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4 モブ死亡イベント開始

「マリアージュや、しばしの別れだ。お祖父様とお祖母様の言うことをよく聞くのだぞ」

「はい! お父様、行ってまいります」

「「お嬢様、行ってらっしゃいませ」」


 ついに出発の日になりました。

 居残りの召使いたちは、モブ同士には分かる何とも言えない表情で、頭を下げてお嬢様とわたくしたちを見送ります。同情、憐憫、同僚の死への恐怖……。

 ちなみに、突然お嬢様付きという設定が生えたあの執事も、先日の奮闘空しくお供に選ばれておりました。まあそうでしょうね。


 泣いても笑ってもイベント開始です。


 先代様の領地へ向かうには、山を越えなければなりません。

 馬車は列をなして、山道をガラガラと進みます。アスファルトの道を走る自動車のような(なめ)らかさです。

 いくらサスペンションの設定があるといっても、ろくに舗装されていない道を進むのですから、もっとガタガタ揺れるのではないでしょうか。作者の考証がいい加減な証拠です。

 ですが、それを指摘した瞬間に揺れが激しくなるのは明らか。わざわざ乗り心地を悪くする理由もありません。誰もツッコミを入れることなく、馬車は先代様の領地へ向かいます。

 わたくしともう1人の侍女はお嬢様と同じ馬車。

 お嬢様は行儀良くしておられますが、興味津々の表情で窓の外をご覧になっています。外出の機会が滅多にありませんから、物珍しくて仕方ないのでしょう。

 

「山深くに入っていくのですね」

「ええ。ここを越えた先にお祖父様お祖母様のおうちがあるのよ。

 ここを通るのも久しぶりだわ」

「水音が聞こえますわね。あら、谷底に大きな川が」

 

 誰かが設定したのでしょうか。馬車は、右手は急な斜面、左は谷底という道に入っております。

 道幅は馬車2台が横に並んでも通れる広さですが、緩やかなカーブが続いて見通しが効きません。明らかに襲撃されそうな場所です。

 眼下に大きな川。いかにも絶体絶命のキャラが飛び込みそうなシチュエーションです。

 高所からの川への落下。いいですね。死んだと見せかけて実は生きていた演出が狙えます。


『飛び込みやがった! どうしますか?』

『かまわん、放っておけ。この高さでは生きていまい』


 とかいうアレですね。

 落下で一気に距離を離せる上に、川に流されるので追いかけてトドメをさす、ということもできません。ひょっとしたら、死亡イベントを回避できるかも。


 でも……その時が来たら、本当に飛び込む勇気はあるの?


 緊張で、だんだん手足の先が冷たく感じてきました。

 胸がきゅっと痛く、息が苦しくなります。


 がたん、と馬車が止まりました。


「どうしたの?」

「道を塞ぐように、ロープが張られているようです。

 ただ今先を行く護衛が、外しに行っております」


 わたくしの問いに御者が答えました。

 馬車が止まった。一本道で右手は人も隠れられる山の斜面。逃げ場はない。


「危ない! 気をつけて──」


 右手の窓から、何かがいくつか飛んでくるのが見えました。

 矢!?

 さらに馬車の右側面に、ドンという衝撃が。大きく左右に揺さぶられ、倒れ込みそうになります。咄嗟に同僚との2人がかりでお嬢様を抱きかかえました。

 見ると、右の側板が内側にたわんでいます。

 動揺した馬のいななきと、それを御者が制止する声。

 どうやら、襲撃者が斜面から大きな岩を転がして落とし、馬車に当てたようです。

 なんて事を! いくらあらすじで無事だと分かっていても、万一お嬢様に当たったらどうするの!!

 頭がカーッとなって、恐怖は全くありません。身体をぶつけた痛みも感じません。

 わたくしが左側に座っていましたので、そっとドアを開けて周囲を確認。

 供の者たちが馬車から降りて右往左往していますが、襲撃者の姿は見えません。まず遠距離から攻撃し、これから接近してくるのではないでしょうか。

 馬車の中に立てこもるのは得策とは思えません。


「お嬢様、ここから離れます。わたくしどもとご一緒下さい」

「わ、わかったわ……。すべきことがあるなら言ってちょうだい」


 幼いのに健気にも、自分のベストの行動を探っていらっしゃいます。

 言っておきますけど、わたくしが名無しのモブだから名前呼びなさらないんですからね! 名前があれば、お嬢様はちゃんと呼んでくださるお優しい方なんですからね!

 若干パニックに陥っている自覚はあります。

 お嬢様は助かると決まっている? 放っておいても大丈夫? 

 馬鹿なことを!

 お嬢様はわたくしの、わたくしたちの何よりも大切なお嬢様。

 もし自分の命を捨ててお嬢様が助かるなら──それがどれだけ恐ろしくとも、やるしかないのです。


 怒号。悲鳴。馬車が壊れるらしき、何か大きな音。


「お嬢様、失礼いたします。上着を」


 同僚の侍女が、お嬢様の外套を脱がせました。見開いた目が血走っています。きっとわたくしの目もそうなっているでしょう。


「わたしが囮になります。どうかあなたはお嬢様を」

「……分かったわ」


 わたくしはうなずきました。どちらが安全ということもありません。悩む暇もありません。

 お嬢様の外套の中に自分の上着を詰め、急ごしらえの人形を作ります。

 位置を変え、先に同僚が出ます。

 

「お嬢様! こちらに!」


 同僚が聞こえよがしに叫ぶ声が、遠ざかっていきます。

 周囲に視線を巡らしますが、馬車の車体や土煙でどうなっているのか分かりません。盗賊たちの仕業なのか馬車のハーネスが外され、馬は逃げてしまっています。

 剣戟らしき金属音がします。護衛が戦っているのでしょう。この隙にお嬢様を逃がさないと。

 飛び降りるのは論外。お嬢様に山の斜面が登れるかどうか。

 わたくしの外套を広げてお嬢様を隠し、壊された馬車に隠れるように斜面に近づきましたが。


「娘を見つけたぞ!」


 声のする方を見ると、馬車の向こうに蓬髪(ほうはつ)の男がいました。剣を持っています。叫ぶなりこちらへ駆け寄りました。

 逃げようとしましたが、すぐに追いつかれ、お嬢様の腕をつかまれます。


「離して!」


 男の腕を引き離そうとしましたが、小娘の非力さ、まるで相手になりません。逆に振り払われて、地面に叩きつけられるように倒されました。

 男が、悲鳴を上げるお嬢様を抱き上げます。


「お嬢様!」


 お嬢様を抱えた男が走って遠ざかり、馬車の列の向こうに消えました。

 入れ替わるように、短剣を持った見知らぬ男。


「お嬢様! お嬢様を返しなさい!!」


 必死で泥と埃に汚れた男に掴みかかります。武器を持った男に。


 あ、正気じゃないな自分。これは殺されるわ。


 カッとなりながらも、そんな思いがよぎります。

 しばらくもみあって。

 ……あ、あれ?

 わたくし、なかなか刺されないわね?

 見上げると、目が合いました。

 なんだか……この人、困惑しているような……? 及び腰って言うか……。

 

 あ、そうか。

 この盗賊たちも、モブだから。

 メタ知識があるんだ。


「えっと……?」

「おう……?」


 お互いにつかみ合ったまま、どうしますか? みたいなお見合い状態が続いてしまいました。


「くそっ……! 斬るぞ! 斬るからな!?」


 謎の予告と共に振り上げられる短剣。

 それを見ながらも、わたくしは動けません。

 

「金目のものはいただいた! ずらかるぞ!」


 遠くから、賊らしき別の男の声が聞こえます。


「分かった! ボヤボヤしてると追っ手がかかるからな!」


 なんだかホッとした顔で、妙に説明的な台詞を吐きながら、男はわたくしを突き飛ばして距離を取り、背を向けました。

 わたくしの側を、別の賊が駆け抜けていきます。もう1人。さらにもう1人。

 地面に座り込んだままぼんやり見ていると、男たちは素早く山の斜面を登り、消えてしまいました。前もってロープでも結んでおいたのかしら。

 見回すと、何人かの召使いや護衛が見えます。倒れてうめき声を上げたり、血を流している者が多いようですが、明らかな死人は見当たりません。


 は?

 なんか結構生き残ってるんですけど?

 皆殺しイベントはどうした??


 わたくし……生きてる……?


 いままでずっと張りつめていた何かが、ゆるむのを感じて。

 目の前に黒い紗がかかったように、視界が暗くなって。


 意識が途切れました。

 

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