こぐまのアーベくん
こぐまのアーベくんが目をさましたとき、あたりはまっくらでした。
目をぱちぱちさせて頭をぐるりとめぐらせてみたけれど、なんにも見えません。
まっくら、こわい。
まっくらな中で、すぅすぅという音と、ごぅごぅという音が聞こえます。
ふるりとまあるい耳をふるわせて、ちいさな鼻をふんふんさせて、去年より大きくなった手をぺたぺたさせて、アーベくんはお母さんをさがしました。ちかくでいっしょに、寝ているはずです。
すぐに、お母さんのふかふかのせなかに手がふれました。すぅすぅと聞こえます。
ほっとしたら、アーベくんのおなかが、ぐぅ、と鳴りました。
ああ、とアーベくんは気がつきました。
おなかがすいて、目がさめたんだ。
また、ぐぐぅ、とおなかが鳴りました。
アーベくんは、お母さんのせなかをゆすりました。
「お母さん、お母さん、起きてー」
むにゃむにゃ、とお母さんは言ったけれど、起きてくれません。
何度もせなかをゆさゆさして、その間におなかもぐぅぐぅいっているのに、お母さんは目をさましてくれません。
しょうがなく、アーベくんはお父さんをさがして鼻をふんふんさせ、手をぺたぺたさせました。お父さんもちかくでいっしょに、寝ているはずです。
すぐに、お父さんのもこもこのせなかに手がふれました。ごぅごぅと聞こえます。
アーベくんは、こわごわ、お父さんのせなかをゆすりました。
「お父さん、お父さん、起きてー」
うーん、とお父さんは言ったけれど、起きてくれません。
だんだんお母さんのせなかをゆすったときと同じくらいの強さでゆさゆさして、その間にアーベくんのおなかはぐぐぅぐぐぅといいはじめたのに、お父さんも目をさましてくれません。
ふだんなら、お母さんもお父さんも目をさましてくれるのです。
でも今は冬で、くまはいつもより長く、ぐっすりねむるのです。
まっくらな部屋の中で、アーベくんはしょんぼりと座りこみました。
おやすみ、とお母さんにぎゅっとしてもらった前のことが思い出されます。
『冬眠の前は、たくさんたべなきゃだめよ?』
お母さんにそう言われたのに、アーベくんはお母さんのつくってくれたパイにドングリが入っているのを知って、たべませんでした。
大好きなクルミと柿だけなら良かったのに。
ドングリは、にがいから嫌いなのです。
いらない、とアーベくんがほっぺたをふくらませてフォークをほうり投げたら、お父さんが怒ってしまいました。
『せっかくお母さんがつくってくれたのに』
そう言って、お父さんはアーベくんの分もたべてしまいました。
思い出したら、アーベくんは悲しくなりました。
お父さん、ひどいひどい。ボクの分、たべちゃうなんて。ボクはドングリだけが嫌だったんだもん。クルミと柿と、パイの皮は大好きだもん。ボク、ちゃんとたべられたのに。
悲しくなったら、目があつくなって、鼻がぐじゅぐじゅになりました。
そうして、ますますおなかが、ぐぐぐぅと鳴りました。
おなかとせなかがくっついちゃったら、どうしよう。
アーベくんはまっくらのほかに、それもこわくなりました。
そうっと立ちあがると、アーベくんは家の外に出てみました。
出てみて、アーベくんは思わず目をつぶりました。まん丸しっぽも、ぶるりとしました。とってもまぶしくって、とってもさむかったのです。
外は、おひさまに照らされていました。
空はきれいな青色です。だけれど、庭も、その先の原っぱも、そのまた先の田んぼや畑も、どうしてか、ぜんぶまっ白でした。まるで、空のくもが地面におりてきてしまったみたいでした。
白い地面をこわごわさわってみたら、さらさらです。ひやっこいです。
お空のくもって、ふわふわワタガシじゃなかったのかなぁ。
白いものをちょっとだけなめてみたけれど、味はしませんでした。つめたい水とおんなじでした。
あんまり、おなかがいっぱいには、なりそうにありません。
見わたすかぎりまっ白な外には、だれもいませんでした。
お友だちのダンパちゃんもリズリグくんも、ダンパちゃんのお父さんもお母さんも、リズリグくんのお父さんもお母さんも、みんなみんな、それぞれの家でぐっすりねむっているのです。
パイをたべなかったのも、それをお父さんにたべられちゃったのも、アーベくんだけだったのです。
独りぼっちだとわかると、アーベくんはふたたび目があつくなって、鼻がぐじゅぐじゅになりました。
こんどはぽろぽろ、涙が毛皮をすべって白い地面に落ちました。ぽつぽつと、白い地面に穴があきました。
ぽろぽろ。
ぽつぽつ。
ぐうぐう。
「おなかすいたよぅ」
涙で地面の穴をひろげながらアーベくんが泣きべそをかいたとき、うしろから、あらあら、とお母さんの声がしました。
「おトイレかと思ったのに、こんなところで何をしてるの?」
アーベくんがふりかえると、ねむそうな目をしたお母さんが戸口に立っていました。「お家に入りなさい、風邪をひいちゃうわ」
「お母さぁん」
アーベくんがだきつくと、お母さんはやさしくせなかをなでてくれました。
また、おなかがキュウキュウと鳴りました。
あらあら、とお母さんがまるこい耳をぴくぴく動かしました。
「おなかが合唱してるわねぇ。何かたべる?」
こっくりとアーベくんがうなずくと、お母さんはにっこりと笑ってくれました。
あかりをつけて台所にいって、お母さんは大きな箱の中からドングリをざるにすくいました。
アーベくんは泣いたあとで乾いてしまった鼻をぴすぴすいわせたけれど、ドングリをいらないと言うのはやめておきました。
「アーベ、おいしくなるおまじないを教えてあげるわ。〝ニガイノニガイノ、トンデケー〟よ」
そう言いながら、お母さんはすりばちとすりこぎを出しました。
アーベくんはすりばちとすりこぎをつかって、おまじないをとなえながら、ドングリを粉のようにしました。
「ニガイノニガイノ、トンドケー」
「ニガイノニガイノ、トンデケー」
お母さんはホットケーキのモトに、アーベくんがお手伝いしたドングリの粉をまぜました。タマゴとミルクとサトウもたしました。
あたためたフライパンにたっぷりバターをとかして、ドングリ入りのホットケーキの生地をながしこみます。
しばらく見ていると、ぷつぷつと、生地にあぶくが生まれます。お母さんが、フライ返しで上手に生地をひっくりかえします。
おまじないがきいたのか、にがそうな匂いはしませんでした。ほんわりとあまい匂いがアーベくんをつつみました。
ふっくらとキツネ色に焼きあがったホットケーキに、お母さんは、たっぷり琥珀色のハチミツをかけてくれました。
口に入れると、ほかほかホットケーキから、あまぁいハチミツとバターがしみ出しました。ちっとも、にがくなんてありません。アーベくんは、むちゅうでたべました。
まくまくまくまくくまくまくまくま。まくまくまくまくくまくまくまくま。
「おいしいよぅ。お母さん、おいしいよぅ」
「よかったねぇ、アーベ」
「うん、よかったよぅ」
お母さんは、なんまいもホットケーキを焼いてくれました。アーベくんは、おなかいっぱいになるまでたべました。
まくまくまくまくくまくまくまくま。まくまくまくまくくまくまくまくま。
アーベくんのおなかがすっかりふくれたころ、お母さんはホットミルクをマグカップに入れてくれました。
「これをのんだら、春までねんねよ?」
「ウシさんにならない?」
たべてすぐねるとウシになるんだってと、ダンパちゃんが言っていました。
お母さんは目をくりっとさせて、おかしそうに言いました。
「お父さんは、ウシさんにみえないでしょう?」
アーベくんは思い出しました。お父さんはアーベくんの分もパイをたべてから、すぐねてしまったのです。
まっくらなもとの部屋に、ちいさなロウソクのあかりをもってもどると、お父さんはりっぱなくまのまんまでねむっていました。
「ほらね、だいじょうぶよ」
お母さんはそう言うと、アーベくんをぎゅっとしてくれました。
「おやすみ、アーベ。すてきな夢がみれますように」
お母さんの毛皮からは、ぽかぽかないい匂いがしました。
それで、アーベくんもお母さんをぎゅうっとしました。
「お母さんもね」
「ありがと」
もう一度、お母さんがぎゅっとしてくれて、もう一度、アーベくんもぎゅうっとしてあげて。
横になって、ロウソクの火をけして。
目をとじて。
たのしい夢を、みにいきました。