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3 モブの祈り

 誰がお供に選ばれるかというロシアンルーレットを水面下で繰り広げていても、仕事は普通にやらねばなりません。


「ではお勉強がてら、古人の詩を使ったしりとりをいたしましょう。そうですね……まずは『白鳥』で始まる詩を」

「白鳥、白鳥……そうだわ! このお(うた)があってよ」


 お部屋にて、わたくしともう1人の侍女は、マリアージュお嬢様のお相手をしております。

 お嬢様は幼くともお美しゅうございます。緩やかに波打つ淡い金髪。緑柱石のような、澄んだ煌めきを放つ瞳。礼儀をわきまえた淑女でいらっしゃいますが、同時に十二歳らしい溌剌とした好奇心をお持ちでもあるのです。


「『花のごとく散る雪』……。

 次は『雪』で始まるお詩を書いてちょうだい」


 もう1人の侍女がペンを持たされて、うんうんうなりながら考えています。

 その待ち時間を埋めるべく、わたくしはマリアージュ様に雑談ぽく話しかけました。


「雪と言えば、実はわたくし、ザシキワラシという精霊の血を引いてまして」

「ザシキワラシ?」


 ここでつい、生き残り作戦を展開したわたくしを、誰も責めたりはできないでしょう。

 だって命が惜しいんだもん。


「雪国の古い屋敷に住む子供の姿をした精霊で、それがとどまっている限り、家は財産が貯まり繁栄するそうです。逆に屋敷を去ると、その家は傾くとか」


 この設定で謎パワーをゲットできれば、能力を尊重されて屋敷にとどまることができるかもしれません。

 あるいは選ばれても、幸運パワーで生き残りたい。


「まあ素敵! 精霊ですって?」


 そこで机に向かっていた侍女が、顔をこちらに向けました。お嬢様から見えない位置からジト目でこちらを睨んでいます。


「あら、それはただの伝説ですわよ? 

 もちろんザシキワラシなる精霊のお話は聞いたことがございますけれど、実在するとは思えませんわ。

 それに子供の姿をした精霊って、人間と子孫を残せるのでしょうか。ねえ、お嬢様?」

「そう言われると、そうねえ」


 マリアージュ様は精霊の姿を想像なさっているのか、楽しそうに微笑みながら首を傾げておられます。


 くっ、ぬかったわ……。


 ここが精霊が存在する世界でしたなら、モブなどよりも、まず主人公がその設定に関わっているはずです。精霊の血を引くとか、愛し子であるとか。

 ところが、あらすじにその描写はございません。

 これすなわち、チェーホフの銃。

 チェーホフ曰く『作中に銃を登場させるなら、それは発射されなければならない』。

 精霊が実在するなら、まず本筋エピソードに登場しなければならないのです。

 精霊の設定は通りません。ここが超自然的要素の存在しない世界であることは、あらすじからも明らかです。


 ざ〜まあ〜! (^_−)−☆


 というドヤ顔で、同僚の侍女がお嬢様の死角からわたくしを見ておりました。

 ぐぬぬ。




 翌日。


「今日のマリアージュの様子はどうであったか?」


 わたくしは、お館様ことマスティルム辺境伯グラド様の御前で、お嬢様のご様子を報告しておりました。

 お館様は大柄で鍛え上げられた体躯にいかつい顔──お嬢様が母君似で良うございました──、戦いにおいては猛将、(まつりごと)においては名君という、絵に描いたような善玉有能辺境伯でいらっしゃいます。


「詩の暗誦と、綴り方の勉強をなさいました。

 大層物覚えが良いと、教師からお褒めの言葉をいただいておいでです」


 別にお世辞ではありません。

 我らが主人公マリアージュお嬢様は、容姿性格教養気品礼儀全てにおいて完璧、スパダリに一目惚れされるのも当然の、安定のパーフェクト愛され主人公なのですから。


「はっはは、さすがは可愛いマリアージュだ。

 どれ、夕食前に顔を見に行くとするか」


 親バカ全開で笑うお館様の声には、もうすぐ誘拐イベントで娘を失う恐怖は感じられません。もしもこれからの展開をご存じであれば、不可能だと分かっていても、何としても旅行回避の行動を取ろうとなさったはずです。

 やはり出番の多いネームドキャラ、小説世界のメタ知識はお持ちではないようです。


「もうじきあれを送り出さねばならぬのは寂しいが、先代が、可愛い孫の顔見たさに手ぐすね引いておられるわ。

 成長したマリアージュを見れば、寿命も延びるというものよ」


 誘拐イベントがあるのでそうはいかないのですが、悲しいかなわたくしはモブ。シナリオに反する行動は取れません。

 わたくしは警告もできずに、頭を下げることしかできませんでした。


「その時にはお前も供をせよ。

 冬の間、親父殿の屋敷にて娘の世話に励め」


 しかもわたくし、お供に選ばれました。

 ……って、えっ?


 わたくし選ばれちゃったの??


 思わず、お館様を二度見してしまいました。


 …………終わった。

 

「ありがたき幸せ。

 ご命令、しかと承りましてございます」


 うやうやしく頭を下げながら、心の中では全力で祈っておりました。

 神様仏様作者様。

 どうか、作者は一生ガチャで欲しいアイテムが出ませんように!

 天井は必ずすり抜けますように!




「はあ……」


 その夜。

 人生終了のお知らせを受けたわたくしは、城内の自室でどんよりしておりました。


「だ、大丈夫……?」


 同室の侍女が心配そうに聞いてきます。彼女は選ばれなかったそうです……うん、良かったね…………。

 まあモブの皆も自分が死にたくないだけであって、他の人に積極的に死んで欲しいわけではありませんからね……。


「ええ…………。ええっと、馬車に酔ったら嫌だなあって…………」


 繰り返しますが、小説の登場人物はストーリーに反した行動は取れません。『これから自分の死亡イベントなの』と、メタな発言はできないのです。

 まあモブ同士以心伝心、落ち込んでる理由は分かっているんですけれどね。


「あ、ああ……。最近の馬車は、サスペンションとかいう装置が発明されたおかげで、ほとんど揺れなくなったそうよ」

「そう、それなら安心ね……教えてくれてありがとう」


 全く安心ではありませんが、同僚の気遣いに感謝します。この設定が採用されれば、とりあえず馬車の乗り心地は良くなりますから。

 あ、そうだ。


「それに、国境近くで盗賊が出没しているんですって。怖いわねえ。

 噂では、人を(さら)って奴隷に売ったりするんですって」

「まあ、恐ろしい」


 主人公の奴隷落ちへの伏線になるからか、この発言は許されるようです。


「でも、美しい女性は丁寧に扱われるらしいわ。

 だってそうでしょう。

 奴隷商人は、商品の価値を上げて高く売りたいわけなのよ。だから何年もかけて女性に教養や技芸(ぎげい)を教えたり、お金持ちに仕えるように贅沢に慣れさせるの。

 そしてそういう……何と言うのかしら、高級な奴隷に育てるのですって」


 まあ、貴族や富豪向けの高級娼婦というやつですね。

 同僚も、わたくしの言いたいことに気づいたようです。熱心に相槌を打ちます。


「そ、そう言われればそうよね! では攫われた女性が美しければ、お姫様のような下にも置かぬ扱いを受けて、贅沢な暮らしをしながら何年も教育を受けるのね」

「そうそう」


 お嬢様は主人公。攫われても生き延びることは確定しています。しかもあらすじで『時を置かずに救出され』と明言されているので危険はありません。

 それにこの出来事によって、生涯の伴侶となるスパダリ皇子と出会う、結果的にはラッキーイベントでもあるのです。

 ですが、ご本人はさぞかし恐ろしいことでしょう。

 お嬢様はお優しい方です。召使いが殺されれば(わたくしたちですが)、さぞ胸を痛められるに違いありません。ご自分だって、これからどうなるのか分からない。心細い思いをされるはずです。

 ならばせめて、飢えや寒さに苦しまぬように。

 誘拐者に、痛いこと辛いことをされぬように。

 お嬢様が厚遇される設定を加えておこうと思います。


 それがわたくしが死ぬ前にできる、せめてものこと。どうかこの設定が、事実になりますように。


 まあ、わたくしも一応若く美しい女性ですけど、この設定で命を助けてもらえるとは思えません。

 奇跡が起こって、わたくしも生き延びて誘拐されたところで、お嬢様のように救出されるかどうか。


 自分がこしらえた設定だけど、娼婦ですか。


 それくらいだったら、皆と一緒に死んだ方がいいのかしら。


 ああ。わたくし死ぬのね。

 その前に、綺麗な景色が見ておきたいなあ。


「そう言えば。数百年に一度の流星群が、もうじき来るのよね。噂になっているわ。

 それに祈ると、願いが叶うんですって。

 今夜だったかしら?」


 呟きながら、鎧戸を少し開けて外を見ます。


 けれども夜空に変化はなし。

 美しい満天の星空ですが、流れ星など一つもありません。


 まあ、そんな設定追加は無理か。


 あーあ。

 

 最近ガチャ運が悪いんだよなあ……

 どうしてかなあ……

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― 新着の感想 ―
連載開始に気づいた瞬間、即ブクマ〜からのめちゃめちゃ笑わせていただいています。 モブの細道という言葉から、こんな壮大な押し付け合いに発展するとはははは… 「チェーホフの銃」、知らんかったので勉強になり…
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