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5 モブの細道

 身体の揺れを感じて、目が覚めました。

 揺れに合わせてがたごとという音。眼を開けると、知らない馬車の中でした。

 屋根に白い幌がかかっています。大きめの荷馬車であるようです。


「ああ、気がついたか」


 そばの床に、執事が座っていました。他にもメイドや従僕が数人。包帯を巻いている者もいます。

 わたくしは、同僚の侍女の膝枕で横になっておりました。あの、危険な囮となってくれた彼女が。

 慌てて頭を上げます。


「まだ横になった方がよろしいわ」

「申し訳ございません! お嬢様を、お護りできず……さらわれてしまって……!

 あなたには囮にまでなってもらったのに……」


 申し訳なさに声がつまります。


「仕方ありませんわ。多勢に無勢でしたもの」

「そうだ、お前たちは最善を尽くした。盗賊に備えて護衛を増やすよう進言しなかった私の咎だ」


 同僚がハンカチを貸してくれました。涙を拭かせてもらいます。

 ぶっちゃければ、お嬢様を護れなかったのはシナリオの強制力なのですが、だから気が楽とはなりません。


「あの、ここは?」


 身体を起こしながら尋ねます。


「……説明すると長くなるのだが。

 我々は皆、ある方の馬車に乗せていただいているのだ。他の馬車にも分乗させてもらっている」

「お嬢様はさらわれてしまったけれど、他の者に死者はないわ。怪我はどう?」


 言われてようやく気づきましたが、腕や肩口があちこち痛みます。見ると包帯で手当てされていました。

 必死だったので気づきませんでしたが、どうやら賊と揉み合っていた時に短剣が当たっていたようです。

 幸い痛みからして、深い傷ではないようです。


「痛みはあるけれど、大したことはなさそう。

 では、辺境伯城へ送っていただいているのですね?」

 

 わたくしの質問に、2人は複雑な顔になります。


「それだが……」

「わたしたちは今、王宮の騎士団の庇護下に入っているのです。辺境伯城には戻らず、王都へ向かうとのこと」

「はい?」


 ここ辺境に、王都の騎士団?

 そんなのあらすじにありませんけど?

 わたくしたちが生きていることを含めて、シナリオ崩壊してません?


「それは、あちらの方々にご説明いただいた方がいい」


 執事が馬車の後方を指差し、ドア代わりの布のカーテンを開けました。

 わたくしたちの乗っているのと同様の幌馬車が何台か連なっていて、騎乗した革鎧の護衛たちが囲んでいます。

 そのうちの1人。革鎧を着た、隊商の護衛らしき青年が、乗っていた馬をこちらに寄せてきました。

 馬車の後ろにつくよう馬を歩かせながら、こちらに話しかけてきます。


「気づかれましたか。思ったより顔色が良いようで、安心いたしました」


 わたくしたち同様、モブと思われる若い男性です。商人の護衛としては、物腰や話し方が洗練されている気がします。


「あの、わたくしたちは騎士団の庇護下に入っていると……」

「そうです。このようななりをしておりますが、私どもは騎士。

 このことは内密にお願いしますよ?」


 青年が、いたずらっぽく微笑みます。

 モブですけど、ちょっと格好いいかも。


「お助けいただき、ありがとうございます。

 何とお礼を申し上げればいいのか……」

「いえ、私どもは任務を遂行しただけです。

 感謝なさるなら、我らの主人にお願いします」

「主人?」

「我が国の第三王子。トレス殿下でございます」

「!!」


 驚愕いたしました。2つの理由で。

  

「そ、それはどういう……? 殿下が御自(おんみずか)ら、救助を命じられたということですの?

 いえ、それ以前に、何故わたくしどもの窮地をご存じだったのですか?」


 まず、辺境に中央の介入があったことが驚きです。盗賊が現れるから退治、というのは辺境伯の領分なのに、何故? それも、このお嬢様誘拐イベント直後というタイミングで。

 そしてその介入者が、第三王子トレス──近い将来にマリアージュお嬢様の婚約者となり、婚約破棄を叩きつけてくる重要キャラであること。

 だいたい王子はマリアージュお嬢様と年齢が離れていないはず。

 まだ子供なのに、しかもざまぁされる役なのに、あらすじに反するような行動をとっている?

 何もかもが意味不明です。

 

「殿下は現在13歳。宮廷においては暗愚などと噂されておりますが、実は極めて聡明な方です。兄弟間で後継者争いが起きぬよう、わざと我が儘な暴君を装っておられるのです。

 さて現在隣の皇国では、皇太子の座をめぐって壮絶な争いが起きています。

 実は、殿下は第五皇子フェスタンドール殿下が皇帝となることが、皇国及び我が国の最大の利益になると判断、第五皇子と連絡を取り合って協力しておられるのです。

 無論隣国からの援助など大問題ですので、全ては秘密。万一表沙汰になった際には殿下の独断ということにして、全ての責を負われる覚悟でいらっしゃいます。

 実際には前もって陛下に奏上し許可をいただいておりますが、それはあくまでも内密のこと」

 

 こちらが口を挟む隙もなく、まくし立てました。若干早口です。

 何か言いたげに、ちらちらと目配せもしてきます。

 何? モブのメタ知識に関わる何かがあるということ?

 騎士様が今度は、声を出さずに唇を動かしました。

 

「タ」「グ」。


 タグ?


 たしか、この小説のタグは『婚約破棄 スパダリ ハッピーエンド 溺愛 ざまぁ 王子は空気』……。


 ──王子は空気!!


 つまりこの小説において、第三王子はたしかに名前を持ち重要な役割を果たしますが、キャラとしては非常に作り込みのない、薄っぺらい、準モブと言っていいほどスカスカな存在、ということなのです。それは、作者自らがタグという形で認めています。

 だからモブ同様に、王子もメタ知識を持っているのです。


 だから、自分が生き残るために、さまざまな裏設定を生やしまくっているのです!


 わたくしの顔に理解の色が浮かんだのでしょう。

 騎士様が説明を続けられます。


「実は皇国の他の皇子が、我が国の守りを弱体化するべく、この辺境に多くの間諜を放っているのです。

 先日の、城下町の火事も破壊活動のひとつでした。

 幸い事前に情報を掴んでいたため、素早い消火に繋がりましたが」


 拾ってる! こないだ従僕が忌引きするために適当にでっち上げた火事設定を拾ってる!

 王子が火事の話を聞いて、『実は俺は有能で、実は辺境の火事は隣国の破壊活動で、実は俺が部下に阻止させたんだよ〜』みたいなロールプレイをしたに違いありません。

 さすが王子様。子供とはいえ権力があるので、大がかりな設定を生やすことができるのですね。


「辺境伯令嬢を誘拐した、あの山賊もそうです。実は賊に身をやつした皇国の工作員。かの令嬢をさらい、辺境伯を脅して操ろうというのです。

 奴らは令嬢が出立する日時を把握し、狭い山道に罠を仕掛けて待ち伏せしました」


 辻褄合わせがすごい。


『賊がよりによって辺境伯令嬢の移動中に偶然出くわして、護衛がそれなりに多いのに無理して襲ったのは変じゃないか?』という疑問に対応しています。

 これなら、作者だか世界律だかの『適切かどうか判定』をクリアするのも道理。

 なにしろ、作者のストーリーの矛盾を解消してくれるわけですから。


「我々も誘拐を防ぐべく、隊商に偽装して辺境へ向かいました。

 辺境伯にもお知らせするべきでしたが、伯の周囲にも皇国の間諜が入り込んでいたために、それは叶いませんでした」


 そこはちょっと無理があるわね……。

 ストーリーの展開上、お館様に前もってお知らせすることは出来なかったはずですから、その理由づけということですわね。

 

「しかし、トレス殿下も同様に、皇国と辺境に間諜を送り込んでおります。皇国の工作員にはあらかじめ話を通し、貴女がた召使いは殺害させぬよう手を回しました。

 実は、もはや皇国の間諜たちは、次の皇帝はフェスタンドール殿下であり、あからさまに敵対したくないという認識であるのです」


 えーと。

 つまり、皇国の間諜ことモブの皆さんも当然メタ知識があると。皇太子レースに第五皇子が勝利することは知っていると。

 だから、あまりヒロインたるお嬢様に酷いことをして、スパダリ皇子の怒りとざまぁを食らいたくないのですね。


 それにしても「実は」が多いですわ……。


「しかし彼らも、辺境伯令嬢の誘拐が本来の任務です。供の者に容赦はしても、誘拐は遂行いたします。

 残念ながら、我々は間に合いませんでした」


 騎士様は悲痛な面持ちで語ります。実際に悔やんでおられるのでしょう。分かります。わたくしも同じ気持ちです。

 ですが、くどいようですが、お嬢様の誘拐は確定したイベントです。絶対に止めることは出来ません。

 

「彼らは皇国に戻り、お供は全員殺害したと報告する手はずです。

 それに呼応して辺境騎士団も、全員死亡と辺境伯に報告するでしょう。亡骸は谷底の川に投げ込まれて回収出来なかったと。血のついた馬車や品物を証拠に持ち帰って。

 そうすることで、辺境伯の周囲にひそむ間諜を騙すのです」


 ああ、わたくしたちを救いつつ、『お供の召使いたちは皆殺しにされ』というあらすじとの整合性を取ろうとしておられるのですね。

 みんなで口裏を合わせて、お供は全員死んだということにする。そして、裏ではこっそりわたくしたちを(かくま)うということ。


 この小説は、主人公であるマリアージュお嬢様の視点で話が進みます。

 逆に言えば、お嬢様のいない、関知なさらないところではかなり融通が効くのです。

 どれだけ無茶な裏設定を乱立させようとも、お嬢様にあらすじ通りの情報を与えられれば、『あらすじ通りに話が進んでいる』と作者に判定されるようです。


 王子や盗賊(実は皇国の工作員)も、わたくしたちを助けたいというより、本当に皆殺しにすると、後でスパダリ皇子の報復が大変なことになるからでしょうね。お嬢様が悲しみますからね。

『実は生きていました』なら、加害者側も許してもらえる可能性はあります。


 モブはみんな我が身が可愛い。

 自分が助かるためには、他のモブとも協力し合わないといけない。

 そんなわけで、我が国と皇国とをまたぐ規模の、一大モブ連合が出来上がっていたようです。


「ですから、残念ながらあなたがたを辺境伯の元へ返すわけにはいきません。

 令嬢はさらわれお供は皆殺し。この情報を皇国に流すために、あなたがたは死んだことにします。

 とは言え悪いようにはしません。これから皆さんは王都に向かい、さしあたっては騎士団に仕えてもらいます」


 無論、否やはありません。その場にいた者は皆、うなずきました。


 その後、一行は馬をほとんど休憩させることも、新たな馬と交換することもなく、一気に王都の軍の官舎まで移動しました。

 この世界の馬は、飛脚や松尾芭蕉よりもタフであるようです。便利だから誰もツッコみませんでしたけど。

 


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