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ミゼルハイネが演説を終え。出番はエースに回ってきた。今日までエースの味方だったミゼルハイネも、今日は公平な立場としてここに居る。
エースとしては、あの女が味方とは認めがたかったけれど、
「そんな気はしていたけれど。まさか本当にこのマッチアップになるとは」
「ね。やっぱり無理だったでしょう」
「ウェンキ・カイドウ対エース。両者位置について」
円形の闘技場。2人が位置に付くだけで観客が沸く。ウィンキとしてはなれたものなのだろう。傍から見ている分にはそこには何も居ないかのようだった。
「正直。こんな多くの人に注目されるってのは初めてだよ」
「へえ。どう思った」
「しっかり気圧されているよ。これだけ大勢の人に囲まれて見世物みたいだし。実際、見世物だけど。けどこういうのも悪くない。だって俺は勝つからね」
「見た目に寄らず、自信家だね。体はちっさいのに」
「自信の大きさに体格は関係無いだろ」
そう言いつつ、エースが思いつく自信があふれている人々は、どこかおおきく見えた気がした。実際エースと比べれば背が大きかった。
「そうかな」
「そうだよ」
エースとウェンキ。お互い、訓練用の木剣を小脇に抱え距離を取る。定位置に付き構えを取って。世界は静かになった。
「両者公正な勝負をするように。用意。始め」
初めに動いたのはウェンキ。ウェンキがポケットから触媒を取り出す。ウェンキは水の魔法使い。エースに言ったその言葉に間違いは無い。けれどそれはエースが土の系統を扱うが、その根本には結晶の魔法があるのと同じように、大雑把すぎた。
ウェンキの手の平からは幾つも花びらが溢れる。花びらは若々しく、きっと今朝摘み取られたものだろう。それこそ、ランニングの途中にでも。
花びらは息を吹きかけられてドロリと溶ける。エースの目には花びらの一枚一枚に、細かい紋様がナイフで刻まれているのが映っていた。
「まさかそれ全部触媒かよ」
円形の闘技場。舞台の全てが凍って弾けた。
「あれ。終わったと思ったのに」
「こういうトンデモ魔法を連打してくる相手と、毎日死ぬ思い出やり合っていたんでね」
エースを氷から守る岩石は頑丈で大きく、どこかウェンキの氷に似ていた。透明で、美しく、多くの魔力を内包し、それを人々は結晶と呼んだ。
「勝つよ、俺は」
一月前
「ふべ」
「何伸びてるの。ちゃんと避けなきゃ。ただでさえ攻撃魔法の方が遅れているんだし」
「無理なものは無理だよ。せめて触媒。宝石とかがもっと沢山あれば」
「これだから土魔法使いは。そこらの少し魔力が含まれていれば、何だって触媒になり得る。時間さえかければ、ただの水から地形を変えるレベルの触媒だって作れる。初めから触媒として完成している宝石を扱うなんて横着も良いところだわ」
「それが出来るようになるまでに、どれだけ年月がかかりそうですかね」
「私は天才だし1年ぐらいで出来るようになったけど、普通の人なら10年ぐらいかしら」
「そっすか」
あれからエースは毎日、ミゼルハイネに打ちのめされていた。来る日も来る日も魔法を撃たれ、体力の続く限り逃げ回る。毎日宝石1つ分の結晶を生成しては、それがなくなるまで、相手を殺さず行動不能にする魔法、つまり完全な石化魔法を試しては失敗する度に顔面を殴られていた。
「エース君さー。ちょっとやる気無いんじゃない」
そりゃやる気も出ないというものだろう。一体誰が拳と魔法を貰うと分かっていて、やる気が出るだろうか。ミゼルハイネに人に教える才能は無かった。
「逆に何でやる気が出ると思ったの、というかよく大船に乗ったつもりでとか言えたな」
「こんな美女に教えて貰っているからかしら」
「自信があるのは俺も見習いたいところだけれど、自分で自分のことを美人って言う人に碌な人は居ないって。てか、見た目はともかく幾つだよ」
「ぶっ殺すぞ、チビ助。真面目な話、私としてもボロ負けじゃ困るわけ。無理を言っている手前、教えるのが下手くそなのは申し訳ないけれど、もうちょっと本気になってくれないと」
「さては誰も協力して貰えなかったな。下手くそとかそんなレベルじゃねえだろ」
エースとしても本気ではあるのだが、既に誰かに勝とうだなんて諦めていた。大の字で投げ出していた。
ここまでミゼルハイネの指導が滅茶苦茶だとは、エースは思っても見なかったが、下手くそだとは思っていなかったが、それでも魔法に関して多くのことを教えて貰った。既にかなり満足している。
エースの気持ちは緩みきっていた。
散々痛みつけられたエースだ。ミゼルハイネには恨みもある。だが感謝もある。その期待に応えたいとは思っている。けれど勝てなければそれで仕方ない。
「満足した顔しちゃって、何エース君て実はマゾだったりして」
「マゾって何、どういう意味、ミゼルハイネ」
「知らないか。そういえば元鉱山奴隷だものね、そうは見えないけど。考え方を変えてみましょう」
「考え方」
「与えられるはずだった機会が奪われていると思いなさい。他の先生。学校の幹部達にね。私の意見が通っていれば、試験やこんな訓練なんて煩わしいことなく、他の生徒達と友に魔法を学ぶことが出来ていたのよ。ならばそれを奪い返してこそ正道。思惑に乗せられまんまとしてやられるなど、ムカつくでしょう」
そんな頭上でのやり取りなんて、興味なかったエースもなるほどと思う。そう言われるふつふつと怒りが湧いてくる。誰だって、いい気はしない。たとえ学び舎の主だろうとそんなことが許されてなるものかと。
「だからね、無事入学して。あいつらを見返して、ギャフンと言わせてやり……」
何気ないミゼルハイネの言葉は、すんなりとエースの中に入り、そして突然スイッチが入った。
「ああ、ムカつくね。それは分かる、凄い分かる。つまりそれは俺のことを、侮って、嘲り、何かを奪い去ろうということじゃないか。良くない。それは良くない。ならさ。ならよお、ぶっ殺すしかよおおねえじゃねえかよぉ」
「余計な事言ったかも」
「それじゃあ。やろうか魔法の練習、殺す気で」
「やる気が出たならまあ良いか。今なんて」
それからのエースは、ミゼルハイネを引きずり回して訓練に明け暮れた。けっっかとして手に入れたのが、結晶魔法の完全制御である。
エースは生み出した結晶の盾に手を当てる。
エースの魔法で生み出される魔力結晶は、加工せずとも最上級の触媒として機能する。魔力結晶は高純度の魔力の塊、少し魔力を籠めたぐらいの氷では決して破ることのできない盾を、攻撃に転用したのなら。
「お返しだ、ウェンキ」
結晶の盾が丸々消滅し、さらなる魔法が発動する。
分厚い氷の塊を突き破って、結晶が風景を塗り替える。闘技場に元の姿はなく、氷と結晶が交互に入り交じる、剣山が出来上がっていた。
「大地は俺の領域だ」
「驚いたけど、それだけだね」
ウェンキの対応も早い。何か大きな魔法の気配を感じ、地面を氷で弾き出していた。
結晶魔法は土の魔法に系統が近い。大地を起点にすれば、今のエースでもこれだけの大魔法を発動できる。だが逆に足下を固められては決定打に欠ける。結晶の槍を直撃させれば、腹を剔るかそれに近いダメージを与えられる。それで仕留められなくとも、数秒あれば遠隔で石化の魔法を発動できる。
一方ウェンキの勝ち筋は、周囲の結晶を削り取る事。ウェンキは初めの結晶魔法で剣での決着を諦めていた。相手はどういう理屈か無限に魔法を増幅させているらしい。永遠と結晶を生み出されるだけで、地面は滅茶苦茶だ。これでは切り結ぶどころか、近づくこともままならない。だが氷の棺に閉じ込められればそれでエースはジエンドだ。そのためには周囲の結晶が邪魔だ。
ウェンキが次々に魔法を繰り出す。
一つ目は氷の棺。
エースの麻亜里に水が渦巻き、瞬時に捕らえるが、エースに触れた側から制御を失い下に落ちる。エースは手の平で結晶を作り、分解する事を繰り返していた。エースの周囲に魔力が渦巻き、ウェンキの水の魔力制御を阻害しているのである。
二つ目は全てを押し流す濁流。
結晶を分け入るように流れる水をせき止めることは出来ない。ただ水をまき散らすだけの魔法。動きを止める以上の効果は無かったが、服が水を吸い体が重くなる。
「冷たいなあ全く」
エースが水の流れに逆らいさらなる追撃を繰り出そうと前に出る。
ウェンキはそれ以上の速度でエースに迫っていた。結晶の上をまるで地面のように走っていた。結晶の表面がキラリと輝く。氷だ。結晶の表面が凍ていた。ウェンキの足を触れている瞬間だけ凍り付かせて、結晶の側面すらも足場にしている。
ウェンキはおそらくエースの魔力圏内に直接手を突っ込んで凍り付かせるつもりなのだろう。魔法の制御においてはウェンキが上手。エースが直接触れたとしても、先に行動不能になるのはエースの方だ。
エースが結晶剣山に手を触れる。そして触媒を消費した。
足場を失ったウェンキが落下する。
後は魔法を発動するのみだ。
結晶の魔力のほとんどは無意味に霧散し、エースが扱える範囲の力を切り取って、その膨大な魔力は、再度舞台上の存在を上書きする。
「くっ。させない」
ウェンキの氷が結晶の地からと衝突し合う。
「「はあああああああ」」
勝負は決まった。
津波のように押し寄せる結晶に包まれて、透明な彫像がそこには鎮座していた。
「勝者。結晶の魔法使い。エース」
闘技場が歓声に包まれる。
いつの間にかにやって来た、ミゼルハイネがエースの手を掴み振り上げた。
「よくやった。これで晴れて言えるな。入学おめでとう」
「それはありがたいんだけど、これ、生きてるのかな。石化じゃなくて結晶になっちゃったけど」
「石化解除の魔法の応用でなんとかなると思うけど。どうだろ。最悪、エース君がなんとかしてよ」
「今はこの歓声だけを聞いているよ」
飽きたからとりあえずここまで。
リクエストがあれば続き書きます。
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