鳥井さんの暗い箱
寒い。
彼女は身も凍るような寒さで目を覚ました。
少しでも寒さを紛らわしたくて、両腕で体を抱こうとする。
だが出来ない。腕を動かすどころか、指一本曲げる事すら叶わない。
一体何が起こっているのだろうか。彼女は目を開け周囲を見渡す。だが何も見えなかった。深い暗闇が周囲を覆い尽くしている。
何も見えず、身動きも取れない。
どうやら私は拘束されたた状態、でどこかに閉じ込められているらしい。
だけど、何故?
私が一体何をしたというの?
「気がついたか?」
パニックを起こしかけていた彼女の耳に聞き覚えのある声が届いた。会社の上司の声。いつも笑いながら刑事ドラマの話をする、子供みたいなおじさん。
「ぼ、ボス? ボスですか? 一体ここはどこなんです? 私は、私はどうしてこんな――」
「なっちゃん、まずは落ち着くんだ。君も私も拘束されているが、パニックになっては敵の思うつぼだ。冷静になって脱出の手段を考えよう」
「でも、ここがどこかも分からないのに……」
「……多分船か何かだろう。さっきからエンジンかモーターが動く音が聞こえるしな」
言われてみれば『ゴーッ』という重低音が体に響いてくる。耳を澄ませば遠くから『ちゃぷ』という液体が揺れる音も聞こえた。もしかしたらこんなに寒いのも、海の上にいるからなのかもしれない。
「大丈夫だよ、きっと助か――――」
彼女を元気づけようとする男の言葉は、最後まで続かなかった。
彼女に聞こえたのは何かが落ちていく風切音と、何かが叩き付けられた音。それらは男が落ちた音だと彼女は冷静に思い至る。
そう、ここは順番待ち。
時が来れば私もどこかへ落ちるのだ。
彼女はやがて訪れる、自らの破滅を受け入れた――――
「んー美味い。やっぱり缶コーヒーは“ボス”にかぎる!」
自動販売機の前で、男がよく冷えたコーヒーを飲んでいた。
男が背中を預ける自動販売機には『サン◯リー』のロゴが描かれていた。
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