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機巧人形はまだ知らない_1



挿絵(By みてみん)



 翌朝は、リディアの気分とは裏腹に見事な快晴だった。

 石畳にはまだところどころ昨夜の雨の名残があり、空気にもうっすら湿気が残る。


 魔導炉の蒸気が街の上空に薄靄を作り、陽光に虹色の光を返していた。

 高架を滑る魔導列車、魔道灯が等間隔に並んだ街路。帝都は今日も、魔力の息吹に満ちていた。

 重たい気分を胸の奥にしまい込んで、車の合間を縫うようにバイクを走らせる。

 逃走に使った改造機は昨夜帰ってすぐに分解した。気に入っていた機体だったが、背に腹は代えられない。

 今日は通勤用の一般モデル。そこら中に流通している、個性も何もない機体だ。 


 帝都の一等地を抜け、魔道技術研究開発局――通称、『魔技研』の外門をくぐる。バイクを所定の位置に停めた。

 サイドミラーに映る自分を見る。

 銀色の長い髪はきっちりまとめ、淡く光を帯びた薄桃色の瞳。その色合いは、昔父に「光を透かした石英みたいだ」と言われた記憶がある。

 

(言い訳は用意してある……通用するかは別だけど)

 リディアはぐっと、拳に力を込めて歩みを進めた。


「おはようございます!」


 いつも通り、初老の守衛に声をかける。彼は新聞から顔を上げてにこりと笑った。


「おや、リディアちゃん。……識紋は?」


「えっ、あ、ない。朝バタバタしてて、忘れちゃったのかも」


 うっかり! そう、うっかりしてました! リディアは笑顔に全力の演技を乗せる。

 識紋とは職員の証である金属製のバッジのことだ。


「ないと困るでしょう。予備を貸し出すから、見つかったら返してね」


 疑う素振りもなく、守衛は代わりの識紋を手渡してくれた。第一関門、突破である。


(あとは……今日家を調べてみたら、賊に盗まれてたってことにでもするか――)


 軍の施設では、識紋が部屋の鍵の役目を果たす。その人物に許された扉のみを開けることができる。


 ここ、魔技研も例外ではない。

 研究者たちはだいたい変人揃いで、識紋の紛失なんて日常茶飯事。

 ただ、今日だけはタイミングが悪すぎる。


 けれど、ひっかかる。

(昨日落とした識紋……もう調べられててもおかしくないのに、守衛は何も知らないみたいだった。……伝達が遅れてるだけ?)


 もやもやと考えているうちに、研究室にたどり着く。

 ドアのまえに立つと識紋に反応して、ピッという音が返ってくる。

 室内に入り、ロッカーから白衣を取り出す。いつも着慣れた感触が腕を包む。

 小柄な体に大きめの白衣が、少し泳いでいる。

 

 席に着くと、向かいの同僚が待ちかねたように身を乗り出してきた。入局してからの仲であるルーシー・シルエットだ。ふわふわとした長いブロンドヘアに、いつも人懐こい笑顔を浮かべている。


「おはよう、リディア! 昨日の話、聞いた?」

 青い目をキラキラと輝かせ、まるで見えないしっぽをぶんぶん振り回しているかの様相だ。

 

「おはよう。……何の話?」

「軍の保管庫よ! 昨日、侵入者が入ったんだって!」


 まさかの話題に、リディアの心臓が一瞬だけ跳ねた。


「侵入者って……捕まったの?」

「それが逃げられたんだって! 工業区の方は今朝も捜索で大騒ぎよ!」


 とぼけながら答えるが、リディアは内心、冷や汗ものだった。


(気づかなかった……。通勤経路から外れてるとはいえ)


「でもね、軍の友達が言ってたんだけど、どこも荒らされてなかったって」

「へえ……」

「建物には入れたけど、中の保管室はどこも認証が必要じゃない? 侵入者、どこにも入れなくて、仕方なく出てきたところを見つけられて逃げたのかもね」

「随分マヌケな話ね……」


 ふふ、そうよね、とルーシーは笑う。リディアは胸をなで下ろした。

 

(……解錠はうまくいったってことかしら)


 ――非常時解錠プロトコル。

 リディアは魔導錠の抜け道を知っていた。

 火災・事故・魔力干渉などのトラブル時、扉が開かないと職員が閉じ込められる恐れがある。

 つまり、その状態を作れば勝手に扉の鍵は開く。例え、それが誤作動であってもだ。


 リディアが盗んだ文書は紐綴じのもので、中身だけを差し替えた。

 外見は完全に一致。研究者でなければ、入れ替えなど分かりようがない。


(アレさえ落とさなければ、完璧だったのに……)


 すると、室長が大量の資料を抱えて入ってきた。

 分厚い眼鏡と野暮ったい髪のいかにも研究者らしい容貌だ。リディアたちの直属の上司である。

 リディアは朝の挨拶をすると、何かを思い出したかのように声をかけてきた。


「ああ、リディア君。ルーペンス少佐の執務室に来るよう言付けがあった」


 軽く言われたその一言で、リディアの背筋が冷える。


「えええ!? ルーペンス少佐って碧翠の災厄に呼ばれたの!? 聞いてないわよリディア!」


 ルーシーが飛び跳ねる。しっぽがはち切れんばかりだ。


「え、いや……まったく身に覚えは……」


 ある。昨夜、彼に追いかけられた張本人なのだ。口が裂けてもそんなことは言えないが。


「羨ましい! あの高貴で美しい少佐に直々に呼び出されるなんて……! 切れ長で冷たい瞳が、また美しいのよね……!」


 両頬を押さえて恍惚とするルーシーをよそに、リディアは席を立つ。


(……羨ましいなら、代わってほしい)


 行ってきます……とそっと呟く。重たい足取りで、研究室をあとにした。



 ***



 軍司令部の三階は、空気が違った。

 足音すら吸い込まれそうな厚い絨毯。無駄に高い天井。壁にかかる重厚な絵画。

 リディアは息を整え、廊下の奥にある扉を見つめた。


「失礼します。魔道技術研究開発局、リディア・グレイウィンド。指示により参りました」


 扉が静かに開く。案内の兵士に促されて中へ入る。歩く音、服が擦れる音、ひとつひとつがやたらと耳につくような重たい空気が充満している。

 執務室には無骨な机と椅子、最低限の文書棚に応接用のソファが一組。そして、窓際に立っていたのは――。


「ようやく来たな、グレイウィンド技術官」


 昨日、嵐の夜に彼女を追い詰めた男。

 カイル・フォン・ルーベンス少佐。帝国軍でも一、二を争う若手の実力派で、“碧翠の災厄”の異名を持つ人物だ。


 その呼び名に違わず、碧翠を思わせる切れ長の瞳が、まっすぐにこちらを見据えている。光の加減で色調を変える双眸は、冷たくもあり、美しくもあり――時に、底知れぬ深みを帯びていた。

 高い背丈と、無駄のない鍛え上げられた体躯。その均整のとれたシルエットが、軍服の上からでも一目でわかる。

 顔立ちは彫刻のように整っていて、けれどどこか人間味の乏しい、完璧すぎる無機質さがある。まるで触れたら壊れてしまいそうな硝子細工のようで――けれど、違う。きっとこの人は、壊れるのではなく、壊す側の人間だ。

 

 リディアは、そんな彼を前に、思わずため息をつきそうになる。

 ……なるほど。女性たちが彼に憧れる理由が、よくわかる。

 

「掛けたまえ」


 低い声に従い、リディアはソファに腰を下ろす。体の芯に、じわじわと冷たい緊張が染み込んでいく。


「早速本題に入る。――君は昨夜、保管庫から何を盗んだ?」

「……え? 何の話でしょう」

 

 目だけを動かし、彼の反応を探る。カイルは表情を変えず、机に手を置いた。


「とぼけるのは構わない。ただし、少なくともこれは君の物のだろう」


 彼が差し出したのは、見覚えのある銀色の識紋。

 リディアは息を呑んだが、すぐに表情を作り直す。


「あっ……! なくしてしまってたんです、それ。落としたのか盗まれたのか……その、家が荒らされていて」

「通報は?」

「……朝に確認したばかりだったので。今夜、正式に届け出るつもりでした」


 リディアは出来るだけ自然に答えたつもりだったが、カイルの視線は鋭く揺らがない。


「君の家が荒らされたのが事実なら、なぜ今朝、守衛に“忘れたかもしれない”と言った?」

「……それは……あの、まだ状況が混乱していて」


 口に出してみて、言い訳の粗さに自分でも呆れる。

 カイルはしばらく黙ったまま彼女を見つめ、やがてふっと目を伏せた。


「――君はグレイウィンド博士の娘だな」

「そうですが……」

「だからといって、軍の保管庫に侵入した理由にはならないがな」

 カイルの声に感情はなかった。ただ、事実を確認するような口調だった。

 

 彼はそれ以上問い詰めなかった。

 ただ、識紋を机の上に置いたまま、執務室にはより一層重たい空気が流れている。


「盗まれたと主張するなら、押収品扱いにはしない。返そう」


 リディアは無言でそれを受け取った。


(……押収しない? 軍の上層部に報告してないってこと?)


 なぜ――疑問だけが残った。


「今日はこれで結構だ。仕事に戻っていい」


 釈放されたような気分で部屋を出たとき、リディアの背中は汗で濡れていた。

 

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