気...
学校を出た俺と華村は行く当てもなく、ただひたすらに走っていた。
幸い、外ではまだ混乱は起きていないらしく、交通事故が起きたり、道端で沢山の人が倒れていたりするような事はなかった。
走り続けて数分、コンビニ前まで着くと、華村が急に手を振り解き立ち止まった。
「どうした?」
「つ、疲れた……。少し休ませて……」
女であり、部活も特に所属していない華村にとって、数分間の走りでも疲れが出るのだ。
俺も帰宅部ではあるが、普段からそれなりに鍛えてはいるため、体力にはそこそこの自信がある。
俺はまだ平気だったが、疲れたままの女は放っておく訳には行かない。
「仕方ねえな。コンビニで飲み物でも買ってくか」
「ありがとう……」
正直今コンビニに立ち寄る時間は惜しかったが、背に腹は返られない。ただタイミングが早まっただけだ。体力を回復させて、万全な状態にしなくてはならない。
俺達はコンビニへと入って行った。
「どれにすんだ?好きなやつ選んで良いぞ」
「分かった」
華村は軽く返事をして中からスポーツドリンクを手にした。これから沢山動く事になるのだ。それを考慮してたとしたら華村の撰んだ商品は妥当だろう。この際だから俺も買っておこう。
「どれにすっかな……」
コンビニの商品は沢山有りすぎて困る。炭酸飲料からただの水まで幅広い。俺は好きな飲み物が多いから選ぶのに時間が掛かってしまうのだ。
「早くしてよ」
華村に急かされてしまった。急かされると余計に悩んでしまうというのをこいつは分かってないのだろうか。
俺は悩みに悩んだ結果、華村と同じ物にした。
「散々悩んどいて結局一緒のじゃん」
「悪かったな。さっさと行くぞ」
華村と自分の分、二つの飲み物を手にしながら俺はレジへと向かう。
昼間だと言うのにレジには誰も立ってはいない。店員たるもの、営業時間なら一時もレジから目を放してはいけないだろうに。
「すいませーん」
一応呼んではみるものの、店員はやって来ない。
「来ないね」
待ってもみるが、やはり来ない。
ここのコンビニ、学校の近くという事もあり朝は高校生が良く弁当や飲み物を買いにくる。今日だってそうだ。学校に来る時は中に学生がいたのでやってない事はないはず。そもそも入れたのだから、誰か人がいなければ商品は盗み放題になってしまう。
「ちょっと、中入って様子見てきてよ」
痺れを切らした華村はとうとうとんでもない事を言い出した。無論、そんな事出来る訳が無い。
「もうちょい待ってみようよ」
華村を説得するが、少し苛立ちを感じているようだ。無理もないだろう。かれこれ10分近く待たされているのだから。
「しょうがない、常識外れではあるが金だけ置いてさっさと出よう」
「だね」
華村の同意も取り、俺は財布から必要な分だけの金を取り出してカウンターの上へと乗せた。
人のいないコンビニなんて人生で体験出来るのはこの一度くらいだろう。ある意味貴重な体験だった。
斯くして俺と華村はコンビニを出る。その時だった。背後からドアを開ける音が聞こえる。
俺と華村は咄嗟に振り返った。
「なんだ……こいつ……」
そこには体が無駄に巨大になっていて腕が肥大化している気味の悪い人型の生物がこちらを見つめていた。その巨大な肉体は今にも二人を叩き潰しそうな雰囲気を醸し出している。
体のあちこちにこのコンビニの服の破片が付いていることから、この化け物はこのコンビニに関係がある、もしくは有ったという事が分かる。
「こいつ、やばい……」
「に、逃げよう……!」
そうは言うものの、実際、その場から動けなかった。足がすくんで動かす事が出来ないのだ。その間にも化け物はその巨大な腕でカウンターを乗り越え、こちらへ近付いて来る。
早く動け。そう言い聞かせる。が、所詮は言い聞かせでしかなく、気付けば化け物はもう直ぐ目の前にあった。
万事休すか。
着々と距離を詰める化け物に対し、蛇に睨まれた蛙如く動きを取らない俺と華村。最早どうしようも無かった。
俺は諦めかけた。しかしそんな時、奇跡は起きる。
「化け物め!」
背後からの声と同時に轟く銃声。化け物はその巨体を地に附した。銃弾はどうやら脳天を直撃したようだ。後ろを向くと、そこにはネイルガンを構えた峰澤が、息を切らして立っていた。ネイルガンは国産の物は安全装置が付いていて射出出来ない仕様のはずだが、今はそんな事は問題では無かった。
峰澤が助けに来た。その事実が重要なのだ
「ギリギリ間に合ったか……?」
「峰澤……」
ヒーローは遅れて登場すると言うが、正しくこの事ではないだろうか。後少し峰澤が着くのが遅れていたら、俺達がどうなっていたかは想像するに難しくない。
横を見ると華村がその場に腰を下ろしていた。立てずに腰を床に付いているようにも見える。
華村に手を差し出して立ちあがらせる。華村は立ち上がったかと思うとふらつき、俺の肩を掴む。
「ありがとう……」
「いいよ。相当キたようだな」
足元を見ても微かに震えているので精神的にはかなりショックだったようだ。しかし恐ろしいと感じているのは俺も同じ。気丈に振る舞ってはいるが、実際は俺も足に力を入れていなければ立っていられない。
「……震えてる」
華村がふふっと笑いながら呟いた。事実なので言い返せないのが痛い。
華村の笑った姿を見るとなんだかこちらまで口が歪んでしまう。
「フッ……」
「あはっ、はははは……」
遂には二人とも互いの顔を見ながら小さな笑いを上げた。何とも余裕だが、こんな暗い雰囲気を消し去るには丁度良い。
そのまま俺と華村は時間が許す限り笑い続けた。
「……おい、お前ら……」
……という事などあるはずがなく、程なくして俺の肩には手が置かれ、峰澤の少し怒りの混じった低い声がその場に静寂を取り戻させた。
「こんな状況なのに何笑ってんだよ、テメェら!!」
暫しの間を置き、峰澤のお説教タイムだ。峰澤は憤慨し、店の商品棚を蹴り飛ばす。……あ、商品が落ちた。
「わ、悪い悪い、そんな怒るなって……」
「怒るなじゃねえんだよ! お前が『コンビニ寄ってるから後で来てくれ』とかいう曖昧なメールしたからそれを見て人が助けに来てやったってのに、何様のつもりだよ!? ああ!?」
「分かったって! 俺が悪かった! 悪かったからそんなに怒らないでくれ!」
「……ったく」
確かに少々不謹慎だったかも知れない。しかしここまで憤慨するものだろうか。
やり合ったところで俺が峰澤に勝てるという事はないので素直に謝るしかないが。
峰澤は荒い息遣いを続けながらも、一段落付いたのか話し出した。
「で、状況は? 怪我とかはないか?」
「あ、ああ。お前のおかげで助かったよ」
「それなら良いんだけど」
峰澤は溜め息を吐き安堵感を示した。正直彼が来なければ確かに助からなかっただろう。この目の前に倒れている"生物"が攻撃的であるのは明白だ。こんなものがいるという事には背筋を冷やさざるを得ない。
「それにしても一体これはなんだ。こんなのがなんでここに……?」
「知らねえよ。お前達がここに来るまでにはそういうのは見なかったか?」
「ああ」
一体この町に何が起こったっていうんだ?
この生物は一体なんなんだ?
その答えを求めようと思えば思う程に鳥肌が立ってくる。
だが俺達はいずれ知らなきゃならない時がくるだろう。ここで生きている以上は……。