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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

夢は覚めども、愛は途切れず

作者: tanpopopo
掲載日:2026/05/27

これは以前、カクヨムにて投稿させていただいたものをまとめたものになります。読み終わった後によかったら反応を頂けると活動の励みになりますのでよろしくお願いします。

 ある盗賊は、数年前からうちの店にやってくるようになった。初めに来たときからある程度の金品を売り払って、何も言わず去っていく。うちの太客にもなってきて、厄介払いついでにおまけでもつけてやろうかとも思った。


「親父、今日の品だ」

「おお、少し待て」


 持ってきた品を仔細に見て値を決める。盗賊は早くしてくれないかとギラギラと見てきやがる。


「金を裏から出してくる。少し待ってろ」

「……早くしろ」


 客の機嫌を損ねると面倒になることを知っている。よって、ささっと金を用意し、渡してやるつもりだった、おまけの手も引いて、娘を連れてくる。


「待たせたな。金と、こいつもやる」

「俺が荷物を渡せといつ言った」

「落ち着け。利用価値はいくらでもある。自分の慰みにするも良し、売って金にするも良し。最近じゃ首都で娘っ子の値が良いって噂も聞いたぞ」


 盗賊はしばらく考え込んだあと、深いため息をついて娘に「ついてこい」と合図を送った。


「親父。念のため聞くが、相場は」

「まぁそうだな……。売る相手にもよるが、三、四ヵ月は持つ値段になるかもな」

「ならいい」


 盗賊は、娘を連れて店を出ていった。



 俺は、余計な荷物を押し付けられちまった。あの質屋、ただ面倒事を俺に押し付けたかっただけじゃないのか。ただ、首都に行けばこいつは高く売れる。しかも普段稼いでいる金よりも遥かに高い。役人どもの巣窟の首都に行くのは癪に触るが、そこまで得ができるならわざわざ行ってやるのも悪くはねぇ。


「着いてこいよ。こなきゃ、ここで殺してやってもいい」


 この娘はある程度聞き分けはいいらしかった。俺が言えばある程度その通りにする。ただ、ちょっと歩いただけで疲れたって素振りをするもんだから、その度に止まってやらなきゃいけなかった。


「……ちっ」


 何度目かの休憩で心底うんざりしてきた。この間にどれくらい進めた。今頃適当な民家から何かを奪えてた頃じゃないか?


「あの」


 そろそろ煮えくり返りそうな時に娘は俺に話しかけてきた。


「あなたのお名前は?」

「……何で教えなきゃなんねぇ」

「呼びにくいわ」


 このまま無視してやることは簡単だった。だか、首都に向かう道中で、仮にも旅についてきている以上名前を知らないのは不自然だ。それをきっかけに面倒になるかもしれん。だから、一応答えてやった。


「張」

「張さん」

「そうだ。満足か?いい加減歩くぞ」


 俺は足早に首都に向かうための道を歩き始めた。娘もそれに着いてくる。だが、またしばらくしたら休ませなきゃならないんだろう。随分と気を遣わされる荷物を抱えちまった。さっさと売り払って、しばらく楽をしたい。俺はその事だけを考えた。


 また、しばらく歩いていた。その間娘は喋り出すことはなかった。俺も特別、なにも喋ることはなかった。ただ小さな怒りを積もらせるだけだった。

 正直なところ、もうここで置いていくのも悪くはなかった。いたところで邪魔なだけだ。

「おい、止まれ」

 俺は、娘になるべく小さな声で指示をした。それから、絶対に喋るなと命じた。ただついてこいと命じた。俺は集落から少し外れた民家を見つけたのだ。息を殺し、静かに近づき、戸を軽く叩く。

「誰だい?」

 戸が開き、出てきた老人を押し倒し、首筋に刃をちらつかせる。

「叫ぶな。お前のことはいつでも殺せる」

 娘が俺の後ろで落ち着きなく立っている。こんなことを見慣れてないようだ、相当いいご身分で育ったらしい。確かにそうだ。最初に名前を聞くのは貴族、官僚どもの礼儀らしい。前にも一度されたことがある。

「……金と食糧、あるだけ寄越せ」

 老人は体を震わせながら、頷く。それを確認して、手と足を縛って、口に布を噛ませてから目につく金と食糧を荷物の中に入れた。その間娘はただ部屋の隅で縮こまっていた。やることも終わり、もう一度首筋に刃を当てる。

「官僚にチクられても面倒でな」

 刃を振ろうとしたとき、足を引っ張られる感覚がした。それで、俺は手を止めた。

「殺しちゃうの………?」

「そうだ」

「……どうして?」

「捕まったら、どうにもならんからだ」

「止めて、止めてください………」

 今にも泣きそうな顔で娘は俺の方を見ながら訴えてくる。無視して、殺すことは容易い。その方がいいかもしれない。だが、こいつは子供だ。下手に刺激を与えると厄介ごとになる。ここで殺して泣き出したらどうなる。その声で周りの家の奴らが出てくるかもしれない。最悪、役人どもが来るかもしれない。そもそも、こいつが怖がって逃げ出したらどうする。俺は大損だ。

「………ちっ」

「止めるんですか……?」

「ああ。おい、命拾いしたな」

 金は取った。食糧も取った。なら、最悪の場合を考えれば見逃してやった方がいいだろう。俺は娘の手を引っ張って老人の家から出た。

「おい、次にあんなこと言ってみろ。先に死ぬのはお前になるかもしれないからな」

「……ごめん、なさい」

「はぁ……。分かったら行くぞ。二度は言わんぞ」

 俺は、近くの町に向けて、歩みを早めた。


 町に着き、ひとまずは宿屋に入った。この町では、片付けなくてはならないことがいくつかあった。金品の質入れ、食糧をいくつか売り払う。それと、保存食の購入。それを済ませるためには1日じゃすまない。

「よぉ、張。今回は何日泊まってくかね」

「3日」

「今回は短いねぇ。その子が理由かい?」

「ああ、首都に行かなきゃならんのでな」

「なるほどね……。なら、一つ覚えときな」

 宿屋の女将は俺を手招きし、娘に聞こえないようにして話してくる。

「小物でも、着物でも、少しくらいは身綺麗にしてやんな。その方が言い値がつくよ」

「そこまで金はかけてやれん」

「そうかい。ただ、覚えとくだけで得するかもしれんよ」

 そう言うと、てきぱきと泊まりの手続きを終わらせて、女将は俺に部屋札を渡した。

「入るぞ」

 娘は話さない。ただ、指示には従って部屋には入る。俺は寝台に荷物を置き、娘には部屋の隅かつ、俺の視界に入る場所にいろと命じた。ひとまず一息つけるようになった。この宿屋は何年も使っていて信頼がある。それに、そうそう他の客が来ることもない。

「おい、ついてこい」

「……はい」

 俺は娘を連れて女将のところに行く。

「悪いが、俺は少し出る。面倒を見ていてくれ。それと、風呂にも入れておいてくれ」

「……いいけど。金は払ってもらうからね」

 提示された金を女将に渡し、奪った金品を売りに行った。老人の家財には、大した期待はしていなかったが、中々の値段になった。少しの贅沢をしてもいいだろうと帰りに屋台で焼き串を食った。娘にこれは贅沢すぎる。黙っておくことにしよう。

「戻った」

「おお、お帰り。預かってた子だよ」

「なにもしてないか」

「してたら殺すだろ?」

「態度次第だな」

「おっかない。あんたも早く風呂に入んな。まだ面倒は見といてやるよ」

「悪いな」

 数日ぶりの風呂だ。気の緩みがあるわけではないが、これに入るだけで疲労がほぐれる。この時間は娘のことを忘れることが出来た。

「上がったぞ」

「そうかい。なら部屋戻んな」

「ああ」

 俺は娘と部屋に戻る。娘は言いつけ通りにまた部屋の隅に戻っていった。俺も寝台の上で勘定をした。勘定の間、娘は余計な動きをせずに、ただ敷布の上で寝転がっていた。そうして、勘定が終わり、寝ようというときに、娘が口を開く。

「張さん」

「なんだ」

「私、私の名前は、玉蘭です」

「そうか」

「その、どこに、行くんですか?」

「首都だ」

「首都……行ったことないです」

「だろうな」

 ここで会話は終わり、俺は浅い眠りに入った。


 次の日、俺は娘を連れて食糧を売ることにした。娘を連れて旅をしていて、かつ金がほしいとなるとこれ以上ない客寄せになった。一人で売るよりもはるかに買われていく。まれに関係を聞いてくるやつもいたが、そいつらには兄弟だと適当に抜かしておけば勝手に納得をした。

「よーう、張」

「お前か」

「久しぶりだなぁ……。それに、こんなめんこい娘つれてさぁ………」

「やらんぞ」

「別にほしいって訳じゃねぇ。ただ、味見くらいは悪くないだろ?」

 俺は、少し考えた。確かにここで金を要求して一夜を過ごさせてやるのは悪くはないのではないか。それに、こいつに病気でもなければ、価値が下がることはない。

「いくら出す」

「ふむ……。2金」

「話にならない」

「待て!待て待て待て!3金と5銀でどうだ?どうせお前が使ったもんだろ?それなら首都でも妥当な値打ちだ」

 俺はこいつを抱いてなんかいない。今のところは。質屋に渡されたときも三、四ヶ月暮らせる値段で売れるという話だから、おそらく初物だ。こんなちっぽけな値段でもっと大きなものを逃してやる気は、俺にはさらさらなかった。

「食糧だけ買ってけ」

「……バカが!言い値で買おうってのによ!」

 男は苛立った足取りで大路を歩いていった。もともと図々しいやつだった。あんなやつのために軽く20金はするだろう品を汚すわけにはいかない。

「……張さん」

「黙って笑ってればいいと命じたはずだ」

「味見って、何ですか?ご飯なら、少しくらい………」

「はぁ……。そういうわけにはいかない」

 こいつは味見だとかそういう下卑た言葉をなにも知らないようだ。これは本当に初物かもしれない。それが分かると俺の気分が少し高揚した。

 日が傾いてきたころ、売る分の食糧はすっかり空になり、金はたんまりと入ってきた。この金で明日は干し肉とかを買えるだけ買いにいこう。そうすれば、首都までは持つだろう。そんなことを考えている隙に、娘の気配は後ろになく、振り返ってみると屋台の前で足を止めていた。

「おい、何してる」

「すごく、美味しそうです」

「買わんぞ」

「ほぉ~っ、冷たい兄ちゃんだねぇ!」

 屋台の店主が信じられんというような目をして俺を見てくる。まるで買わんことが罪にでもなるようだ。

「いいじゃないの!かわいい妹さんだろ?」

「買わんと言っている。俺は甘やかす気はない。行くぞ」

「……はい」

 屋台から離れた後も娘はチラチラと後ろを振り返り、名残惜しそうに見ていた。甘味などいらん。ただ、首都にたどり着く分の飯があれば、それで十分だ。そうして、宿に戻った後も、娘が喋ることはなかった。


 保存の効く飯を買い込み、俺は町を出た。ここから首都までは街道を通れば15日もあればすぐにつく。だが、せっかく首都に行くのだ。どうせならば娘以外にも売るものを作っておきたい。だから、遠回りにはなるが、役人の目が少ない山道を選んだ。その山道の、最初の村についた。そこでは、祭りが開いていて、珍しいことに舞踊をする一団がいた。

「ほぉ、珍しいな」

「……綺麗」

 娘が呟く。そういえばこいつはいい家に生まれているかも知れないのだ。こういったことは見慣れていたのかもしれない。

「見たことあるか」

「家に、いた頃に。お父様の開く食事会でたまに」

「そうか」

 やはり、いい家柄のようだった。しかし、売られていたところを見ると、おそらく一家が没落し、借金の清算のためにでも売られたのだろう。

「張さん」

「なんだ」

「張さんは、どうですか?」

 俺は、こういうものはめっきり見たことがなかった。盗賊になる前、俺の家は貧しい農家で、贅沢をする余裕がなかったから。特に、舞踊は金があるやつしか見られないものだったから。

「ない。今がはじめてだ」

「私、この演目知ってます。名前は忘れましたけど……。それでも流れくらいは」

「……言ってみろ」

 おそらく、祭りの雰囲気に浮かされていたのだろう。俺は娘に説明を求めた。娘は少し笑顔を浮かべて説明をする。その内容の大部分は理解できなかったが、それでも面白かったのは確かだった。

「……そろそろ祭りも終わりだな」

「そうですね」

「宿に戻るぞ」

「はい」

 俺は祭りの雰囲気で疲れたのか、娘の話を聞いて疲れたのか、なにも考えることなく、すぐに眠ってしまった。


 翌日、早く眠ったため朝早く起きた。まだ寝ぼけているらしい娘を連れて宿を出た。次の村は川に面していて、珍しい品物や情報が流れてくることがあり、なるべく早くたどり着きたかった。

「待って、待ってください……」

「急がなきゃ、日が暮れるだろ」

「まだ、朝早くで、あんまり……元気が………」

 娘はノロノロと俺に近づいてくる。その足取りに苛立ちを覚える。やはり、昨日の気持ちは気の迷いだったらしい。

「早くしろ」

「…はい」

 少し落ちた声で娘は答える。だが、それからは文句を言うことはなかった。

 次の村についた。ここは村の割に規模も大きく、そろそろ町になってもおかしくはないだろうと言われている。娘は目新しいのかキョロキョロと周りを見渡している。その娘を引いて、宿屋に入った。

「四日」

「あいよ」

 宿屋の主人はなにも疑うことなく部屋札を渡してくる。詮索されることなく済んで、変な苦労が溜まることもなかった。また、娘は部屋の隅に座り込む。俺も寝台に座り、会話はないと思っていた。だが、しばらくして娘が話しかけてきた。

「張さんは、どうして盗賊に……?」

「流れに身を任せた。それだけだ」

 嘘ではない。家が天災に遭い、親父は帰ってこず、残った家族もすぐに破滅した。俺は人から奪うしか生きる術がなくなった。幸運なことに多少の知恵と少しの剣の才能があったため、何とか生き延びることができた。

「流れ……」

「満足したか」

「そういうものなんですか……?」

「そうだ」

「なら、私はどの流れに拐われたんでしょう…」

「俺が知るか」

 それ以上娘は話さなかった。だが、俺は少し考えてしまった。確かに俺はなるがままに盗賊になった。しかし、天災があったときに、一番苦しかったのは役人どもの取り立てだ。凶作なのは理解してるだろうに搾り取れるだけ搾り取り、奴らは笑って過ごしてた。奴らがなにもしなかったら俺はまだ家にいたかもしれない。そう考えると、娘がいい身分であることも恨めしく感じた。今すぐ、この激昂に任せて殺してやってもいい。だが、首都に売ってやれば、ここで殺すよりもはるかにひどい目にあわせてやれるかもしれない。その思いで、俺は手を止めた。その日の夜は、いつもよりも寝苦しかった。


 翌日、俺は宿に娘を置いたまま、町に出た。決して部屋を出るな、喋るな、戸を開けるなと命じて。久々の一人で過ごす自由な時間だった。何をするか悩んだ。酒場で酒を飲むのもよい。娼館で済ませてもよい。とにかく金はあった。足は、娼館に向かっていた。適当な娼婦を買い、済ませよう。

「よー、兄ちゃん」

「この値段で買えるやつなら、誰でも構わん」

「へい。ならこの部屋に」

 指示された部屋に入ると、値段の割には見目がよく、客がつきそうな女が座っていた。こういう女には、大概何かしらの病気があるものだ。外れを引いたと思った。

「こんにちは」

「あぁ」

「愛想のない人ねぇ」

 そう言って女は笑う。

「私、安かったでしょ」

「あぁ、見た目の割にな。病か?」

「違うわ」

 それならば、理由が分からない。予想もつかなかった。

「私、首都から流れてきたのよ。さんざん使われた後でね」

「ずいぶん小さい頃から使われてるんだな」

「えぇ、人攫いに売られてね。私は一人娘だったから、きっと家族は泣いたはずだわ」

 もう気にしていないという風に、また笑った。それからはしばらく身の上話を聞かされ続けた。おそらく、これが安い理由だろう。だが、俺は苛立ちは感じなかった。むしろ、内心面白がって聞いていた。

「家に誰もいない時に拐われたわ。お母さんは食べ物を探しにいってて、お父さんは、いなくなってて」

「どこも変わらんもんだな」

「あなたも?」

「拐われちゃいないが、似たようなもんだ」

 この女の話は、面白かった。立場が近かったのはあるだろうが、それでも考えることはたくさんあった。その中で、最も怖かったものを女は話した。

「私が一番怖かったもの、分かる?」

「男」

「違うわ。私が一番怖かったのはね。血とか、刃とか、そういうの。子供の頃の方が怖さを感じやすいの。夜に堕ちてからは男も怖くなくなった。子供の頃に見たものの方が怖かったのよ」

「……そうか」

「そう」

 そこで、一番怖かったものの話は終わり、時間も同時にやってきた。だか、考えは終わらなかった。確かに恐怖は子供の時の方が怖かった。それは俺もそうだ。なら、娘もそうなのだろうか。そこで、俺は考えるのを止め、その場を終わらせた。


 宿に戻ると、娘は同じ位置に座っていた。しかし、やることがなかったのか、眠たくなったのか分からないが、眠っていた。俺は、起こさないように音を立てずに寝台に座る。よくよく見てみるとずいぶんと綺麗な顔立ちをしていた。ただ、幼さが残っている分、きちんとしたやつには売れないだろうが、好事家には好まれるだろう。それに、高い金を出してくれる。それは娼館に売っても同じだろう。余計なものを考えすぎた。明日は、村外れの家から何かを奪わなくては。


 翌朝、俺は早くから宿を出て、村外れに向かった。まだ日も出る前で、派手に動かなければバレる可能性は低い。入った家にいたのは、二十代半ばほどの女一人とその娘と思わしき子供一人だった。叫びだす前に刃を見せて黙らせ、両手両足を縛り、口にも轡を噛ませた。

「いいか。喚くな、動くな。無視したら……殺す」

 だが、それはしたくない。この村は人も多く、役人も多い。仮に殺せば、子供の泣く声や女の足掻きで、役人が呼ばれる。情報が行き交うこの村でそうなってしまえば首都に入れるか分からなくなってしまう。これはよい手ではない。俺が金品や食糧を詰めている間、女と子供は肩を寄せあっていた。もし、俺が根こそぎ奪っていったら、この親子はどうなるのだろうか。母親が体を売る。娘もそうするかもしれない。もしかしたらその前に飢え死にするかもしれない。そう思うと、俺の手が鈍る。いや、こんなことを思うくらいなら、殺してしまえばいいのか。

「……命を拾ったな」

 俺は、どうしてこんなことをしたのか分からなかった。普段なら躊躇いなく奪えた、殺せた。だが、今はそれができなかった。余計な考えと、危険が俺のことを躊躇させた。

「役人に言ってみろ。その時こそ、殺してやる」

 宿に戻ると娘はまだ眠っていた。寝台の上で俺は盗品を整理する。なかなかに高価そうなものもあり、中途半端に終えたにしては、かなりの金が得られそうだった。

「ん……おはよう、ございます」

「ああ」

 娘は起きてきて、なにも聞かず、起きたときと同じ場所で座っている。俺は盗品の整理を終えると、娘を連れて村に出た。多少は荷物持ちにはなるし、置いて出ていくのはどことなく不安だったからだ。

「あっ、お兄さん?」

「お前は……昨日の娼婦か」

「こんにちは。この子は」

「妹だ」

「ふーん……」

 明らかに疑っている目をしている。こいつ自身が人売りに拐われ、娼館に売られている。そこから何となくの違和感が働くのだろうか。

「そういうことにしておきましょう。少し、お茶しません?もちろんその子も」

「……構わん」

「じゃあついてきてください。穴場があるんですよ」

 娼婦に連れられ、店主と俺たち以外に人のいない茶屋についた。娼婦は店主に金を渡し、「いつも通りのを」、と注文をした。

「今日は、娼館にいなくていいのか」

「ええ、非番なんです」

「そうか」

 店主が焼き串を三皿持ってきて、俺たちの前に置く。

「悪いな」

「お代は気にしなくていいわよ。昨日払ってくれた分だから」

「結局俺の金って訳か」

「そうよ」

 娼婦が運ばれてきた焼き串を上品に、なれた手付きで食べ始める。俺も食べ進めるが、娘はなかなか手をつけない。

「おい、食ってもいいんだぞ」

「本当ですか……?」

「ああ」

「しっかり食べて?じゃないとせっかく奢ったのに悲しいわ」

「ありがとう、ございます」

 娘は焼き串にがっつき始める。普段から干し肉を食わせてはいたんだが、それでも久々のこういう食事には餓えていたのだろう。

「この子、結構かわいいわねぇ」

「そうなのか?」

「えぇ。あなたがいいなら引き取りたいくらい。きっと、お客もつくわ」

「そいつは、いい」

 娼婦から見ても、娘の見目はかなりよく見えるようだ。引き取りたい、という言葉も本気ではないにしろ、嘘ではなさそうだ。

「けど、その子はちょっと子供すぎるわ」

「そうだな」

「まだ、戻れる年齢ね」

「戻す気はない」

「そうでしょうね」

 少し諦めたような声で娼婦は答える。娘は久々のうまい食事に満足したのか机に突っ伏して眠ってしまっていた。

「首都に行くの?」

「ああ」

「高く売れるでしょうね」

「そうじゃなきゃ、困る」

「……いいことを教えておくわ。でも、これは売るときのためのこと。なるべく高く売りたいなら綺麗な着物、髪飾り。これくらいは用意した方がいいわ」

「どれくらい変わる」

「そうねぇ……。この子なら、買値が二、三十金くらい増えるんじゃないかしら」

 首都で暮らしていた娼婦が言うのだ。これは間違いないだろう。有益な情報をくれた。が、その後に娼婦は付け足してくる。

「でも、これは堕ちるとこまで堕ちてからは思い出して」

「じゃあ、なんで話した」

「何となくよ。今は、その子を見てあげてもいいんじゃないかしら」

「はぁ……。馬鹿馬鹿しい」

 俺は娘を揺さぶり起こして、席を立つ。娘はまだ眠たそうな顔をしている。

「うまかった。ありがとな」

「ええ。また娼館に来て、あなたが堕ちてなかったら、夜伽を考えてもいいわ」

「……そうか」


 見てやる、という言葉が頭に引っ掛かっていた。俺は、娘のことをほとんどなにも知らない。名が沈玉蘭ということだけだ。それと、おそらくよい暮らしをしてきたということぐらいだ。ああ、それと、舞が好きということ。気にする必要はない。ないはずだが、妙に気になった。宿に着き、娘はすでに眠そうな様子はなかった。

「おい」

「はい」

「お前、やけに焼き串を夢中で食ってたな。好きなのか」

「その、久々に、干し肉以外を食べられたので、つい……」

「好きか、そうでないか。どっちだ」

「好き、です」

 食の好みは、年頃の子供とさして変わらないようだった。俺も、まだ余裕があった頃は親父に連れられた祭りでいつもと違う肉や食い物をねだった記憶がある。

「なんであの質屋にいた」

「分からない。気がついたら、あそこにいました。でも、家を出るときに……お父様から、お前のお陰で一家が救われるって、送り出されました」

「そうか」

 やはり、借金の清算のために売られたらしい。どこの家にもある話だ。そこから流れに流れて、俺のところに回ってきたのだ。それまで手を出されていないのは幸運としか言えないだろう。

「急に、どうしたんですか?」

「気にかかっただけだ」

「そうなんですか?」

「ああ。……眠くなったら、早く寝ろ」

 娘はしばらく起きていた。俺が灯籠の明かりを消し、横になった時に一緒に寝たようだ。


 夢、ああ、これは夢だろう。俺が笑っている。それに、死んだはずの親父までいる。俺の手には菓子まで握られている。そんなことあるわけがないのに。ああ、なんて、最悪な夢だろう。


 目を覚ました。ずいぶん寝覚めは悪かった。娘の方は先に起きていたらしく、昨日と同じ位置に座っている。今日は、この村から出なくてはならない日だ。進まなければならないし、別の町で金品を売りたい。

「おい、行くぞ」

「はい」

 俺は、船着き場に向かった。また遠回りにはなってしまうが、金品を高く売れる町、河安に行くことができる。それに、気を張ってばかりだったから、気晴らしにはちょうどよいだろう。

「乗るぞ」

 娘はなにも言わず船に乗り込む。河安までは船を使えば早くは着くが、それでもこの村からは一日はかかる。その間は、風景でも眺めておくことにした。

「張さん」

「なんだ」

「次はどこに行くんですか?」

「河安だ」

「どんな、所ですか?」

「前の村より大きい、それと、少し安全だな」

「へぇ……」

 娘は満足したのか、俺と同じように風景を眺め始めた。それから、日が頂点を過ぎたくらいの時だ。下卑たような笑みをした男が近づいてきた。

「な、なぁ、あんた」

「なんだ。用がないなら、さっさとどこかへ行け」

「あんたの隣の子、へへ。今夜わしの部屋に送ってくれんか?」

「……やらん」

「なに、一度だけだ。それだけでいい。退屈になってのぅ………」

 こいつは、間違いなくやれると信じている。俺のことを舐めている。それは、それだけではないが、許してやれるわけがなかった。

「……娘は送らん。どこかへ行け」

「はぁ~?貴様、金に困っているのか?それなら、8金でどうだ?」

「無理だと言ったろう」

「10金」

 こいつも、分からんやつだ。何度言っても、値を釣り上げても、俺は娘を首都以外で売る気はない。

「お前に売る気はないと言っているだろう」

「強情なやつだな~っ!俺は、役人だぞ!売らなきゃなあ!どんな目に遭うか……」

 役人、役人だと。身なりはどうせ下級役人だ。周りに聞いてるやつもいる。河安に行けばこいつよりも上級の役人が必ずいる。役人に頼るのは虫酸が走るが、こんなやつに因縁つけられるくらいなら、そいつらを頼った方がましだ。

「役人、役人と言ったか。そのお役人が金で幼女を買おうとしているなど、良いのか」

「貴様が黙っていればよいのだ!」

「もしここで無理やり連れていってみろ。河安に着いてすぐ、別の役人に付き出してやる!他の乗客も見てるんだ!」

「うぐっ、クソぉ……!」

 顔を歪めて、男は戻っていった。これは、恨みだ。役人に対しての恨み。そうじゃなきゃ、こんなにむきになることはない。そのはずだ。


 面倒はあったが、河安に到着した。ここは金や物品の回りがよく、金品も高く売れる。それに、役人も多く治安もいい。それは不都合ではあるが。

「着いたぞ」

「ふぁ……」

 娘は寝ぼけ眼で船から降りる。まず、宿を取らなければならない。動きたくても自由に動けない。それに、ここには知り合いもいる。会えるならば会っておきたい。

「女将、とりあえず二日……、長くなるかもしれないが」

「あいよ」

「それと、林のやつは、いるか?」

「いるよ。階段上がって四つ目の部屋だ。あんたの部屋はこの階の三つ目の部屋」

「助かる」

 部屋に入り、荷物と娘を部屋に置いておき、俺は、林の部屋に入った。

「林、張だ」

「入ってくれ」

 林は、以前この辺りで仕事をしていたときに、目的と利害の一致で組んでいた。それに、まだガキだった俺の面倒も見てくれていた。

「久しぶりだな」

「ああ。最近はどうだ」

「少し、面倒が増えた」

「面倒事が嫌いなお前が珍しいな」

「あんたがそう仕込んだんだろ」

 林からは色々教わった。盗みのやり方、跡の残らない殺し、役人の掻い潜り方。とにかく、生きるための術を。

「まぁ、そうだな。そうだ、ここにはいつまでいるつもりだ」

「決めていない。だが、首都に行かなきゃならない」

「そうか」

 林は黙って酒を渡してくる。俺はそれを黙って受け取り、口につける。

「飲める年だろ?」

「まぁな」

 俺たちの時間は静かに過ぎていった。その間、娘の話はしなかった。なのに、部屋を出るときに、林は言ったのだ。

「後悔しないようにな」

 読み取られたのだろうか。それとも、ただそう言っておきたかっただけなのか、それは分からない。それでも、俺の思考は静かに揺れ続けていた。


 部屋には変わらず娘がいた。俺も、変わらず寝台に腰を下ろす。話しかける気にはならなかった。今は、この理由も分からず揺れ続ける考えを、整理したかった。

「どこに、行かれてたんですか?」

「知り合いのとこだ」

「どんな人ですか?」

「盗賊について、教えてくれた人だ」

「会って、みたいです」

「止めておけ」

 俺は何となく答える。それに、幼女には手を出さないだろうが、林は女癖の悪いやつだ。なるべく近寄らせるのは止めておいた方がいいだろう。信頼はしているが、念のためだ。こんなことで今さら価値が落ちるのはごめんだ。

「船で、私があの人に怒ったのはどうしてですか?」

「……気にくわなかったからだ」

「どうして?」

「自分の手元にあるものを、買いたいと言われたら怒りたくもなる」

「そう、なんですか?」

「ああ」

 その通りだ。全くその通り。あんな小汚い役人のために誰が使わせてやるものか。それで価値がどれだけ下がると思ってる。それに、幼女だと分かっていて声をかけてくるやつだ。まともじゃないのは分かる。金も、払ってくれるか怪しいものだ。

「でも、あの人の部屋に行くだけで、お金がもらえるんじゃ……」

「……それでもだ」

 俺も、あそこまで頭にきた理由は分からない。だが、少しでも渡してやりたくはないと思ったのは確かだった。

「少し、町に出るぞ」

 娘は黙ってついてくる。そうするのが当然になっていた。気になるものの前で、足を止めるのも慣れたものだ。その度に買わないと言ってやるのも。

「ここは、すごく賑やかですね」

「この国でも、栄えてる方だからな」

「見たことない。ものがいっぱい……」

 さすがに河安の町は目新しいものが多かったらしい。少し歩いては少し立ち止まる。しかし、俺はその歩みに慣れてしまったからか、怒りは沸いて出てこなかった。


 俺は、まだしばらくここにいるだろうと思い、女将に言って、宿泊を五日間に伸ばしてもらった。一日は金品の売却に使った。予想よりも高い金が入ってきた。これなら、売るための準備も問題ないだろう。それに、売られたとはいえ、女ではある。自分の気に入るものを選ばせてやるのがよいだろう。そう思い、市に出向いた。

「髪飾りと、着物。好きなものを一つずつ選べ」

 そう指示すると、娘は笑顔を浮かべた。初めて見たかもしれない。舞を説明したときも、どこか恐れのある顔だったから。娘はひょこひょこと店を回っていく。俺にはどれも変わらないように見えるが、悩んでいそうな所を見ると、そうでもないらしい。

「これ、着物はこれがいいです」

「そうか」

 なかなかにいい値段はしたが、これも後の金のためだと思えば安いものだった。勘定をしようと店のものに話しかける。勘定を終えて、振り返ると男が娘の腕を引っ張っていた。見覚えがある。あのときの役人だ。

「ほら、声出すな。黙ってれば、痛くはしないぞぅ」

 娘は恐怖のあまり、声にならない声を出していた。それにしても、こんな白昼堂々、それに誘拐とは本気で痛い目を見たいらしい。

「おい」

「あっ!近くにいたのか!」

「お前、本当に痛い目を見たいらしいな」

「ふ、ふざけるなよ!役人に手を上げれば、どうなると思う!」

 やつは有利な立場からものを言ってくる。確かにここで剣を抜いてしまえばここでの買い物はもうできない。このまま首都に向かうしかない。だが、それのどこに問題がある。少し予定が早まるだけだ。剣を抜こうとしたそのときだった。

「おい!貴様何をしている!」

 別の役人がやってきて、やつのことを取り押さえた。

「大丈夫ですか?それに君も」

「ああ、俺は大丈夫だ。玉蘭は、」

「こ、怖かったけど、大丈夫です」

 どうやら助けたのは中流役人らしく、周りにいた小役人に男を連れていかせた。

「悪かった。アイツは素行が悪い上に、権力を振りかざすやつでな。これまでの行いも含めて、数年は牢の中だろう」

「いや、助かった。もう少し遅かったら、間違いなく剣を抜いた」

「そうならずに幸いだ。妹からはなるべく目を離してやるな。大切ならな」

 そう言って、中流役人は去っていった。

「一度戻るぞ。髪飾りは、明日でもいい」

「……うん」


 翌日、俺は、一人で市に出ていた。あんなことがあったのだ、万が一にまた奪われんようにしなくてはならない。

「……分からんな」

 娘の髪飾りを選ばなくてはならないが、正直、分からん。今までこのようなものに気を向けてこなかった。どれも、今まで奪ってきた、金になるものとしか見られない。

「ふむ……」

 それでも、選ばなくてはならない。何に喜ぶかは分からない。が、少なくとも喜んではくれるのだろう。あのとき見せた笑顔が嘘でないなら。

「やぁ、君」

「あんたは……昨日の」

「璉で構わないよ」

「璉さん、か。昨日は世話になった」

「あぁ。何を見ていたのかな」

「髪飾りを」

「あの子のものか」

「そうだ」

 なかなかに迷うものだ。俺は娘の好みなど分からないのだから。俺がよいと思うものを送って喜ぶものだろうか。

「迷っているのか」

「情けないがな」

「いいや、分かるさ。私には娘がいるんだ。誕生日くらいはと贈り物を考えるのだが、なにも分からない」

「そういうとき、あんたは何を贈るんだ?」

「迷いに迷って、最後には、自分がこれをつけててほしいと思うものを贈るのさ。似合うと思うと言ってな」

「そうか、なるほどな……」

 やはり、中流役人ともなれば贈り慣れているのだろうな。素直に従うのは癪に触るが、今だけは参考にさせてもらおう。

「助かった」

「いや、いいさ。私は仕事に戻るよ……。辛いがね」

「ああ」

 俺が、あの子に似合うと思うものを選ぶのがよいのか。娘は今でも綺麗な顔立ちをしている。なんでも似合うだろう。それに、きっと成長してからも似合うものをつければ、よい値になるだろう。

「お兄さん!何かお探しかい!」

「ああ、髪飾りを贈りたい」

「なるほど……。ではこちらに種類がありますよ!見ていってください!」

 促されて入った店には、多くの髪飾りが置かれていた。その中に、蘭を模したものがあった。赤い蘭だ。ああ、これは、これなら、よく似合うだろう。

「これを貰おう」

「ありがとうございます!」

 綺麗に包んでもらい、俺は宿に向かった。


 宿に戻ると娘はなにも変わらず、そこにいた。なにもしていないようだった。

「おかえり、なさい」

「ああ」

 どう切り出せばよいものか。俺がこいつにものを贈るなど柄ではない。選ばせるならまだしも、ものを贈るなどしたこともなければ、こいつに贈るなど、どうすればいいのか分からない。

「その、包み、なんですか?」

「あ、あぁ。少し待て」

 俺は娘に指摘されて、焦るように包みを広げる。中には当然、先ほど選んだ蘭の髪飾りがある。

「これ、どうしたんですか……」

「昨日言ったろ、髪飾りを選べと。俺が選んでしまったが。……気に入らなかったか?」

「いえ、いいえ。嬉しいです」

 髪飾りを受け取った娘の顔には、少し笑みが浮かべたように見えた。その顔を見て、俺は少し安堵したような気がした。


 次の日、俺は河安を出ることにした。何か芸の一つでもあれば、より高い値がつく。それに、やりたいことでもあればすぐに覚えるだろう。幸い河安はそういった町に向かう船も道も揃っている。芸を仕込むとなれば、やはり曲陽だろう。あそこは、舞だの芝居だのが盛んだ。土地勘はあまりないが、問題はないはずだ。

「曲陽に行く」

「はい」

 曲陽は河安よりも首都から離れてしまうが、それでも十日もあれば往復できる距離だ。さしたる問題にはならない。そうして、河安を出てから二日、曲陽に着いた。河安よりも賑やかで、きらびやかな町だ。各所に出し物なども多い。

「まずは、宿を探さんとな……」

 だが、そう簡単にことは運ばない。娯楽の町だけあり、宿はどこも高い。長く居座ると金が足りない。仮に、安すぎても安全が保証できない可能性もある。俺は、途方にくれてしまった。

「あんた……」

「……なんだ」

「あんた!あんときの盗賊さんじゃないか!確か……張さん!」

「……すまない。あんたは?」

「前の事だからねぇ。覚えないかもしれないけどさ。あんた、私たちを助けてくれたんだよ」

 俺が、この女を助けただと。そんな覚えはない。こんな身なりのいい女を見れば、大体殺すか、奪ってきた。それなのに助けたなんて、柄じゃない。

「本当に覚えてなさそうだねぇ……。ほら、うちの朴様を助けてくれたろ?その時、私はとなりにいたんだよ」

「朴……。あぁ、あの首都の豪商か」

 一、二年前だろうか。ただの一度の気まぐれだった。何人かの野盗に襲われていた豪商を助けた。そいつは首都にいる漫遊中の豪商でだった。その時に、連れていた女か。

「あの時は助かったよ。あんた、なんか困ってるかい?」

「泊まる場所がない。あっても長くいるほどの金がなくて困ってる」

「ふーん……。そういうことなら、うちの宿舎を使いな。私らの楽団もしばらくは曲陽にいるんだ。それまでなら、多少の力仕事でその子も一緒に住まわせてやるよ」

「……助かる。が、いいのか?」

「恩返しだよ。命を救ってもらったんだから、安いもんさ」

 俺は、その言葉に甘えることにした。女は楽団をしているようだし、娘にとってもいい刺激になるだろう。あわよくば、楽団のやつから何か教えてもらえるかもしれない。


 楽団での暮らしは、悪いものじゃなかった。力仕事も負担にはならず、むしろそれだけで部屋や食事の面倒を見てもらえるのはありがたい限りだった。人も面倒見のよいやつが多く、娘のこともよく可愛がった。娘は楽団の奴らとよく話した。そのなかで、やはり舞に興味を持ったらしい。教えてもらいながら舞っているのを、よく目にするようになった。そんな日々が続いたある日、娘は俺に話しかけてきた。

「張さん」

「どうした」

「私、舞を練習したの」

「してたな」

「見て、くれる」

「ああ」

 娘の舞は、どこかぎこちなかった。まだ慣れていないところがあるのだろう。だが、ここに住まわせてもらってから大体二週ほどになる。それでここまでやれるのは、努力だけじゃない、才があってこそだろう。

「どう、でしたか?」

「なかなか上手いもんだ」

「ありがとう、ございます……!」

 娘は笑顔を見せる。褒められたことがそんなにも嬉しかったのだろうか。

「まだ、ここにいますか?」

「ああ。ひとまずは楽団が撤収するまで厄介になるつもりだ」

「よかった」

 また、娘はひらと回って見せた。それを見て、俺も笑みが浮かんだような気がする。この分なら、きっといい値がつくはずだ。見た目もよくて、舞も踊れるとなれば引く手は多いだろう。だが、それだけが理由ではない気がした。


 ここに滞在してから、さらに一月ほどが過ぎていた。娘はすっかり馴染んでいて、毎日面白そうに稽古をしている。わざわざ俺に許可を取って、部屋でも練習している。娘にとって、よほど面白いのだろう。

「張さん張さん」

「どうかしたか」

「私、次の新人の出し物に出してもらえることになったんです。他の人とも一緒ですけど……」

「そうか。頑張れよ」

「その、見にきて、ほしいなって」

「……俺にか?」

「はい」

 見にきてほしいなど、驚いたものだ。俺は、お前を売ろうとしているのに、それなのに、こいつは俺に、親のようなことを求めている、こいつは言っているのだ。だが、どれだけ上達したか、人前で見せられるほどになっているのか。それを、自分の目で確かめた方がよいだろう。

「分かった」

 娘は、ほんのりと笑ったような気がする。だが、甚だ疑問だ。俺に、舞を見せたところで、嬉しいものだろうか。それが、分からなかった。


 娘が公演に出る日になった。楽団員の計らいで、俺は、前の方の席で見られることになった。人は大勢入っており、この楽団がいかに人気なのかがうかがえる。話によると、娘の番は最後の方らしい。それまでは、楽団の演目を眺めていた。

「えー、次は、この楽団の新人たちによる演目です!」

 進行をしていた男がそう声を出すと俺ははっと顔を上げた。どうやら、眠ってしまっていたらしい。男が大声を出してくれて助かった。

 娘は、後方の方にいた。さすがに前列の方にはいられないらしかったが、他の娘たちとも遜色のない動きをしているのが分かる。可愛らしさも、優美さも感じられる動きだった。やはり、上達が早かったらしい。これなら、誰にでも、どのようにも売れるだろう。演目が終わると、大きな拍手が上がった。そうして、娘のことを褒めてやろうと舞台の裏側に回ると、なにやら揉めているようだった。

「何があった」

「張さん!大変だ!あの子が裏に戻ったとたんにアイツが来たんだ!」

 娘の方を見ると、少し小太りの、いかにも女漁りをしていそうな男が娘の手を掴んでいる。顔も寄せており、今にも接吻をしそうな勢いだ。

「おい。手を離せ」

「あぁーん……?なんだぁ、お前はぁ」

「そいつは俺の妹だ……。これ以上近づくようなら、覚悟するんだな!」

「うぐぅ……」

 男は少し身じろぎをし、玉蘭からは手を離した。しかし、次には俺の方に近寄ってくる。

「待て、待てよぅ。金は少しばっかあるんだ。そうだなぁ……30金でどうだぁ?なかなかいいだろう?」

「覚悟をしろと言ったはずだぞ……」

 俺は、剣を抜き、男の方に向ける。

「下卑たことを二度と考えられねぇように、その股ぐらを切り落としてやる!」

「ぐ、ぐぅ…。分かった、分かったよぅ……。くそぉ………」

 男はすごすごと帰っていく。俺は、玉蘭に近寄る。

「平気か」

「はい、はい……」

「そうか。その、今言うことでもないが、舞、よかったぞ」

「あ……!はい!」

 俺は、玉蘭の手を握り、そのまま部屋に戻った。


 俺は、なぜあんなにも激昂したのだろう。あそこで売っても、かなりの金にはなった。売ってここで別れれば、また盗賊に戻って、日銭を好き勝手に稼ぐ暮らしに戻れただろう。それで、よかったはずだ。

「張さん」

「あ、あぁ。どうした」

「教えてください。私は、あの人に連れていかれたら、どうなってましたか?」

「……ひどい目に遭っていただろうな」

「売ってくれと……そう言ってました」

「ああ」

「あの人は、綺麗な娘は価値が高いとも」

「そうか」

 娘は、言葉に詰まっているようだ。言いたいことは、分かる。そうだ、そのはず、そのつもりだ。

「張さんも、私を、売るために……?」

「……そうだ。だが……今は、そうでもないかもしれん」

「やっぱり……」

「勘違いをするな。今は、そういう気にならん」

 何を言っているんだ。俺は、売るために、天塩にかけてきたはずだ。しかし、今となって、手放すのが惜しい。手放すにしても、安全でなくてはならないと思うようになっている。

「首都に、行くんですか?」

「ああ」

「売るために?」

「いや……。そうは、したくない」

 守るべきものが、できてしまった。

作らないと、思っていたはずなのに。

このままでは、危険がつきまとう。やつだ。朴のところに行かなくては。全てを、変えなくてはならないから。

「大丈夫だ。今は、寝ておけ」

「はい……」

 首都に行っても、しばらく待てば楽団は戻ってくる。伝手があるから、なんとかなるだろう。今は、朴のところに行かなくては。


 翌日、楽団と一時の別れをして、首都に向かうことにした。楽団の奴らは玉蘭との別れを惜しんでいたが、首都に戻ったらまた頼むと言って出発した。首都の手前までは、何の問題もなく到着をした。問題は、首都に入るため門だ。疑われてはならない。ここで騒ぎになったら、台無しになる。

「悪い。俺と妹が入る」

「えぇ、えぇ!問題ありませんよ!」

「助かる」

「あぁ、少し、いいですかぁ?」

「なんだ?」

「……ああ、気のせいでしたぁ。どうぞぉ」

 役人に止められたが、ちょっとした確認だろう。早く朴のところに行かなくては。確か、首都の東に店を構えていると言っていた。俺のことを、覚えているだろうか。

「すまない。朴さんを呼んでもらえないだろうか」

「んん?貴様のようなやつに、朴様は割く時間はないよ!」

 当然と言えば、当然の反応だった。店の売り子は声を張り上げてさっさと帰るように促してくる。だが、俺も諦めるわけにはいかなかった。

「頼む」

「帰んな!」

「おい。何を揉めている」

 奥から低い声が出てきた。その声には覚えがあった。野盗に襲われたというのに、あのときも落ち着いた声で、見事だった。その一言ですませた男だ。その後に、一度だけ恩を返してやると言った男。それが、姿を表した。

「あぁ、貴様か。奥に来い」

「すまない」

「旦那様!よいのですか!?」

「ああ」

 朴の言う通りに、奥へと進む。奥の部屋は金持ちの癖に飾り気がなく、乱雑にものが置かれている。

「散らかっていてすまないな。繁忙期で忙しい」

「いや、俺こそ急に押し掛けてすまない」

「それで、何の用だ。まさか顔を見せにきただけな訳がないだろう」

「ああ」

 俺は、必要なことを話す。ひとまず、住む場所が必要なこと、盗賊から足を洗うために手を貸してほしいこと。朴は、考える素振りもなく、答える。

「問題ない。叶えてやろう」

「本当か」

「ああ。だが、一つだけ条件だ。全てをなにもなしにやるわけにはいかない」

「……なんだ」

「首都外の質屋や宿屋。お前と関係のあるところ全て教えてもらおう。ちょうど、外にも手を伸ばしたかったところだ」

「……どうするつもりだ」

「無論悪いようにはしない。情報の共有や拠点の確保が目的だ」

 それなら、悪い条件ではない。情報を流したところで、アイツらはもう会うことはないだろう。

「分かった。教えよう」

「悪いな」

「いや、この程度なら、構わない」

「すぐに案内させる。外で待っていろ」

 そう言われ、程なくして朴の部下であろう人間が来た。案内された家は、二人で住むには、少し広すぎるように感じた。

「旦那様から。ここは一時的な住まいで、ちゃんとした住まいは、後日用意する、と申し付けられています」

「そうか……。礼を伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 ひとまずは、腰を下ろすことができた。明日は町を回ろう。玉蘭も、食べたいものがあるかもしれない。

「あの……」

「どうした」

 玉蘭は首都に入ってから一度も喋っていなかった。そういえば、道中足を止めることもなかった気がする。少し前まではよく露店や屋台の前で足を止めていたのに。

「朴、さんは……人売りですか……?」

「いや、そういうことはしない豪商だ」

「本当、ですか?」

「ああ」

 声が少し震えている。きっと、数日の船旅のあとに歩き続けたののだから、疲れたのだろう。

「今日は休め」

「はい……」

 玉蘭は、部屋の隅の方に歩いていく。

「おい。寝台がせっかく二つあるんだ。こっちを使え」

「……いいんですか?」

「早くしろ」

 玉蘭はおずおずと、寝台の方に歩み寄り、なにかを伺うように寝台に横になる。すぐに眠ってしまったところを見るに、やはり疲れてしまっていたらしい。俺も、自分の寝台で横になった。


 翌日は、玉蘭と市に出た。やはり首都なだけあり、人の波は途切れない。

「玉蘭、気になるものがあったら、言え」

「はい」

 しかし、いくら歩いても玉蘭は決して歩みを止めない。ただ、俺の横からは離れない。そういえば、曲陽や河安では、菓子の前でよく、足を止めていた気がする。俺は、林檎を飴で固めたものを買って、渡してやる。

「これ……」

「前、食いたがってただろ」

「ありがとう、ございます」

 しばらくの間、玉蘭はその菓子をじっと見続けていた。好みではなかったのだろうか。やはり、選ばせた方がよかったのではないか。そんなことを考えながら回っていると、日が暮れた。

「暗くなったな。帰るぞ」

「はい」

 家に向かおうとしたそのときだった。背後で、なにかが弾けるような音がした。

「……花火」

「あれが、そうなのか」

「そうです」

 花火、見たことはなかったが、初めて見て、綺麗だと感じた。きっと、この下で舞えば、玉蘭よく映えるのだろう。

「一つ、覚えていてくれ」

「……え?」

「お前がまた、舞うようになったら、この大きな花に合うようなものを舞ってくれ」

「……分かりました。その時が来たら、張さんも、呼びますね」

「……劉言、だ」

「え……?」

「俺は、張じゃない。本当は、劉言だ」

「劉言……」

「ああ。だが、普段は張と呼べ。人に教えたのは、玉蘭、お前が初めてだからな」

「はい……!」

 宿に戻る頃にはすでに花火は鳴りやんでいた。しかし、玉蘭は、満足そうな顔をしながら眠りについたのだった。


 首都に馴染み、ようやく暮らしにも慣れた頃。俺は家に玉蘭を置いて、娼館や養女を引き取るという名目の場所を回っていた。だが、引き渡してもよいと思える場所は一つとしてなかった。どこも劣悪で、女や幼女を食い物にすることしか考えていない連中しかいない。これなら、俺が面倒を見た方がいくぶんかましだろうと、家に戻ることにした。そろそろ、朴から仕事をもらえると部下に聞いたし、金にも余裕ができてくるだろう。今日はなにかを買っていこう。この簪がいいんじゃないだろうか。菊の意匠が施された簪だ。きっとよく似合う。玉蘭は喜ぶだろうか。玉蘭は今、何をしているだろうか。何をしていてもいいと言ったから、きっと、舞の練習をしているに違いない。そして、練習を終えて、まためざとくこの包みに気がつくんだろう。

 だが、戻るとどこにも玉蘭はいなかった。ただ、家が荒らされた形跡があるだけ。俺の手から、簪がこぼれ落ちた。


 すぐに家から飛び出し、辺りを見渡した。回りには誰もいない、痕跡すらない。そう遠くには行けないはずだ。それに、ここは朴の手が及ぶ。アイツが野放しにしておくわけがない。どこかで止めているはず。だが、どれだけ朴の勢力下を探しても、玉蘭は、いない。怪しいやつも。もう、俺だけでは無理だ。

「朴!」

「……騒がしい」

「玉蘭は、玉蘭を見なかったか!」

 俺はすぐに朴の下に駆け込んだ。こいつなら、なにかを知っているはずだ。いや、知らないわけがない。

「……見た、が。教えてやる義理はない」

「教えろ」

「断る」

「頼む!」

 少しの沈黙の後に、朴は口を開く。

「………教えてもいいが、当然条件はある。それで構わないな」

「ああ」

 朴は、何でもないように話し始める。

「拐ったのは門の中流役人と関係のある盗賊たちだ。やつらは関係のある役人の指示だけは聞く」

「どこに行った」

「首都外れの廃屋。ここまでは尾行させたが、俺たちじゃ踏み込めん。流石に中流役人と事を構える気はない」

「分かった」

「待て」

「なんだ」

「お前と関係のある質屋と宿屋。全部書いて置いていけ。それと、二度とあの家には戻るな。関係は終わりだ」

 それが、条件なのだろう。つまり、役人の手の者から、玉蘭を取り戻したければ、手を切って、全てを捨てろと言うのだ。流石に少し手が止まりかけた。もし、取り戻せたとしても、もうこの首都で足は洗えないだろう。そうなったら外に出るしかない。それも、ほとんどの頼りがなくなった状態でだ。だが、迷いはなかった。なるべく早く質屋や宿屋の名前を書き連ね、朴に突きつける。

「文句はないな」

「ああ」

「……いろいろ、助かった」

「ああ」

 俺は、すぐに飛び出した。後悔は、なかった。ここで見て見ぬふりをする方が、よほど後悔をすることが分かっていたからだ。


 俺は久々に一人になった。最近は、いつも玉蘭がいたからだ。しかし、今はいない。拐ったやつらを全員殺した後に、この簪を刺してやろう。きっと似合うはずだ。剣は、この手に握りしめ、廃屋の前に立つ。相手は複数のはずだ、油断はしない。戸を軽く鳴らす。ほどなくして、一人釣られて確認しに来た。そこで、首を落としてやった。

「おい?何があった!」

 暗闇で、俺の位置は、まだ割れていない。叫び声に釣られたやつの胸を、一突きにする。

「くそっ!早く探せ!」

 林に教わったことだ。一人で数人を相手するときは、一人ずつ確実に殺せ。一度に三人以上相手にするな。次々と、一人、二人、三人と殺していく。迷いはなかった。あと何人いるか分からない。だが、玉蘭のかすかなうめく声が聞こえた。その声に、俺は、走りよっていく。が、その瞬間、急に体から力が抜けた。首から暖かいものが、だらだらと流れ落ちていく。

「へ、へへ……。よくも、よくもやってくれたなぁ……!」

 振り向き、なんとかそいつの首に懐にあった何かを突き刺してやる。もう少し、少しーー。だが、足は動かない。突き倒され、床に倒れ伏した。

「はぁ、はぁ……。門の旦那が言ってたのよぅ!お前のせいでひどい目に遭ったってなぁ!」

 何を言っているのか、分からない。俺は、死ぬのか。玉蘭に、手を伸ばす。そこに、いるのだろう。なぁ、玉蘭。



 ある娼館に、変わった娼婦がいるらしいと、最近の首都じゃもっぱらの噂になっていた。その娼婦は美しい見た目と、素晴らしい技量の舞ができた。そして、変に歪んだ簪と蘭の髪飾りをつけている。だが、それに見合わないほど安く、一夜を過ごせるとの話だった。だが、そうするには、一つだけしなければいけないことがあった。それは、娼婦の話を聞くこと。

「……私は、よくしてもらってたのよ」

「はぁ……?盗賊なんぞに?」

「ええ。助けに来てくれて気がついたの。河安からの何もかもが、あの人、なりの愛情だったんだろうって」

「ただ、高く売るための準備じゃないのか?」

「そうかもしれないわね。でも、あの人には、もう会えないから、分からないわ」

「ふむ……。では、私が買ってやろうか?よい暮らしをさせてやろう」

「遠慮します。私はつまらない女ですから。きっと、満足させられません」

 客は、つまらないという顔をして、夜伽の準備を始める。それを見て、娼婦も同じようにする。しかし、どれだけ買われようと、その娼婦がその話をやめることは、死ぬまで、なかった。 

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