第1章 ユキちゃん
全5章からなります。
もう、だいぶ昔の話ですからね。
どうか時効にしてもらえると、ありがたいのですけど。
今から40年以上前、私がまだ子どもだった時分には、近所のどこの家にも「福笑い」セットというのが置いてありました。
頬のふっくらとした能面のような女性の輪郭が描かれた紙に、目隠しをして目や鼻の絵を置いていくと、これがまた「ヘンテコ」な表情になっていて、友達とよく笑ったものです。
これからお話しするのは、その福笑いの遊びが引き起こした、悲しくも不気味な出来事です。
私が十二歳の頃、近所にはユキちゃんという、同い年の友達がいました。その名の通り、雪のような白い肌に、近所でも評判の美しい顔立ちをした女の子でした。
住所の都合で、家同士は近いものの小学校の校区は違っていましたが、学校が違うとお互いの愚痴を言いやすかったこともあり、私たちは休みの日にはたいてい一緒に遊んでいました。
あの日は確か十二月の中旬で、鈍色の曇り空が辺りを暗く覆っていたと記憶しています。
紙同士の湿気で位置がズレにくいこともあり、ユキちゃんと私はさっそく福笑いをすることにしました。福笑いというのは、紙を紙の上に置く遊びですから、こういう湿度の高い日にはピッタリだったのです。
「お庭の蔵の掃除を手伝っていたら、こんなの見つけたよ」
ユキちゃんがそう言って取り出したのは、上質な和紙のような素材で出来た「福笑い」セットでした。
「ねえ、なんだか顔似てるね」
ユキちゃんは、私の顔と福笑いの女の顔を見比べると無邪気に笑いました。両頬がしもぶくれのように膨れて、細い目をした福笑いの地味な顔つきは、自分でも他人とは思えないほど似ていました。
「ああ、それ男子にも言われた。別に気にしてないけどね」
美人のユキちゃんに指摘された私はそう言いながらも、運動場の砂利が口に入ったときのような、惨めで渋い気持ちになりました。
話題を変えようと、私は「福笑い」セットの紙に手を伸ばしました。
「普通の紙じゃないみたい」
私がその顔の輪郭の描かれた紙を撫でると、まるで若い女の肌のように滑らかな感触がしました。
その肌の下を通る、血流の生温かさまで感じたような心地がしたのです。
「やだ、本物みたい。気持ち悪いな」
私が驚いて手で振り払うと、ユキちゃんはケタケタと笑っていました。小さい頃から人一倍好奇心が強くて、怖いもの知らずな子でしたから。
「今日はこの福笑いで遊ぼう」
ユキちゃんの提案に私は正直気乗りがしませんでしたが、彼女がどうしてもと譲らなかったので、しぶしぶ同意しました。
でも、あのとき私がもっと反対していればと、今でも後悔せずにはいられません。
あのとき遊ぶのを止めていれば、ユキちゃんはあんな目に遭わずに済んだのに、と。
(第2章へ)
第1章をお読みくださり、誠にありがとうございます。続きは明日更新の予定です。