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異星間恋愛のすすめ  作者: ヲンバット五浪
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第一章 地球人・帯田修一(後編)

お待たせしました。

初めましての方は、ぜひ「前編・中編」からご覧ください。

 中央にある宇宙空港から遠く離れるほど建物の高さが高くなっていくミナモト市、その外縁部のビルの高層階からは、夜の街並みがまるで光りながらさく大輪の花のように見え、とても美しいものであった。レイシアが二人で会うのに選んだレストランは、修一が今までの人生で訪れたことのないような、高級感漂う空間であった。店内には落ち着いた雰囲気のジャズが流れており、周りの客層は地球人も宇宙人も同じくらいの数がいて、各々食事を楽しんでいる様子だったが、全員どこからどう見ても金持ちであるのが明白だった。修一は内心、この場にいる相手がレイシアではなく、想いを伝える前に散ってしまった相手、波留子であったならどんなに良かったかと考えてしまっていた。

 修一とレイシアは、細身で背の高い宇宙人のウェイターに、窓際の席まで案内された。本当に景色の良い空間だ。地球人に変装しているレイシアと修一は、周りから見れば、どう見ても恋仲の男女がロマンチックな夕食のひと時を楽しんでいるようにしか見えないだろう。


 席につき、メニューを渡されるやいなや、レイシアが言った。

「注文は任せて。あなたの好みは全て把握しているわ。もっとも、私に出会ってから食の好みが変わっていなければだけどね。」

 レイシアは、ウェイターに声をかけ、淡々と二人分の料理と飲み物を注文しだした。確かに、メニューをチラリと見たとき、なんとなく食指が動いたものを、レイシアは見事に的中させていく。

 注文を取り終えたウェイターが下がってから、修一はレイシアに話しかけた。

「さすがだな。『目』の能力があれば、食の好みもお見通しってわけか。そうやってみんなの好みも覚えてるわけだ。」

 修一は、素直に感心して言った。すると、レイシアは少し驚いたような表情で言った。

「まさか。私だって超人じゃない。記憶力はそこそこある法だと思うけど、無限じゃない。毎日人のことを『見る』けど、大半のことは忘れてしまうわ。」

 なるほどと、修一は頷いたが、レイシアの次の言葉に、今度は修一が驚きを隠せなかった。


「あなただから覚えていたの。」


 レイシアは、修一とは目を合わせず、窓のほうを見下ろしながら小さく、しかしはっきりとした声で言った。

「この街の夜景も意外と悪くないわね。私の星は田舎だから、こんな景色見られないし…。」

 修一の心臓は激しく動揺していた。


 間違いない。この宇宙人の女は、自分に対して好意を持っている。


 それからというもの、運ばれてくる料理も酒もどれも一流だったはずなのだが、修一は味を気にするどころではなかった。レイシアは、酒を好まないようで、ノンアルコールのカクテルを楽しんでいるようだった。確かに、レイシアは今は地球人にしか見えない姿をしている。見た目年齢的には修一とはやや不釣り合いに若過ぎるかもしれないが、それでも整った顔立ちは、紛れもなく美少女であるのに間違いはない。

 ただ、彼女は宇宙人なのだ。恋人になったとして、生物学的に一緒になることはできない。そして何より、自分は何年もの間思い続けてきた相手との恋に敗れたばかりではないか。そんなすぐに新しい恋愛なんて、仮に相手が地球人であってもできるはずがない…。

 ふとレイシアを、グラスを持つ彼女の細く白い指を見た。微かにだが、修一にも分かるほど震えていた。(彼女も緊張しているんだ。)修一は気がついた。今日の彼女は、出会ってから今まで見たことが無いほど、大人しく淑やかに振る舞っていた。まるで本当に、名家の御令嬢のようだった。しかし、彼女も慣れない場所に少なからず緊張しているのだった。もし、その緊張が、この空間に対するものだけでは無いとしたら…?修一が頭の中で色々な考えを巡らせるとは知ってか知らずか、レイシアは、食事の感想や、先日の脅迫作戦の成果について、週一に話しかけてきたが、修一の方は、返事をするのでやっとだった。


 食事の方もひと段落し、周りの客が少しずつ減り出した頃、修一がついに口火を切った。

「それで、話したいことっていうのはなんだ?」

 レイシアはナプキンで口元を拭っていたが、そっと手を机の上に置き、少しだけ身を乗り出して言った。

「あなたに出会ってから、ずっと伝えたかったこと。決して、誰にも言わないで。」

 修一は黙って頷いた。


「心の底から愛している人がいるの。」


 修一は、目を瞑った。


「それは、あなた…と同じよ」

 

 数秒の静寂の後、修一は静かに目を開いた。修一の頭は処理できていない。

 自惚れているようで嫌だったが、修一は間違いなく「それは、あなたよ。」と言われるものだと思っていた。ところが、「あなた『と同じ』よ。」と言われたことによって、頭の中に一気に疑問が芽生え始めた。

 レイシアの方はというと、修一と出会ってから初めてだろう。頬を赤らめ、伏し目がちで、まさに恋する乙女の表情を見せていた。


 しばらくして、修一が恐る恐る言った。

「え…と。僕と同じ、ということは、君も波留子の事が…?」

週一が、言い終わるか言い終わらないかのうちに、レイシアがこの日一番の大きな声で言った。

「そんなわけないでしょ!私が好きな人は…」

驚くことに、レイシアの瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「私が好きな人は、同じクルドファング星の男の人よ!なのに…」


「彼は、地球人女なんかにゾッコンなのよ!」


 レイシアがすすり泣きし始めてしまったので、修一は周りの目を気にしながら、「とにかく、落ち着いて、ね?」と必死に彼女をなだめた。

 しばらく時間が経ち、目を腫らし嗚咽を漏らしながらも、なんとか話ができる状態になったレイシアは、静かに口を開いた。


 レイシアが『彼』と出会ったのは、彼女がまだ故郷の惑星で静かに暮らしている頃のことだった。詳しい容姿についてはレイシアは語らなかったが、彼女曰く、とにかく一目惚れだったらしい。何せ、人との関わりを極力取ろうとしない彼女が、出会って間もない彼に対して、自ら声をかけてしまう程だった。レイシアと彼は、すぐに恋人関係とはならなかったが、良き友人としてすぐに親しくなった。そしてレイシアは、悩み抜いた末に、自分の能力について、彼に打ち明けたのだった。彼は一瞬驚いたそぶりを見せたが、それでもすぐに笑顔で、素直に打ち明けてくれたことに対する礼を述べた。「この人なら、自分の全てを受け入れてくれる。」レイシアはそう確信したのだった。


「ただ、そんな幸せも長くは続かなかった。」


 彼が、レイシアの前から突然姿を消したのだった。彼の部屋には、急いで書き残されたような書き置きだけが残されていた。そこには、どうしても諦めきれない想い人がいて、それは地球という遠い惑星の住民であるということ、そしてレイシアに対する謝罪の言葉が綴られていた。それからというもの、レイシアは今日のように、泣き続けた。それも何日もの間。


「でも、いつまでもこのままじゃいけないと思った。だから地球に行くことに決めたの。幸い、地球人への変身能力を習得するのにそんなに苦労はしなかったし、知り合いのツテで、別の惑星を経由することで、出入星管理上は、他の惑星から来たことになっているわ。万が一、彼に気がつかれることが無いようにね。」

 さらっと、修一にも合法なのかどうか判断に迷うことを言ってのけたが、修一は気にするどころでは無かった。

「地球に来て、ようやく住処を見つけたけれど、手がかりも何もなく、困り果てていた。そんな時…。」

「僕の失恋話を聞いたってわけか。」

 レイシアは、いつの間にか泣き止んではいたが、赤い目で頷いた。

「正確には、あの日、あなた達二人が暗い顔をして店に入ってくるのを2階から見ていた時に気がついたけどね。あの時は、まだあなたにも能力が使えたから。流石に、驚いたわ。だって、まさか地球に私と同じ境遇の人間がいるとは思わなかったもの。」

 修一は恐る恐る言った。

「ということは、波留子の好きな宇宙人というのは、まさか…。」

 レイシアは、修一が言い切る前に、俯いて首を横に振った。

「もちろん、私もその可能性を考えたわ。あなた達は気づいていなかったと思うけど、そのあとすぐに私は真実を確かめに行ったわ。あなたの職場に行き、波留子という人間を探した。」

 レイシアは続けた。

「波留子さんの顔写真が載っているディスプレイを見つけて分かったけれど、私が探している相手とは全然違う人だったわ。どこの星の人かも分からない。知りたければどんな人か教えるけれど。」

「別にいい。」

 修一は、思わず少し苛立った声で言った。レイシアは、少しは気にしたようだった。

「ごめん。無神経だった。」

 しおらしく誤りだしたレイシアに、修一は驚いた。

「いや、気にしないで。今は君の話を聞かせてほしい。」

 レイシアは続けた。


「その後店に戻ったら、あなた達二人がまだ居たの。そこで、あなたに声をかけようって決めたのよ。あなたなら分かってくれると思って。」

 レイシアは、修一の目を見つめながら言った。今まで見せたことのない、まるで何かを懇願するかのような眼差しだ。

「あなたに、高圧的な態度を取ったことは謝るわ。ただ、あなたなら分かってくれるはずよ。お願い。」

レイシアは、震える声で、それでもはっきりとした口調で続けた。


「お願い!地球における異星間恋愛容認を撤回してほしいの!」


 今日何度目か、そして恐らく最も長いであろう静寂の時が流れた。その後、修一が静かに言った。


「申し訳ない…。それは無理だ。」


 レイシアは、目を見開いた。そして声にならないような声で、言った。


「どうして…?」


 修一は、可能な限り冷静に話そうと努力しながら言った。

「まず、第一に、僕一人の力ではそんな権限はないってこと。僕を『見て』きたんならそれくらいのことわかるだろ。」

 レイシアは、声を荒げていった。

「何も明日から撤廃しろって言ってるわけじゃないわ!何日かかってもいい。あなたが、そういう動きを始めてくれさえすれば、必ず同胞が現れるはず!いつかかならず、あなたの主張が認められる日が来るわ!それに、あなたが必要ならば、あなたが出世して権力を得るための協力だってする!」

 修一は、僅かに動揺した。どうやら彼女は、修一が思う以上に本気で必死らしい。ただ、ここで譲るわけには行かない。修一は動揺を極力顔には出さないようにして続けた。

「そして、もう一つの理由。こっちが重要だよ。確かに、僕は無様にフラれた情けない男さ。でも…。」

 今度は修一が声を震わせながら言った。


「波留子が悲しむような真似はしたくない。」


 レイシアは呆然としているようだった。

「馬鹿にしたければしろよ。そりゃ僕だって、あんな決まりさえなければと思ったことはあったさ。でも。」

 修一は泣きそうになるのを隠すために、笑いながら言った。

「きっと、あの決まりがなかったとしても、上手くいってなかったんだよ。なんとなく、そんな気がしてさ。」

 レイシアは目を伏せて静かに言った。

「何それ…。カッコつけてるつもり?」

 テーブルクロスを睨みつける彼女の声は、悲しみではなく、怒りに震えているようだった。修一はまた笑いながら続けた。

「そうだよ。フラれて強がってカッコつけてるだけさ。最高にカッコ悪いだろ?」

 レイシアは、ため息をつき、黙ってしまった。

 少し時間が経ってから、修一はそっと言った。

「あのさ。実は、僕も話そうと思ったことがあったんだ。」

 レイシアは、顔を上げた。目つきは鋭かった。

「本当は、君との今のビジネス上の関係も今日で終わりにしようと思ったんだ。脅迫されてる身分でこんな事いうのもなんだけどね。だけど、もし君が嫌じゃなければ…。」

 修一は天井を見つめ、大きく息を吸い込んでから続けた。

「僕に、その人を探す手伝いをさせてくれないか?異星間恋愛容認を撤回するのは、協力できないけど、何も君に協力をしないって言ってる訳じゃない。君の行動力はすごいよ。彼への愛情もね。」

 修一は少し照れ臭くなりながらも続けた。

「それに、君と色々話していて思ったけど、多分君って思ったほど悪い人じゃない気がするんだ。まぁ、脅迫はどうかと思うけどね。」

 レイシアは眉一つ動かさずに、修一の顔を見つめていた。

「とにかく、君が彼に会うための必要な情報集めだったり、準備だったりは手伝うよ。もし彼に会う事ができたなら…そこから先は、君たちの問題だから、思うようにすればいいさ。まだ、本当の思いを告げてもいないんだろ?だから…。」


「だから。僕にできる形で、協力を…」

「笑わせないで。」

 突然、レイシアが冷たい声で修一の言葉を遮った。


「別に、あなたの代わりなんていくらでもいるわ。よく分かった。お望み通り、もう終わりにしましょう。」

 吐き捨てるように言うと、レイシアは静かに席を立った。

「帰るわよ。」

 そう言って、彼女はヘッドホンをつけた。



 修一は、自分が会計を出すと申し出たが、レイシアは無視してそそくさと二人分の会計を済ませてしまった。そのまま二人は無言でエレベーターに乗った。彼女はずっと黙っている。透明の窓から見える夜景が華やかに光っているのとは裏腹に、二人きりの箱の中には冷たい空気が流れていた。彼女の頬の乾いた涙の跡に、町の光が反射していくのを、修一はただ黙って見ているだけだった。

 一階にたどり着き、玄関を開けると、初夏の夜のムワッとした空気が二人の顔を撫でた。するとレイシアが久々に口を開いた。

「近いうちに、私は店を出て、他の町に行くわ。マスターも喜ぶだろうし、あなた共、もう会うこともないでしょ。」

 修一は、慌てて言った。

「待ってよ。何もそこまでしなくても。」

 修一が言い終わるか言い終わらないかのうちに。

「さようなら。」

 レイシアはそう小さく言い残して走り出した。修一は急いであとを追いかけようとした。


 その時だった。


 ドンと、鈍い音がしてレイシアの姿が人混みの中に消えた。

「大丈夫か!?」

 修一が駆け寄ると、レイシアは歩道に尻餅をついていた。痛がっていたが、恐らく癖なのだろう、彼女は腰ではなく、ヘッドホンが外れないように押さえ付けていた。そしてよく見ると、そこにはレイシアともう一人腰をついている修一の知らない女性がいた。恐らく、二人がぶつかってしまったのだろう。

 修一が近寄るとその女性は慌てて立ち上がり言った。

「すみません!お怪我はありませんでしたか?」

 慌てて頭を下げたその女性は、髪の毛は肩にかかるかかからないかほどの黒髪で、Tシャツにオーバーオールとスニーカーを履いている様子は、着飾っているレイシアが隣にいるだけに、余計に地味な印象を受けた。背丈はレイシアより少し高いくらいだろうか。20代前半か、もしかしたら10代かもしれない。そして何より目を引いたのは、彼女の背丈には不釣り合いな大きなリュックサックを背負っていることだ。言葉が出ないレイシアに代わって、修一がとっさに声をかけた。

「いえ、こちらこそ連れが失礼いたしました。そちらこそお怪我はないでしょうか?」

 女性は急いでいるようで慌てながら言った。

「大丈夫です。すみません。急ぎますので。」

 そういうと、彼女は人混みをかき分けてどこかに走っていった。レイシアはというと、まだ地面に座り込んだまま、目を閉じている。

「全く、いきなり走り出すからだよ。とりあえず、店まで送るから、今後のことはその後考えよう。」

 レイシアの元に駆け寄った修一だったが、内心ホッとしていた。先ほどまでの、気が立った状態のレイシアを放っておくわけには行かない。とりあえず、部屋まで送り届け、頭を冷やせば、彼女も冷静さを取り戻すかもしれない。

 それにしても、レイシアは一向に立ちあがろうとしない。

「おい?大丈夫か?立てないのか?」

 修一はレイシアの顔をもう一度よく見つめると、初めて異変に気がついた。レイシアは、痛みに目を閉じているというよりも、まるで何かを思い出そうとしているかのような表情をしていた。

「レイシア?」

 修一が呼びかけると、レイシアはぼそりとつぶやいた。

「森…。」

 修一は首を傾げて尋ねた。

「森?なんだそれ。あ、もしかして彼女の名前か?」

「違う、森が見えたの。なんか嫌な感じがする。」

 修一は、レイシアのただならぬ様子を感じ、とりあえず、レイシアを立たせ、人の少ない路地の物陰へと連れていった。

「彼女を『見た』ときに森が見えたってことか。」

「うん。顔を見たのが一瞬だったから、一瞬しか見えなかったけれど、森が見えた。それも、私がどこかで見たことがある場所だった。」

 言われて見れば、彼女はやけに急いでいたし、どこか訳有りな様子にも見えた。

「地球の森か?」

「多分そう。恐らく、その人が今一番頭に思い描いている場所だったから、今からそこへ向かうんだと思う。」

「でも、おかしくないか?君は、地球に来てから、まだこの街から出たことがないんだろう?だから見たことあるとしたら、誰か別の人の顔を見た時か、もしくは…」

「あっ!」

 レイシアが突然、声を上げたかと思えば、うっすらと顔が青ざめてきた。

「おい、どうした?」


「…テレビよ。」


 レイシアの声は、再び震えていた。しかし、この震えは怒りでも悲しみでもなく、恐れだった。

「覚えてる?ニュースでやっていた、行方不明者が多発している樹海のこと…。」

 修一にもようやく事態が飲み込めてきた。脅迫作戦の一件の練習をした日、レイシアの部屋で見たテレビの画面を思い出した。

「おい、まさかあの女性は…」

「間違いないわ!あの樹海に行くつもりなのよ」

 思い返してみれば、どこか思い詰めたような表情にも見えた。それにあの大きな荷物の中身も気になる。

「もしかして、あの荷物の中には死体が…?」

「え、私はあの人自身が死にに行くつもりかと思ったけど…。」

「そっちか!いや、どっちにしろ、後をつけなくちゃ!」

 そう修一が言い切るか言い切らないかのうち、レイシアが通りがかったタクシーを呼び止めた。

「目的地は、あなたが伝えて!」

 レイシアはずり落ちかけていたヘッドホンを付け直し、週一の手を引いてタクシーに飛び乗った。



 夜も遅く、場所が場所だけに運転手からも怪しまれたが。とっさに、修一は例のリングで宇宙人に変装し、「普段は地球人のふりをしているが、信仰上の理由で月光浴をしなければならない」と出まかせを言って、なんとかその場をしのいだ。いつの間にかタクシーは街を抜け、静かな農道を走り続けていた。すると、道の向こう側から別のタクシーが走ってくるのが見えた。修一は、慌てて運転手に対向車を停めるよう伝えた。

 向こうからきたタクシーの運転手は車を停めると、怪訝そうな顔を出した。修一が、車を降りて尋ねた。

「すみません。ついさっき、若い女性を森まで乗せませんでしたか?」

 運転手は、ダミ声で答えた。

「ああ、確かに乗せたよ。なんか暗いカオしてたから気にはなったんだが、何でも大学で生物調査をしているんだと。」

「その人を降ろした場所を、詳しく教えてください!」

「え…どうしたってんだ?いきなり。」

 運転手が再び怪訝そうな顔をしてきたところ、一緒に車から降りてきたレイシアが、修一のシャツの袖をぐいと引っ張った。修一がレイシアの顔を見ると、レイシアが黙ったままゆっくりと頷いた。

「ありがとうございます!やっぱり大丈夫です!ご迷惑おかけしました。」

 そういうと二人は、再び乗ってきたタクシーに飛び乗った。


 レイシアが相手の運転手から『見た』場所は、森の入口に近い場所で、車道から獣道が分かれ出ていた。二人を降ろした後、運転手は

「お客さん、気をつけて。これうちの会社の名刺だから何かあったらすぐ連絡するんだよ。」

 と、しわくちゃの名刺を渡すと、元来た道を走り去っていった。

 車のライトが見えなくなったのを確認すると、レイシアはそっとヘッドホンを外し、首にかけた。辺りは、真っ暗で、風に揺れる木々の音と、虫の声だけが聞こえていた。

「静かな場所ね。私は結構好き。」

 修一は、そうは思わなかった。

「暗いのは正直勘弁してほしいよ。ただ、ここまで来た以上は仕方ない。行こうか。」

 修一は、持ち歩いているスペースフォンのライトを点灯し、獣道の方を照らした。

「いいけど、あなた、まだあなた宇宙人の姿してるわよ。」

 レイシアが静かにいうと、修一は黙って変装を解除した。


 修一は、ライトの充電が切れないことを祈りながら、獣道を歩いていた。改めて見ると、修一はスーツ姿だし、レイシアに至ってはドレスにハイヒールだ。とても森の中を歩き回るような格好ではない。

「大丈夫か?」

「何が?」

「歩きにくくないか?」

「別に平気よ。」

 会話は続かなかった。修一は忘れかけていたが、タクシーに飛び乗る数分前まで、レイシアの機嫌を損ねてしまい、二人のビジネス上の関係性も永久に終了するところだったのだ。恐らく、レイシアの方もそれを思い出したのかもしれない。修一は、なんとか沈黙を打破しようと、レイシアに話しかけた。

「君の能力も、使いようによっては、人助けになるんじゃないか?さっきのタクシーの時とかすごかったよ。」

「使いようって…別に悪用しているつもりはないけれど。この間だって、浮気野郎を成敗したところじゃない。」

 修一は誉めたつもりだったが、どうやら逆効果のようだった。

「いや、だから脅迫とかではなく、もっと違う方法で…。」

「用がなかったら話しかけないで貰える?今それどころじゃないことくらい分かるでしょ?」

 レイシアは、すっかり元の不機嫌モードに戻っていた。強がってはいるが、慣れない獣道に足を取られ苛立っているのは明らかだった。

「とりあえず、あの子を見つけて、町に連れ戻すまでは、嫌だけど、あなたと行動を共にするわ。で、あなたとはそこでお別れだから。」

 レイシアは、一分一秒たりとも修一のそばにいたくないと言わんばかりに、明かりを持っている修一を無視してぐんぐん先を進もうとしていた。すると、修一は、本当に何気なく、ぼそっとつぶやいた。

「優しいんだな。なんだかんだ言って。」

 レイシアは、キッとふりかえり、修一を睨みつけた。

「あなた、ほんと嫌い!」

 レイシアがそう喚いた時だった。

「静かに!」

 修一はレイシアの元に駆け寄り、思わず手を押さえた。レイシアがモゴモゴ言っているが修一は無視した。

「向こうに明かりが見えた。」

 修一が声を潜めてそういうと、レイシアもようやくおとなしくなった。


 50メートルほど先に見える明かりは、どうやら動いていないらしい。修一は持っているライトを急いで消すと、レイシアに囁いた。

「念の為、例の動物みたいな姿に変装しておいてもらえるか?」

「『変装』って、あっちが本来の姿なんですけど。」

 レイシアはさらに不機嫌になりかけたが、なんとか言う通りにしてくれた。


「私が先に行って様子を見てくるから、あなたはバレないようにこっそり近づいてきて。この間使ったイヤホン持ってるでしょ?これで連絡が取れる。」

「分かった。危なかったら、すぐに戻ってくるんだぞ。」

 レイシアは、週一には返事もせずに、明かりに向かって闇の中を駆け出していった。修一はなるべく音を立てないよう、一歩一歩慎重に進みながら、片耳はイヤホンから聞こえてくる音に集中していた。あと20メートルほどかと言うところまで近づいた時、突然イヤホンから声がした。

「え?うそ?」

 その声の主は、レイシアではなかった。しかしすぐその後、

「きゃ!ちょ、ちょっと離しなさい!」

 続いて聞こえてきた声は、紛れもなくレイシアの叫び声だった。と言うより、イヤホンを使うまでも無いほど大きな声でレイシアは叫んでいた。

「レイシア!」

 修一は思わず走り出していた。足音を気にすることもなく、あと15メートル、10メートル、5メートル…。



「レイシア!無事か!?」

 そこには、目を疑うような光景がひろがっていた。明かりの主は紛れもなく先ほどの女性だった。しかし、先ほどの暗い表情とは打って変わって目を輝かせながら、真っ黒の小動物を抱きあげている。なすがまま抱き上げられているレイシアは、金切り声を上げていた。

「聞こえているの?降ろしなさい!私は動物じゃないのよ!」

 謎の女性は、ウキウキしたような声で答えた。

「もちろん知ってます!クルドファング星人と、まさかこんなところで出会うなんて!初めて見た!すごいすごい!」

 女性は、あまりの感動に、修一に気づいていないようだった。

「あのー。」

 修一は恐る恐る声をかけた。

「僕の連れなんで、その人離してもらえます?」



「本当にすみませんでした!びっくりして感激で、私ってば思わずあんな失礼なことを…。」

 かれこれ10分近く女性は平謝りし続けていた。地球人型に戻ったレイシアはカンカンだった。

「気にしないでください。彼女、元々機嫌は悪かったので、って痛!」

 レイシアが思い切り、修一の足を踏んづけた。

「はは、ところで、あなたのような若い女性が、こんなところで一人で何を?」

 修一が本題に触れると、今まで明るかった女性の顔が見る見る暗くなった。

「はぁ、ここまで来られてしまった以上、本当のことをお話しするしかありませんよね。」

 女性は重い口を開いた。


「私、塔野ソラと言います。大学で、宇宙生物学を研究していて、それで先ほどは、ライブラリでしか見たことのなかった宇宙人の姿に思わず興奮してしまって、とんだ御無礼を…。」

 そう言って、再びソラはレイシアに向かって深々と頭を下げた。レイシアはプンプンして腕を組みながらも、ソラの方をチラリと見て、一応話は聞いているようだった。修一の方は、相槌を打ちながら(さっきのタクシーの運転手には本当のことを言ってたのか)と考えていた。

「私は、専門は宇宙生物なんですけど、同じくらい地球の固有種のことも好きで、ここにきた目的も…。あ、もうすぐです。」

 時計を見てそういうと、ソラはそっと明かりを消した。

「え、なんです?」

「しっ、静かにお願いします。」

 修一が尋ねると、ソラはそれを制した。

 ソラが明かりを消してから3〜4分ほどしただろうか。辺りから落ち葉のカサカサという音が鳴り出した。まるで土全体がうごめいているかのようだ。

 すると、地面全体が青白く光り始めた。修一もレイシアも驚いて目を見開いた。さらに、驚くべきことにその光をよく目を凝らしてみると…。

「虫だ。」

 おびただしい数の羽虫が、光り輝きながら土の中から這い出て、そして今まさに飛び立とうとしているのだった。

「ホタルカゲロウという昆虫です。元々他の惑星で絶滅した生物ですが、今では地球のこの森にだけ生息しているのです。」

 ソラが説明した。

「キレイ…。夜景も素敵だったけど、私はこっちの方が好きかも。」

 レイシアも先ほどまで怒っていたのを忘れたかのように、思わずつぶやいた。

「確かに。美しいですね。でも、これが一体なんの関係が?」

 修一が話を戻すと、ソラが事情を説明し始めた。


 ソラが趣味で地球生物の研究を進めていたところ、数年前に偶然発見したのが、この森にひっそりと存在した宇宙生物ホタルカゲロウの最後の生息地であった。恐らく、何者かが不法に持ち込んだ個体が、住み着いてしまったのだろう。ところが、そのような貴重な生物がいることが分かれば、地球人、宇宙人問わず、希少生物の密猟者達に狙われてしまう。また、いくら希少生物とはいえ、地球外から持ち込まれたホタルカゲロウはれっきとした外来種。公にするわけにはいかなかった。それゆえに、ソラは今まで一人きりで、この生息地を守り続けてきた。必死になるあまり、人払いのために「森の中で危険な目にあった」という噂を流し、地元の住民が近寄らないようにするところまではうまくいったのだった。ところが、つい最近になってこの話に尾鰭がつき、ついには「行方不明者多発」のニュースが出るほどになってしまい、物好きな若者が肝試しに訪れるようになってしまった。年に一度の羽化の季節も近づいており、もはやホタルカゲロウが見つかるのは時間の問題だった。


「なので今日、ホタルカゲロウを一匹でも多く連れ出して、他の生息地に移す予定だったのです。ただ、バレてしまった以上、どうすることもできないですよね。」

 あの大きなリュックサックの中身は、たくさんの虫かごだったようだ。土の中から飛び立った、ホタルカゲロウたちは短い成虫の期間の間に、交尾を終え、子孫を残し、その儚い命を全うするのだという。土から飛び立っていく、たくさんの青白い光を見ながら、修一は静かにソラに尋ねた。

「なるほど。話はわかりました。確認しても良いですか。」

「はい…。なんでしょう?」

 ソラは突然形式ばった口調になった修一に戸惑いながらも答えた。

「第一に、この宇宙生物を地球に持ち込んだのはあなたではないのですね?」

「はい。」

「第二に、この生物を地球の他の生息地に移す計画は、まだ実行に移してはいませんね?」

「…はい。それが何か?」

 修一は、ほっとため息をつくと、笑顔を見せてソラに言った。

「良かった。ソラさん。あなたはまだ、何の法律違反もしてはいません。それに、もしかしたらホタルカゲロウたちも守れるかもしれません。」

「本当ですか?」

 ソラは驚いた。

「確かに、このホタルカゲロウたちは外来種。地球の法律上、我々が保護する必要性はありません。ただ、その一方保護してはいけないと言う法律があるわけでもないのです。」

 ソラは、まだ安心できないと言った感じで、不思議そうに尋ねた。

「なぜ、あなたはそんなにお詳しいのですか?」

 修一は、言った。

「これでも、宇宙港で出入星管理の仕事をしているものですから。宇宙生物に関しては管轄外ですけど、同僚に頼めばなんとかしてくれると思います。」

 ソラの眼差しが、少し和らいだ。一方、先ほどから黙っているレイシアは、無表情で修一を見つめていた。

「分かりました。あなた方を信用してみます。」

 そういうと、ソラは笑顔を見せたのだった。


 街へ戻るタクシーの中、ソラと修一とレイシアの三人は、車の中で言葉を交わすことなく街に戻ってきた。運転手も気まずそうにしていたに違いない。街にたどり着き、一足先にソラは車を降り、修一の業務用の連絡先を伝えられたあと、もう一度深々とお辞儀をして帰っていった。

 修一とレイシアは、車内に二人残された。すでに日付が変わっていた。車が走り続ける間、相変わらず二人とも口を開こうとはしなかった。


 車は砂銀河の前で止まり、二人はそこで下車した。修一が運賃を支払い、タクシーが走り去っていった。店はすでに閉店しているようで、道に人通りはなかった。


 突然、レイシアが口を開いた。

「少しだけ、いいかしら。」

 修一は、驚いてレイシアを見つめた。

「あなたは、あからさまに人を贔屓するってことが分かったわ。」

「何のことだ?」

 レイシアは、落ち着いた口調だったが、やはりどこか怒っている様子は隠せていなかった。

「とぼけないで。宇宙生物のためなら、上官に掛け合う約束をしたというのに、私の頼みは聞いてくれなかったじゃない。」

「それは、だから他の方法でだったら協力するって…。」

 修一は、慌てつつ少しうんざりしながら言った。レイシアはそれを遮るように続けた。

「つまり、あなたはできないことはしてくれないけど、出来ることは何とかしようとしてくれる人だってことが分かったわ。」

「え?」

 修一はレイシアが何を言いたいのかよくわからなかった。

「レストランで、つい感情的になってしまったのは、私も不覚だった。だって、あなたも内心、件の制度には反対しているはずだと思い込んでいたもの。でも、何もあなたは恋だけで生きているわけじゃない。あなたには仕事があり、生活があり、立場や、友人関係もある。でも私は、あの人のこと以外全て捨ててこの星に来た。から、私とあなたが同じはずがなかったんだわ。」

 修一は、レイシアが静かな口調の中、どこか寂しそうにも感じた。

 修一は静かに言った。

「同じじゃないかも知れないけど、似たもの同士なんじゃないかな。だって。」


 修一は、静かに笑いながら言った。


「失恋が辛いのは全宇宙共通でしょ?」


しばらくすると、今度はレイシアが口を開いた。

「勘違いしないでもらえるかしら。」

レイシアはニヤリと笑った。

「私は失恋したと諦めたわけじゃないから。」

修一も笑い出した。

「あのさ、さっきも言ったけど、君ってやっぱり悪い人じゃないよ。」

「何言ってるの、私は最初から悪い人じゃないわ。」

「それは…うーん。そうかな…?」

 修一はしばらく考え込んでしまったが、続けた。

「そうだな。何だかんだ言って君に会ってから、不思議と失恋を辛いと思う暇もなくて助かったよ。」

 それは、本心だったが、どこか皮肉めいてしまっていた。

「そう、だったら。」

 レイシアが修一から目を逸らし、砂銀河の二階の自室の窓を見上げながら言った。

「もう少しだけ、ビジネスパートナーさせてやってもいいけど?」

「だったら、一つだけ条件…というか、頼みを聞いてもらってもいいかな?」

「何それ?あなたがそんなこと言える立場じゃないでしょう。」

 そういうレイシアの表情は、出会ったばかりの頃のように鋭かったが、声は心なしか柔らかかった。ひと月ぶりの満月はゆっくりと西へ傾来始めていた。









「本当に…妻には黙っていてくれるのか?」

 夜の公園、会社社長の滝宗徳は、震えながら問いかけた。相手の半魚人系の宇宙人は冷たい声で答えた。

「それは、お前次第だ。件の女と別れ、二度と浮気をしないと約束するのならな。」

「しかし、妙じゃないか。一度脅迫してお金を要求しておいて、今度はそれを返しにきてくれるだなんて。」

 宗徳は全く訳がわからないと言った表情でうめいた。相手の宇宙人はぶっきらぼうに鞄を突き出して言った。

「それより、どうなんだ?約束できるんだな?」

「わ、分かった。もう二度とこんな軽はずみな真似はしない。本当に、気の迷いだったんだ…。」

「よし、じゃあこの中身はお前ものだ。もうこちらから連絡をすることはない。ただし。」

 宇宙人は、鞄を地面にごとりと置いて立ち去ろうとし、背中越しに凄みにある声で言った。

「もし、約束を破ったら、次は金では解決できないがな。」

 宗徳は震えながら鞄を拾い上げ、立ち去っていった。一方、宇宙人の方は、公園を離れ歩き出した。すると、宇宙人のそばに、黒っぽい小さな動物が歩み寄ってきた。


 レイシアが話しかけた。

「なかなか上手いじゃない。特訓の成果が出たわね。やっぱり、脅迫屋が向いてるんじゃないの?」

 レイシアが皮肉をこぼすのを聞くと、修一は周りを見渡し、人が居ないのを確認してから答えた。

「いや、やはり脅迫は良くないよ。君の能力があれば、もっと人のために役立てることがあるさ。」

「その偽善者っぷり、本当に吐き気がするわ。そんな優柔不断だからフラれるのよ。」

 レイシアはそういうと、プンプンしながら「先に帰る」と言って走り去ってしまった。修一は、罵られた後なのに、なぜか満足げにつぶやいた。

「これで良かったよな。」


 あのレストランと森での一件から三週間ほどが過ぎていた。修一が出した条件というのは、脅迫事件により滝宗徳氏から巻き上げた現金を返すことと、二度と強迫行為を行わないことだった。半ばレイシアは聞き入れないだろうと思っていたが、文句や罵倒はありながらも素直にレイシアはいうことを聞いた。強迫行為を封印したレイシアは、占い師というよりは探偵業、相談業に近い仕事に転向していた。ただ、相変わらず、レイシアは他人と口を聞こうとはしないので、修一は本業を続ける傍ら、引き続き彼女の口と耳の代わりをすることになった。レイシアの探す男の手がかりは未だ見つからないままだったが、不思議とレイシアの表情は、前より丸くなったようにも見えた。


 そして、ホタルカゲロウの生息地に関しては、特定宇宙生物管理課により秘密裏に保護活動が行われることになった。ソラに関しては、虚偽の噂を流したことだけ注意を受けたが、他はお咎めなしということだった。もっとも、厄介ごとを増やしたことで、修一は、宇宙生物管理課の同期には頭が上がらなくなってしまったが。

「まあ、二週間連続残業くらいで済んで良かったよ。」

 修一は、この前の週末に砂銀河で飲みながら、レイシアにこぼした。ソラに、保護計画について報告したところ、泣いて喜ぶ彼女の姿を見て、普段の無機質な仕事とは違い、初めて人のためになったような気がして、修一は少しだけ誇らしさを感じていたのだ。レイシアは、さも興味ないと言った表情で、嬉しそうに話す修一を見ていたが、一言、

「まぁ、あの虫たちには、何の罪も無いもんね…。」

 それを聞いた修一は、酒が回っていたこともあり、またしても

「意外と優しいな。」

 と、もらしてしまい、レイシアから思い切り肘をつねられた。




 青い空に太陽が高く登り、ミナモト氏の灰色の建物群から湯気のように陽炎が立ち昇っていた。いよいよ本格的な夏が始まろうとしていたある日曜の昼下がり、レイシアと修一は、まだ準備中の砂銀河の店内で、マスターのジャンバが振る舞う特製かき氷を食べながら涼んでいた。

「流石に、外は暑そうだな。」

 修一がうちわをバタバタさせながら、言った。

「あらそう?私は、別に平気だけど?」

 修一も後で調べて知ったことだが、クルドファング星はかなり高温な惑星らしい。

 レイシアはあれからも、なんだかんだいって、砂銀河の二階に住み続けている。修一とジャンバしかいない時は、ヘッドホンも外し、口数も多い。


 そんな中、店の扉が勢いよく開いた。

「こんにちは!」

 元気な声で、店に飛び込んできたのは、あの大学生、塔野ソラだった。レイシアはギョッとした顔で、ソラの顔を見つめた。

「なんで、あんたがここにいるのよ!」

「今日から、ここでアルバイトさせていただくことになりました!よろしくお願いいたします!」

 すると、店の奥からジャンバが顔を出した。

「おう、シュウが紹介してくれたソラちゃんってのは君のことかい?」

「はい!よろしくお願いいたします!」

 ソラは、初めて出会った頃の落ち込んでいた様子が嘘かのように、明るい大声で受け答えをしていた。一方、レイシアはギロリと修一を睨みつけた。

「『あなたが』紹介した?」

 修一は慌てて言った。

「ほ、ほら。マスターは前からバイトを欲しがってたし、どうせならレイシアも知ってる人の方が、色々やりやすいかなってさ。」

 修一のいう通り、うやむやのうちにレイシアはソラの声を聞いてしまったので、彼女相手に能力を使うことができないのだ。

「はい!レイシアさんが、こちらに住まわれているとお聞きしまして!ぜひクルドファング星系の生態系についてお聞かせ頂きたいです!」

 ソラが興奮のあまり、流星群のような勢いで話し始めた。レイシアは一瞬たじろいだ後、再び修一を睨みつけて言った。

「一度でもあなたに気を許しかけた自分がバカだったわ。」

 そういうとレイシアは、部屋の奥の階段の方を駆け上がっていってしまった。残された三人はゆっくりとお互いに見つめ合った。ソラが恐る恐る言った。

「あのう…。私が、何か失礼なことを言ってしまったでしょうか?」

「いや、大丈夫。照れてるだけだよ。」

 修一は苦笑いしながら言った。するとジャンバも小声で言った。

「あの子、うちに来たばかりの時と比べて本当に明るくなったよ。シュウのおかげで助かったな。」

 修一には「シュウのおかげで助かった」は「脅迫されることが無くなって助かった」という意味にも聞こえたが、あえて触れないことにした。その時、再びレイシアの声が響いた。

「聞こえてるわよ。」

 ジャンバは巨体に似合わず、ビクッと驚いた。レイシアは、さっきまで座っていたカウンターに戻ってくると、食べかけのかき氷の器を持って、再び部屋の奥の階段に歩いて行った。

「かき氷、まだ食べてる途中で勿体無かったから。あとは部屋で食べる。」

 そう言って階段を2〜3段登ったあと、レイシアはジャンバに向かってぶっきらぼうに言った。

「マスター。その子にも、かき氷食べさせてあげたら!?」


 1階に残された三人は、再びお互いに見つめ合い、今度は思わず笑い出してしまった。窓の隙間からは、午後の訪れを知らせる蝉の声が舞い込んでいた。



最後までお読みいただき有難うございます。

次回もスローペースになると思いますが、お待ちいただければ幸いです。

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