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3.近況と愚痴はエールと共に

 小さな市場、それから飲食店、通りには沢山のお店が並んでいる。

 角の花屋さんは夜にだけ開店するらしく、煌々とした明かりに照らされた花達が夜風に吹かれてその身を揺らしていた。


 ここでも食事はとれるけれど、わたし達の目的地はもう少し先。

 この通りを奥まで進むと運河へと行き当たる。その運河に添うようにレストランが数多く並び、外に並べられたテーブルで買ったものを食べる事が出来るのだ。

 色んなものを食べたいわたしは、いつもその運河通りのお店を選んでいた。


「今日は何を食べようかしら」

「中で食べる? 外がいい?」


 期待にお腹が小さく鳴る。そんなお腹を宥めながら夕食に思いを巡らせていると、ジルが声を掛けてくる。にこやかな声はこの雰囲気を楽しんでいるようだった。


「外がいいわ。色んなものを選びたいし……でも、寒いかしら。あんたが寒かったら、今日は中でもいいわよ」

「僕は大丈夫。体を冷やしたらいけないのはフィーネちゃんでしょ」

「……ジルが女性の体を心配するようになるなんて」

「だってフィーネちゃん、冷えたらすぐにお腹を壊すから」


 わたしの感動を返してほしい。


「いつの話をしているのよ。そんなの子どもの時でしょ」

「そう簡単に体質は変わらないと思うんだけどな」


 おかしそうにジルが笑うものだから、わたしもつられて笑ってしまった。


「わたしのお腹は大丈夫そうだから、今日は外で食べましょう? もっと寒くなったら、外で食べるのも難しくなるだろうし」

「フィーネちゃんは真冬だって外で食べるつもりのくせに。ホットワインがあるなら僕も外で構わないけどね」

「色んなものを食べたいんだもの。雪を見ながら飲むワインだって美味しいでしょ」

「夏は夏で、星を眺めながら飲むエールは最高って言ってたけど」

「大きく頷いていたのは誰かしら」


 軽口を交わしている間に、水の音が耳に届く。

 明かりの灯された遊覧船が川を下っていくのが遠目からでも分かる。青い光で統一された運河通りは今日も煌びやかで、賑やかな雰囲気に満ちていた。


「席は充分に空いているから、座れないなんて心配はしないで済みそうだね」

「ええ、じゃあまずは……やっぱり串焼きかしら」


 店の入り口から香ばしい匂いがしている。

 誘われるままにふらふらとその店に近付くと、呆れたように笑いながらもジルがついてきてくれる。このお店で買い物をしたら、また次のお店で好きなものを買う。飲み物だって選び放題。

 それが楽しくて、わたしは自然と早足になっていた。落ち着けとばかりに、ジルに腕を引かれるくらいには。



 わたしとジルが座るテーブルには、沢山の料理が並べられている。

 飲み物はエールにした。これから寒くなったらやっぱり温かいお酒に移行していくから、飲めるうちに飲んでおきたいと思っての事だ。


 エールで満たされた持ち手のついた木製のジョッキをぶつけ合うと、コツンと響くような音がする。揺れた水面からエールが溢れそうで、わたしは慌ててそれに口をつけた。

 一口だけ、と思っていたのに喉が渇いていたらしい。喉越しのいいエールを存分に味わうと、中身は半分ほどまで減ってしまっていた。


「はー……美味しい」


 大きく息を吐き出すと酒精が鼻を擽っていく。

 ジルは一口だけ飲んだ後は、料理を取り分けてくれていた。


「……相変わらず丁寧な男ね」

「そう? 嫌いじゃないんだよね、こういうの」


 差し出された串を一本手にする。

 食欲をそそる香ばしい匂い。程よい焦げ目のついたお肉に齧りつくと、口の中いっぱいに広がる肉汁が火傷しそうな程に熱い。

 はふはふと吐息を逃がしなんとか飲み込むと、まだ熱い口をエールで冷やした。


「このお肉美味しい! やっぱり魔羊にして正解だったわね」

「うん、美味しい。もっとクセがあるのかと思ったけど、タレのおかげか気にならないね。むしろこのクセが美味しいというか……」

「一般的な羊よりも柔らかい気がするんだけど……これが魔獣のお肉だなんて、言われないと分からないわね」


 そう、いまわたし達が食べているのは魔獣料理。

 魔羊はもこもこの毛に体を包んでいて、一見では可愛らしいのだけど……中々に気性が荒いらしい。頭にある大きな二本の角を使って、目につくものすべてに襲いかかるのだとか。


「魔獣っていうだけあって、肉自体に魔素が巡っているよ。それがやっぱり、普通の羊との大きな違いだよね」

「わたしには分からないけれど、やっぱり研究員ともなればそんな些細な違いも分かるものなのねぇ」


 まじまじとお肉を見つめても、美味しそうという以外に感想は出てこない。

 またお肉に齧りついても、やっぱり出てくるのは美味しいという溜息ばかりだ。


「フィーネちゃんはお肉が美味しいって、それだけでいいんだよ」

「なぁにそれ」


 反論しようにも、確かに美味しいとしか言えないのだから、反論のしようもなかった。

 わたしは大袈裟に肩を竦めて見せると、またエールを喉に流しこんだ。


 根菜のチップス、ホタテと香味野菜のマリネ、バターレモンが載せられたチキンソテー。まだまだテーブルの上には沢山の料理が並んでいる。どれから食べようか目移りしてしまうけれど、まずは取り分けて貰ったマリネにフォークを伸ばした。


「フィーネちゃん、最近仕事はどう? 忙しい?」

「それなりにね。わたしよりも母さんが忙しいんじゃないかしら。冬のデザインコレクションに頭を悩ませているみたいだし。ジルは? 研究は順調?」


 ホタテを口に運ぶ。マリネ液は少し酸味が強いけれど、それが美味しい。ホタテは軽く炙ってあって甘味が凝縮しているようだ。香りの強いお野菜とも相性が良くて、これもまた美味しい以外に言葉が出てこない。

 食べながらジルの様子を窺うと、今度はチキンソテーを切り分けていた。食べやすい大きさになったお肉を大きな口で食べたジルは、何度か頷いている。


「僕もまぁそれなりなんだけど……仕事以外でちょっと煩わしい事が多くてさ」

「仕事以外?」


 ジルは魔導研究所の研究員だ。

 研究所では魔法の研究の他にも魔導具の設計など、魔法に関する諸々の事をしていると聞く。

 魔力は皆が持っているものだけれど、魔法適正を持ち、魔法を使える人は僅かしかいない。ジルはその魔法適正について研究をしている……はず。


「宮廷魔導士への勧誘がひどい」


 げんなりした顔で溜息をついたジルは、ジョッキを傾けて一気にエールを飲み干してしまった。

 手を挙げると近くにいた店員さんがやってきてくれて、その両手には合計六つのジョッキがある。上手に持つものだと、これを見る度に感心してしまうほどだ。

 ついでにわたしもお代わりを貰う事にして、二杯分のエールの代金を支払うとジョッキを二つ置いて店員さんは笑顔で去っていった。


 ジルはそのジョッキに口をつけると半分ほどを飲んでしまったようだ。

 どうやら随分と鬱憤が溜まっているらしい。今日はとことん愚痴を聞いてあげよう。


 涼やかな風が頬を擽っていく。夜はまだ、これから。



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