今度は私をロックオン!?
『お菓子みたいに甘い恋』
なんてフレーズを耳にしたことがあるが、今このお菓子屋さんにて始まろうとしている恋は、どう考えても甘くなりそうにはないだろうと他人事のように思った。
◇◇◇
『スイーツショップ ペンテファーレ』。
去年オープンしたばかりの、焼き菓子を中心に取り扱うお菓子屋さんである。
最寄り駅から徒歩三分とアクセスも良好。近隣には学校も多く立地しており、放課後の時間帯になると併設されているイートインスペースは学生で賑わいを見せる。
丸刈りで目つきが鋭い強面の店主が作るかわいいお菓子はギャップがすごいと、グルメサイトに紹介されたこともある。
私こと道橋ふたばは、十六歳を迎えた今年の四月から、このお店でアルバイトとして働かせてもらっている。
店長の片桐吾作は私の母方の叔父であり、仕事が忙しい両親に代わって小さい頃から面倒を見てもらっていた、怖そうな見た目に反してとても優しいおじちゃんだ。
おじちゃんは私を雇用する際に「いくらかわいい姪っ子でも、仕事上は他の従業員と平等に扱う」と言われた。その考えにはもちろん私も賛成である。
そのため、仕事中の私達はお互いを『店長』『道橋さん』と呼んでいる。他の従業員にも私達が親戚関係であることは教えていない。
本日は金曜日。週四ある内の出勤日だ。
私は更衣室で制服に着替えながら、そういえば昨日休憩室のゴミ箱がそろそろいっぱいになりそうだったことを思い出した。
ゴミ袋を用意して休憩室に入ると、ちょうど大学生バイトの青年が休憩していた。
「ん?あぁ、おはよー、道橋さん」
「おはようございます、加茂田さん」
挨拶を終えてゴミ箱を確認すると、やはり満杯になっていた。
私が袋の交換をしている間、加茂田さんは特に気にする様子もなくスマホをいじり続けていた。
まとめたゴミ袋の口を縛っていると、休憩室の扉が開いた。
「ふたばちゃん、おはよう!加茂田さんもおはようございまーす!」
元気よく挨拶をしてきた彼女は明石リリカ。私と同時期に採用されたバイトであり、私と同じ高校一年生だ。
加茂田さんはスマホから顔を上げて、嬉しそうな笑顔を見せる。私の時とはあからさまに異なるリアクションだ。
たしかに明石さんほどの美少女相手なら無理もないが、ここまで露骨に態度を変えられるのも失礼な話である。
「おはよ!リリカちゃん!」
「おはよう、明石さん」
「あのね、ふたばちゃんにお願いがあるんだけど…今日のトイレ掃除、代わってほしいんだ〜」
またか。なんとなく予想はしていたけども。
明石さんは掃除の類いが大の苦手であるらしく、以前に更衣室の掃除を代わってあげた以降、私に掃除関連の仕事を押し付けてくるようになった。
「実はリリ、ちょっと頭が痛くって…ほら、女子トイレって芳香剤の匂いがキツいじゃん?そんな中で掃除してたら、さらに頭痛くなっちゃいそうで〜」
女子トイレで使ってる芳香剤は微香性だったはずなんだけど…明石さんの嗅覚は犬並みなのだろうか?
横にいる加茂田さんからも「それぐらい代わってやれよ」という無言の圧が感じ取れる。
明石さんは必ず仲の良い同僚がその場にいる時に私に頼みごとをしてくるため、こんな感じに断りづらい空気になってしまう。そこら辺、計算高い人だなとつくづく思う。
「わかった。私がやっとくよ」
まあ、断れない私も私なんだけど。
「本当?ありがと〜。お礼に、今度また何か奢るからね!」
そう言って休憩室を出ていった明石さん。
「頭痛いのにちゃんとバイトには来るとか、本当リリカちゃんっていい子だよね」
「はぁ…そう、ですね」
飲食店に勤めているなら体調不良で出勤なんてもってのほかだが、明石さんのことがお気に入りな加茂田さんは一切気付いていない。
ちなみに明石さんはさっき「また何か奢る」と言っていたが、掃除を代わったお礼として彼女から奢ってもらったことはこれまで一度も無い。
勤務時間になったので店内に移動すると、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
今日の私の仕事はお菓子の袋詰めと品出しだ。
粗熱を取ったお菓子を透明なラッピング袋に包み、商品の売れ行きを見つつ陳列棚に補充する。私はこの黙々とした作業が結構好きだったりする。
「いらっしゃいま…せー」
ドアベルの後に聞こえた明石さんの挨拶が若干つっかえた。
もしやと思い顔を上げると、明石さんと同じ学校の制服に身を包んだ男子がいた。
大変ふくよかな体型で、特注サイズであろうブレザーははち切れんばかりにパツパツになっている。
無造作に伸びた髪の毛は清潔感が無く、前髪は目元ギリギリまで伸ばされている。
彼はトレイに大量のお菓子を乗せると、レジの明石さんに手渡した。
「いらっしゃいませ、大峰君。また来てくれたんだね。今日も店内で食べてく感じ?」
「うん…」
大峰君と呼ばれた彼はその他にもアイスコーヒーを二杯頼んだ。これは今日も居座る気なんだろう。
大峰君は最近お店に頻繁に来るようになったお客様だ。私が確認した限りでは、私と明石さんの出勤が被る、木曜と金曜には必ず来ている。
明石さんが出勤した少し後に現れ、退勤時間までイートインスペースでお菓子を食べ続けている、という流れが彼のルーティンになっている。
「ふたばちゃん!あそこのテーブル、お客様が片付け忘れて帰っちゃったみたい。お掃除してきてもらってもいい?」
「了解」
ちょうどマドレーヌの袋詰めが区切り良く終わるところだったので、返事をしてからカウンターを出た。
でもイートインコーナーの掃除って、手が空いていればレジ係がやってもいい作業なんだけどな…。
なんて思いつつテーブルのゴミをまとめていると、隣のテーブルにいた大峰君に話しかけられた。
「あのさ」
「は、はい。どうかされましたか?」
「今レジやってる明石って子。ちゃんと仕事できてる?」
「明石さんですか?はい。同僚の私が言うのもなんですが、問題なくやれていると思います。いつも明るくて、職場のムードメーカー的な存在ですよ」
人にちょいちょい仕事を押し付けたりするのは是非ともやめてほしいんだけどね。
本音は隠して、当たり障りのない返答をしておいた。
「ふぅん…あぁ見えてあいつ、結構ドジなとこあるからさ。職場に迷惑かけてないか心配になって」
「は、はぁ…そうなんですか」
なんだか彼氏みたいな物言いだな…。
大峰君はそれ以上話を続ける気はなかったらしく、再びお菓子を食べ始めた。
「あの、ごゆっくりどうぞー…」
一言かけてから私はそそくさと仕事に戻った。
結局大峰君は今日も、明石さんの勤務が終るまで店に居座っていた。
ちなみに加茂田さんは大峰君に『大豚君』というあだ名を付けており、バックヤードで「大豚君、今日も来てたね。なんかリリカちゃんのストーカーっぽくね?大丈夫?」と、明石さんに話しかけていた。
「そんな大げさですよ。大峰君はただのクラスメイトなんですから!」
そう答えていた明石さんだが、大峰君の行動はストーカーと言っても過言ではないと私も思っている。
しかし当の明石さんはそこまで気にしていないようだ。クラスメイトをフォローしているだけなのか、はたまた単なる鈍感なのか…。
まあ、本人がそう言うのならそれでいいか。
こう言っては冷たいかもしれないが、明石さん相手に私はそこまで親身にはなれなかった。
大峰君を庇っているのであれば明石さんはなんとも友達思いに見えるけれど『大豚君』という失礼なあだ名について一切ノータッチなのはどうかと思った。
◇◇◇
今日は月曜日だが、先日開催された学園祭の振替休日で学校は休み。バイトも無い。
時刻は朝の七時半過ぎ。私は初めて降りた駅の、小さな八百屋さんでレタスとトマトを購入していた。何故こんな朝早くから八百屋さんで買い物をしているかというと、おじちゃんから連絡があったからだ。
ペンテファーレではお菓子の販売の他にモーニングを実施しており、新鮮な野菜を沢山挟んだサンドイッチが人気商品になっている。
おじちゃん曰く、いつも朝採れ野菜を納品している業者さんの車のタイヤがパンクしてしまったため、本日の納品時間は大幅に遅れるとの連絡が入ったそうだ。
朝の時間帯はおじちゃんのワンオペになっているため、店を留守にするわけにもいかず、かと言って早番のパートさんに出勤時間を早めて買ってきてもらうわけにもいかない。
そこで、アルバイトの道橋さんに休日出勤の依頼…ではなく、今日がたまたま休みだった姪っ子のふたばにお助け連絡をした、というわけだ。
この八百屋さんは私が通う学校と自宅の間に位置しており、定期券を使ってお得に行けた。
おじちゃんから送られてきた地図を頼りに初めて訪れたのだが、少し割高だがどの野菜もとても新鮮で、今度個人的に寄ってみるのもいいかもしれない。
そして無事に買い物を終えて後は駅に戻るだけ、だったのだが…。
「こんな道、通ったっけ…?」
行きと同じ道を歩いていたつもりだったのに、いつのまにか薄暗い路地裏に来てしまった。
地図アプリを頼ろうとスマホを取り出そうとした、その瞬間。
「ふざけんじゃねえよ!このブサ男!」
ものすごい怒号が路地裏に響いてきた。
この時、私が声が聞こえた方につい向かっていってしまったのは、その声の主に心当たりがあったからだ。
路地の先は開けた空き地になっていた。
こちらの姿が見られないよう壁からこっそり覗くと、そこに立っていたのはやっぱり明石さんだった。彼女の真正面には大峰君が尻餅をついている。
いつも笑顔な明石さんがあんなに怒り丸出しの表情をするなんて初めて見た。大峰君はこちらに背を向けていたので、どんな表情をしているかはわからない。
「あんたさ…あたしのバイト先に押しかけてくるのは百歩譲って我慢できてたけど、家特定するとか犯罪だよ!?わかってんの?」
家の特定って…うん、明石さんの言う通り犯罪だ。
どうやら明石さんはわりと相応の理由でブチ切れていたようだ。
「だって…」
「は?なんだよ?」
「だって…明石は俺のこと好きなんだろ?だから学校でもよく話しかけてきたんだよな。俺はただ一緒に登校しようと迎えに来ただけなのに…なんでそんな怒ってんの?」
「…はああああああぁぁぁ!?」
大峰君には悪いけど、私も内心で明石さんと全く同じリアクションを取ってしまった。
「勘違いもいい加減にしろよ!あんたに優しくしてやってたのはただの点数稼ぎ!そもそも、周りに他の人がいない時には絶対に声かけない時点で気づけよ!あたしみたいな一軍女子が、あんたみたいな誰からも避けられてる激キモデブ野郎を好きになるとか、死んでも絶対無いから!てかあたし、男の理想どんだけ低いと思われてんだよ!」
明石さんはほぼ叫ぶように大峰君を罵った。
「もういい。これからあんたには一切声かけない。あんたも学校来ない方がいいよ。あたし以外に話しかけてくれる人なんていないんだから、マジのぼっちになるだけだし。バイト先にも二度と来ないで。てか、あんた死んだ方がいいと思う。その方が世の中のためだわ」
明石さんは路地の向こう側へと去っていき、残された大峰君はピクリとも動かなかった。
これは一言声をかけた方がいいのかなとも思ったが、あんな罵詈雑言を浴びせられてオーバーキル状態になった人にかけられる言葉なんて一ミリも思いつかなかった。
私はできるだけ足音を立てないように、こっそりとその場を去った。
「ふたば!朝早くから悪かったな。今、朝飯作るから…って、どうした?なんか暗い顔して」
「ことわざでは聞いたことあるけど、まさか自分が壁か障子になるなんて思わなくて…」
「?変な夢でも見たのか?」
おじちゃん特製のサンドイッチを頂いてから店を後にし、近くの本屋で漫画や小説を数冊購入。
地元駅に着いたのは十時過ぎ。なんだか爽やかな朝活ができた気がする。
朝に見たあの衝撃的光景もすっかり忘れられそ…うにはないな、さすがに。
駅から十分ほど歩くと小さな公園が見えてきた。
この公園は我が家の裏手にあり、二階にある私の部屋の窓から園内を丸ごと見下ろせる。
春になると公園内に植えられた桜の木が満開になり、家に友達を招いて部屋お花見をするのが毎年の恒例になっている。
元々利用者が滅多に来ないこの公園は、今は平日の昼間ということもあり誰もいない。
と、思っていたのだが。
「…大峰君?」
見間違いではなく、何故か公園には大峰君がいた。
彼はジャングルジムにゆっくりと登り、一番上の鉄棒に制服のネクタイを結び、その先を輪っか状にして自分の首へかけ…。
「ちょっと待ってぇーーーー!!!」
私はダッシュでジャングルジムに駆け寄り、大峰君の脚を持ち上げるようにしがみついた。
「はっ?え、な、なんだよ!?邪魔すんなよ!」
大峰君は焦った様子で片方の足で私の腕やら肩を蹴ってくる。わりと痛いけど今はそんなことどうでもいい。
「しますよ!失恋相手に死ねって言われたから死ぬなんて絶対に駄目です!そんなことで死んじゃったら大峰君の家族も悲しみますよ!」
「なんで…知ってんの?」
大峰君は動きを止めて、不審者でも見るかのような視線をこちらに向けてくる。
「とりあえず、座って話しませんか…?」
公園に一つだけある古いベンチに、少し距離を空けて並んで座る。
座って話そうと言ったのは他でもない私だが、何を話せばいいのかまでは考えておらず、しばし気まずい沈黙が続いたが、先に口を開いたのは大峰君だった。
「アンタ…誰?なんでさっきのことも、俺の名前も知ってるわけ?」
どうやら私のことは覚えられていなかった。
「私、道橋って言います。明石さんと同じお店で働いてて、あなたに話しかけられたこともあるんですけど…」
「…覚えてない。アンタ地味だし」
私の顔をじっくりと見てから、大峰君はポツリと呟いた。
…だいぶ失礼だな、この人。明石さんも言っていたが、友達がいない理由もなんとなく察せてしまう。
「えーっと、なんで知ってたかと言いますと、今朝、偶然あの場を通りかかってしまいまして、決して覗き見るつもりはなかったんです。でも明石さんがあんな風に怒ってるの初めて見て、つい目が離せなくなったと言いますか、なんと言いますか…」
「俺も、あんな明石見たの初めてだったよ」
しどろもどろな私の発言に、被せ気味に大峰君が口を開いた。
「…俺、小学生の時にいじめられてから中学卒業までずっと不登校だったんだ。いじめてきた奴らがいない、地元から離れた学校でなら新しく友達もできるかなって思って、今の高校に入学したんだけど…いつまで経っても友達なんてできなくて、結局俺はずっと一人なんだって思ってた。でも、そんな中で唯一話しかけてきてくれたのが明石だったんだ……たしかに明石の言う通りで、先生とかがその場に居合わせてる時にしか話しかけてもらえなかったんだけど」
そう言ってから大峰君は自嘲気味に笑う。
「明石が俺のことをあんな風に思ってただなんてすごくショックだった。明石はいつも俺を気にかけてくれて、優しくて…それが全部嘘だったとしても、俺は明石のこと、本当に好きだったんだ…」
大峰君の声は、今にも泣き出しそうなくらい震えていた。
「でも、よかったじゃないですか」
「…は?」
思わず本音がポロリと出てしまった。
大峰君がこちらを睨んできたので、慌てて言葉を続ける。
「いえ!決して大峰君が失恋したことがよかったって意味じゃなくて、明石さんに利用されてることが早めにわかってよかったなって意味でして!」
「利用…?」
「だって、明石さんは周りから良く見られたいという下心で大峰君に話しかけてたってことですよね。それに気づかなければ大峰君は今でもずっと、明石さんのいい人ぶりっ子に利用され続けてたってことですよ。そんな腹黒い思惑、早いうちに気づけてラッキーって逆に思わないと!」
まさか明石さんの方も、利用してた相手からストーカーされるとは思わなかっただろうけど。
「それにさっきの明石さん、ほとんど外見のことについての悪口しか言ってなかったですよね。それって結局、大峰君のことを見た目だけでしか評価してなかったってことですよ」
まあ大峰君は外見だけでなく内面にも問題はあると思うが、余計なことは言うまい。
「世の中には色んな人がいるんですから、大峰君の全てを理解して、好きになってくれる人も必ずいると思うんです。一度の失恋で若いうちに死んじゃうなんて、人生もったいないですよ」
だからこの公園で死のうとするなんて絶対にやめて!我が家の裏手を自殺スポットなんかにしないで!
心の中で強く訴えつつ、大峰君の目をまっすぐ見つめる。
あ、よく見ると大峰君って瞳が灰色なんだ。ハーフなのかな?
なんて考えていると、大峰君は小さく笑った。
「アンタ、変な人だね」
「へ、変って…」
「なんか…アンタの言う通りかも。こんなことで死ぬなんて馬鹿らしくなってきた」
大峰君は深く息を吐いてからのっそりと立ち上がった。
よかった…どうやら心変わりしてくれたようだ。
「それじゃ」
「あ、はい。さようなら…」
念の為、大峰君の姿が完全に見えなくなったのを確認してから私も家に戻った。
その日以降、大峰君はペンテファーレに姿を見せなくなった。
「そういえば、大豚くん最近見ないね?」という加茂田さんからの問いに対して「実はずっと学校にも来てないんですよ。何かあったのかリリも心配で〜」と返した明石さんを思わず二度見しそうになったが、ギリギリで耐えた。
私の方も、大峰君がまた公園に現れるのではと一週間ほど身構えて過ごしていたが、結局彼が現れることはなかった。
◇◇◇
早いもので季節は巡って冬になり、今日から二月を迎えた。
もうすぐバレンタインということもあり、新商品のハートクッキーの売れ行きは好調だ。
チョコとストロベリーのハートクッキーを一枚ずつ購入し、イートインスペースに向かった小学生カップルを微笑ましく見送っていると、ドアベルが新たな来客を知らせた。
「いらっしゃいま………せ」
今日って芸能人が来るパターンのテレビ取材があったんだっけ?
そう思ってしまうぐらいのイケメンが入店してきた。
パーカーにジーンズとラフな格好だが、どこぞのハイブランドに見えてしまうぐらい、顔の良さが際立っている。
イケメンすぎる男性客の来店に、他のお客様達も若干どよめいている。
今日は袋詰め担当だった明石さんが目の色を変えて、包装が終わった商品の入ったバスケットを抱えてカウンターを出た。
そして商品を選んでいるイケメンに近づいた。
「いらっしゃいませ!こちら看板商品のマドレーヌです!いかがでしょうか?」
出た。明石さんのあざとスマイル(イケメンのお客様限定)。
これをまともに食らった男性はわかりやすく鼻の下が伸び、そのまま明石さんとちょっとした会話に発展することも多々ある。
しかし、イケメンは明石さんを一瞥すると、彼女から距離を取るように別の商品棚の方へ移動していった。
まさかの完全スルーに固まる明石さんと、そんな明石さんに思わず吹き出しそうになった私。
明石さんはしばし呆然としていたが、キッチンから「明石さーん!ハートクッキーの追加上がったよー!」とおじちゃんに呼びかけられ、渋々と袋詰めの作業に戻っていった。
明石さんが男性客からあんな塩対応されるなんて、珍しいこともあるものだな。しかもいつもより声も高く出してたのに…。
思い出し笑いを堪えていると、商品を選び終えたイケメンがレジに向かってきた。
「ふたばちゃん!そろそろ退勤の時間だよね。リリが代わるからもう上がっていいよ!」
「えっ?」
いつのまにか隣に来た明石さんがそう言うが、私の退勤時間までは三十分以上もあるんですが…。
というか、あなたも袋詰め作業の真っ最中では?
「あの…」
「あっ、失礼しました!商品お預かりしまぁす!」
明石さんは無理矢理私を押しのけて、とびきりの笑顔で両手をイケメンに差し出した。
しかし、イケメンはトレイを渡さなかった。
「あのさ」
「はい!」
「俺、アンタじゃなくてその子にやってほしいんだけど。てかアンタは自分の仕事やってなよ」
イケメンは冷めた表情で明石さんにそう言い放った後、私にトレイを差し出して優しく笑った。
「お願い」
「は、はい。お預かりします…店内でお召し上がりですか?」
「今日は持ち帰りで」
レジ打ちの最中、明石さんがどんな表情をしていたかはわからないが、彼女から放たれているオーラはなんとも重苦しかった。
明石さんはしばらく私の真隣に立っていたが、再びおじちゃんに呼びかけられたことでやっと作業台に戻っていった。
会計を終えてお釣りを渡してから、商品が入った紙袋を手渡す。
「崩れやすい商品もございますので、お気をつけてお持ち帰りください」
「ありがと」
お礼を言って微笑むイケメン。真正面で見るとさらにかっこいいな。まず顔のサイズが小さいし、鼻筋もスッと通っている。肌もツヤツヤ。なんて羨ましい。
整いすぎているご尊顔をつい観察していると、ふと、その目になんだか見覚えを感じた。
雨が上がったばかりの曇り空のような、明るめの灰色。
数ヶ月前、あの公園で見つめた瞳と同じ色…。
「あっ、あなたもしかして、お…」
二つ目の『お』を言うためにすぼめた唇に、イケメンの人差し指がつん、と触れた。
イケメンの後ろに並んでいた女子達から黄色い悲鳴が小さく上がり、明石さんは袋詰め最中のクッキーをグシャリと握りつぶした。
「内緒」
イケメン…いや、大峰君は、とびきりのいたずらが成功した子供のように無邪気な笑顔を見せた。
「あとこれ、俺の気持ち」
大峰君は紙袋からハートクッキーを取り出し、ポケットから取り出したメモ用紙と共に私に握らせた。
メモには数字が羅列されいる。これはもしかしてメッセージアプリのIDではないだろうか。
「連絡、待ってるから」
彼はひらりと手を振って、店を後にした。
「あの!今の人ってアイドルですか!?ひょっとして、このお店で何かの撮影やってたりします!?」
「てか店員さん、今の人とどういう関係なんですか!?」
イケメンオーラに終始圧倒された余韻も間もなく、大峰君のすぐ後ろに並んでいた女の子達から質問攻めにされた。
彼とどういう関係かなんてむしろ私が聞きたいぐらいだ。
私はただ、彼の首吊りを止めてその後に少し会話をしただけの間柄に過ぎない。
それなのに、何故私の手元には彼の気持ちだというハートクッキーと彼の連絡先があるのだろう?
途端、背筋が急に寒くなった。
恐る恐る振り向くと、明石さんが作業の手を止めて真顔でこちらを見つめていた。
いつも笑顔の人間が真顔になるとこんなに怖いのか…。
大峰君の考えも明石さんの感情も、全てがわからないことだらけだが、一つだけ言えるのは、これからの私の日常が面倒くさいことになりそうな予感がすることだ。
とりあえず、明石さんに捕まらないように今日は時間になったらダッシュで帰ろう。そうしよう。
そう心に決めた私は、明石さんの針のような視線から逃れるように、レジ打ちを再開した。
閲覧ありがとうございました。
私の平和な日常、これからどうなっちゃうの〜!?ENDで終わりましたが、いつか新たに連載版として執筆したいと思っています。




