてすみませんでした」と最後の捨て台詞を残して立ち去りました。
それを聞いたトートのファンは大変です。
トートの人形は素晴らしい。壊すなんてとんでもない。人形師を辞めるなんて言わないでほしいと大騒ぎです。
トートファンにとって悪いのはトートの人形を悪く言った人たちです。
少しでもトートの人形を否定した人たちをやり玉にあげました。
その中にはヒサメも入っています。
トートファンにとって、ただの悪口も、建設的な否定的な意見も違いはありません。
というかその違いを分かる人はトートのファンを辞めました。
今のトートファンにとって、トートを否定する人はみんな悪いのです。
同じように発表会で悪い意見を言われ、傷ついた人形師たちもトートの味方です。
村での発表はクレーマーが多いので、仲間内だけで楽しみましょうと慰めます。
トートの人形を惜しむ声は多く、せめて壊すのはやめてほしいとみんなが言いましたが
トートは宣言したからと、人形を予定どうり壊しました。
設計図は残っているので、また人形を作りたくなる日が来たら作れるといいます。
それを見ていたヒサメは悲しくなりました。
心を込めて作った人形の、最後の顔は一番大事なところです。
少しでも愛される人形になるように、その人形にふさわしい顔を作ります。
人形は顔が命だと、人形師たちは知っています。
その顔をあれほどぞんざいに作り、ましてやその人形を破壊するなど、人形を愛している人間にはできないことです。
人形を愛していなくても人形を作れるということなのでしょう。
人形をよくするために意見を聞きたかったのではなく、人形をうまく作れる自分をほめてほしくて意見を求めていたのでしょう。
よい意見はほしくても、否定の意見はほしくなかったのでしょう。
一流の人形師の人形に対してでも、悪い意見はたくさんあります。
有名になり多くの人の目に触れるということは、多種多様な意見にさらされるということなのですから。
その後もヒサメは頑張って人形を作り、だんだんとランキングにも入るようになりました。
ある日ヒサメは田舎の町長から誘われ、田舎町の人形師になることが出来ました。
ヒサメの作る人形は素朴で、一流の人形師が作る人形ほど美しくも華麗でもなかったのですが、力持ちで頑丈で、田舎の人々に長く愛されました。
トートは二度と発表会に出ることはありませんでした。
10人くらいの小さなサークルで、人形を作っていたそうです。
そのサークルの規則はお互いをほめあうこと。
決して否定の言葉を言ってはいけないというのがルールだったそうです。