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ライブラリ  作者: トカゲ
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エンジェル

短編として投下していました<ライブラリシリーズ>を短編ではなく、連載として纏めさせて頂きました。いままで評価してくださった方には申し訳無く思います。これからも<ライブラリ>をよろしくお願いします。

 《天使は図書館に居る》。と、その本には書かれてあった。心臓が跳ね上がる。しまったな、見抜かれているじゃないか。身も知らぬ人間に、自分の行動パターンを見抜かれた気まずさから逃げる様に、俺は本を閉じて、図書館から出る。

 外に出た途端、ムワっとした熱気に包まれて、また図書館に入って涼もうかという考えが頭を過ぎったが、《天使は図書館に居る》という一文を思い出して、止めた。

 「別にいつも居る訳じゃないんだって」

 誰かに弁解する様に、そう一人ごちた。俺が図書館に通うのは、一週間にせいぜい一回か二回程度だ。大体、それを言うのなら、俺は一日一回、ほぼ必ず喫茶店に通う。《天使は喫茶店に居る》、に改定すべきだ。

 喫茶店で、一服でもしようか。と、俺は足早に人の街を通る。図書館で二時間程時間を潰していた訳だが、いい加減煙草を吸いたくなっていた。

 最近、人間の街は煙草を吸える場所が少ない。喫茶店ですら、ランチタイムは禁止、という場所が増えている。喫茶店の《喫》は、喫煙の喫じゃないのか?天使が、煙草を吸える場所を増やしてくれ、と懇願するならば。人間は言う事を聞いてくれるだろうか。

 この、下界に広がる嫌煙運動は、ブームでは無いか、と俺は睨んでいる。嫌煙が、最新の流行なのだ。私、煙草の煙って嫌なのよね。なんて言ってれば、ナウいのだ。人間はいつだって、流行に弱い。

 そう考えると、俺がこれから向かう馴染みの喫茶店は、好感が持てる。何せ、マスターが営業中に煙草を吸っているのだ。営業方針としてはどうかと思うが、この嫌煙ブームに憤りを感じている同士達がそこに多く集まる為、それなりに繁盛している様に見える。

 喫茶ライブラリの前で、俺は早速煙草を口に咥える。咥えた状態で、店に入る。

 ひんやりと気持ちの良い空気が頬に当たり。思わず眼を閉じる。天国にだって、この時期にこんなに気持ちの良い風を生み出す様な場所は無い。

 天井のスピーカーから、心地良いジャズが流れている。今にも、踊りたくなる様な軽快さだ。実際に、店の奥の席で、赤い髪の若者が指でダンスを踊っている。

 店内は若干暗く、しかしこの暖かで仄かな光は、暗いとただ一言で言い表す事が出来ない程絶妙な光量だ。

 「いらっしゃい。って、またお前か」

 一瞬だけ、にこやかな笑みを見せてくれたマスターだったが。客が俺だと判ると、途端に眉にシワを寄せた。思わず、俺なんかですまない。と謝りそうに成る。

 「アンタは、どんな表情をしても美人だ」

 お世辞抜きに、マスターは美人だと思う。色白で、顔立ちが整っている。眼がややキツイが、その瞳の奥で爛々と輝く誠実な光が、綺麗だ。長く伸びた髪は後ろで纏められていて、パイナップルの葉の様に跳ねている。

 席に座ると、直ぐにマスターが水を持ってくる。

 「アイスコーヒーで良いな?」

 「アイスコーヒーが良い」

 「お前はいつも暇そうに見えるが。仕事は大丈夫なのか?」

 「充実を求めて天使に成ったんだが、思いの他退屈で困ってる」

 「お前が本当に天使なら、私の元旦那に裁きを一丁頼みたい」

 「それは管轄外なんだ」

 ハイハイ、とマスターが戯言に付き合って上げたのさ。と言わんばかりの表情で戻っていく。最近は、天使の存在を信じない人間が多すぎて、困る。特に俺の管轄でも有る、この日本という国は、そういった傾向が見える。

 マスターが立ち去った後、俺は煙草に火を付ける。下界の嫌煙ブームが天国にまで広まっていて、職場の喫煙室も撤去の噂が流れている事を思い出す。

 目の前に置かれた灰皿に目をやる。お前は、どこぞの聖骸なんかよりも、よっぽど偉大だよ。と、口から出かけた。

 店内の至る所から、会話が聞こえた。耳を傾ける。恋の話や、政治に付いて、不景気やら好景気、映画の話。下界の話題は、豊富だな。と感心する。どれもこれも、会話が弾んでいる。

 きっと、《ライブラリ》の雰囲気のお陰だろうな。と俺は考える。どうにも、この店には重大な秘密を話したくなる様な、そんな雰囲気が有る。存外、真実とはこういう場所でこそ語られるのかも知れない。

 今度、俺の上司、―――つまり、神様なのだが。あの男をここに連れてこようかと考えた。もしかしたら、真実を語ってくれるかもしれない。

 「酔っ払ってる時に、冗談で作ったんだよ、この世界」

 そんな事を言い出しそうだ。

 マスターがアイスコーヒーを丁寧に机の上に置いた。俺はすぐさま、ミルクとシロップを混ぜ、口をつける。雰囲気も良ければ、味も良い。

 と、そこで漸く気が付いた事が有る。あ、と思わず声を上げてしまった。マスターが、どうした?と首を傾げる。

 「ライブラリって、図書館か」

 天使は図書館に居る。らしい。

 不本意ながら。


短編として一度投下した「エンジェル」を、プロローグとして再投下させてもらいました。ややこしい真似をして非常に申し訳なく思います。

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