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「寒いなあ。もう少し立派な服を買ってくるんだった」


「そりゃそんなボロ布じゃね。せめて火酒でも買っておかなきゃ」


「キャチ。おめえも去年は凍えてただろうが」


「そりゃおいらに金がなかったからだろ。今年はほら、去年稼いだ金でバッチリだぜ」


「そうかい、そうかい」


 エースの前で暢気に会話をしている2人は何時の間にかに取り出した毛皮のマントを着込んでいる。一方エースの服装は、南を旅していた頃からたいして変わらず。薄手の外套を羽織っているものの、ガクガクと震えている。2人は何度もこの道を行き来しているのか、見るからに温かそうで、おまけに革袋の酒をこれみよがしに含んでいる。とてもいい笑顔だった。

 これでもエースの服装は、ノースポートを出た時と比べると厚い服になっていたけれど、集落を越える度に寒さは過酷になる。今や外套の内側に毛布を巻いていたが、それでも風が吹く度に悲鳴をあげたくなっていたのだった。

 

「まさか森1つ超えるだけでこんなにも気温が違うとは」


「それでどうだい、魔法使いの旦那。後ろの毛皮今なら銀貨4枚で売っとくよ」


「高い。とても剥いだだけみたいな皮の値段とは思えない。けど仕方ないか。銀貨3枚と銅貨2枚なら買うよ」


「銅貨7」


「銅貨4」


「銅貨5枚」


「買った」


「毎度あり」


 獣臭い何かの皮だ。今にも寒さを紛らわせたいエースだったが、次の休憩で焚き火の煙で燻すまではダニだの匂いだので使う事が躊躇われる。命には代えられないが。

 これがまだ馬車だったなら寒さも少しはマシになっただろう。しかしここは最北の大地カイドウ。ほぼ年中雪が降り積もるこの大地は、馬が走るには雪が多すぎる。

 バウ、ワン。

 馬とはあまりに違う鳴き声が響く。

 エースが乗るこの乗り物は、犬ぞりという乗り物だ。あまり多くの荷物は載せられないが、南の馬車よりも倍は足が早い。その分顔の冷たさも倍増だったけれど、速く町に着くと思えば我慢しがいがあった。

 エースも魔法使いの端くれ。困ったことは魔法でなんとかならないだろうかと考えていたが、そんな器用な魔法も知らない。体温を上げる魔法があったとしても自分に魔法をかけるというのは、どうにも未熟な魔法使いには恐ろしかった。

 それは、己の持っている魔法に対する恐怖からだった。エースは石化(ブレイク)の魔法を人にかけたときの衝撃は今も忘れられない。未熟な魔法は、対照を完全に石にするはずが、表面だけを石化した。結果として皮膚を大きく失っい、全身から血を吹き出して死にいたる。石塊を飛ばす魔法などは、とても相手を殺す威力を発揮できないエースにとっては、現状最も殺傷力のある魔法だった。

 実際、エースが体温を上げる魔法を己に奇跡的に発動させれば、半分は効果も感じられない程の弱い魔法に、半分は全身にやけどをおう結果になっていた。そもそも、今の実力では魔法を発動すらさせられないだろう。


「2人みたいに、顔を覆う布があれば温かそうだけど。毛皮じゃな。土の魔法。ガラスみたいなものを顔の周りに。兜のような頭が重くてダメそうだな」


 それこそたの魔法使いと違い、エースなら結晶の魔法で透明な石は用意出来そうだったが、それ以上は出来そうにない。

 極めて薄く、あるいは凝った造形を行なうのは魔法でもそれなりに難易度が高い。同じ土の魔法で防寒をするにしても、まだ、温かい石を生み出した方が成功率が高いだろう。

 結局、手持ちの触媒に限りがある状況で、試行錯誤しかしていられない。そうエースは結論づけたのだった。

 ふと、エースの顔に吹き付ける風が弱まる。

 そりを引く犬全て足を止めていた。

 緊張が走る。

 犬達が唸りを上げて、後ずさり始めた。御者の2人が犬をなだめる。馬車と違って、そりは小回りがきく。いざという時のためにそりを反転させた。


「熊だな。」


 木々の重なる先、わずかに岩のようなものが動く。それをエースも確認した。

 姿形は熊に近いが、あまりに動きが狩人じみている。普通の熊は人に近づきたがらない。十中八九モンスターだ。

 エースの石化を当てれば倒す事はできるかもしれない。だが、石化を当てるには触媒を相手に当てるか、手で触れなければならない。それに、人と違いモンスターの分厚い皮膚と生命力では、表面を石化したぐらいでは即死はしないだろう。

 エースは結晶を取り出す。投げつけるのは熊の頭上。触媒から光があふれ。どこからともかく、正方形の岩石だ熊のいるあたりに突き刺さった。

 岩石を飛ばす魔法は、エースではまだ上手く扱えない。鼻っ面に当たって落下ちるのオチだ。だが、どんな相手にも平等に物は落下する。

 ただ石を生み出す魔法は、熊のモンスターに当たるわけもなく、木々に降り積もった雪をまき散らして轟音を鳴らす。だが、それが良かったらしい。舞い散った雪が晴れると、底にモンスターの姿はなかった。


「引いたみたいだね。運が良かった」


「ああ、助かったよ。運が悪いな、あんな大物に出くわすなんて」


 三人顔を見合わせて、今は胸をなで下ろしたのだった。


 

 犬が走ること、まる1日。小さな町にたどり着いた。町と言うより、3、4軒の家の群がポツポツと道で繋がっている。唯一宿や鍛冶屋の周辺は、幾つも建物が並んでいたがほとんどは半分森のような有様だった。

 どうやらこの木は果樹らしい。果樹と言っても人が食べるにはあまりに小さくひどい味だとか。代わりに沢山実り、鳥の餌になるらしい。

 穀物が足りないときは、家禽(かきん)の餌に。普段は木に集まる獣を狩猟したりするらしい。

 穀物を育てられないこの町では、鳥は害獣にならない。むしろ倉に入り込むネズミなんかを取ってくれるとのことだ。

 様々工夫をこれしているがやはり貧しい。この町だけではとてもやっていけない。金で穀物を買おうにもこの村では外に売る商品がない為だ。よってこの町が存続できているのはカイドウ魔法学校のおかげだった。

 宿の犬小屋に犬を預ける。

 一晩この町に泊まり、翌日の昼には魔法学校にたどり着く予定だった。

 この犬たちも、旅を共にした友。夜は随分その体温に助けられた。今日ぐらいは、温かい所で休んで貰いたい。

 犬小屋には犬たちよりも一回り以上大きい、まるでモンスターのような巨大な犬が。伏せて寝ていた。まるで狼のようなその犬は、一見して恐ろしい風体だったが、よく見ればおとなしく賢さがにじみ出る。

 首輪も無しにこの場所の王のような様子だった。

 干し魚を与えると、こちらを半目で見て、それを奥の方に持ち去っていく。どうやらお眼鏡にかなったようだった。


「いらっしゃい」


「いつも通り、2人部屋を頼む。それと今回のお客さんだ」


 町唯一の宿。女主人1人に切り盛りされている。魔法学園が近い事もあって、寒村にもかかわらずそれなりに繁盛していた。それでも望んで町に税を納めていることもあって、一日中薪を焚き続けられるぐらいしか、他の家と暮らしは変わらなかったけれど。それで昼間から賑やかな所だった。


「おや旅人ちゃん。ずいぶん若いね」


「エースだ。カイドウ魔法学校に向かう途中でね。見習い魔法使いさ」


「なるほどね。それなら一晩の宿が必要だね。銅貨7枚だよ」


「少し高いね。俺が子供だからかな」


「まさか。ここじゃ全てが高いのさ。一日中薪を燃やしてね。皆毎日を生きるのに必死だよ」


「そりゃ失礼。朝食もつけて欲しい。出来れば暖か飲み物か酒もあると嬉しいな」


 エースは銀貨一枚を取り出して女主人に握らせる。

 一食分の料金には少し多い。だが、これで女主人は、エースに多少の便宜を払ってくれることだろう。少し気を遣って貰えるぐらいだろうけれど、それでも遠方の地ではこれがありがたい。

 旅先では金を見せびらかしてはならないが、出し渋ってもいけない。出来ればエースはノースポートでもチップを渡したい所だったが、あの時は金がなかった。

 ちなみに宿以外にチップを払うのは全くの無駄である。


「分かったよ。用意しておく。他に欲しいものがあったら言っておくれ、もちろんそれなりの値段で売ってあげるよ」


「お手柔らかに。早速で悪いけれど暖炉の上を借りても、この毛皮、虫は取れたけど匂いが全然取れないんだ」


「そりゃ燻す前に一度洗った方が良いね。どうだい、今ならこの油があるけど。汚れも落ちるし、今よりも柔らかくなるよ」


「それ、一日で作業が終わるのかい」


「いいや、それならこれと交換でどうだい、古いものだけど、状態は悪くない。風防付のマントだ。虫除けの木箱に入っているから、今すぐ使える。銀貨1枚で良いよ」


「その虫除けの箱材と同じ樹皮と、革紐もつけておくれ」


「良し、商談成立だ」


 魔法学校とこの町とは半日ほどの距離もない。朝に出れば、十分徒歩でもたどり着けるとか。ただ、けっして立ち入ることは出来ない。学校の周囲は広大な湖に囲まれていて、領内に入るには小島に賭けられた橋をたどるしかない。

 周囲には結界が張り巡らされ、船で乗り込むことも出来ないとか。

 ただ、湖の周辺も魔法学校の魔法の恩恵か、この凍土でも年中春のように花が咲き誇っているらしい。

 この町が残っているのも、魔法学校が穀物を分けてくれるからだとか。動物の骨や貴重な植物、織物の切れ端なんかを、触媒として買取ってくれるらしい。正直、他の町にはとても商品と売れないガラクタだ。その関係は共生と言うにはやや支配的だったが、それでも今日の命をつなげていける。都市の鉱山に売られるよりもよほど文明的で、何より自由だった

 

「いやはや。魔法学校のおかげですね」


 バンッ。テーブルも真っ二つに割れそうな音が宿に鳴り響く。酒を飲んでいた客の1人がエースに噛みついた。この村の住人だろう。並々ならぬ剣幕でエースに近づくと今にもくびり殺しそうなほどだった。


「あそこはなあ。広大な雪の降らない土地を所有しているにもかかわらず。この町からは何も彼もを持って行きやがる。樹皮を剥がれた木々が枯れ、森が減れば獣が減る。この森に住む獣の一体だって、害獣駆除だの何だのと偉そうに殺し回っていくが、それだけ取れる獣の数が減るッて事なんだよ。その癖、穀物だってほとんど寄越さねえ。魔法使いは俺たちが逆らえないとたかをくくっているんだよ。クソガキ。おめえも魔法使いなんだってな。ここで俺が間引いてやったって良いんだぜえ」


「馬鹿がニナミラニ、旅人ちゃんになんてこと言うんだい。さっさと家に帰りな。嫁にドヤされたくなかったらね」


「エースだったっけ。坊っちゃんも今日は部屋に行っておくれ、馬鹿のせいで気が立っちまった」


「悪いね御上さん。そうさせて貰うよ」


 宿の部屋はとても上等とは言えず、下の暖炉の熱が合っても寒かった。けれど犬ぞりが通った道中のボロ小屋や穴蔵に比べれば天地の差がある。エースは久々にしっかりと深い眠りにつくことが出来たのだった。

 

 翌朝のこと。宿の犬小屋に血の跡があった事で宿はちょっとした騒ぎになった。幸い犬に怪我はなかったようだが、番犬の狼から逃げた獣が町に居るのではと、少しピリピリした空気の中、エースは出立することとなった。


「そういや、熊みてえなモンスターと昨日出くわしたな。もしかしたらそいつかもしれねえ。人を積極的に襲う獰猛なモンスターだった」

 

「それを早く言いなさいよ。狩人連中に、伝えておかないと」


 御者の言葉に、女主人が怒鳴りつける。エースもすっかり忘れていたが、この村にとってあの熊のようなモンスターは驚異だろう。放っておけば、端から食い荒らされかねない。


「それでは御上さん。お世話になりました」


「エースちゃんも立派な魔法使いになったら、是非内を宣伝してね。魔法使いが故郷に帰る時には是非ご贔屓にってさ」


「はは、頑張ります」


 エースは犬の様子を確かめていると、犬小屋の近くにあった、酒臭い小便の後を見つけた。顔をしかめつつ、すぐ側の血痕と見比べていると、番犬の狼のような犬がやって来た。小便の上に、マーキングする。番犬の口には血の跡が残っていた。

 このお犬様は干し魚が所望らしい。なけなしの食料だったが。エースは少し千切って与えてやった。

 エースは鼻を鳴らして、遠くの方で包帯を巻いた手を抱える、見覚えのある男を一瞥し、蔑みを籠めて笑ったのだった。

 

 

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