異能の自覚
封印は、音もなく始まった。
世界が、薄い膜を一枚かぶせられたように遠ざかる。色彩はそのままなのに、輪郭だけが曖昧になる。
思考が、ゆっくりと沈んでいく。
——ああ、これが終わりか。
そう思った瞬間だった。思考の底で、違和感が浮上した。
封印は、「存在」を閉じる処理だ。
記録、因果、観測。すべての系から対象を切り離し、なかったことにする。五天剣において、最も慎重で、最も不可逆な手段。
なのに。
俺は、まだ「考えている」。
それどころか、封印の手順が、手に取るように分かる。
誰が、どの剣が、どの段階を担当しているか。観測の予測曲線、切断の刃道、改変の補正値、調停の介在率、封印の収束条件。
知っているはずがない。
教えられていない。
それなのに、理解している。
——違う。
理解しているのではない。
見えているのだ。
世界が、設計図に変わる。
人間、施設、ルール、未来。すべてが「構造」として重なり合い、層を成している。
その中心に、ひとつの空白があった。
俺だ。
空白なのに、全体を歪めている。
存在していないはずなのに、すべての計算に影響を与えている。
そこで、ようやく気づいた。
俺は、因果の外にいる。
未来予測が途切れた理由も、剣同士が干渉せざるを得なかった理由も、全部これだ。
五天剣のシステムは、「原因と結果」が前提だ。だが俺は、原因でも結果でもない。
余白。
世界の設計図に、最初から残されていたバグ。
封印が、失敗した。
正確に言えば、成立しなかった。
閉じるべき「存在」が、定義できない。
視界が戻る。
俺は、膝をついていた。床は無傷だ。身体も、何ひとつ変わっていない。
だが、周囲の人間の「位置」が、分かる。
視線の向き、思考の重心、次に選ぶ行動の分岐点。
未来を読むのではない。ただ、未来が書けない箇所が、黒く抜け落ちて見える。
そこには、必ず俺がいる。背後で、誰かが息を呑んだ。
「……封印、未成立」
第五剣の声が、震えている。
その瞬間、はっきりと理解した。
この力は、武器ではない。
守ってくれるものでもない。
世界が、俺を前提に作られていないという証明だ。
そして、もっと最悪なことにも気づいた。
五天剣は、この異能を——
すでに、どこかで想定している。
俺は、偶然じゃない。
試験体だ。
それを自覚した瞬間、調停の男の声が、やけに遠くから聞こえた。
「……だから言っただろう。
君は、剣じゃない」
その先は、聞かなかった。
聞いてしまったら、たぶん、もう戻れなくなる。




