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「おい。クソガキ。気をつけろよ。この町にはお前みたいな難民を受け入れる所はねえ」
「俺は難民じゃないさ。それに君たちからぶつかってきたんだろう。旅の魔法使いでね、これから漁業組合に行こうと思っているんだ」
チンピラ3人組に、エースは恐喝されていた。
「魔法使いだ、何だそりゃ。昨日絵本でも読んでたのか。どうでも良いけどよお。この町で暮らしたいなら、誠意って奴が必要だよな」
チンピラの手には革袋があり、口からはアルコールの香りがする。強い酒を飲んでいるのだろう。このようなあぶれた者が生き残っているとは、この町は相当裕福ならしい。冬だというのに土汚れた衣服、分厚い手の平。おそらく畑でも持っているのだろうが、冬だから金がないのだろう。
「誠意はちょっと持ち合わせていないけれど、君たちにあげれるものはあるかもしれな」
エースは懐から黒く光沢のある石を取り出した。磨きあげられたかのような表面は太陽の光を見事に写し、白く輝いている。確かに美しくはあったが、宝石と言うにはあまりに暗く。石炭か何かにチンピラは見えた。
「俺たちを舐めてんのか。そんなもんじゃ、酒が買えねえだろうが」
石の正体は魔術に使われる触媒。石としての価値は宝石には劣るが、それでも同じサイズの岩塩よりも少し価値が高いだろう。十分貴重品だった。
チンピラの拳がエースの頬を捕らえる。エースは尻餅をつき、これからリンチが始まるかというところ、チンピラは動きを止める。町民が騒ぎを聞きつけたらしい。白昼公然と暴力を振るうのは、さすがに外聞がわるい。
チンピラは黒い小石を拾って、どこかへと立ち去ったのだった。
「おい、何をやってる。そこのガキ大丈夫か」
「問題無いよ。所で漁業組合の場所をおしえて貰えないかな」
漁業組合。このノースポートにおいてはギルドと言えば、漁業組合のことらしい。
この町で漁を行なう為には、必ずギルドに所属しなければならない。それどころかギルドの認証がない船は海賊として厳しく取り締まられている。つまりエースの目的となる砕氷船とやらもギルドの管轄となるらしかった。
港に出れば。一面に捌いた魚が干されていて。潮の他に血の匂が充満していた。港の近くの氷上が戦場のように真っ赤に染まっているのを見ると、少々おびただしかったが、慣れればこれも壮観だった。
ギルドの所在は分かりやすい。血の川をたどって行くと、巨大な魚の木彫りと、巨大な造船所が見えてきた。この造船所が漁業ギルドの本拠地だ。
「ここで合っているのだろうか」
外で忙しそうに大型船を作っている所とは裏腹に。建物の中はがらんどう。家具や道具は見受けられるが、人の姿がまるで無い。
おそらく外でまさにくみ上げられていたのが砕氷船だろう。この凍った海では小型の船は役に立たない。かと言って、海の上を歩いて渡るには頼りなく、そも海の真ん中で糸をたらしたところで、モンスターの餌になるのがオチだ。
見たところ麦の不足を補うために、船の完成を急いでいるといったところだろう。
「すみません。誰かいませんか」
エースが声をかけると、存外空白の建物の中から人が出てきた。その女性は少年の姿を見て、何か不思議そうに近づいてきたのだった。
「子供?ええと、どちら様で」
「旅の見習い魔法使いのエースです。組合長に会いたいと思いまして」
「魔法使い。本当に」
「ええ、本当ですとも。見習いではありますが」
「そうですか。けど。子供。えっと。こちらです。付いてきてください」
少し悩んだ末に。秘書らしき女性はエースを案内することを選んだ。
本来、子供を客として案内するだなんてあり得ない。だが魔法使いというのなら話は別だ。年齢と外見が合っているかも確かじゃないからだ。エースが魔法使いというのは信頼ならなかったが、子供を1人案内したところで大きな問題になるとも考えづらい。非常に矛盾し破綻した思考の元、エースは揉め事なく中に入ることが出来たのだった。
「組合長。その、魔法使いのお客様が」
部屋の中には、筋骨隆々の中年が小さな机に向かい合っていた。組合長としての威厳がある巨漢だった。
おそらく漁師か船大工なのだろう。山賊や海賊が相手でも、元村人であれば素手で勝てそうな貫禄があった。
「坊主、でいいのかい」
「魔法使いと言っても、見習いなので。物語の英雄なんかとは違いますよ」
「分かった。それじゃあ小さなお客さんは内に何の用だい。見習いと言うことは船の話かな」
エースの幼さに面食らったような、組合長だが。魔法使いの来客には慣れていた。侮りすぎず、さりとて下手には出ず。癇癪を起こされないようにしつつも利を守ろうとする姿は、聞こえは惨めだが、エースはそれを立派だと思った。
「ええ、カイドウに向かいたいのですが、路銀が尽きてしまって。それで金を手軽に稼ぎたかったのですけど、この町の事情に詳しそうな人に聞くのが手っ取り早いかと」
「あんた。本当に見た目通りの年齢かい。魔法使いのガキ共はもっと。失礼」
「構いませんよ。現状俺に限っては、魔法使いと関係が深いわけじゃあないので」
「それは助かる」
魔法使いの関係は奇妙だ。魔法使いには派閥が幾つもあり、基本、派閥外での関わりを持たない。禁忌とされる同族殺しが起これば、派閥関係無く指名手配されるらしいが、基本的には閉鎖的だ。その代わり同派閥の絆は強く、仲間の罵りすら許さないという過激派すらいるらしかった。
魔法使いの中でも異端であるエースはどの派閥にも所属していない為、組合長の言葉は不用心ではあったけれど、いらぬ心配だった。
もちろん派閥全てが特別仲が悪いと言うことはないので、魔法使いの前で魔法使いを罵るというのは子供といえど配慮がない。
「魔法使い相手に魔法使いの悪口は受けが悪いらしいですよ。俺も詳しく無いですが」
そもそも、同族殺しに厳しい魔法使いは、嫌いな相手であっても魔法使いなら簡単に殺せなのだ。大抵、問題を起こす魔法使いとは、噂話であっても関わりたくないということらしい。
エースにはまだ分からない感覚だったけれど、そうらしいとだけ知っていた。
「それで、商いの話なんですが」
「そうだったな。坊主、名前は」
「エースです」
「そうか、エース。あんたは何ができる。俺としては麦でも生み出してくれればありがたいんだが」
魔法使いと言えど、何でも出来るわけじゃない。その魔法使いによって出来る事は区々だ。例えば同じ火を操る魔法使いで、戦争が得意だったとしよう。同じ火で相手を傷つける魔法でも、火の玉を放って相手の側で爆発させる魔法が使える魔法使いと、相手に向かって火の波を放って焼き尽くす魔法使いと様々だ。
この2人は、お互いを真似して、似たような魔法を作る事はできるだろう。だが全くの同じにはならない。威力、速度、消耗。何かしらが異なる事になる。
魔法使いには得意不得意があるので、火の魔法使いが、水も雷も土も出せるみたいなことはない。魔法使いは人を超えた力を持っているが、決して万能ではない。
組合長はエースに何が出来るかを尋ねたのは、多くの魔法使いと接してきた経験によるものだった。
「今の俺の魔法では麦は難しいかな」
魔法使いの中には、作物の成長を促進させたり、パンそのものを生み出す者も居ると聞く。有名な英雄譚の1つに丁度さんなエピソードもあった。
エースの未熟な魔法でも、この町以外でなら作物を育てる手伝いも出来たかも知れないが、畑の少ないこの町では難しい。
「そうですね、以前住んでいた町では、石を売っていました」
「石?」
「ええ、石です。日に一度しか使えない呪文を飽きないに使うというのは不安があるので、練習がてら、出る副産物を売っていたんです。いわゆる砂利のようなものです。白と黒の二色で形が揃ってますけどね。ただの綺麗な指先程度の石のかけらなんですが、それが山のように売れました」
「小石が山、それはいまいちイメージが湧かないな」
「主な使い道は壁です。見た目が良くて水はけが良いので、余った分は道に蒔いていたりもしましたがこの町では無用でしょう」
何せ町は一面雪が降り積もって踏み固められている。夏ならともかく雪の上に蒔いても無様なだけだった。
「例えば大きな石を出すことも出来なくはないですが、どうしても重くなる。この町なら力持ちが沢山居るでしょうけど、建物に人手を回しては漁の方が足りなくなる。ところが砂利なら女子供でも持ち運べる」
「つまりセメントか」
「お詳しい。この白い石を焼くと。簡単に砕けるようになって粉になります。これを黒い石、水後は敵のうな土や砂と混ぜれば立派な建材です。これであれば木柵では阻めないモンスターからも町を守れる。港を広げても良いでしょう。土と違って簡単に流れ出さない。近くの川から石を運んでする必要は無い」
「そりゃあ、一大事業だな。すぐに金にはならないが、10年、20年先を考えれば必ず得になる」
「嵐やモンスターの被害をなくすことは出来ませんからね。特に漁業組合としては新たな船もあることですし、港を広げたいのでは。今後、魚の収穫が増えれば商船も沢山やって来ることになるでしょう」
エースが滞在しているのは僅かな間だろうが。丁度倉庫が開いている。急に造船計画を早める為に人を呼んだが、それでもまだ金がある。
少し手間だが、年に数度、嵐やモンスターに壊される木の桟橋よりもよほど役に立つ。
組合長は少し考えた後、この好機を掴むことに決めた。
「分かったエース。その口車に乗ろう。それにはいくらかかる。魔法を使うからには触媒が必要だろう。それだけ大量の石を生み出すんだ、簡単な魔法だとしてもかなり数を使うのではないか」
魔法使いの魔法には触媒が必要だ。魔法使いの中にある魔法を使うには一度、触媒に魔法を籠める。それを消費して発動するという手順が必要だ。
触媒を消費すれば、連続して魔法をつかうことも 出来るが、一度に溜めておける触媒には上限がある。これは 魔法使いの技量に異存する。また一度に幾つも触媒に魔法を籠めることはできない。
触媒にはそれなりの質が必要で、その材料も魔法使いによってバラバラだ。杖だったり、札だったり、剣だったり。そして多くの土魔法使いの触媒には石が用いられる。つまり質の良い触媒とは宝石のことであり、他の魔法使いの触媒も大概硬貨になりがちだが、土魔法使いのそれは青天井だった。
「いえ。宝石があると助かりますが、1つあれば十分です。ただ」
「ただ」
「近くの川をいくつか教えて貰えると助かります」