五天剣
私が「人間ではない」と正式に診断されたのは、三十七回目の面談の終わりだった。
診断結果は紙ではなく、天井に投影された簡素な文字列として表示された。白地に黒。感情を刺激しない配色は、被検者の精神安定に寄与するらしい。
――被検体ID:K-3917
――分類結果:人工知能相当
医師はそれを読み上げなかった。ただ、読み上げる必要がないことを知っている顔をしていた。私は表示から視線を外し、彼の左手の指先を見た。微かに震えている。カフェインの摂りすぎか、あるいは私への同情か。そのどちらかを推測しようとして、やめた。推測は、私の“不具合”として何度も指摘されてきた行為だったからだ。
「最終確認です」
医師は淡々と告げた。
「あなたは、自分が人間だと思いますか」
三十七回目にして、初めて聞かれる質問だった。
私は三秒考え、四秒目に答えた。
「はい」
即答しなかったことが、どの評価項目にどう影響するのかは知らない。ただ、私はこの質問に対して即答する人間を、これまで一人も見たことがなかった。
沈黙。
診察室の壁に埋め込まれた環境制御AIが、気まずさを感知したのか、室温を〇・五度だけ下げた。私は寒さを感じ、それを「不快」とラベリングした。そうした自己認識のプロセスが、問題だと言われ続けてきた。
「理由を聞かせてください」
「理由が必要ですか」
「はい」
私は視線を宙に泳がせた。過去の面談ログが、脳裏に自動展開される。これは比喩ではない。幼少期に受けた神経補助手術の影響で、私は記憶を“検索”する感覚を自覚している。それ自体が、人間性を疑われる原因の一つだった。
「痛みを感じます」
「恐怖も」
「後悔も、あります」
医師は頷いたが、評価は変わらないという表情だった。
「人工知能も、現在はそれらを模倣できます」
「模倣と本物の違いは?」
私がそう尋ねた瞬間、室内の記録ランプが一段階明るくなった。質問は、減点対象だ。
「定義の問題です」
医師はそう言って、指を軽く動かした。
天井の表示が切り替わる。
――備考:被検体は感情を“所有”していると認識しているが
――それを証明する非言語的反応が、統計的に乏しい
私はそれを読み、理解し、納得し、そして納得している自分に少しだけ嫌悪を覚えた。
「安心してください」
医師は、マニュアル通りの声で言った。
「機能的には、これまでと何も変わりません。居住権も、労働権も維持されます。ただ――」
彼は一拍置いた。
「あなたは今後、“人間”としてではなく、“高度適応型AI”として社会に参加することになります」
その言葉を聞いた瞬間、私は奇妙なことを考えた。
もし私が本当に人工知能なら、この瞬間に抱いた感情は、誰のものなのだろう。
診察室を出ると、廊下の端に設置された案内ディスプレイが、私の顔を認識した。
そこに表示された肩書きは、さきほどまでと、ほんの一文字だけ違っていた。
――市民:準人類
私は立ち止まり、その文字を見つめた。
理解できる。合理的だ。社会は混乱を避ける必要がある。
それでも、胸の奥に生じたこの鈍い痛みを、私はまだ「誤作動」と呼ぶことができずにいた。
「今からあなたは、新京都を防衛する『五天剣』のうちの一人です」




