2 モブの戦い
収穫期を過ぎて冬を迎える辺境。
隣国からの侵略を想定して築かれたこの城は、堅牢ではありますが古く、隙間風や水回りなど、居住性にいささか問題がございます。本質的に城砦ですので仕方がありませんが。
それに引き換え先代伯、つまりお嬢様の祖父のお住まいは城というよりは屋敷。快適なお住まいです。
まだ幼いお嬢様はそちらの方が住みよいであろうと、冬はそちらで暮らし、春に辺境伯城に戻るという慣わしでございます。
……どんな不自然な設定を作ってでもお嬢様を旅行させ、そこで誘拐イベントを起こそうという作者の気合いが感じられますわね。
くたばれ作者。
「来月、お嬢様が先代様の元へ向かわれる。
その際のお付きをお前たちの中から選ぶことになるので、そのつもりでいるように」
ここは辺境伯城の厨房。使用人しか出入りしない上にそこそこの広さがありますので、朝礼や訓示によく使われます。
集められた使用人の前で説明しているのは執事です。
「お供は何人くらいになりますか?」
集められた従僕の一人が尋ねました。
「雑事を行うメイドと、力仕事などを行う従僕をそれぞれ二、三人。侍女は……全員は必要あるまい、二人ほど。護衛を十人。
そしてそれらを統括する者を一人」
皆の視線が交錯しました。
そう、ここにいるのは全員モブ。わたくしと同様、この小説世界におけるメタ知識を持っております。
なにせ我々モブは設定などスッカスカ。ほぼゼロ。
ですので、作者の知識を共有することでキャラの空白を充填。それらしい立ち回りが可能となっているのでございます。
ちなみに、マリアージュお嬢様のような主役級キャラはもちろんですが、辺境伯のような脇役も、きちんと設定された人格を与えられております。キャラが明確に作り込まれておりますので、彼らにはメタ知識の入る余地はございません。
結果、何が起こるかといいますと。
「侍女頭を統括者に任じる。
お嬢様と共に先代様のお屋敷に向かい、冬の間励むように」
はい、早速執事が侍女頭に死に役を押し付けてきましたー!
みーんなわたくしと同じ考えで、自分が死なずに済むロールプレイをするんですよね! 当然ですよね!
年配の侍女頭の目が、くわっと見開かれます。
「光栄でございますが、わたくしには過ぎたる役目。
全ての使用人を統括するのは執事の役目でございましょう? 是非あなた様が、お嬢様についてくださいまし」
謙遜に見せかけた押し付け返し!
「私はこの城の執事。
私が先代様のお屋敷へ行ってしまっては、この辺境伯城が回らぬではないか」
「あらあら何をおっしゃいますやら。
あなた様はお嬢様付きの執事。
元よりこの辺境伯城は広く、立ち働く人間も多うございます。
執事は何人もいるではありませんか」
おっと、侍女頭が仕掛けてきました!
必殺『本筋に関係ない設定を生やすロールプレイ』!
そうです。この世界は、文化風習だの地理歴史だの、本筋以外の設定もスッカスカ!
逆に言えば、キャラがロールプレイを行い、それが世界律だか作者だかの『適切かどうか判定』をクリアすれば、それは新たな事実として確定するのです!
この設定……通るか?
「遅くなりました。
お館様付きの執事として、就寝時のワインをお待ちしておりましたもので」
恰幅の良い、二人目の執事が厨房に入ってきました。
侍女頭の、台詞に見せかけて提案した設定が通りました! 二人目の執事が湧いて出ましたよ!
しかもこの二人目、さりげなく辺境伯付きの執事アピール。
『襲撃誘拐イベントに行くなら、俺じゃなくてお嬢様付きのお前だよ!』
副音声が聞こえるかのようです。
「ぐっ……いや、私の他にも執事は何人もいる。
それについては、後でお館様のご意見もうかがうとしよう」
お、上手いこと逃げた。
侍女頭の「執事は何人もいる」という設定を利用して、とりあえず逃げましたね。
まあこの執事は崖っぷちですけどね。
「あの、実は俺の伯母が亡くなりまして! 葬式のために故郷へ帰らせて欲しいのですが!」
今度は従僕の男性が仕掛けてきました。
ありますよね。親族を死んだことにして逃げるっていうね。
そういう時って、なぜか伯母を殺すことが多いって聞いたことがあります。作者知識の受け売りです。
「そうか。それは残念なことだったな。
だが、ここ辺境では奉公人は、三親等以上の不幸では暇をもらえぬ風習だ。
奉公人は来年の春、雪解けの頃に順次休暇を与えていく決まりだ。その時に墓参りをするがいい」
優しい口調でしたが、その目は雄弁に語っていました。
『そんな言い訳で逃がすかボケ』
と。
風習を急遽でっち上げてでも、生贄、もといお供要員を減らす気はないようです。死なばもろとも。
「あの! 実は故郷から、手紙がきてまして。
僕の母も亡くなったので、帰っていいですよね!?」
別の従僕が声を上げながら、ポケットから手紙を出しました。
『三親等が駄目でも、一親等の死亡は忌引きができるよね?』攻撃。
しかも設定が通ったのか、故郷からの手紙が存在しています。
これは……有効? 里帰りを許すしかない?
「実は俺の兄も亡くなりました!」
「わたしの父も危篤でございます!」
これはいけると思ったのか、他の者も二親等以内の肉親を殺しにかかります。しかもわたくしと同じ、お嬢様付きの侍女が追随しています。
しまった! 出遅れてしまいました! わたくしも言えばよかった!
「いくら何でもおかしくありませんか?
こんな短期間に、同時に近親者が何人も亡くなりますか?」
侍女頭が、さすがに不審な顔で尋ねます。
ここでお嬢様付きの侍女が逃げてしまうと、わたくしがお供に選ばれる率が上がってしまいます。
頑張って、侍女頭さま!
「確かに。
私も使用人を統括する者として、皆の家族構成を把握している。だが、お前たちのご家族は若くて壮健と聞いているぞ。
誤報ではないのか?」
執事も、しかつめらしい顔で尋ねます。
『自分、使用人の家族構成まで把握している有能執事ですから!』アピールをしつつ、この三人の逃げ道を封じにかかる。
自分は恐らく助かるまい、だが他の召使いたちは……。
みんな不幸にな〜れ! (^o^)/ .。.:*☆
そんな思いが透けて見えます。
「実は俺たち、故郷が同じでして!
そこで先日大火事が起きたんです!
それで多くの死傷者が……ううっ、俺たちの親兄弟も……」
足掻くわね……。
「そう言えばそうだったな」
お? 執事が設定を拾った?
これは逃亡できる?
「だがお前たちの出身は、辺境伯城の城下町、すぐそこだ。
使用人を集めるのに、遠くから連れてくる必要はない。城下町は人口も多い、そこから雇えばいい。
だからその手紙もすぐに届いたのだ。
近いのだから、葬式に行って帰るのに1日で済むだろう?」
と見せかけて、執事の理詰めの追撃が飛んできます。
心なしか、焦げ臭い煙の臭いが漂ってきました。『近くで大火事が起こった』という設定の影響でしょうか。
ということは、この設定も通ってる……?
「城下町が焼けたとなれば一大事。
お館様も火事の始末が一段落するまでは、マリアージュ様を出発させはなさるまい。
とりあえず実家に戻るがいい。帰ってきたら旅行だな」
「「…………」」
完・封・勝・利。
いや、お待ちください。
わたくしは恐れながら、と控えめに口を開きました。
「たしかに先日、城の窓から大層な煙が見えましたわね。あの時は大火事かと、とても恐ろしゅうございました。
もしそうであれば、お館様はもちろん、お嬢様も大いに胸を痛められたことでしょう」
と、まず火事が起こったロールプレイ。それに続けての問題提起。
つまり、城下町で大火事となれば、それは小説本編で言及されるレベルの一大イベントになってしまいます。
ですが実際には、あらすじには『父辺境伯や召使いたちに愛される日々を送っていた。』とあります。
今は、お嬢様が幸せな生活を送る期間なのです。
それに水を差すような大火事設定は、認められないはず。
「ですが、実際は煙ばかり多い小火だったと聞いております。
皆さんのご家族も、全員無事ではないでしょうか。
その時は大混乱だったでしょう。
ですが、亡くなったと思っていたら後で本人がひょっこり現れる、という話はよく聞きますわ。
皆さんも、そうであって欲しいのではなくて?」
この大火事が起こった設定が確定すると、火事で大量の人死にが出たことになってしまいます。
わたくしたちと同様のモブ市民が。あなたたちの親兄弟が。
自分たちが助かるための言い訳のせいで、本当に死ぬ。
それで良いのか?
暗にそう聞きます。
「そ、それは……」
「そう、もちろん父に助かって欲しいわ……」
「じゃあ……僕の勘違いだったのかな……」
さすがに皆、良心の呵責を感じたようです。
手紙を出してきた従僕が、封筒から便箋を出しました。
「ああ、『連絡の取れなかった母が見つかりました。安心してください』って書いてあります……」
なるほど。
母親が死んだと言いながら手紙を出した時点では、まだ読んでいなかったために、内容が確定していませんでした。
それが色々設定のやりとりがあった結果、『火事は大したことはなかった』という結果に落ち着き、手紙の中身も変わったようです。
ちなみにここは近世ヨーロッパ風ですが、召使いでも字が読める識字率の高い世界ということに決定しました。
年配の従僕が、何かに気づいたように調理台の方に向かい、火かき棒でゴソゴソ燃え殻を掻き出しはじめます。
「さっきから煙臭いと思ったら、竈に燃え残りがありましたわい」
さっきの『城下町での大火事のせいでここまで煙の臭いがする』描写がキャンセルされました。
ふう。大ごとになるところだったけれど、上手く火消しができたわね。火事なだけに。
ふっ。
忌引きを防いでやったわよ〜!
ざまあ〜! *\(^o^)/*
でも問題は何も解決していません。振り出しに戻っただけです。
……ちくせう。