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異星間恋愛のすすめ  作者: ヲンバット五浪
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第一章 地球人・帯田修一(中編)

 土曜日。すでに日が高く上りつつある時間。修一は、狭いながらも綺麗に片付けられた自分の部屋のベッドで目を覚ました。昨夜の出来事は夢だったのだろうか。修一は鈍い頭痛を感じ、頭を押さえながら、ベッドの上で寝返りを打ち、隣に置かれているテーブルの上を見た。そこには、カードゲームの絵札が一枚だけ無造作に置かれていた。絵柄は「青の4」。そして、黒いインクで細い不慣れな地球の文字で名前が書かれていた。


レイシア・アルツ・ド・イーツ


 そう、宇宙人の少女レイシアと交わした、文字通り悪魔の契約(しかも明らかに不平等な)、その契約書の代わりに無理やり渡されたのがそのカードだった。


「本当のところ、私には『レイシア』という名前しかないのだけれど、なんかソレっぽいじゃない?」

という、実にいい加減な理由で付け足されたのが、「アルツ・ド・イーツ」の部分であった。彼女もまた、同じように、「帯田修一」と書かれたカードを持っているはずだ。とにかく、昨夜の出来事は夢ではなかったという事を思い知らされ、修一は大きくため息をついた。


 昨夜の出来事。

 銀河の彼方からある男を探してやってきたという宇宙人の少女、レイシア。彼女が持つ「ヒトを見る目」の能力を使えば、どんな相手の内面でも知ることができる。ただし、相手と会話をした時点で、その相手に対しては能力が使えなくなってしまう。修一は、レイシアの代わりに、彼女の口と耳の役割をするように言いつけられたのだった。つまり、彼女が相手の弱みや隠し事を見抜き、修一が彼女に成り代わって相手を脅迫するというのだ。

「あくまでも、脅す対象は犯罪者やその予備軍相手にするわ。善良な市民の些細な弱みを付け狙うのは趣味じゃないもの。」

 レイシアはそう言っていたが、相手が誰であろうと脅迫は犯罪だという事は、あまり気にしていないらしかった。

「しかし、明日からすぐにでも『仕事』というわけにはいかないわね。いろいろ準備をしなきゃ。まずは、その恰好をなんとかしなくちゃ。」

 そう言うと、彼女は「契約書」とは別に一枚のメモ書きを修一に手渡した。そこには、ミナモト市内のとある住所が書かれていた。しばらくの間、仕事に向けた下準備について、レイシアは事細かに修一に伝え続けた。彼女は相変わらず、冷たい笑みを浮かべながらも、どこか楽しそうだった。そうして、夜明けの数時間ほど前になって、ようやく修一は帰宅を許されたのだった。家までどうやって帰ってきたかの記憶こそ曖昧だったが、あの部屋での出来事は忘れたくても忘れられない。


 修一は、自室のベッドに入ったまま手を伸ばし、テーブルの上に置かれた、昨夜のメモを拾い上げた。ここからそう遠くはない。町の外縁部にある、とある高層ビルの一階を指し示しているようだ。修一は、のそのそとベッドから這い出ると、ゆっくりと着替え、部屋を出た。



 外は夏の訪れを感じさせる陽気で、歩いているうちに修一はじんわりと汗ばんでいった。30分ほど歩いただろうか。修一は目的の場所にたどり着いた。立派な大通りに立つ山のように高い貿易商社のビルだったが,オフィス街という事もあり休日は車も人も少ない。だが、歩道の植え込みに植えられた低木は、きれいに切りそろえられており、玄関の前にはチリ一つ落ちていない。そんな立派な玄関口の横には、ひっそりと小さなドアがあった。一見すると誰も気にも留めないような目立たず、気をつけなければ頭をぶつけてしまいそうなほど小さいドアだ。そこが、レイシアに伝えられた場所に間違いなかった。

 修一は気が進まないながらも、小さなドアを開け、恐る恐る中に進んだ。中は薄暗く、おそらく空調設備の部屋か、倉庫か何かを間借りして店を開いているのだろう。部屋のあちこちによく分からない箱や機械見え隠れしていた。部屋の奥から甲高い声がした。

「いらっしゃい!」

 大きな箱の向こう側から飛び出してきたのは小柄で太ったトカゲのような宇宙人だった。愛想の良い声だったが、修一の姿を見ると、一瞬驚いたような顔をしたのち、打って変わって不機嫌な声になった。

「ここはおたくのような方が来る店じゃないぜ。言っとくが、ウチは何も非合法な商売はやっちゃいないですぜ。」

 仕事柄宇宙人と関わることの多い修一にとっては、この店が何で、この店主が何をしているのかを理解するのに、時間はかからなかった。宇宙人たちが地球で違和感なく過ごすための変装を施す「変装屋」という商売をやっている店だ。それも、この店はタチの悪い方の店だ。おそらく届け出をしていないか、うまく役所を誤魔化している店だろう。でなければ、宇宙人の出入国管理を仕事としている修一が、その存在を知らないはずがないのだ。この宇宙人の店主も、地球人の来客を見ておそらく、私服警官か市役所職員か何かだと思っているのだろう。不機嫌そうな声の裏に、隠しきれない焦りを感じる。

 修一も本来の「仕事中」であれば、この場を見逃すことはせず、直ちに本部へ通報をしていたところだろう。ただ今回は、レイシアからはとにかく余計なことはせず、「合言葉」だけを伝えるようにと言われていた。修一は、トカゲ星人の店主と目を合わせないようにしながら、静かに言った。


「紙コップ、紙粘土、紙オムツ。」


 その瞬間、店主は驚き、あまりの衝撃に3メートルは飛び上がった。修一もびっくりして、思わず後退りした。店主は天井に思い切り頭をぶつけてしまい、その反動で下にべちゃりと音を立てて落ちると、床にうずくまった。しばらくしてよろめきながら起き上がると、震える声で言った。

「わ、わかった。言う通りにする!だから、ここであった事と、あの女から聞いた事は、外では黙っといてくれよ!頼むぜ!」

 そう言うと、店主は店の奥の方に這うように進んでいき、修一にも付いてくるよう促した。


 2時間ほど経っただろうか、修一の手には小さなボタンのついた腕輪のようなリングが握られていた。店主の説明によるとこのボタンを押せば、ただちに変装ができるらしい。店主が鏡を持ってきたので、試しにボタンを押してみると、リングから色とりどりのガスが噴き出してきた。そして次の瞬間ガスが修一の全身にまとわりつくように張り付き、瞬く間に修一の姿を変えた。鏡を見ると、緑色の鱗を身にまとった半魚人のような姿になっていた。

「モルガド星人だよ。この町にもごまんといるから、怪しまれることは無いぜ。普通は、地球人が宇宙人に変装したがることなんてないんだがな…。」

 店主は力のない声で言った。

「お代はいらねぇ。そのかわり、2度とここには来ないでくれ。」

 言われなくても来るつもりはない。修一が外に出ようと、ドアノブに手をかけた瞬間、背中越しに店主の声が聞こえた。

「悪りぃ事は言わねぇ。あの女とは関わらない方がいいぞ!」

 そんな事は分かりきっている。ため息をつきながらドアを少しだけ開け、修一はそっと外を伺った。こんな場所から出てきたところを、誰かに見られるわけにはいかない。どうやら誰もいないと分かり、修一は外に出て、そっとドアを閉めた。



 その時、歩道の横の植え込みからごそごそと物音がした。植え込みの方を見ると、黒くて、ネコとキツネをかけ合わせたような、小さな獣が歩み出てきた。変身したレイシアだ。どうやら、修一が昨夜の指示通りに行動するのか、見張るために着いてきていたらしい。獣の姿をしたレイシアは、じっと修一を見つめている。おかしい事に、レイシアは黒くてふわふわした耳当てをしている。おそらく昼間街を出歩くときには、むやみにヒトの声を聞いてしまわないように着けるようにしているのだろうが、かえって目立ってしまっているようにも思える。しばらく修一を見つめた後、レイシアは獣の姿のままふっと笑うように言った。

「言いつけは守ってくれたみたいね。」

 レイシアはつづけた。

「『合言葉』は役に立ったかしら?」

 修一は静かに答えた。

「ああいうのは、『合言葉』じゃなくて『脅し文句』っていうんだ。」

 レイシアには聞こえていないようだった。どうやら耳当ては機能しているらしい。修一は、再び周りを見渡し、レイシア以外誰もいないのを確認すると、もう一度リングについているボタンを押した。全身に張り付いていた鱗が、まるで熱々の鉄板の上に巻かれた水が蒸発するかのように消え去り、修一は一瞬にして元の姿に戻った。




 その夜、二人は再び宇宙人ジャンバの店「砂銀河」の2階にあるレイシアの部屋にいた。ただ、昨夜とは違い、時間も早く1階の店はまだ営業中だった。昨日と変わりのない様子のレイシアの部屋だったが、一つだけ異なるのは、部屋の真ん中に、古風なテレビが置いてあったことだ。そんな中、修一の『仕事』に向けた、準備はまだ続いていた。

「次は、脅迫のための演技指導ね。言っちゃ悪いけど、あなたって怖さに欠けるから、もう少し凄みを効かせたしゃべり方を身に着けたほうが良いわ。」

「そんなことはないぞ。仕事柄、不法入国の宇宙人を取り押さえることだってあるんだ。」

「3年前、先輩職員が取り押さえてるのを横で見ていた経験が一度だけあるんだっけ?」

 レイシアは、意地悪く笑いながら言った。図星だったが…。

「はぁ…。ほぼ正解だが、正しくは4年前、就職直後の新人研修の時だ。」

「あら、そうだったのね。失礼。」

 レイシアと口を聞く前には忘れかけていた記憶だ。修一があまり意識していない事は、レイシアにも鮮明には見えていないというのは本当のようだ。

「まあいいわ。とにかく、あなたが脅迫屋として少しは使い物になるように、演技力の特訓ね。」

 そう言って、レイシアは自分の両耳にヘッドホンをつけると同時に、テレビの電源を入れた。そこに映し出されたのは、大昔に流行った任侠物の映画だった。修一は、恐る恐るレイシアに尋ねた。

「…まさか、これを見て演技力を身につけろというのか?」

 レイシアには、何も聞こえていないようだったが、ご機嫌そうにヘッドホンの音楽を聞きながら叫んだ。

「さあ!この演技を真似するのよ。まずは、相手のにらみつけ方からよ!」

 修一には、この宇宙人の女が冷徹で計画的なのか、それともただの気まぐれに付き合わされているだけなのか、よくわからなくなってきた。



 しばらくの間、俳優の演技に続けて自分も怒鳴り散らすという、さして効果があるとは思えない特訓を続けた。そしてついに一本の映画が終わってしまったが、修一には全くと言っていいほど成果が実感できなかった。だが、驚くべきことにレイシアは、初めて修一を誉めたたえたのだ。

「あなた、なかなかやるじゃない。後半のセリフは悪くなかったわよ。」

「悪くなかったって…。君はずっとヘッドホンをつけていたじゃないか。」

 修一は、あきれて答えた。レイシアはテレビに写っている俳優相手ですら、『能力』を失うのを恐れ、ヘッドホンを外そうとしなかったのだ。今は、休憩中という事で、レイシアはヘッドホンを外している。テレビの方はつけっぱなしだが、音が出ないようにしているので問題ないらしい。

「とにかく、今は少し休憩させてくれ。映画一本分怒鳴り続けたので流石にのどが痛くなってきた。」

「いいわよ。お疲れさま。」

 彼女のとってつけたような笑顔と優しい言い方が逆に不気味だった。しばらくの間、二人は音のしないテレビを黙って眺め続けた。映画がいつの間にか終わったあと、テレビの画面にはニュースが流れていた。映像とテロップから察するに、連日放送し続けているどこかの銀河政府の汚職事件、ミナモト市の近所で行方不明者が多発している樹海について、反対に行方不明だった宇宙皇族のペットが見つかったこと、今日の暑さなどが話題になっていたようだ。

 無音のニュースを眺めながら、修一はぼそりと言った。

「なあ、君の力があれば、俺なんかいなくても悪人を脅迫するくらいできるんじゃないか?今日会ってきた変装屋の店主みたいに。」

 レイシアは、テレビを見つめながら言った。

「あのトカゲ野郎のこと?あいつには能力を使うまでもなかったわ。勝手に私に言い寄ってきて、聞きもしないのに色々話してきて、気づけば私に弱みを握られてたってだけよ。」

 修一は目を丸くしてレイシアを見つめた。レイシアも、修一の方を見るとにやりと笑った。

「あら、私って意外とモテるのよ。」




 ひと時の休憩が終わると、レイシアはテレビの電源を消し、一枚の写真を取り出して机の上に置いた。写真には、いかにも金を持っていそうな身なりの、壮年の男性が愛想よく笑っている姿が写っていた。変装した宇宙人の可能性も無くはないが、おそらく地球人で間違いないだろう。

「初仕事の相手よ。」

 レイシアは冷たく言い放った。修一は、ごくりと生唾を飲みこんだ。

「名前は滝 宗徳(むねのり)。38歳。ミナモト市の中央市街に在住で、妻と2人の子供がいる。若くしてちょっとした会社の社長をやっている人物で、それなりに金を持ってるはずだわ。」

 レイシアは、淡々と続けた。

「毎月末の金曜日の夜に、部下を連れてこの砂銀河に来るのが習慣となっているようね。という事で、決行は次の金曜日よ。」

 決行の日まで間がないのは、自分を逃がす余裕を与えないためなのか。抜けているところもあるようだが、やはり用意周到で冷酷な性格であることに間違いはなさそうだ。とりあえず今は、言うとおりにして逃げ出す機会を待つしかないだろう…。

 修一は力のない声で尋ねた。

「で、この男に近づいて、何を脅せばいいんだ。」

 レイシアは、さらに冷たい目をしながら言った。

「浮気よ。」

「う…わき?」

 正直、修一は拍子抜けた気分だ。これだけ大げさに準備をしているのだ。修一はてっきり、汚職事件や、人に言えないような犯罪まがいの行為を相手にした脅迫かと思いこんでいた。

「浮気なんて大した罪じゃないとでもいうつもり?」

 今のレイシアには、修一に対して『目』を使うことが出来ないはずなのに、まるで修一の心の中を見透かすかのように言い当ててきたので、修一はぎょっとした。

「今のあなたなら、そういう不届き者に対しては、感情をむき出しにして、仕事もやりやすいんじゃないかと思ったけれど?」

 この女は、さらりと人の傷口に塩を塗るようなことを言ってくる。修一は、にらみ返してやろうかとも思ったが、あからさまな挑発に乗っては負けだと思い、あえて黙っていた。



 レイシアの話をまとめると、宗徳が砂銀河で部下らと飲んだ後、店の前で部下と別れてタクシーを拾って帰るはずだ。レイシアは獣の姿で店の前を見張り、ばれないようにタクシーに同乗する。一方、修一はあらかじめ宗徳の家の前で待ち構えておく。宗徳が現れたら、修一が浮気の証拠である社長秘書との密会写真を突き付ける。あとは、レイシアからの指示通りに脅迫をすればよいという事だった。

「このイヤホンで私の指示を聞くことが出来るわ。おそらく聞かれることは無いと思うけど、念のため地球の言葉ではなく、第3宙域公用語で指示を出すことにする。問題ないわよね?」

 レイシアは、小型のイヤホンを修一に手渡した。レイシアの言う第3宙域公用語というのは、太陽系の近辺を航行する宇宙船や宇宙港の間で用いられる公用語である。レイシアの言う通り、地球の宇宙港に務めている人間であればほぼ理解することが出来るが、一般人の間ではさほど浸透していない。むしろ、職業不明のレイシアが理解しているのが不思議なくらいだが、修一はこの際触れないことにした。

「何にせよ、相手は別にバックに反社会組織がいるわけでもないただの妻子持ちの社会人。私の言う通りにすれば、何の問題もなくうまくいくはずよ。」

 レイシアが自信たっぷりといわんばかりに笑う。この女は、冷酷そうな表情の合間に、時折り無邪気な子供っぽさも見せるのだった。(いずれにせよ、タチが悪いことに変わりはないのだが。)そうして、その日の夜は日付が変わるよりも前にお開きとなり、修一は家路についた。



 日中の暑さが信じられないほど、夜風が涼しい帰り道だった。よく晴れた夜空を切り開くように天の川が見え、閑静な住宅街を照らしていた。この24時間、あまりにもいろいろなことが起き過ぎた。本当ならば、長年思い続けていた波留子への恋心が破れ、この週末はふさぎ込んで過ごすはずだった。しかし、認めたくはなかったが、レイシアと出会ってから、波留子の事を考える間もなかったのだ。今も、次の金曜日には、自分が犯罪まがいの行為に加担させられると思うと、とても失恋の哀愁に浸っている暇はなさそうだった。修一は、なぜ昨日、あのタイミングでレイシアが自分に話しかけてきたのかを考えた。そして、小さく「まさか、な。」とつぶやいた。



 その一週間の事について、修一は今でもはっきりとは思い出すことが出来ないだろう。ただ、結果的に滝宗徳への脅迫は完璧に計画通りに進み、さらに翌週の月曜日には、修一は指定した通りの金を手にすることに成功した。修一は、大の大人があそこまで怯える場面を映画以外で見たことが無かった。見ず知らずの相手ではあったが、宗徳の顔が恐怖に歪み、文字通り滝のような汗が流れ落ちるのを見ていて、修一は哀れに思った。しかし、「同情は無用。」というレイシアの冷たい声をイヤホン越しに聞きながら、修一は「あくまでもこれは任務。」と自分に言い聞かせ、感情を無くし、ただ一刻も早く時が過ぎることだけを願いながら、事を終わらせた。

 金を受け取った日の夜、修一はもはや見慣れ始めていたレイシアの部屋にいた。

「ほら。」

 修一は、ぶっきらぼうに顔をしかめながら、膨らんだ封筒をレイシアに手渡した。レイシアは、ご満悦な表情で、意気揚々と封筒を開け、札束を数え始める、と修一は思っていた。しかし、レイシアは封筒を受け取ると、それを開こうともせず、机の上に置き、ため息をついて言った。

「虚しいわね。」

 修一は驚いた。この女は冷徹な金の亡者ではなかったのか。目をつむって椅子にもたれかかるレイシアは、何処か悲しげでもあった。

「何はともあれ、ありがとう。いきなりこんなことにつき合わせて悪かったわね。」

 修一は、さらに驚いた。今まであんなに強気だった宇宙人の少女が、今日は別人であるかのようにしおらしい。思わず、修一は尋ねた。

「こんなことって…。金が目的じゃなかったのか?」

 レイシアは、目を開いて言った。

「もちろん。金が目的よ。でも別に私は金に目が無いわけではないわ。ここで暮らしていくのに必要ってだけ。酸素が無いと生きていけないからといって、あなたは酸素を愛しているとでもいうの?」

 レイシアは続けた。

「虚しいのよ。自分の過ちを金で清算しようとする薄汚い人間も、そんな奴らから金を巻き上げる自分も…。」

 レイシアが、何を考えているのか、修一にはよくわからなかった。さんざん、付き合わされた挙句、作戦が成功したとはいえ、自己嫌悪に陥られてしまった。修一の心に生まれた罪悪感は、性悪女にぶつけてやろうと思っていたのに、その行き先が無くなってしまった。

 そんなことを考えているうちに、レイシアは急に身を乗り出し、やけに明るい声で言った。

「それはそれとして、あなたにはお礼をしなくちゃね。今度の週末、一緒に食事でもどうかしら?」

 修一は驚くことしかできなかった。

「お礼におごってあげると言っているのよ。まさか、私に恥をかかせるつもりはないわよね。」

 レイシアは、少しだけいつもの強気な表情を取り戻したようだった。

「あなたの姿は『どっち』でもいいわよ。ただ、きちんとそれなりの恰好をして来て頂戴ね。」

 そういうと、レイシアは店の住所が書かれたメモ書きを手渡した。

「食事って、砂銀河(ここ)じゃないのか?」

 修一は、メモを見て言った。メモに記されていた場所は、ここからだいぶ遠い、外縁部の高層ビル街だ。

 レイシアは、修一に背を向けて言った。

「あなたに、話しておきたいことがあるの。誰にも聞かれたくないから。」

 修一には、彼女の表情は読み取れなかった。



 約束の日が来た。修一は、迷いに迷った挙句、変装をせずに地球人の姿でレイシアと会うことにした。誰かに見られる危険性を考えるのならば、変装したほうが良かったかもしれない。ただ、あの日のレイシアの言葉には、「地球人の姿で来てほしい」と伝えようとしているような気がしたのだった。約束の場所は、以前訪れた、無許可の変装屋があった貿易ビル街とは、1~2キロほど離れた繁華街にそびえ立つ高層ビルだった。修一が波留子に想いを伝えた時には、仕事場の近くのなじみの店に誘った。そんな修一にとっては、なかなかに敷居の高い場所ではあった。「それなりの恰好」をして来くるように言われていたので、スーツを着てきたのが、せめてもの救いだった。修一がしり込みしながら上を見上げていると、後ろの方から、いつの間にか聞きなれていた、冷たい声が聞こえてきた。

「早かったわね。」

 振り返ると地球人の姿をしたレイシアがいた。その姿を見て修一は思わず、「あっ」と声をあげた。

 レイシアはいつものようなパンキッシュな服装ではなく、深紅のドレスに黒のストッキングドレスに合わせた赤のハイヒールを履いており、髪も美しくまとめ上げられていた。元々色白なレイシアだったが、今日はほんのりと化粧をしているようで、唇は明るい赤色に輝いていた。一言で言うならば、どこかの名家の令嬢と見間違うような気品を感じさせる美少女の姿だった。ただ、唯一その姿に似合わないのが、耳に着けているヘッドホンであった。こんな時でも、街行く人々の声を聞かないように徹底しているようだ。

「では、入りましょうか。」

 そう言うとレイシアは、入口の方を小さく顎で指した。

 二人が並んで数歩歩いたところで、レイシアが突然言った。

「手くらい握ってくれないの?」

 修一が困惑しているのを見て、レイシアはいつものような意地悪な声で笑いながら言った。

「冗談よ。」

 修一は、怯えていた。まるで、彼女と初めて出会った夜、砂銀河まで歩いた道の事を思い出す。ただ、違うのは、今日の彼女は明らかに自分を着飾っている。他者との接触を極端な程に拒み続けている彼女が、今日は修一のためにおしゃれをして来ているのだ。それが意味することは、彼女に鈍感とののしられ続けた修一にも分かっていた。彼女が言っていた「誰にも聞かれたくない、話しておきたいこと。」とは一体何なのか。一つの答えが、次第に頭の中で刻々と鮮明になりつつあった。

 そんな修一の頭の中を、レイシアは読むことは出来ない。はたから見ていれば若い地球人の男女二人にしか見えない彼らは、結局手をつなぐことはなく、きらびやかな夜のビルの中に消えていった。

可愛い女の子の服装を描写するの難しいですね。

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