第1話 プロローグ・オオカミ壮年
平成23年の3月、未曾有の大震災が東日本を襲った。
恐ろしくうねる波に全てが呑み込まれて流されるのを、誰もが息をのみ、見つめるしか術がなかった。
予測不可能の災害、その時、人はいかに無力か思い知る出来事だった。
あの日から一年後に、また驚くような発表があった。
今度は首都直下型地震が起こりうるとの予測が発表された。
M7以上の地震が首都を襲う?半信半疑ながらもどこか心ざわめく。
しかし、どこか他人事のようにも思う、そんな気分。
でもいつ足下がブルッとくるかわからない。一寸先は闇だから、
明日は我が身かも・・・と誰もが思うのかもしれない。
その頃、ネットで自然発生のように掲示板に書き込みが出現。
(M7が来るらしいぞ・・その時あんたはどうする?それまで何をする?)
被災者の数想定1万人強と噂される。
もしかしたら、自分たち、思ってるよりずっと命短いのかも?
だとしたら、後悔のない人生送りたいと思うのが人情?
そのXデーまでに、何かを始めるか?終わらせるか?ケリをつけるか?
はたまたそんなのデタラメと意に介さないのか?
どうする?どうする??誰かが囃す声が聞こえ、様々な思いがあふれ出てきた。
※※※※※※
『ゴミを処分します!!』
そう書き込んだのは救急隊員の目黒。
今日もアイツが呼んでる。
たいした病気でもないのに呼びつけ、救急車をタクシー代わりに使う患者田中。
待つのがいやだから、時間外に駆け込み、おまけに、医療費を払うことをしない。
それをまた自慢げに話すクズだ。
経済困窮者と思いきや、公務員とくるので質が悪い。
安い団地に住み、内縁の妻の早苗は、
連れ子と共に母子家庭としての補助もたっぷりもらってると聞く。
M7が来る前に、アイツお仕置きします!!
目黒は、もう田中の処分を我が使命のように思うのだった。
(田中の奴、今日はなんの用?)
行けば、田中は部屋の中に蹲っている。
顔がゆがんで苦しそうだった。内縁の妻の早苗は留守だった。
きっと住まいは他にあるにちがいない。
オオカミ壮年 田中?
誰もアンタの言う事なんて信じないよと思う。
でも、今日は様子が違うとみると、目黒はチャンス!!と腹で思った。
走る救急車の中、田中は頭を押さえながら言う。
『頭が割れるように痛い~ッ!T病院に行ってくれ。
そこの岡田ってドクターにオペしてもらってくれ。』
(アンタ、何様?治療費払った事ないくせに。指名するかあ?)
田中の傲慢な態度に、今更ながら呆れて物が言えなかった。
しかしそれからほんの数時間後に、田中は絶命し、
ブロックのように解体された臓器は提供を待つ患者のいる病院に運ばれたのだ。
計画通り、臓器提供指定の病院に送り込んだ目黒。
煩雑な手続きがいるはずなのに、呆気ないほどスムーズに事は進んだ。
救急隊員も、医師も、看護婦も、最初から誰も田中を助けるつもりがない。
今まで、田中にどれだけ誠意を踏みにじられてきたかがわかる。
(M7の来る前に、クズ処分しました)
後は、提供された患者に、あの性根の悪さが移らないかが心配なだけだった。