6 モブたちの、モブたちによる、モブたちのためのハッピーエンド
それからというもの、第三王子トレス様を中心としたモブ連合は、裏設定を生やしまくりました。
まず、誘拐されたマリアージュお嬢様の奪還。
トレス殿下は速やかに、スパダリ皇子ことフェスタンドール殿下に連絡を取ります。皇位を争う他の皇子が、我が国の辺境伯令嬢を誘拐したと。
フェスタンドール殿下は兄弟皇子の企みを防ぐため、お嬢様の監禁場所を急襲。見事お嬢様を救い出し、ついでに恋に落ちました。
なんで皇子自らが動くのか……考えるのは野暮です。ここは確定イベントですので。
続いて、マリアージュ様とトレス殿下の婚約。
これは実は、トレス殿下がフェスタンドール殿下のために結んだ婚約なのです。
という裏設定を生やしました。
誘拐救出イベントの時点では、フェスタンドール殿下のお立場は不安定なもの。兄たちと皇位をめぐっての政争中、暗殺も失脚もあり得るのです。
こんな状態では婚約どころではありません。
そこでトレス殿下の出番です。
彼はフェスタンドール皇子が皇太子になるまでの間、マリアージュお嬢様と婚約を結んでおき、他の男性に求婚されないようキープしておくという密約を結んだのです。
やってることが女衒である気もしますが、あらすじを遵守しつつスパダリ皇子の怒りを買わない、となるとこの辺がギリギリのストーリーでしょう。
フェスタンドール殿下は重要キャラですが、溺愛系キャラ特有の『愛する彼女には、不快になるようなことを知らせる必要はない』ムーブをかましてくるタイプでいらっしゃいます。
トレス殿下との密約は、マリアージュ様には秘密にされることでしょう。
お2人の婚約中、もちろんトレス殿下がマリアージュ様を愛するのは論外、逆にマリアージュ様がトレス殿下を好意を抱くのも問題です。
それを防ぐため、殿下は意図的にマリアージュ様に冷たく当たります。罵倒などはなし、礼儀正しいけど義務感しかない的な方向で。
ついでに、このタイミングで絡んでくるハニトラ男爵令嬢ことロゼリア様。
トレス殿下のみならず、イケメン貴族令息(婚約者がいようがいまいがお構いなし)を片っ端から籠絡して回る凄腕の追尾型魚雷。
殿下はこの愛くるしい厄介者のタゲを自ら取りに行き、無事恋人になりました(肉体関係があるとは言ってません)。
シナリオの強制力なので恋人になるしかないのですが、『俺がこの女を食い止める! 犠牲になるのは俺だけでいい。ここは俺に任せて、お前たちは婚約者とよろしくやってろ!』と、美しい自己犠牲精神を発揮した風を装っております。
そして世間では、それを浮気と呼びます。
わたくしとしましては、『お嬢様を悲しませるクソ王子もげろ死ね』以上の感興は湧かないのですが、さすがにこの浮気は不可抗力だとは思っております。
あらすじに『恋人になる』と明記されており、それは改変が不可能なのですから。
ここは作者に怒るべきですね。
どうか、作者の投稿小説にブクマもポイントもつきませんように!
さて問題の婚約破棄。山場中の山場です。
何故、クソ殿下様は学園の卒業パーティーでわざわざ騒動を起こしやがるのか?
──これは実は、全面的な殿下側有責で婚約解消するためです。
王子と貴族令嬢が破局した場合、圧倒的に令嬢の方が大きな風評被害を受けます。
ましてやその直後に皇国皇子と婚約しようものなら、令嬢こそ浮気していたのか、皇子の略奪婚かといった悪評が立ちかねません。
それを防ぎ、スパダリ皇子と愛され主人公令嬢が瑕疵なく結ばれるために、あからさまに王子側に問題があったことにするのです。
実際に、男爵令嬢と浮気してますが、そこを含めて自ら悪役となり、スパダリ皇子に恩を売っておくのです。
やってることが女衒である気もしますが以下略。
──という、ロールプレイという名の裏設定の提案を、トレス殿下はそれはもう一生懸命なさったそうです。
その甲斐あって、見事王子有責で婚約破棄成立。
からの、皇太子となったフェスタンドール皇子の公開プロポーズ。慎ましく、しかし嬉しそうにそれを受け入れるマリアージュ様。
フェスタンドール皇子とトレス王子を見比べて、超悔しがる男爵令嬢。
……と、その場にいたモブ給仕たちが話しておりました。
それにしても、トレス殿下の八面六臂の大活躍。もうこの方が主人公でいいのではないでしょうか。
悪役王子死亡フラグ回避モノとしていけそうです。
もちろん他のモブ連合も、国を越えての報連相や、細かな裏設定強化に励みました。
わたくしも、マリアージュ様と顔を合わせることのないようにしつつも、モブ貴族たちの召使いと連絡を取り合ったり噂話のていでトレス殿下の提案した設定を広めたりと、微力ながらお手伝いいたしました。
卒パでの婚約破棄騒動の数日後。
夜、数人で騎士団の官舎の食堂掃除をしておりましたら、騎士様がいらっしゃいました。
マリアージュお嬢様の襲撃イベントの後、わたくしに色々説明してくださった騎士様です。あれから今に至るまで、交流が続いているのです。
「ああ、今日はもう仕事を終えていい」
「あとはわたしが引き受けます。お2人でゆっくりお過ごしなさいな」
一緒に襲撃イベントをくぐり抜けた執事と侍女が言ってくれました。
2人も、他の者も、生暖かい笑みを浮かべてわたくしたちを見ています。
もう、一体何の笑いですの?
「あ、ありがとうございます? では、お言葉に甘えて失礼いたします」
「ごゆっくり」
官舎の外に出ました。庭というほどではありませんが、そこそこ広い場所です。
建物の明かりが届いているので、さほど暗くもありません。
「トレス殿下の処遇が決まりました」
「まあ。ついに」
すごく気にはなるけど、わざわざ2人きりで言うことかしら……。
「まず王室からの除籍。当然王位継承権は失います。
それから、陛下に男爵令嬢ロザリアとの婚姻を命じられました。
ロザリア様には爵位を継ぐ兄君がいらっしゃるので、一代男爵の位を賜り男爵家の領地に住むことになります。ご自身の領地は持ちませんが、王族時代の個人資産を引き続き所有する許可を得ました」
「それは……」
ふむふむ。
最低ラインながらも貴族の地位を得られる。王族時代の個人資産を持っている。行動や移動には特に制限なし。
毒杯や幽閉からの病死コース、平民落ちからの野垂れ死に、鉱山送りといったざまぁバリエーションからすると、圧倒的に有情。
トレス王子と愉快なモブ連合による、ダメージコントロールの成功。完全勝利と言っていいのではないでしょうか。
「あまり厳しい沙汰が下されなくて悔しい……いえ喜ばしいことですわ」
「ははは、ご令嬢の元侍女としては面白くありませんか。
しかし、これも皇太子殿下のため、ひいては我が国と皇国の関係強化のため。
表沙汰にはできない恩を売ったのですから、殿下は今後も密かに重用されると思いますよ」
ぐぬぬ。上手いことやりやがって。
あ、でも、そうだわ。
「男爵令嬢との婚姻ですが、どちらも納得されているのですか?」
ある意味、これが1番の罰ゲームかと。
どうせ、騒動をきっかけに仲が悪くなったのに、王様から離婚しちゃ駄目とか命令されてるんでしょ。
「それがですね。
ロザリア様はフェスタンドール殿下にすり寄ったところ、一喝されて震え上がり。
さらにマリアージュ様に、王室の一員として振る舞うことがいかに大変か聞かされて、玉の輿は無理だと思い知らされました。
その後トレス殿下が、自分は実は有能だったのだと種明かしをなさったそうです。
すると『ええ〜トレス様昼行燈と見せかけて実は有能とかぁ〜ギャップめっちゃいい〜』と惚れ直したそうで。
贅沢はできませんが、お二方とも上手くやっていけるのではないかと思います」
ぐぬぬぬぬ。ほぼざまぁになっていないではありませんか。
まあ設定的にも、トレス殿下はロザリア様のことがお好きなはず。
男爵令嬢ロザリア様の方は、話せば分かるタイプのお花畑ヒロインだったようです。
メインキャラなのですからメタ知識はないはずですが、トレス殿下が『実はロザリアは話せば分かるタイプで』などと裏設定を提案した可能性も、なきにしもあらず。
モブたちの力で、ざまぁが相当弱体化しましたね。
グダグダな小説なのでポイントは稼げないと思いますが、わたくしどもの知ったことではございません。
削除さえされなければいいのです。
「では、全て丸く収まったわけですね」
「いえ、あと1つだけ残っていることがあります」
「?」
この物語は、もうお終いではありませんか?
「これを」
騎士様がわたくしに、手に乗る大きさの繻子の小箱を差し出しました。
受け取って蓋を開けると。
銀の指輪が。
騎士様がわたくしの前で跪きました。
「盗賊どもに立ち向かった貴女のしなやかな強さ、トレス殿下のために立ち働く貴女の聡明さ、そして貴女の美しさ。
私は以前から、貴女の虜でありました。
どうか私と結婚して、私を世界一幸せな男にして下さいませんか?」
えっ!?
い、いや、なんかわたくしと騎士様っていい感じだなぁ……とは思っておりましたが! まさか今日!
ああ〜執事と同僚侍女! この計画を知ってたな!?
内心滅茶苦茶動揺しておりますが、できうる限り優雅な微笑みを浮かべ。
まるで全て予想済みだったかのように淑やかに右手を差し出し……さ、差し……手が震えてるわよわたくし! しゃきっとしなきゃ!
「ええ、喜んで。
騎士様、わたくしを世界一幸せな女にしてくださる?」
「喜んで」
騎士様はわたくしの手をとり、その指先にそっと口づけをなさいました。
なんだか分からないけど、目頭が熱くなって……泣いてませんよ! 目の前がぼやけているだけですよ!
涙が引っこむように顔を上に向けると。
夜空に、白い線がすっと一筋走って──。
「流れ星?」
もう一筋。
さらに一筋。それがいくつもいくつも。
氷よりも冷たく、世界の果てよりも遠く、海よりも広大で、宝石よりも輝くそれは。
「ああ……!」
流星群!!
マリアージュお嬢様のお供に選ばれた時、見たいと願っても現れなかったあの流星群が、今、ここで……!
「どうして……?」
「数百年に一度の流星群。
貴女と出会う前、私はトレス殿下に申し上げました。
流星群の次の出現は、殿下が学園を卒業される時期。
必ずや、殿下と辺境伯令嬢の新たな出発を寿ぎ、お二方の願いを叶えてくれるでしょうと」
立ち上がった騎士様が、わたくしを見下ろして手を握り、微笑みました。
優しさと、モブ同士で言外に交わし合う意図を含んだ笑み。
ああ。
貴方、設定を追加したのね?
あの時わたくしが願っても流星群が来なかったのは、その前に貴方が設定していたからなのね? 流星群は今、つまりラストシーンで降るのだと。
あの時わたくしは『数百年に一度の流星群が、もうじき来るのよね。噂になっているわ。それに祈ると、願いが叶うんですって』と言ったの。
あの時より先に貴方の設定は通っていて、だからわたくしは噂で聞いていたのね? 気づかなかったわ。
「素敵ね……。
流星群は、きっとマリアージュ様のために降っているのだわ……」
ものの例えではなく、まさにその通りなのです。
主人公のハッピーエンドを、美しく彩るために。
主人公のこれからの幸せを、約束するために。
「ええ。
ですが、私たちが、そのお相伴にあずかってもいいのではありませんか?
私たちの永遠の幸せを願っても」
「そうね、そうですわね。素晴らしいお考えですわ。
どうか貴方も願ってくださいまし。
わたくしたちが、マリアージュ様と同じように、世界で一番幸せな夫婦になることを」
わたくしは降りそそぐ流星群に目を戻し、祈ります。
夫婦となるわたくしたちが、いつまでも幸せでありますように。
この小説が終わった後、わたくしたちは生きているのだとお嬢様にお知らせできますように。
できれば、またお嬢様にお目にかかれますように。
そして、世界を祝福するあの言葉で、物語が締めくくられますように。
──めでたし、めでたし。