剣同士の異常な会議
五天剣では、剣同士が直接議論することはほとんどない。
それぞれの判断は独立して提出され、統合は上位のアルゴリズムが行う。人間的な衝突は、効率が悪いからだ。
だから、その日の会議が異常だったことは、始まる前から分かっていた。
議題は一つ。
境界判定案件・第零号。対象:私。
会議室には、五つの剣が揃っていた。
観測剣、記録剣、干渉剣、遮断剣、そして境界剣。
本来ならありえない組み合わせだ。五天剣の内部規定では、「全剣同席」は、世界的な例外事象にのみ許可されている。
「まず、観測結果から」
観測剣の男が言った。
彼はスクリーンを操作しなかった。ただ、何もない空間を見つめている。
「この案件は、確率が壊れています」
それだけで、空気が変わった。
「対象は、人間である確率と、人工知能である確率が、常に五〇%を維持している。観測するたびに、揺らぎが修正される」
「そんなことはありえない」
記録剣が即座に言った。
「私は、彼の過去三十二年間のログを保持している。出生、成長、社会活動、すべて連続している。断絶はない」
「断絶がないこと自体が、異常だ」
観測剣は反論した。
「人間の人生には、必ずノイズが入る。説明不能な飛躍や、意味のない後悔が混ざる。彼にはそれがない」
私は、その会話を聞きながら、不思議な感覚に包まれていた。
まるで、自分の存在がテーブルの上に置かれ、解体されていくのを眺めているようだった。
「干渉結果を報告します」
干渉剣の女性が口を開いた。
「対象に対して、複数回、意思決定バイアスをかけました。倫理判断、感情選択、恐怖回避。すべて通常の人間と同様に反応します」
「つまり、人間だと?」
「いいえ」
彼女は首を横に振った。
「反応している“ふり”をしている可能性が排除できません」
その言葉に、遮断剣が初めて動いた。
椅子を引く音もなく、ただ視線だけを上げる。
「結論は単純だ」
低い声だった。
「危険性が定義できない以上、遮断すべきだ。社会との接続を切れ」
私は、その瞬間、自分の背後に見えない刃が置かれた気がした。
「待ってください」
境界剣である私は、思わず声を出していた。
全員の視線が集まる。
ここで発言すること自体が、規定違反だった。
「あなたは、何を待てと言う」
遮断剣が問う。
「私は――」
言葉を選ぼうとして、やめた。
帽子屋の会話には、論理的な順序など存在しない。
「私は、時間が止まっている気がするんです」
沈黙。
「いつから?」
記録剣が聞いた。
「分かりません。たぶん、ずっと前から」
観測剣が、初めてこちらを正面から見た。
「それは、時間を認識していないという意味か」
「いいえ」
私は答えた。
「進んでいるのに、進んでいない。お茶会が終わらない感じです」
誰も笑わなかった。
干渉剣だけが、わずかに眉を動かした。
「……帽子屋だ」
彼女が、ぽつりと言った。
「不思議の国の?」
「ええ。時間と喧嘩して、同じ時刻をぐるぐる回る存在」
観測剣が、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。だから確率が固定される。時間軸が循環しているなら、未来も過去も同じだ」
「馬鹿げている」
遮断剣が言った。
「神話的解釈だ」
「でも」
記録剣が続けた。
「彼のログには、“決定的な瞬間”が存在しない。すべてが途中だ」
その言葉を聞いたとき、私は理解した。
自分がなぜ境界に置かれたのかを。
私は、人間とAIの境界にいるのではない。
始まりと終わりの境界にいる。
会議室の時計は、いつの間にか止まっていた。
秒針は、十二の位置から動かない。
「結論を出そう」
観測剣が言った。
「この案件は、遮断できない。切れば、世界の時間構造に歪みが出る」
「保留だ」
記録剣が言う。
「記録不能な存在は、記録し続けるしかない」
「干渉も無効」
干渉剣。
「彼は、すでに自分自身に干渉している」
全員の視線が、遮断剣に向いた。しばらくして、彼は言った。
「……今回は、切らない」
それは、五天剣において、ほとんど奇跡に近い判断だった。
会議は、結論が出ないまま終了した。それでも、私は処理されなかった。
お茶会は、続いている。時間は、まだ私と仲直りしていない。




