機巧人形はザクロを噛む_2
前線基地は、岩山に囲まれた国境沿いの要所に位置していた。
リディアたちが汽車で到着したのは夕刻前のことだった。一行は視察部隊として基地構内へと案内される。
施設内は見事なまでに整然としていた。技術班の詰所や防御システムの管制塔など、魔導工学の粋を集めた建物が立ち並んでいる。しかし、整いすぎたその様子に、リディアは微かな違和感を覚えた。まるで視察に備えて急いで作り込まれたような、どこか現実味を欠いた空気が漂っていた。
構内を歩きながら、リディアはカイルから依頼された『兵装記録の異常干渉』についての調査も進めていた。しかし、現段階では特に目立った異常は見つからない。
(記録に残ってないだけか、あるいは……)
ふいに背後から、若い兵士の声が響いた。
「えっと……特別技術補佐官のグレイウィンド技官でよろしいでしょうか? 俺、案内を任されましたティノ・バルジェと申します!」
振り返ると、癖っ毛の栗色の髪を持つ少年兵が緊張と興奮を抑えきれない様子で敬礼をしている。銀色の軍帽を斜めにかぶったその顔には、人懐こい笑みがあった。
「帝都の技術班所属でして、最近ここに派遣されました。突然の異動命令で自分でも驚いてて……まさか本物のグレイウィンド技官にお会いできるなんて夢みたいです!」
「あ……どうも、よろしくお願いします」
思わぬ熱量に圧倒されつつ挨拶を返すと、ティノは満面の笑みを浮かべながら嬉しそうに歩き出した。
ティノは通路を先導しながら、次々と防御装置の配置や改良点について説明を加えていく。
「この防御装置、本当にすごいんですよ。展開率も安定性も、前の世代とは比べものにならないくらい高性能で。これ、本当にグレイウィンド技官が設計されたんですか?」
「小型の改良に関わっただけで……元の設計は父のもので、私はそれを少し手直しした程度ですが」
「それでもすごいです! 俺、帝都での研修でこの装置の逆流起爆の注意項目を見たとき、技官のお名前を見つけて感動したんです」
「逆流起爆……?」
「はい。展開中にエネルギー偏差が一定以上に達すると、術式が内側に暴走を起こす現象です。その防止用の補助回路が特に重要で、研修でも特に念を押された部分でした」
リディアは、ティノが自分の研究を細部まで把握していることに、僅かに表情を和らげる。
「ありがとう。そこまで丁寧に見てくれているなら、技術者冥利に尽きるわね」
ティノの笑顔を見つめながらも、リディアの胸には、微かなひっかかりが残っていた。
(……どうして、そこが強調されるんだろう)
逆流防止の補助回路――それは、あくまで全体を安定させるための一要素であって、彼女が本当に工夫したのは、もっと別の部分のはずだった。
リディアが複雑な思いに囚われていると、基地の士官が近づいてきて丁重に声をかけた。
「グレイウィンド技官。本日夜、視察団を歓迎する集いが地元の有力者の館で開催されます。式典的な儀礼の一環として行う催しですが、防御装置の技術者である貴女にはぜひご出席いただきたく」
突然の招待にリディアが戸惑っていると、後ろから聞き耳を立てていたらしいルーシーが明るく背中を叩いた。
「せっかくだし行ってみましょ! もちろんドレスは持ってきてるわよね?」
「…………持ってきてるわけないでしょう」
リディアは小声でルーシーに言う。視察にそんな服持ってくるわけがないだろう、と。
「ふふふ、そんなこともあろうかと思って私、二着も持ってきちゃったの! リディアのおめかしは私に任せて。腕が鳴るわぁ」
屈託のない笑顔と予想外の準備の良さに、リディアは思わず苦笑いを浮かべつつ、小さく「ありがとう」と呟いた。