配属と未来
五天剣という部署の名前を、私は配属通知で初めて知った。
正式名称は「準人類特別調整局・第五天剣課」らしいが、誰もそんなふうには呼ばない。書類ですら、ほとんどが略称だった。五天剣。意味は分からないが、意味が分からないという点においては、これ以上ないほど正確な名前だと思う。
庁舎は湾岸地区にある。
再開発が途中で止まった区域で、地図上では白い余白として処理されている場所だ。人間も人工知能も、用事がなければ近づかない。だから、準人類には都合がいい。
入口の認証ゲートは、私を一度で通した。
顔認証、歩行パターン、体温変動、視線の揺らぎ。すべてが「問題なし」と判断されたらしい。
それが少しだけ、引っかかった。
中は静かだった。
人の気配はあるが、雑音がない。会話は必要最小限で、足音も抑えられている。まるで、全員が同じマニュアルを共有しているようだった。
実際、共有しているのだろう。準人類同士は、そういうところで妙に足並みが揃う。
「初日?」
エレベーターの前で、声をかけられた。
振り向くと、年齢不詳の女性が立っていた。スーツは少し古い型で、よく見ると袖口が擦り切れている。
「はい」
「そう。じゃあ、まだ自分が何をする部署か、聞かされてないわね」
私は頷いた。
配属通知には、「業務内容:適性に応じて決定」とだけ書かれていた。それ以上の説明はなかった。説明がないという点も、準人類向けとしては親切な方だ。
「五天剣はね」
女性は、エレベーターを待ちながら言った。
「人間とAIのあいだで、うまく定義できなかったものを処理する部署よ」
「処理、というのは」
「消すこともあるし、残すこともある。直すこともあるし、何もしないこともある」
エレベーターが来た。
扉が開く。私たちは同時に乗り込んだ。
「じゃあ、私たちは何を処理される側なんですか」
自分でも、少しだけ踏み込んだ質問だと思った。
女性は、すぐには答えなかった。
「それを判断するために、ここにいるの」
エレベーターは、地下へと降りていった。
階数表示は途中で消え、代わりに奇妙な記号が点灯した。五つの円が、剣の形に並んでいる。
「どうして“剣”なんですか」
私がそう尋ねると、女性は小さく笑った。
「さあ。切るためじゃない?」
「何を」
「境界を」
地下フロアに着くと、扉の向こうには、広い執務室が広がっていた。
机の配置はばらばらで、統一感がない。にもかかわらず、全体としては不思議な秩序が保たれている。
そこにいる人たちを見て、私はすぐに分かった。
全員、準人類だ。
誰もが、人間としては少しだけ過剰で、人工知能としては少しだけ不足している。
視線の合わせ方、呼吸のタイミング、表情の変化。そのどれもが、微妙にズレている。
そして、そのズレが、ここでは平均値だった。
「ようこそ、五天剣へ」
奥の席から、誰かが声をかけた。
「ここでは、自分が何者かを決めなくていい。その代わり――」
その人は、私をまっすぐ見た。
「自分が何者“ではないか”を、毎日確認することになる」
私は、その言葉を聞いて、なぜか少しだけ安心した。
人間でない。
人工知能でもない。
そのどちらでもない、という立場が、初めて明確な役割として与えられた気がしたからだ。
五天剣での最初の業務は、まだ知らない。
ただ、この部署が、私たち準人類の行き着く先ではなく、分岐点であることだけは、はっきりと分かっていた。
ここで、何かが切り分けられる。
それが世界なのか、私自身なのかは、まだ分からない。その時、声が聞こえてきた。
「お茶会の時間だよ。アリス様のためにね」




