置者(完全版)
「で、この人――人?、は何年くらい生きていたんですか?」
助手の問いに対し、博士はびっしりと空間に張り巡らされた、人工血管を外しながら淡々と答えた。
「五百年とちょっとかな。四百年はずっとここにいたけどね」
血管の終点が集まり、束ねられている等身大の装置から、博士は小さな箱を取り外し、助手へ投げやりに渡してきた。
「おっとっ……とっ」
と、反射的に助手が受け止めたそれは、拍子抜けするほど軽い。
重厚な金属の見た目に反して、プラスチックで出来ていると言われた方が納得できる手ごたえのなさ。仄かに伝わる温もりだけが確かな存在感を示し続けている。
二人の目の前には無数の黒い立方体が吊るされていた。
箱は握り拳程度の大きさから、人一人をまるごと収められそうなサイズまで不揃いだ。同様に、吊るしている紐の長さも天井に近いものから、打ちっぱなしのコンクリートに犇めくパイプすれすれまで幅広い。
加えて箱達は床を覆うパイプと同じものを立方体の頂点から生やし、他の箱どうしを真っすぐに繋いでいる。
――似たものをどこかで見たことがある、と助手は思う。
無秩序に並ぶもののはずなのに、どこかで規則性を見出してしまう。
バラバラなのに幾何学的で、チグハグなのに画一的。
星座のようなこじつけに、円周率のような神秘性を持つ配列。
奇妙で奇怪で奇天烈な四角形。
そしてこれを、そんなこれを――
「これを――美しい、と呼ぶべきだろうか」
博士の声が遮った。
「これは……人の死体――なんですよね」
見上げながら、助手は再度確認するように問う。
「まぁ一つの定義、いや終着点と呼べるものではあるかな」
「終着点?」
「そう、終着点。助手君はさ、人間っていつ死ぬと思う?」
「学術的に、ですか?」
「いいや、君の主観を教えて欲しい」
「では心臓が止まったとき、ですかね」
「つまらない答えだね」
「博士が主観でいいと言ったんですよ。ユーモアを期待しないでください」
「いや、つまらない一般論だが、的が外れているわけじゃあない。一般論というのは退屈だけれど人間が考える尤もらしい答えに一番近いからね。だけど、今求めているのはその先さ。もっと思考を広げたまえよ、助手君」
不貞腐れたような表情を助手は見せる。
「……じゃあ意識、無意識を問わずに動かなくなること、なんてどうです?」
「うん、まぁさっきよりはマシ。少し具体的になったからね」
面白くはないけど、と付け加えながら博士は続ける。
「そもそもね、死ってかなり曖昧な物言いなんだ。体系化された学問の中でさえも医学的な死、生物学的な死、法学的な死、哲学的な死、ぱっと思いつくだけで色々な死の定義がある。可笑しいと思わないかい?人間はある一定のラインを越えたら死ぬ、と言ってもそのラインは複数あるんだよ」
博士はわざとらしく、大きな手振りで、天井に指をさした。
「これはね、助手君。死の定義に限界まで挑戦した人間の果てなんだよ。――まぁ果てってのも違うか。もう死んじゃってるわけだしね!」
「人間と変化は切っても切り離せない――ってのはもう君も嫌と言うほど体験しているね?」
「……そうですね」
俯きながら助手は答えた。半面、博士は楽しそうな素振りで滔々と続ける。
「これはね、その変化を出来る限り最小限にした人間の姿なのさ。この箱の中は脳の部位をできるだけ細かく分割して保存していたんだ。まぁ当時の技術だから、色々と未熟でたった四百年しか持たなかった訳だけれども」
「保存って……生きているんじゃなかったんですか?」
「いや、生きてたよ。生かしていた、の方が正しいけれど」
トントン、と博士は手近な吊るされている箱を叩く。
「ただありのままに保存するのならば、凍結保存をするだけなんだけどね。だけど、生かしながら保存するってのは中々に難しい。特にこの装置は自分の力で動くってのを目標にしたから、細胞の摩耗を出来る限り減らしながら、|動かす(生かす)っていうジレンマに挑むことになった。大変だったけれど当時の技術レベルでは頑張った一品だよ」
ふむ、と助手は考える。
「つまりこれは延命装置でもあった、ということですか」
「だね。……って言ってなかったけ」
「死体を片付ける、としか言わなかったですよ」
こんなに大規模ならもっと人を呼べ――だの、事前に説明してほしかった――だの。
助手の細々とした愚痴を聞き流しながら、解体作業は進んでいく。
取り外しが終わり、ちょっとした休息中。
軽食のサンドウィッチを食べていた助手だが、ふとした疑問が溢れ出た。
「そういえばこの装置って博士が作ったんですよね。それって少なくとも、博士も四百年以上生きているってことですよね」
「まぁそうだね」
「今更、博士がどうこうしているのは驚かないんですけど、博士が普通の姿で長生きできるのならこの人もこんな手間がかかることをする必要なんてなかったんじゃないですか」
「と言うと?」
「まぁ誰とは言いませんよ?博士の周りにはそこそこ――と言うか、なかなか――と言うか、それなりにお年を召した方々がいますよね」
「いや、もっとはっきりババ――」
こほん、と咳払いをして咎める助手。
「お 年 を 召 し た 方 々 が い ま す よ ね」
「……そうだね」
有無を言わせぬ圧力。
この手の話は出来るだけ触れないのがミソ。
過去に博士のとばっちりを受けて学習した助手はそう思う。
「周りの方々が規格外すぎて麻痺してましたけど、そんな簡単に――とは言いませんけど、不老不死って可能なんですか?」
と、話を無理やり続けた。
一方、普段の博士ならもう少し地雷の上でタップダンスをして助手に踏ませる所だが、話の内容に興味を移したらしく話に乗る。
「うーん、まずそもそもの話なのだけど、不老も不死も不老不死も構造的に出来るようなもんじゃないし、実現するようなもんでもないよ。長生き――は出来るのだけどね」
「ん――、それって全部違うものなんですか?まぁ確かに少しニュアンスが違いますけど」
「全然違うね。不老と不死はまぁ大体同じなのだけれど、長生きは全くの別物だ。これら二つは似ている様で、絶対に同列に語ってはいけないものなのだけど――なんでだと思う?」
今度の質問は茶化すような様子はあまりない。
普段とは少し異なる様子を感じ取った助手は、少し真面目に自分の考えをまとめながら答えてみる。
「……個人的なイメージなんですけど、不老不死の方は成長しないというイメージで、長生きは年を取りながら生きる、ような気がします。変化をしないのが不老不死で、変化する――年を取るのが長生きと言った所でしょうか」
博士はニタッと不気味に笑ったようだ。
仮面で表情はうかがい知れないが、声に笑みと憎しみが同居しているような奇怪な感情を帯びている。
「正解!不老不死の本質は変わらないことなんだよ。我々は生きる永久機関とも呼んでいる。変わらないいことに対してエネルギー、維持費とでも言いかえていいのだけれど、それを絶え間なく全ての細胞に適用するのは人間の構造的に不可能な事なんだよ。だから不老不死も目指してもそれは不完全な不老不死にしかならなくて、それは長生きの範囲に収まってしまうワケだ。――全く持って忌々しいね。外付けの法則で人間の可能性を奪うなんてどうかしてるよ」
ふむ、と自分なりに咀嚼して頷く助手。
人の限界に対して博士はいつも同じような雰囲気になるので置いておくとして、不老不死についてはなんとなく理解したようだ。
「……不老不死と長生きの違いはわかりました。じゃあなんで実現するようなものじゃないんです?永遠に生き続けると辛い、とかそんな理由ですか?」
博士は即座に否定する。
「いや、そういう意味じゃない。さっきも言った通り、不老不死って変わらないことなんだよ。本質は不変であり、不変以外にありえない。本当の不老不死ってのは体は動かせないし、思考も出来ない状態でただの置物になるってことだ。これに例外はない。例えニューロンでもね」
「……それじゃあただの死体と変わらないじゃないですか」
「そうだよ。生命活動そのものが世界との切り離しであり、変化の塊だからね。年も取らない、死にもしない、そして思考もしない。それを否定するならばただそこにあるだけの人形になるのはまぁ自明な事さ。死んだ後が一番不老不死に近いとは世界そのものの皮肉なのかもね。だからこそ、かな。その彼を見てごらんよ。彼はついに、不老不死に一番近い所に立ったというわけだ」
「……博士、これはただの死体ですよ」
「まぁ定義の問題だね。さて、さっさとそれを運んでくれ。ずっとそこに居座られても邪魔なだけだからね!」
プロットは決まっていたのに、実際に書いてみると色々とバランスが崩れてしまった。
つらい……




