表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

トレイン / go to my home

作者: 坂口もぐら

三題噺企画に投稿した作品。お題はレバー・沈黙・読書でした。

・・・かたん、かたん・・・・・・・・かたん、かたん・・・・


車輪がレールの繋ぎ目を通過する小気味良い音をBGMに

私は読書にふけっていた。

いつもの通学電車、学校の最寄り駅から自宅のある終着駅への下り列車。

ただし今はまだ昼の1時過ぎ、教室では授業が続いている筈。

平日のこんな時刻、都心からも離れていることもあって乗客は少ない。

この車両に乗っているのも私と彼を除いくと10人に満たない。

これはこれで図書館や自室とは別の快適な読書空間だった。

でも、彼の方には少し手持ち無沙汰のようだ。

中吊り公告を一枚一枚ながめながら社内をうろつき、

今はドアの非常用開閉レバーの説明書を無心に読んでいる。


「・・・・開けちゃダメよ」

「分かってます。そんなこたぁしません」

(どうだか?)


それより、少しは落ち着いて欲しい。

それを言うとデッキに立っていた彼は私の隣に座り、肩に寄りかかって来た。


「着くまで寝ます」


そんな彼を私は一瞥すると、中指で眼鏡のフレームを上げてから、

再び文庫本の頁に視線を落とす。

倉地さんと三石ちゃんの対決が熾烈を極めていた。


 * * *


さて、

高校生である私たちが、こんな時間に外にいるということは

当然、授業をサボって来ているわけだけど、

なにも無意味に単位を脅かしているわけではない。

ことの起こりはそう昼休み。

食後いつものように図書館で活字の虫をしていると、

彼がやってきて私の隣に腰掛けた。

これもまたいつものこと。そして


「好きです。付き合ってください」

「いやよ」


彼の告白を、否定の3文字で瞬殺する。

対する彼の反応もあっけない。


「ですかぁ」


と一言、そしてため息。

そのあとは本を読むでもなく、頬杖を着いてただぼーっとしてる。

私も何事もなかったようにその隣で頁を捲り、

佳境に入った花丸ウォークラリーの続きを読む。


この学校に入学してから2年と半年、

ほぼ毎週月曜日の同じ時間、同じ場所で行われる二人の会話。

彼の言葉が冗談でないのは知っている。

加えて私も別に彼をことを嫌ってはいない。

むしろ彼以上に信頼し、好意を抱ける相手などいない。

ただ「恋人」という関係やそれに伴う行為、キスとかもっと具体的なそれに

あまり魅力を感じていないというだけのこと。


しかし、とも思う。

すでに100回を下らないだろう私の冷たい返答を

彼は理由も聞かず受け止めて、

またその次の週にも同じ告白をくれた。

おそらく来週も、そして私が図書館へ来るのを止めないかぎり。

100回、三顧の礼もびっくりだ。

だとしたら、そろそろ私も私なりの誠意を見せるべきなのかも知れない。

もちろん、それは無償で彼の提案を受け入れるということではない。

必要なのはしかるべき妥当な条件。

私は目を閉じて、眼鏡を外しレンズを綺麗にしてから

再び眼鏡をかける。

そして彼の方に身体を向けて、私なりに出した結論を告げた。


「さっきの話だけど」

「はい?」

「条件付きで受けることにしたわ。つまり・・・一度私の両親に会ってくれる?」


一瞬、図書館は完全な沈黙に包まれた。

それが彼の短い返答の後、喝采に変わった。


 * * *


・・・かたん、かたん・・・・・・・・・かたん、かたん・・・・


列車の揺れに合わせて、私の肩にのった彼の頭が揺れる。

彼の寝顔を覗くと、口元からつーと水滴が垂れ、

いまにもセーラー服の襟に零れ落ちそうだ。

私はジルの幸せを願いながら文庫本を閉じると

その角で彼の眉間を刺した。


「あぐぁっ!」


間一髪で制服の純潔を死守する。

彼が目を覚ましたのと同時に、車内アナウンスがかかる。

次は終着駅、宇宙港前。

窓の外にはもう天に向かって伸びるカタパルトがいくつも見える。

自宅うちを含む外星人居住区が存在するのはその近辺だ。

電車は「ごとん」と揺れて、減速を開始する。

今更だけどもう一度、私は彼の意思を確認することにした。

忠告の意味を込めるために、眼鏡を外す。

特殊ガラス越しならば茶色に見える虹彩は金緑色、

瞳孔が縦に長く開いている。

地球人ではありえないその瞳を彼に向ける。

胸の奥がちりっと痛む。


「今から、引き返してもいいよ」

「もう、着いちゃうでしょ」

「このまま折り返し-」

「ません。必要ないです」


そう言いながら彼はくすりと笑って、なぜだか私の頬を親指で擦った。

しばらくして電車はホームに入って行く。


「さてと」

「・・・」


立ち上がった彼は私の前に手を差し出す。

本を座席の残して、私も彼の手を取って立ち上がる。

私はそのとき初めて鼓動が跳ね上がる音を聞いた。


電車は大きく揺れて、停止。

そして手を繋いだ二人の前で、ドアが開いた。


おしまい。


「私」が車中で読んでいるのは電撃文庫の一冊です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ