落とし物
予備の蝋燭を五本。
剪定の鋏に、マッチの箱一つ。
鞄は腰に巻いてベルトを締める。
火を付けるための手持ち燭台に火を灯してたら、背が低くいリアベルのために用意してくれた軽い梯子を持ってっと。
燭台を手に、梯子を肩に掛けて持ったリアベルは備品庫から出ると、ちょび髭をはやした上司の男性が声を掛けて来た。
「準備出来たのかい?」
「はい! 持ち物検査オッケーです!」
「そう。じゃぁ言ってらっしゃい。任せたよ」
リアベルは高揚させた頬を抑えられないまま、梯子から離した手を伸ばして、指先をおでこに当てた。
「はいっ。これより蝋燭の点火に行ってまいります!」
思わず出た大きな声。
ピシッと背筋を真っ直ぐにして、薄っすら笑みを称えた口からはまだ幼い声が出る。
十八歳、リアベル。
平民出身のリアベルの仕事は昼夜逆転の蝋燭番。
王城の回廊にある燭台に火を付けて、消す。それが今の仕事だ。
目立たず、シンプルで地味な仕事だけれど、こんな僻地のお仕事は自分に向いている天職だと思ってる。
年齢相応の元気な声に、蝋燭番の上司であるドミニク・バイオレットは「はいはい」と気の抜けた様子で手を振った。
「元気があって良いけれど、静かにね」
「はいッ!」
静かにと言われて更に上がる声色に、ドミニクはため息まじりに笑った。自分でも「あはは」と笑って誤魔化してしまう。
そうして指先を口元に当て、今度こそ声量を落として「頑張ってきます」と言うと部屋を出た。
集まっていたのは王城の端にある薄暗い場所だ。
外の廊下は気温が落ち着いて、昼間と違って過ごしやすく、王城で働く人たちも減った夕刻だった。
リアベルは梯子を引きずりながら最初の灯りがあるポイントを目指す。
梯子が引きずれるのは、四つ脚を布で覆っているからだ。
そのお陰で床に傷をつけずに、且つ持ち上げる必要もなく移動がしやすくなっている。
実はこれを見つけたのは蝋燭番の開設後、初めての女性と云うリアベルが、知っている知識で発見した方法だった。
ちまちま動く蝋燭番は梯子を持ち上げて移動するのは少しきつい。
重たい物を引きずれることで、すごく移動しやすくなっていた。
少し歩いて直ぐに、点火する燭台に着いた。
此処は一度外に出る回廊で、柱に付けられた燭台に立っている蝋燭へ、手に持っていた灯火を近づけて引火する。
ボワっとついた一つの蝋燭はそこまで明るさはない。
けれど、いくつかの燭台を順番に点け終わった後に振り返ると、通路はとても明るくなるのだ。
それが何とも幻想的で、自分のしていることが目に見えて分かる作業でやり甲斐を感じている。
この仕事を教えてくれたのは上司のドミニクだ。
蝋燭番は夜に動き回ることもあって、多様な意味で危険が伴うけれど、真夜中に起こる変化にいち早く気づける、謂わば灯りを利用した城の番人なのだと聞かされた。
動く人の足下を照らし、転ばないようにさせる。
暗躍する影の存在を照らし出す。
国のシンボルとも言える王城を、城下町に住む人々の希望として照らす。
リアベルの仕事はとても役に立つ専門職だと言うことを、半年前の新入りだった頃に、一番最初に教わったことだった。
だから天職が蝋燭番だと言うことに、リアベルは誇りに思ってる。
庭に出ると騎士団が管理している篝火を頼りに別の塔へと渡る。
新米でも一人立ちしたリアベルは、別の宮殿も仕事の範囲内なのだ。
点々とある燭台に火をつけながら歩いていると、大きな花束を持ったメイドが三人、前方から横を通り過ぎって行った。
立ち止まってその姿を見送る。
後ろ姿を見ていると二つの懐かしい記憶が頭を過る。
最初に思い出すのは幼い頃に見かけた三人のメイド姿だ。
急ぎ足で駆け抜ける姿を見ると、子供の頃に開催されたパレードを思い出す。
あの時も似たように、建物に装飾する花を持ったメイドたちが駆け回っていた。
通り過ぎたメイドの彩り豊かな花束は、今夜の舞踏の間で行われるパーティーの飾り付けに使われるものだろう。
そしてもう一つ、懐かしさを覚えた理由はリアベルが王城で働き出した頃を思い出したからだ。
十四歳の時にメイドとして採用されたリアベルは、三年間王子宮で働いていた。
パレードで一生懸命働いていた憧れのメイドに、自分もなりたくて。近付きたくて。
玉砕覚悟で受けた面接だったけど、丁度若い子が欲しかったメイド長の意向もあって、運良く受かった。
それから念願のメイド職に就けた時は本当に嬉しかったな。
けれどいざ、働いて直ぐに思い知った。
憧れたメイドとリアベルは、当たり前に別の人間なのだと言うこと。
テキパキ業務を片付け、役人や王侯貴族から頼まれたことも直ぐに対応してしまう先輩や同僚と違って、おっちょこちょいで、物忘れが多いリアベルとじゃ、まったく頭の出来が違うようだった。
気が付くと実力は開いてくばりで、三年経っても縮まることはなく。ちっとも上手くいかないことに、いつしか職場の邪魔者になっていた。
自分の無能さを思い知った時は、周りと違って業務が熟せないことの悔しさと。
床に躓いて掃除のバケツをひっくり返してしまったり、洗った洗濯物を落としてしまうような、おっちょこちょいな間抜けさに自信をなくしていた。
不出来な実力を理解したリアベル自身の諦めと、先輩や同僚からの虐めに合い、後輩の見下した態度に一人で抱え込むようになって、いつしか幼い頃の憧れの熱も冷めきって、毎日が苦しかった。
下を向いているリアベルが、回廊をとぼとぼ歩いている時にふとぶつかったのが、今の上司のドミニクだった。
今のリアベルと同じ格好で、梯子と小道具の入った鞄を腰に巻いていた。
同じ王城で働きながら全然知らない蝋燭番の仕事に、リアベルはつい、初対面でありながら聞いていた。
「あの! 鈍くさいリアベルでもその仕事は出来ますか!?」
ただ何かを変えたかった。
認められたかった。
それに対してドミニクはただ「きっと若い子にはつまらない仕事だよ。それでもやる気があるならちゃんと教えてあげよう」と。
その言葉にリアベルは「やる」と即答し、ドミニクが直接メイド長と掛け合った末に、今に至る。
蝋燭番は城にある燭台に火を付けて消す。それだけの仕事で、忘れやすいリアベルでも直ぐに覚えられる明かりの専門職だった。
何よりも半年で王城の一角の管理を任されるようになったことに嬉しさと、誇りを抱いている。
(憧れたメイドにはなれなかったけど、勇気を出して親もとから離れた王城に来て良かった)
きっと蝋燭番になるために王宮へやってきたのが運命だったんだと思える。
蝋燭番はきらびやかでも、目立つこともない地味な仕事だけど、リアベルに取っての天職だと思っている。
回廊を渡って辿りいたのは、以前いた第一王子の王子宮ではなく、末の双子の宮殿だった。
まだ七才と言う幼い王子と王女は既に眠っているのか、中はとても静かだった。
入口の四つの燭台に火を付けてから、玄関ホールを囲む燭台に火を付けると、ニ階から回った。
たまに通り過ぎる使用人たちに挨拶して、点々と仕事を熟していく。
最後に一階の通路を通ると、カツンと梯子が跳ね上がった。
なんだろうと思って見てみると、白い小さなボタンが転がっていて、少し離れたところにも二つ同じものが転がっていた。
それを拾うと一つを夕陽にかざす。
半透明なボタンがうっすら暖色に染まるのを眺めながら、王宮で見かけるどの使用人の制服にも宛は回らないボタンに首を傾げる。
「なんのボタンだろう……」
不思議に思いながらもリアベルはボタンを拾うとポケットに入れた。
後で宮殿を出る前にメイドに手渡せば良いかと思ったのだ。
そうして蝋燭に火を付け回りながら数メートルと歩くリアベルの瞳が、今度は布が落ちていることに気づいた。
フリルのついたピンク色の布切れを拾えば、ドレスの上半分だけを剥いだような洋服の形をしていて、サイズから考えて人形が着ていた洋服に思えた。
ふと拾った白いボタンを思い出して、ドレスの内側をピラッと捲ってみた。
三ヶ所の端々に解れた糸が付いている。
まるで無理に繋いでいたボタンを取り外して、上だけを脱ぎ捨てたようで、意思を持った行動の痕跡のようにも思えた。
「……ううん? 人形に意識はないか」
そう思い直して、洋服をポケットにしまった。
足を進めて、また等間隔の距離に、今度はブニブニした両足が転がっていた。
最初は何か分からなかったが、拾えば赤いヒールを履いていることが分かってて、それが人形の足なは一目瞭然だ。
リアベルは嫌な想像をしてしまって、苦笑いを零した。
足のない人形は方向から考えるに、一つの部屋に向かっているのは間違いない。
「…………うん、気のせい気のせい! 人形は動かない!」
そう小声で叫んだリアベルは、何も思ってない振りをして、両足をポケットに突っ込んだ。
足早になるリアベルはそそくさと燭台に火を付けて、先を急ごうとする。
けれど、暗がりに慣れたリアベルの瞳は、もう一つの落とし物に気づいてしまった。
赤ちゃんのようなちんまりした指が、しっかりと5本ついた、両手。
肌色の腕はブニブニとしていて、誰かに取られたのか、紐が繋ぎ目となる先に残っていた。
「うぐっ……。怪談は苦手なのにぃ……」
それでもし仕事である以上、こうして落ちている物は拾って、持ち主に返すのが決まり事だ。
そう、目先にある部屋にいるであろう人物に──。
リアベルは恐る恐る部屋に近寄る。
すると扉が若干開いてあって、クスクスと少女のような声が聴こえた。
ビクッと背筋に悪寒が走って、手を震わせながらも、ゆっくりと部屋へ近寄って、ノブに手を掛けた。
大きくなった声量は、楽しそうで、部屋に入るのに勇気が必要だった。
深呼吸をしてリアベルはコンコンと木造のドアを曲げた指でノックする。
途端に止んだ微笑む声。
そして間を置いてから、キシキシと床が軋み、扉の前で止まった。
ごくっと固唾を呑むリアベルに、下の方でドアに指が掛けられて、「ひゅっ」と息が震えた。
ギィィと手前に開かれた扉の果てに立っていたのは──、
「誰かな、私の邪魔をしたのは」
深い影を落とした、だいぶ歳を取った針子の老婆の姿だった。
リアベルはこの老婆を知っていた。
「バ、バーバラちゃん!」
砕けた膝を崩しながら、半泣きの状態でバーバラに抱き着いた。
分かっていても、怪談が苦手なリアベルには心臓が可笑しくなるほど怖い体験だ。
本当に勘弁してほしいと、泣き叫びたいのを我慢して、バーバラに泣きつく。
「お願いだから……、お願いだから……!」
「何だね。メソメソと」
膝が震えてバーバラが鬱陶しそうに離れると、リアベルは倒れた。
「ふぇん……。折角拾ったんだから、優しくしてよぉ」
そう言って、ゴソゴソとポケットから人形のボタンや洋服、両足、両手を差し出す。
「あぁ、早く直して上げたくて忘れ取ったわ」
バーバラに手渡すと、座る小さな令嬢の人形が逆光を浴びていた。
クリーム色の長い髪を流して真新しいドレスを着ている。
そして、新しい赤い靴にはレースが施されていた。
やっぱり、落とし主は針子のバーバラだったらしい。
制服や洋服の手直し以外にも、ぬいぐるみや人形の修理も仕事にしてしまうバーバラは、良く要らない部分をもぎ取って廊下に捨ててしまう癖があった。
今回、それを通り掛かったリアベルが拾ったと言うことだ。
本当に動く人形だったらどうしようかと思ったが、針子のバーバラお婆ちゃんが、部屋にいてくれて良かったと思う。
「すまないね。お詫びこれをあげるよ」
そう言って差し出きて来たものを起き上がって受け取ると、紙に包まれた飴玉が二つ手のひらに乗っかった。
「わーい。ありがとう!」
「仕事お疲れ様。まだあるんだろう頑張ってね」
「そうなの。ありがとう。バーバラちゃんも頑張って」
「あぁ。王女様が友達に差し上げたいらしいからね。うんと可愛いくするさ」
「今でも十分可愛いよ」
「そいつは、ありがとね」
飴玉を一つ口に含むと、リアベルはコロコロと舌で転がしながらささやかな甘さを味わう。
(美味しい……)
リアベルは起き上がって、制服についた埃を払うと、人形さんに別れの挨拶をした。
「バイバイ、お人形さん。バーバラちゃんもまたね」
「あぁ、またおいで」
静かに扉を閉め切ると、リアベルは身体を伸ばしてから仕事を再開した。
最後の壁についた燭台に火を付けると、入って来た正面の入口から宮殿を出る。
すると風が吹いた。
入口の燭台を見上げると、明かりは消えることなく辺りを照らしていた。




