技能説明への導入
目を引いたのは、空間操作の項目。
目指すべき目標であり、憧れの空間操作。
「ところで空間操作っていうのはね……ちょっと次元が違うんだ」
黒羽は腕を組んで、普段よりも考え込むように語り出した。
「今まで話した分子や原子、素粒子の操作は、まあいわば“同じ地図の上で細かい線を引くかどうか”みたいな違いなんだ。
分子オーダーは太い線で、原子や素粒子オーダーは極細のペンを使う感じ。粒度の差はあっても、まだ同じキャンバスの上で描いてるわけ」
──なるほど、なんとなくわかる気がする。
「でも空間操作は違う。地図そのものを畳んで、裏側に新しい紙を貼り合わせるみたいなことをするんだ。
だから既存の三次元ベクトルをいくら極限まで操作できても、その“裏紙”には干渉できない。
魔力を媒介にして、四次元以上に直接アクセスしないとね」
黒羽はそこまで言って、ふっと笑った。
「数でいうなら……実数と複素数くらい隔絶してる。
いや、それどころか、可算集合と非可算集合くらいの差がある。
いくら数を数えても、自然数を積み重ねても、実数の全体には絶対届かないだろ?
あれと同じで、どれだけ素粒子オーダーを積み上げても空間操作には届かないんだ」
「……えっと……つまり、無限に頑張っても無理ってこと?」
「そうそう。別の概念を導入しない限り到達できない領域。
だから“管理者級”って呼ばれるんだよ。
集合単位で隔たりがある。人が鳥に進化できないのと同じくらいにね」
「鳥……」
──ちょっとずつわかるような、余計に混乱したような。
「まあ、僕もよくわかってないんだけどね」
……わかってないんだ。じゃあなんでこんな話題になったんだろう?
「まあ雑談にって感じかな。
どこまでいけるか分かるとやる気出るでしょ」
まあ、確かに?
「僕はそうだったからねー……
まあいいか。じゃあさっそく分子オーダーベクトル操作に向けて科学知識を……」
──その前に気になったんだけど、
炎属性の魔法って素粒子オーダーのベクトル干渉だったの?
「おっと。いい質問だね。
結論から言うと“その場合もある”」
その場合?
「まずは……炎属性って実際3種類あるんだよ。
・熱量を操作するもの
・燃焼反応を制御するもの
・それらで制御した媒体を操作するもの」
……?
「まあ、難易度が高い方から説明するね。
熱量操作は……さっき言ってた通りだね。
熱運動に干渉するもの。
素粒子オーダーだね、最高難易度。
燃焼反応制御は
……そもそも燃えるっていうのは激しい放熱を伴う酸化反応なんだけどさ、
つまり分子レベルで化学反応を制御できれば燃焼はさせられるんだよね。
これは分子オーダー。
まあ……物質操作は、言わなくていいか。
燃えている……例えば炭素の塊とかをぶん投げるだけだし」
「ファイアボール!って感じだよね」
「うん。面白いよね。一番イメージしやすいものが一番難易度が低いのってさ」
しばらくこの空間には微笑みと笑いが満ちていた。




