日食
駅のホーム、僕の鼓動は高まっていくばかり。
このホームには僕と君しかいない。
こんなにも時間が止まってほしいと感じたのは初めてだ。
けど、世界ってのは無情にも、
勝手に時間が過ぎていく。
それに、なんだか君といると、
時間が過ぎるのが早く感じるんだ。
電車が来るまであと30分はある、
けど、その時間が迫っていると思うと呼吸が荒くなる。
なぜだろうか、
君の呼吸も深くなっていくのが分かった。
そして、僕たちの呼吸は同期した。
今は、僕と君の呼吸音だけしか聞こえない。
今は…今だけは、二人きりの空間だ。
君を照らす明かりは、
ホームにある少し古びた蛍光灯だけ。
けど、その明かりに照らされて見える、
君の、マフラーの隙間から見える肌は、
うっすらと紅色に染まっているのがわかった。
それと同時に、二人の影を映す蛍光灯。
その距離は僕にはまだ遠いようにも見えた。
僕は、今日君に話したいことがある。
大切な話なんだ、今日言おうって決めたから。
けど、もうここを逃したら、
君に話せる機会は無くなってしまう。
だから、思い切って君に話しかける。
『ねぇ…』
同時に君も口を開いた、
反応したくても、どうにも口が開かない、
だって、なんて言えばいいか分からなくて。
君と僕の声は誰に反応されることもなく、
ただ白い息と一緒に少し残って消えていった。
少し焦る僕、
なのに君は笑うから。
僕もつられて笑ってしまった。
いつものことなのに…なんでだろう…
今は何よりもその空間が暖かかった。
お腹を抱えて笑う君に、
何か言葉をかけたくて、
いつもと変わらない様子に見えるように、
少し気取って、
「ごめんごめん、被っちゃったね」
「大丈夫大丈夫、最近よく被るね」
「そうだね」
僕たちは笑いながら話した、
君の方を見ると、君もこっちを向いていて、
目が合ってしまった、
そしたら、また君が笑いだす、
つられて笑いそうになったけど必死に抑えた、
けど、また笑ってしまった。
あぁ、なんて愛おしいんだ。
「なんでそんなに笑うんだよ」
「だって、なんか面白くて」
「なにがだよ、一回落ち着け」
やっぱり、こんなに笑えるようになったのは君が初めてだ。
君といると毎日が初めてであふれてる。
一回深呼吸をする。
気づけば胸の高鳴りも消えていた。
今なら言える気がする、
いや、今しかない。
「落ち着いた?」
「結構落ち着いた!」
「ならよかった」
悴んでまともに動かない手を強く握りしめて、
冷たくて肺が凍りそうな空気をたくさん吸って。
「今日のデート楽しかったね」
「うん!凄く楽しかった!」
あぁ、この笑顔…やっぱり大好きだ。
「ありがとね、今日誘ってくれて」
「こちらこそ!ありがとう!私が急に誘ったのに来てくれて」
けど、だからこそ…怖いよ。
でも、まず聞かなきゃ何も始まらないから。
「ねぇ、晴香」
君は何も言わずに首を傾げた。
「僕のこと、どう思ってる?」
その問いに、君はただ下を向くだけ。
いつもなら何も感じないこの無言の空間が、
今の僕にとっては、苦しいし、長く感じる。
数秒、いや、数十秒は経ったか、君が口を開いた。
「うーんとね…優月はかっこよくて…」
「いつも、私に話しかけてくれて…」
「私のことを理解してくれる…」
「そんな…優しい人…」
一言一言、絶対に聞き逃さないように、
君の言葉を噛み締めた。
言い終わった君は、
少し恥ずかしそうに下を向いた。
僕も、ちゃんと君への気持ちを伝えなきゃ。
「晴香はね…」
「優しくて…可愛くて…たまに、かっこよくて…」
「ちゃんと、自分の軸を持ってて…」
「こんな僕でも、話してくれて…」
「そして、僕を受け入れてくれる…」
「…ちゃんと、一人の人間として見てくれる…」
もうこの時が来てしまったか。
「だからね…」
「僕は晴香のことが大好きなんだ」
あぁ、言ってしまった。
「優月…」
君からの返事は意外にも早く帰ってきた。
「私……なんて言えばいいんだろう…」
何を言われるのだろうか。
緊張で胸がはち切れそうだ。
「優月がね…友達って呼んでくれる時ね…凄く…寂しくなるの…」
君のその言葉に、
僕の全身の力が一気に抜けたような気がした。
「あとね…今日のデート…凄く楽しくて…けど…私たちはただの友達なんだって…」
涙が少し零れてしまった。
「ほんとの事なのに…それがなんだか…寂しくて…悲しい」
僕は頬を滴る涙を拭って。
最後の力を振り絞るように。
「僕も…友達じゃ悲しいよ…」
この言葉を言ってしまったら、
もう元の関係には戻れない。
「ねぇ、晴香…」
けど、それでもいいんだ。
もう、僕の気持ちは揺らぐことがないから。
一番に幸せにできる自信はないけど。
ずっと好きでい続けられる自身はあるから。
だから、僕はずっと思ってた言葉を君にぶつけた。
「こんな僕でよかったら…付き合ってくれませんか?」
もう、今は、涙を抑えることで精一杯だ
「優月…」
「こんな私ででよかったら…付き合ってください」
抑えていた感情が一気に溢れてくる。
涙がぽろぽろと。
頬を伝い。
あごに溜まって。
大きな水滴になって。
落ちる。
もう、なんで泣いているのかも分からない。
不安からの解放?
それとも嬉しいから?
今はそんな事どうでもいいや。
あと少しのこの時間ただ君といたいから。
そっと君の手に僕の手を重ねた。
強く握ると、君からも返ってくる。
君の顔を見る。
君は、照れくさそうに笑っている。
君は、ゆっくり手を解いた。
少し驚いて君を見る。
君は、僕の方をしっかりと見て、
手を広げていた。
そして、僕はただ感情の赴くままに、
ただ、君に、吸い込まれるように。
僕たちの足元から伸びる影
その二人の影は、
静かに重なっていた。
電車の到着を知らせるベルの音。
今日は、もうお別れか。
少し寂しくなるな。
君は、電車が来たからって、焦って僕を突き放した。
けど、次会えるまで君を忘れたくないから。
君の手を引いて、もう一度強く抱きしめた。
そして、君の耳元で囁いた。
「大好きだよ」