表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異星間恋愛のすすめ  作者: ヲンバット五浪
1/3

第一章 地球人・帯田修一(前編)


―目標座標到達まであと15分。

―各部異常なし。ターゲットに目立った動きもなし。


 宇宙空間。闇夜の池に極彩色の色水を垂らしたかのような、青や紫のグラデーションの星雲を背景に、その巨大宇宙戦艦は航行していた。灰色で無機質な、金属とセラミックの塊は、どこか旧石器のような無骨さと攻撃性を感じさせた。そして今、その矛先は、くすんだ衛星を一つ従えて、ぽつんと輝く青い惑星に向けられていた。

 灰色の戦艦の乗員たちの故郷である惑星は、とても遠くの星域にあり、はるかな昔に消え去ったのだった。今、自慢の戦艦を操る彼らは誰一人として、故郷の星を知らない。彼らにとってこの戦艦こそが我が家であり、墓場であり、生活の全てであった。そうして何世代もの生と死を繰り返してきた流民たちの、それまで生気の無かった目は、まさに今、略奪者の眼差しに変わろうとしていた。目の前に浮かぶ青い星は、待ちに待ち焦がれた、新たなる母星に他ならなかった。


 地球政府はパニックに陥っていた。誰もが一度は想像こそするが、そのうちに「そんな事が起こるはずはない」と自らを納得させるような出来事、すなわち「宇宙人の襲来」に直面していたのだ。各地の首脳陣による緊急会議が行われた。しかし、肩書が偉いだけで何の特殊能力を持つわけでもない人間たちが、いくら顔を突き合わせたところで、この未知の状況を打開する策が得られるはずもなかった。ある国の代表は、宇宙船艦は地球と月から少し離れた、ある座標でいつまでもじっとしている事から、侵略の意図はないのではと、気休めを言った。すると別の国の科学者は、おそらく船艦は地球の自転を眺めながら、最初に侵略する大陸の品定めでもしているのだろうと、頭を抱えながら答え、全員が黙り込んでしまった。そして翌朝には、その科学者の考えがほぼ正しかった事が明らかになった。

 夜通し進展のない会議を繰り返し、マスコミの対応に追われ、遠く離れた家族に愛と別れの電話をかけるので忙しかった政治家や科学者たちは、誰もがぐったりしていた。そんな中、宇宙人からの交信が届き、皆が飛び起きてモニターに注目した。

 モニターに映った宇宙人は、灰色の肌に、黄色い4つの目を持つこと以外は、地球人と似たような姿をしていた。そして、抑揚のない地球の言葉で話し始めた。

「ワレワレハ、ウチュウジンダ」

会議場の何人かは、「本当にそんな言い方するんだな。」と感心したのだろうが、それを口に出せる雰囲気ではなかった。

「ワレワレノコキョウハ、トオイムカシニメツボウシタ。アラタナキョジュウチヲサガシテイタ。ソコデヤットミツケタ、コノホシニ、スミツクコトニシタ。」

会議場の全員が、ギョッとした。

「モチロン、ムイミナコロシアイハ、ノゾマナイ。イマカラ、コノホシニトッテノ、イチニチダケ、ジカンヲアタエル。ソノアイダニ、コノタイリクヲ、ワレワレニアケワタシナサイ。」

 宇宙人は、立体映像で映しだされた地球儀のなかで、一番大きな大陸を指差しながら言った。会議室には、自国が属する大陸ではなかったとホッとした人間もいただろうが、当事者にとってはたまったものではない。

「ちょ、ちょっと待て!」

言い返そうとした地球人の一人を遮るように宇宙人は続けた。

「ワレワレハ、オマエタチニ、カンショウサレナイキョジュウクサエテニハイレバ、キガイヲクワエルツモリハナイ。シカシ、モシヨウキュウガノメナイノナラバ、オマエタチゼンインヲ、『クジョ』シタウエデ、コノホシゼンタイヲ、ワレワレノモノトスル。」

 宇宙人は至極冷静に言い続けた。もはや地球人たちは焦りを隠すことが出来ない。宇宙人がどれほど譲歩したうえでの要求なのかは定かではないが、地球人にとってはたった一日で決断を下すにはあまりに重すぎる話だ。

「ま、待ってくれ!そんなことをいきなり言われても無茶だ!」

 叫ぶ地球人たちを無視して宇宙人は続けた。

「ソレデハ、アシタノコノジカンニ、コタエヲキカセテモラオウ。サラバダ。」

 交信を切ろうとする宇宙人たちを止めようと、地球人たちは口々に叫んだ。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」

 地球人たちの声が、会議場にむなしく響いた。





「ちょっと待ってくれ!」

 思わず大声を出してしまい、バーの店内にいた客の何人かが、一斉に二人が座っているカウンターを見た。郊外に佇む小さなバーの店内は、週末であるにも関わらず客はまばらであった。いましがた大声をあげたほうの男は、まさに仕事帰りの若手サラリーマンという風貌で、しわ一つないスーツを着こなし、真っ黒で短く切り揃えられた髪はしっかりと整えてられていた。そんなサラリーマン風の男は、決まりが悪そうに周りを見回すと、背中を丸めながら、もう一人の男に向かって小声で言った。

「なぁ、桑井。僕がいつ、君に古臭い宇宙戦争モノの映画を作ってくれと頼んだんだ?」

 そういうと、男はカウンターの上に置かれている小さなポータブルコンピューターの画面を指さした。画面は、宇宙人たちの一方的な侵略宣言を聞いて絶望に歪む地球人たちの顔が並んでいるところで、一時停止されていた。

 桑井と呼ばれたもう一人の男は、サラリーマン風の男とほぼ同じ年恰好に見えたが、服装はかなりラフで、Tシャツに短パンで、髪色も緑がかった暗い灰色に染め上げられていた。そんな桑井もばつが悪そうに苦笑いして答えた。

「いやぁ、もちろん分かっているよ。君が地球にやってきた宇宙人たちの出入国管理の仕事をしていて、そのためのプロモーションビデオを作るように頼んでいたってことはさ。」

 桑井は、なだめるように言ったが、もう一人の男は、まだ眉間にしわを寄せている。桑井は続けた。

「そう怒るなよ。修一。俺だって、これではまずいんじゃないかって思ってる。でも、うちの上司のオッサンが古い映画ファンでな。企画を持ちかけたとたん、すっかりやる気になっちゃって、『俺は昔からこんな機会がほしかった』だの…」

 すると、修一と呼ばれたサラリーマン風の男が、口を開いた。

「僕は、何の害もない宇宙人たちが安心して地球を訪問できるように、宇宙人たちへの差別をなくすためのプロモーションを頼んだんだぞ。この映画は、まるっきり古臭い宇宙人への偏見そのものじゃないか。」

 桑井は慌てて、答えた。

「ま、まて、もちろん、これで終わりじゃない。続きを見てくれよ。」

そういうと、桑井はポータブルコンピューターを操作し、先ほど修一が大声で静止した映像の続きを見せた。映像では、しばらくの間、修一のいう「古臭い宇宙戦争モノ」の映画が続いたあと、いざ宇宙人たちが攻撃を仕掛けるというところで、急に画面が切り替わり、間の抜けたBGMとナレーションが入った。

「みなさん、宇宙人に対してこんなイメージを持ち合わせていませんか?とんでもない!地球を訪れる宇宙人の多くは、無害で友好的なのです!」

 そこから先は、修一も仕事先でよく聞いているキャッチフレーズを、異様にテンションの高いナレーターが読み上げ、最後は、数人の宇宙人と一人の地球人が肩を組んで笑っている映像で、桑井の持ってきた超大作は幕を閉じた。

「どうだ!最後まで見たら悪くはないだろう?」

 桑井は、不安げに、だが、少し得意げに言った。

「いや、どう考えたって前振りが長すぎるだろ。予算の使いどころを間違えているぞ。ただな、」

 修一は、一呼吸おいて、続けた。

「まぁ、いまだに宇宙戦争モノのイメージが強いのは確かだからな。だが実際には、地球を戦争してまで奪おうなんて考えを起こす奴はいないし、宇宙人にとってそんなに価値がある星でもないよ。この星は。」

 



 修一の言っていることは、間違いではない。

地球という惑星で誕生した人間という生き物は、いつの間にか火を使うことを覚え、火はやがて電気にとって代わられ、いつの間にか地球人たちは宇宙に飛び出していった。そして今では当たり前のように、地球に宇宙人がやってくる時代が来ていたのだ。

 ほとんどの宇宙人は、地球人たちが思っていたよりもずっと平和的だった。数多くの星系とそこに住む宇宙人たちが属する「宇宙連合」に地球も暖かく迎え入れられ、地球の各地に宇宙港や大使館、貿易商社などが設立された。修一や桑井のすむ、小さな島国の「ミナモト市」もまたそうした宇宙港を構える町の一つである。

 そんなミナモト市の宇宙港で、宇宙人たちの出入国管理を行うのが修一の職務であった。宇宙全体で見れば、地球人たちが宇宙人社会に進出を果たしたのは、ごく最近の事。地球政府としては、他の惑星に負けないように宇宙へ進出し、同時に宇宙人たちを迎え入れることは、急務であった。そのためにも、その最前線ともいえる宇宙港での職務は責任重大であり、修一もまたその仕事に誇りを持っていた。

 ところが、「開国」を迎えた地球とは裏腹に、宇宙人にとっては、地球はお世辞にも住み心地の良い星とは言えないようで、物好きな観光客や、一獲千金を夢見る冴えない商売人が訪れるくらいのものだった。ましてや、宇宙規模の不景気の中、金のかかるだけの虚しい戦争を吹っかけてまで、地球を欲しがる宇宙人など、どこにもいやしないことは明白であった。つまりは、桑井が持ってきた宇宙戦争の映画は、所詮ただの作り話に過ぎないのであった。

 宇宙人たちが、地球を住み心地の悪い惑星だと感じる理由はいくつかあった。一日が短すぎる、一年が長すぎる、地軸が傾いているのが気に食わない、月の明るさがうっとうしい、夏が暑い、冬も暑い、などなど、地球人にとってはどうすることもできない理由も多い。ただ、他の惑星にはない、地球だけの理由は、気難しい地球の原住民たちによるものだった。

 多くの地球人たちは、宇宙人が攻撃的なものではないと分かった途端に、友好的になった。しかし、それと同じくらい、宇宙人たちを気味悪がる地球人もいた。それは、理性では危険な相手ではないと分かっていても、本能では両手を広げて受け入れられないという、考えによっては当たり前のことなのである。しかし、言葉を持つ種族である以上、そういった「感情」は心の中にだけとどめておくべきものなのだろう。宇宙人を受け入れられない人であっても、多くの人は、それを口にすることは無い。しかし、いまだ根強い差別感情を持つ一部の地球人たちによって、宇宙人たちの足が地球から遠のいている事は事実である。それが、小さな島国の宇宙空港で、宇宙人出入国管理を行う、修一の悩みの種であり、古い友人で、小さな映像制作会社に勤める桑井に、プロモーションビデオ制作を依頼した理由でもあった。 

 宇宙の中でも、いまだ時代遅れの根強い宇宙人差別が残っているというマイナスイメージを払しょくするために、地球政府は思い切った政策に打って出た。

 地球人を含め、異星人同士の恋愛・結婚を法的に認めたのだ。これは宇宙的にも、あまり前例のない政策であり、「銀河の隅っこの小さな惑星が変わったことをやりだした」と話題にもなった。

 しかしながら、この政策には反対の意見もいまだ多い。当然ながら地球人と宇宙人とでは、生物学的特徴が異なるのだから、結婚しても子孫を残すことは出来ないのである。これまで、地球人たちが宇宙に進出する前に直面してきた人種・居住区・職業・宗教による差別とはわけが違うと、過激な主張を繰り返す者も多かった。ただ、恋愛とはルールや理屈では測れないもので、現に異星人間の恋愛というものは、それなりに芽生えていたのである。本人たちの幸せのために、自由な恋愛は尊重されるべきだと修一は考えていた。




「ただ、これじゃ困るぞ。肝心の部分が短すぎる。」

 自分の持ってきた映像が、想像以上に修一のお気に召さなかったので、桑井はすっかり頭を抱えてしまった。

「まいったな。今からリテイクとなると、間に合うか…。それに、あの映画オタクのオッサンが、何て言うか。」

 桑井は困っているようだが、それは演技で、見かねた友人がしぶしぶこの作品で了承してくれることを期待していることに修一は気が付いていた。気が付いてこそいたが、黙っていた。そのとき、カウンターの向こうから低い声が響いた。

「いやいや、俺は悪くないと思うぞ。」

 その声の主は、カウンターからひょっこり顔を出すと、ワイングラスを二つと、2060年代もののワインの瓶をコトンとカウンターにおいて続けた。細長い腕の宇宙人の店主、ジャンバであった。

「いいじゃないか、これぐらいふざけてた方が。お役人が真面目に作った動画なんて、三秒でも見てもらえりゃいいほうだぜ。」

 ジャンバは笑いながら続けた。彼は、宇宙人にしては、比較的地球人に近い体形をしており、すなわち二本の腕に二本の足、首は一つで、目、口、鼻の数や位置も地球人と同じ、たっぷりとした口ひげを蓄えている。ただ、紫の肌色とごつごつした体は、どう見ても地球のものではなく。そして何より、体の何もかもが地球人よりも細長く、大きかった。

「シュウは、差別をする人間がどんなことを考えているのか、一度考えてみたほうが良いんじゃないか。」

 ジャンバは、意味深なことを言うと、笑いながら再び作業に戻ってしまった。ジャンバがカウンターを離れてから、修一は桑井に小声で話しかけた。

「なぁ、ジャンバも宇宙人だ。地球人に差別されて、いやな思いをしたことがあるのかな。」

 桑井も、小声で答えた。

「そりゃ、そんなことがあったって、不思議じゃないよな。でも、彼は絶対に俺たちに話はしないだろうな。」

 そう言って地球人好きの大柄な宇宙人の背中を桑井は見つめていた。



 金曜日の夜が更けていくうちに、修一と桑井の酒の肴は、堅苦しい仕事の話から、私生活の話題に移り変わっていった。ミナモト市の低層建造物の立ち並ぶ区画にひっそりとたたずむ酒場「砂銀河」は、週末にしては珍しく、客が少なかった。二人を除くと、隅っこのテーブルでこの星の行く末について熱く語り合っている大学生が数人と、反対側の隅のテーブルでヘッドホンで音楽を聞きながら一人で飲んでいる若い女がいるだけだった。突然、桑井がぶしつけに切り出した。

「なぁなぁ、例の彼女とはどうなんだ?」

 修一は、むせてブランデーを吹き出してしまった。桑井は楽しそうに追い打ちをかける。

「おや、ずいぶんベタな反応を見せてくれるじゃないか。そのようすだと、うまくいっているのかねぇ?」

 修一は、小声で言った。

「いや、実はまだ告白してないんだ…。」

「え?何やってんだ、お前?」

 思っていた通りの反応が返ってきたので、思わず桑井から目をそらした修一は、隅のテーブルにいたヘッドホン女と目があってしまった。女はまるで不審者でも見たかのように、眉をひそめた。どこまでもついてない。あきらめて桑井の方を見返した。

「実は、来週一緒に食事に行くことにしたんだ。その時こそ…言おうと思ってる。」

 桑井がはやし立てるので、修一はまた目をそらし、今度は、目の前のワイングラスを見ることにした。桑井の言う「彼女」とは、以前から時たま二人の間で話題になる人物で、修一の学生時代の同級生だったが、職場で偶然再開し、そして長年修一がひそかに思いを寄せてきた「波留子」のことである。桑井は、波留子とは直接面識はなかったが、修一と波留子は、話を聞く限り良き友人関係であり、それなりに恋愛経験が豊富な桑井からしてみれば、なぜいまだに二人が恋仲ではないのかが疑問で仕方がなかった。しかし、その奥手な友人がとうとう告白に踏み切る決心をしたと聞き、思わず桑井も舞い上がってしまった。ただ、いささか舞い上がりすぎたことに今更気が付き、一呼吸置くと桑井は穏やかな声で言った。

「じゃあ、次の飲み会は、祝勝会だな。ぜひとも、おごってくれたまえよ。」

 修一は思わず噴き出した。

「いや、そこはお前がおごるべきだろう?でもまぁ、いいか。」

 修一はつづけた。

「その代わりダメだったときは、それこそ、お前のおごりで残念会だからな。」

 桑井は、手を叩いて「よし、まかせとけ」と笑った。

 その後、日付が変わり閉店時刻になるまで二人は大いに盛り上がった。桑井が持ってきた超大作も、改めて見ると悪くない気がしてきた。

 勘定を済ませた後、店の前で桑井と別れた修一は、一人家に向かって歩き始めた。今日はどうやら飲みすぎたらしく、帰る途中に路地から飛び出してきた猫(いや、犬だったかもしれない)に驚き、思わずしりもちをつきそうになってしまった。そんなことも気にせずに、修一は波留子のことをずっと考えていた。決して、美人ではない。ただ、彼女は良き友人であり、一緒にいると笑顔が絶えなかった。彼女と幸せを築いていければ…。そう願わずにはいられなかった。

 自宅まではそう遠くなく、酒にまみれたよたよた歩きでも十数分で帰り着くだろう。今宵は月が美しく、南の高い位置から少し西に傾きかけた満月が、帰り道を明るく照らしていた。

 修一たちの住むミナモト市は、街の中心に大きな宇宙港を抱えた町である。宇宙船の離着陸を妨げないように、宇宙港の周辺は、建物の高さが低く抑えられている。そのため、ミナモト市は、街の中心に行くほど建物が低いという、一風変わったつくりをしており、遠くから見ると、まるで灰色のクレーターのように見えた。そんな街の中心から少し離れた「砂銀河」からは、夜空がとても広く見えたのだった。


 二週間後の金曜日の夜、修一と桑井の二人は、再び「砂銀河」で飲みかわすことになったが、その日の飲み代は結果から言うと、勇気を出して思いを告げることを決意した修一ではなく、友人の桑井が支払うことになったのだった。




 決意の日と、その残念会が終わった後、修一は桑井が自分の失恋に同情し、あんなにも暗い表情をするのだなという事を初めて知った。

 修一が恋に破れた理由は単純明快であった。波留子には、他に思い人がいたのである。それだけであれば、こんなに落ち込みはしなかっただろう。いや、落ち込みはしただろうが、ただ落ち込むだけで済んだかもしれない。彼女が好きな人のことを聞いて、修一は呆然とした。

 彼女は、一人の宇宙人に恋をしていたのだった。彼女は、生まれてから一度も地球人の男に恋心を抱いたことは無かった。しかし、淡い恋愛感情を初めて抱いた相手は宇宙人だったのだ。思いに気づいた当時は禁じられた恋だった。しかし、件の政策によって、思いを告げずに終わるはずの恋が、現実になったのだった。彼女が目をきらめかせながら話すのを見ていて、修一はただ感情の無い笑顔を見せるので精いっぱいだった。純粋な笑顔を浮かべながら、波留子が相手の事をいろいろ話してくれてはいたが、修一はろくに覚えていなかった。

 唯一の救いは、修一が波留子への思いを伝える前に、その話を波留子の方から切り出してきたことであった。とりあえず、週末開けから職場で気まずくなることは無い…。

 修一は、今になってジャンバの言葉をかみしめていた。

「シュウは、差別をする人間がどんなことを考えているのか、一度考えてみたほうが良いんじゃねぇか。」

 まさかこんな形で、それが現実になるとは思ってもいなかった。頭ではわかっている。もし、異星人間の恋愛が今まで通り禁止されていたとしても、自分の恋が実っていたわけではない、と。だが、二週間前のあの日と同じように、これからも自分に与えられた使命、異星人差別の撤廃を、心の底から遂行することが出来る気が、とてもしなかった。

 なぜだ。地球人は、地球人と恋をするべきだろう?なんで、宇宙人なんかと…。いや、俺が宇宙人だったらよかったのか?修一の、心の中はぐちゃぐちゃだった。

 

そのとき、聞き覚えの無い、女の冷たい声が聞こえてきた。


「あなた、ぐちゃぐちゃみたいね。」

 

 修一は、夜道で立ち止まり、周りを見渡した。

「気づかないの?あなたそれでも本当に、宇宙港で働いているの?」

 修一は慌てた。なんでこの見ず知らずの女の声は、自分の素性を知っているのだろうか?ふと足元を見ると、赤毛の混じった黒猫がすわってこちらを向いていた。すると、なんとその猫が口を開いて話し始めたのだ。

「あら、やっと気づいてくれたみたいね。」

 修一はぎょっとした。

「猫が、しゃべった?」

 すると、女の声は明らかに不機嫌になった。

「やっぱり、あなた三流みたいね。よく見てごらんなさい。」

 するとその動物は、ゆっくりと街灯の下に歩いて移動し、再び座ってこちらを振り返った。青白い灯りに照らされた動物をよく見てみると、それは猫に似てはいたが、犬やキツネにも見える…。いや、よくよくみれば、それは地球の動物ではなかった。修一はようやく気が付いた。

「宇宙…人か?」

 黒い動物は、再び口を開いた。

「ずいぶんと時間がかかったわね。まぁ、今は宇宙人の事なんて考えたくもないでしょうけどね。」

 修一は、眉をひそめた。この女(?)は何者なんだ。そして何より、さっきから自分の心の中を見透かされているかのように話しかけてくるのは、一体なぜなんだ。「今は宇宙人の事なんてかんがえたくもない」だと。修一は、一呼吸おいて、なるべく落ち着いた様子を装って、礼儀正しく口を開いた。

「これは、気が付かずに、大変失礼しました。どなたか存じ上げないのですが、私に何か御用でしょうか?」

 可能な限り、普段の業務中の口調でしゃべったつもりだが、幾分か声が震えていた。宇宙人は、ゆっくり話し出した。

「私がこの姿であなたの前に現れたのは初めてではないのだけれど、まぁ確かに、あの時あなたはちゃんと私を見ていなかったようだし…。でも、さすがにこれならわかるでしょ?」

 そういうと、目の前の黒い動物の影がもぞもぞと動き出し、見る見るうちに大きく膨らんでいった。そして、地球人そっくりな若い女の姿に変わった。長く黒い髪に、ところどころ赤毛が混ざっている様子が、先ほどの動物の姿をほうふつさせる。底の厚いブーツを履いている割には、彼女の頭は修一の視線より頭一つ低い位置にある。真っ白な肌とは対照的な全身黒のいでたちで、首には大きなヘッドホンをかけていた。全体的に華奢な印象で、膝上たけのスカートから見える脚はとても細かった。まるで、パンクロックを愛する少女といったいでたちだ。

 修一は、確かにこの女に見覚えがあった。そして、思い出すのに時間はかからなかった。そう、二週間前に砂銀河で飲んでいた時に、隅っこのテーブルで一人飲んでいた、あのヘッドホン女だ。そういえば、先ほどは周りを見渡す余裕もなく気づかなかったが、今日も同じ席で一人座っていた気がする。

「思い出してくれたかしら?」

 女はにやりと笑っている。だが、よく見ると、彼女の黒い瞳だけはどこまでも闇に染まり、笑ってないように見えた。

「私は、レイシア。グルドファング星系第2惑星の出身よ。」

 レイシアと名乗った女(というよりも地球人と同じ年齢だとしたらむしろ「少女」かもしれない)は、ゆっくりと修一の周りを歩き出した。グルドファング…。聞いたことは有るが、そこから来た宇宙人に出会ったのは初めてだ。出入国理簿でも見た記憶は無い。

 地球に移住した宇宙人たちは、地球の原住民から奇特な眼差しを向けられることを嫌がり、変装したり、見た目を大きく改造手術したりすることは珍しい事ではない。しかし、グルドファングという宇宙人は変身能力を生まれながらに持っているようだ。

「で、僕に一体何の用ですか?」

 ただでさえ、歴史に残る大失恋の後で、気が滅入っているというのに、変身能力の使い手がいきなり声をかけてきた。修一はとにかく早く家に帰って布団に潜り込んで泣きたかった。

「あなたには、話しかける必要性があると判断したから話しかけたのよ。」

 レイシアは、不気味に笑いながら続けた。

「宇宙人と地球人との恋愛が認められたばかりに、想い人を奪われたあなたにね。」

 修一は、息をのんだ。なぜだ。なぜこの女は、何もかも知っているんだ。

「な、なぜ、それを知っているんだ…。」

 思わず、業務中の口調を忘れて、修一は声を漏らした。レイシアは、わざとらしくくるりと回って背を向け、答えた。

「私には、『ヒトを見る目』があるのよ。あなたの顔さえ見れば、何でもオミトオシってわけ。」

 修一には全く意味が分からなかった。あっけに取られている修一を見て、レイシアはつづけた。

「用事があって話しかけたのは本当。まぁ、ここではなんだし、落ち着いて話が出来るところへ行きましょうか。」

 そういうと、レイシアは修一がいま歩いてきた方へ向かって歩き始めた。数歩歩いたあと、レイシアは立ち止まり、修一に背中を向けたまま静かに言った。

「言っておくけれど、あなたに拒否権は無いから。私が知っているあなたの秘密は、これだけじゃないのよ?例えば、中学の時の…。」

 何なんだ、この女は。慌てて修一は駆け寄り、この宇宙人に従って歩き始めた。

 夜も遅い。二人の男女が薄暗い道を会話もなく歩いていると、道行く人に怪しまれるのではないか。修一は内心びくびくしながら歩いていたが、幸いにも、誰ともすれ違うこともなかった。突然、レイシアは立ち止まり、冷たく言い放った。

「ここよ。」

 そこは、修一にとって見慣れた店の前だった。



 店の扉が開き、ドアに取り付けられた鈴の音が、静まり返った店内に鳴り響いた。洗い終えたグラスを戸棚に片付けていたジャンバは、振り返り、大声だが丁寧な言葉遣いで、本日は閉店したと告げようとした。

「だから、戻ってきたのよ。マスター。」

 レイシアは、顔色一つ変えずに、身長が自分の二倍以上あろうかという大男を見上げながら言った。

「ひっ。おかえり…なさい。」

 修一は心底驚いた。あのジャンバが、今までに見たこともないほどおびえた表情で、声を震わせながら答えたのだ。修一は一時考え、頭の中で、一つの結論に達した。

「マスター。私は今から、こちらのジェントルマンと、大切なお話があるから。決して二階には上がってこない事。でないと、わかってるわね。」

 ジャンバは、視線を移し、修一と目が合った。そして、心の底から、憐れむような表情をしながら、うなずいた。間違いない。この宇宙人も、レイシアに弱みを握られているに違いない。おそらく、助けを求めても無駄だろう。とりあえず、今はこの女の言うとおりにするしかない…。男女二人が、奥にある階段を昇っていくのを見届けたのち、ジャンバはカウンターの後ろにへたり込んでしまい、こぼれ落ちるようにつぶやいた。

「…気の毒に。」

 


 長年、この砂銀河に通い詰めていた修一だったが、二階に上がるのは初めてだった。二階は、古風な宿屋のような作りになっており、狭い廊下の両側に同じようなドアがいくつか並んでいた。しかし、おそらく客が来ることは想定されていないのだろう。掃除の行き届いた一階に比べて、ところどころに埃が目立った。

レイシアは廊下の一番奥のドアまで歩いていくと、ドアを開き、修一を招き入れた。

「入って。」

 恐る恐る修一は言われるがままにした。そこは、小ぎれいな部屋で、家具の多くが赤色か黒色で、目がいたくなる空間だった。きれいに整頓された部屋のあちこちには、お世辞にも趣味がいいとは言えないぬいぐるみや、ポスター、ボードゲームやカードゲームの箱のようなものが置かれていた。壁際にはテーブルがあり、それを挟んで向かい合うようにニ脚の椅子が置いてあった。レイシアは、ドアを閉めると、修一に手前側の椅子に座るよう勧めた。修一は、言われた通り、椅子に腰かけたが、手は背中は嫌な汗でじっとり濡れていた。もはや、酔いも完全に冷めてしまっている。レイシアは、向かい合って座るとつぶやいた。

「さてと。」

 そういった後、彼女は大きく息を吐き、そして一瞬の静寂ののち、なんと、冷たく意地悪な声をあげながら、高笑いを始めた。

「あはは。あなたって本当に馬鹿なのね!」

 修一は、あまりに冷たい声に、背筋が凍りそうになった。しかし、負けじと彼女をにらみつけた。

「いったい何のつもりだ!」

 レイシアは、気にも留めずに笑い続けている。

「はぁ、おかしい。だって、あなたがお友達と失恋話をしている後ろに、私はずっといたのよ?その話を盗み聞きしていただけで、あなたの心を読んだわけでもなんでもないとは思わなかったの?」

 いわれてみればその通りだ。なぜ、うかつに信じ込んでしまったのだろうか。

「はぁ、確かに僕は馬鹿だよ。まったく。そんな馬鹿をひっかけて遊びまわる、悪趣味な女宇宙人に掴まるとはね…。」

 強がりのつもりで言ったが、気づくと修一は自嘲の笑顔をこぼしていた。いつの間にか笑うのをやめたレイシアは、目を閉じると、静かに口を開いた。

「名前は帯田修一。二十六歳。独身。ミナモト市南区ハザクラ町三四番地のアパートで独り暮らし。好きな物はサバの塩焼き。苦手なものは高いところ。宇宙港での勤務は今年で4年目。地球における宇宙人差別を撤廃すべく、キャンペーン活動の責任者を任せられる。同僚の網田波留子に、以前から恋心を抱いているが、あえなく玉砕。あと、そういえば、車を買い替えることを検討していたわね。でも、今はそんな気分じゃないかしら?」

 言い終えると、レイシアは目を開き、修一を見つめながらほほ笑んだ。明るい部屋で、よくよく見ると、底抜けに性格の悪そうな、冷たい表情をしてはいるが、レイシアは整った顔立ちをしており、いわゆる美少女…なのかもしれない。

 帯田修一は、驚いて目を丸くした。

「安心して。『ヒトを見る目』があるのは本当だから。」

 確かに今、この女が言ったことは、ひとつ残らず全て真実だった。だが待て。ついさっき、この女が言ったじゃないか。今まで、自分の知らない間に、飲みの席での会話を盗み聞きしていたとしたら?猫だかイヌだか知らないが、あの姿に化けて、自宅まで尾行されていたとしたら?科学の発展したこの時代、いくら宇宙人といえども、そんなオカルトめいた事があるはずない。

「よし分かった。じゃあ試してやる。」

 そういうと、修一は、戸棚の上においてあったカードゲームの箱をつかみ取り、箱の中から一枚カードを取り出した。修一は、ちらりと絵柄を確認したのち、レイシアには見えないようにして尋ねた。

「さあ、『ヒトを見る目』とやらがあるのなら、このカードの絵柄を当ててみろ!」

 修一は、息を荒げて言った。レイシアは静かに目を閉じると、少ししてから小さな声で言った。

「赤の8。」

 修一は目を見開いて、手に持っているカードを表に向けた。その絵柄は、

「青の4だ。」

 修一は、心のどこかで、この女はカードの絵柄を当てるのではないかと期待していた。だが、外した。わざとか?一体何のつもりだ。

 困惑している修一を見ていたレイシアは、大きくため息をついたあと、今夜初めて見せる、とても面倒くさそうな表情をしながら言った。

「あのね。科学の発展したこの時代に、私の自慢の能力を、エスパーだのオカルトだのと一緒にしないでもらえる?『ヒトを見る目』は、そんな魔法みたいなもんじゃないわ。」

「へ?」

 修一は、自分でも驚くほど間の抜けた声を出してしまった。

「あなたにもわかるように簡単に説明してあげると、『ヒトを見る目』というのは、人物の顔を見ただけで、その人のありとあらゆる情報を見抜く能力の事。」

 レイシアはつづけた。

「ほら、あなた達だって、においで職業や直前に食べたものがわかったり、声色で相手の機嫌や疲労感が伝わってきたりするでしょう?それを、より高度にしたものだと思ってくれればいいわ。とにかく、顔さえ見れば、その人の事はだいたいわかるの。」

「じゃあ、なんで…。」

「なんで、今、カードの絵柄は当てられなかったのか、というと。」

修一を遮るように、レイシアは語気を強めて言った。

「この能力は、相手に関する、視覚以外の情報を得られていない事が前提で使えるの。たとえば、相手の声を知ってしまった場合、それ以上その人の事を『目』を使って知ることは出来なくなるわ。」

 修一が、不思議そうな顔をしたのを見て、レイシアはつづけた。

「声を知ってしまったり、誰かからその人に関する情報を少しでも知らされたりしてしまうと、『目』を使って相手の事を覗き見ようとしても、『目』以外の方法で知ってしまった情報が曇らせてしまうの。いわゆる、『先入観』ってやつかしらね。」

 修一は、相変わらず要領を得ないと言わんばかりの顔をしていたので、レイシアは少し苛立ちながら言った。

「つまり、一度でも会話をしてしまった相手に対しては、この力は使えないの。だから、あなたと話をする前から『見て』きた情報は、いくらでも持っているけど、今の私には、あなたの事はごく普通の人間が誰かを見ているのと同じようにしか見えていない。だから、さっきあなたが見たカードの絵柄は当てられなかったってわけ。分かってもらえたかしら?」

 修一はやっとの思いで理解しようとしていた。

「なるほど…。だから、君は…。」

 レイシアは、横目でちらりと修一を見た。

「君は、いつもヘッドホンをつけていたのか。」

 不用意にヒトの声を聞き、能力を失わないために。




 その後、修一は矢継ぎ早に質問を重ねた。自分が弱みを握られている立場でなければ、純粋にこの能力については興味を持っていただろう。修一のレイシアとのやり取りの結果、いくつか分かったことがあった。まず、彼女が生まれ育ったクルドファング星系では、『ヒトを見る目』はごく普通の能力なのだろうか、と。

「答えはノーよ。」

 レイシアが言うには、確かに数百から数千人に一人くらいの確率で、生まれつき持っている能力ではあるそうだが、彼女ほど使いこなせる者は、そう多くは無いだろうとのことだった。毎日、数多くの宇宙人とあっている修一が、今までこの能力の存在を知らなかったとしても、無理のない話だった。

 また、具体的にどのように見えるのかというと、レイシア曰く「新聞を読む」感覚に近いという事だ。その人が隠そうとしている事は、まるで新聞の一面の見出しのように目立ってしまい、ちらっと顔を見ただけで読み取れてしまう。逆に、本人が深く意識していない事や忘れかけていることは、新聞の小さな記事のように、ぱっと見では気づかず、じっくり相手の顔を見ているうちに見えてくるようになるそうだ。

 さらに、この能力は、生身のヒトではなく、写真や映像でも発揮できるのか聞いてみた。

「それはできるわね。ただし、その写真や映像が撮られる以前の情報に限るわ。さすがの私にも、未来予知は出来ない。道行く人の考えていることや、やりたいことは分かっても、その結末までは分からない。それと同じで、写真に写っている人も、その人にとっての未来、つまり、その写真を撮られた後の事は分からないわね。」

 なるほど。と修一は納得するとともに、少し違和感を感じ始めていた。話しかけてきた瞬間から、高飛車で冷酷な性悪女だと思っていた。しかし、『ヒトを見る目』の話については、全ての質問に答えてくれ、時々苛つくそぶりを見せてはいるものの、修一が理解するまで丁寧に説明してくれる。(よほど、自分の能力を自慢したいのか?)修一はそう思いながらも、彼女の機嫌を損ねないようにしながら質問を選び続けた。



 しばらく、質疑応答が続いたのち、修一は最も気になっていたことを尋ねた。

「君は、なぜ、わざわざ僕に話しかけたりしたんだ。そんなことをしたばっかりに、もう君は僕の考えを読むことは出来ないわけだろ。」

 レイシアの口元は何故か笑みを浮かべていた。しかし、同時にその目はどこまでも暗く、まるで修一の顔を突き刺すかのような視線を向けていた。

「それは、あなたには、私の耳となり、私の声となり、私の手足になってもらうためよ。」

 修一は、またもや意味が分からず、素っ頓狂な声をあげてしまった。ただ、一つだけ分かった。出会った時から冷たい瞳が、ひときわ冷たく見開かれており、今こそ、レイシアが修一を自室に招き入れた理由を語ろうとしているのだと。

「私が、この地球にやってきたのは、ある男を探すため。でも、そのための情報も、地球で暮らしていくだけの準備も何もかも足りなくて困っているの。まぁ、ここのマスターとは少しばかり『話』をしたところ、喜んで住まいを提供してもらえたんだけどね。」

 レイシアはイタズラっぽく笑ったつもりだったのかも知れないが、修一には邪悪な笑みにしか見えなかった。

「そのために、あなたにはひと働きしてもらうわ。私の『能力』があれば、どんなヒトの事も知ることが出来る。でも、さっきも説明した通り、私自身がその相手と接触するわけにはいかない。」

「だから、代わりに僕にいろんなヒトとコンタクトをとれって言いたいのか…。」

 修一が、恐る恐る言った。

「あら、見直したわ。思ったほど馬鹿じゃないみたいね。」

「具体的に何をさせるつもりなんだ…。」

 「今までは、私は声を出さずに占い師をして、日銭を稼いできたわ。でも、あなたが私の代わりに、ターゲットに近づいてくれるというなら…。」

 レイシアは、今日一番の不気味な笑顔を見せながら言った。

「…弱みを握って、脅迫って儲かると思うのよね。」

 修一は、絶句した。最悪だ。

「断ると言ったら。」

「拒否権は無いと言ったわ。」

 レイシアは、いつしか立ち上がって修一のことを見下ろしていた。

「何も、犯罪行為に手を貸せと言ってるわけじゃない。私、毎日人込みを歩いていると、いろんなやつの内面が見えてしまって…。」

 レイシアは、心底軽蔑したような、しかし何処か悲しそうな表情で言った。

「虫唾が走るのよ。この世には、制裁を受けるべきヒトはたくさんいるわ。そのヒトの罪は分かるのに、私だけでは何の手を下すこともできない。意外と、この『目』を持っていると、ストレスがたまるものよ。」

 修一は、レイシアの声がほんの僅かに震えているのを感じた。

「安心して。あなたが何をするべきか、全て私が指示する。あなたは、私の言うとおりに動けばいい。もちろん、ただでとは言わないわ。報酬は分け合うってことでどうかしら。」

 修一は今すぐにでも、この部屋から逃げ出したかった。ただ…。

「拒否権は無いんだろ。」

 修一は力のない声で言った。そして、頭を抱えながら続けた。

「あくまでも、仕事に支障のない範囲で頼む。」

 レイシアは、張り付けたような笑顔をしながら言った。

「ありがと!」

 日付が変わり土曜日。明日から休日であったのが唯一の救いだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

なるべくヒトが死なない安心して見られる作品にしたいです。

仕事しながらゆっくり更新していきます。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ