1 モブのシナリオ
「モブの細道」という空耳から生まれた物語です
わたくしはモブである。名前はまだない。
タイトルが「モブの細道」なのに、冒頭が超有名猫小説。
初手を誤った気がいたしますが、構わず話を続けましょう。
モブと言っても色々ございますが、わたくしはとある無料投稿サイトに連載中の、異世界を舞台とした恋愛小説に登場……しているかいないかくらいの、中くらいのモブ。
具体的には主人公である辺境伯令嬢、その幼少期(十二歳)での侍女の一人でございます。
年齢はお嬢様のお話相手のつとまる十代後半、目立たない無難な美人であろう。それくらいしか決まっておりません。
さて、この世界がどのような小説かと申しますと。
タイトルは、『奴隷落ちした辺境伯令嬢は皇国皇子の甘い夢を見る』。
奴隷落ちというワードが無駄にお強くていらっしゃる。
続いてあらすじ。
『マイスティルム王国の東方辺境伯令嬢マリアージュ。彼女は幼い頃に母を喪うが、父辺境伯や召使いたちに愛される日々を送っていた。
だが十二の歳、祖父母の住む領地へと向かう途中に山賊に襲われる。お供の召使いたちは皆殺しにされ、マリアージュはただ一人、隣の皇国の奴隷商人に売られてしまう。
時を置かずに救出され王国の第三王子トレスと婚約するものの、誘拐と奴隷落ちの過去を瑕疵として、王子はマリアージュを嫌う。
王子はマリアージュをないがしろにするだけでなく、男爵令嬢ロゼリアと恋人になる。
そして学園卒業式の日にマリアージュに婚約破棄を宣言するが、そこへ皇国第五皇子フェスタンドールが現れマリアージュに求婚。
実は彼は過去に誘拐されたマリアージュを救出しており、その際に一目惚れしていたのだった。
彼女に相応しい男になるべく王位継承争いに勝利し、皇太子となった彼はマリアージュの愛を勝ち取る。そして彼女を溺愛し、苦しめた者たちを断罪するのだった』
あとはタグが『婚約破棄 スパダリ ハッピーエンド 溺愛 ざまぁ 王子は空気』といったところ。
あらすじが冗長ですわね。
時を置かずに救出されているなら、奴隷ではないような。
それに、何で皇子なんていう高貴な人間が、誘拐された姫を救い出す機会があるのか。
あと、唐突に学園を出すんじゃない。
だいたい婚約破棄要素、必要あります? 王子部分はカットして、救出後すぐに皇子が求婚して、普通に主人公と愛を育んで結婚すれば良かったのでは。どうせ王子は空気なんですから。
まあ、作者はアヒルなんとかという趣味勢の素人作家さんですから、あちこち適当なのは仕方がありません。
……いえ、ストーリーの面白さなどわたくしたち登場人物にはどうでもいいことでした。
このあらすじの最初の方。
『お供の召使いたちは皆殺しにされ』
はいここ重要。
これは主人公マリアージュ様が十二歳の時のイベント。
そして今、マリアージュ様は十二歳。
お分かりですね。
もうすぐマリアージュ様は、気候の温暖な南部に住む祖父母の元へ向かいます。ここで襲撃イベント発生。
この時お供に指定された召使いたちは、全員死亡確定。
大事なことなので繰り返しますが、シナリオ上の重要イベントによって死ぬことが決まっているのです。
──なんでこんなクソイベが存在するのよ!?
なんで皆殺しなのよ!? せめて他の召使いも生かして売り飛ばして金に代えろよ!? それも悲惨だけど、少なくとも死なずにすむわ!!
……いやいや、まだわたくしが選ばれて死ぬと決まったわけではありません。
これは何としても、お嬢様のお供に選ばれないように立ち回らなければなりません。
ええ、いかなる手段を使おうとも!
……しかし悲しいかな、わたくしはただのモブ。ストーリー展開を邪魔するような言動は一切できません。
できることと言えば、シナリオの整合性を損なわない程度の、あらすじに沿ったロールプレイをすることのみなのです。
クソが。