08
カヤ様の情報収集能力は非常に優れたものでした。
騎士団で、街で、彼の足取りを尋ねて歩きます。言葉はたどたどしいのに、すんなりと相手の懐に入り込み、数多の情報を得ていく姿に驚きました。
それでも彼とは会えません。彼は目立つので、目撃証言はチラホラあるのに、一向に行方をつかめません。
カヤ様は、これだけの情報があるのに会えないということは「会えないようにされている」と気が付きました。
犯人は言わずもがなの「ぱいせん騎士」でしょう。バルトロメウスがそれとなく行かないように誘導しているその先にジークはいるのではないかと考えました。
王都の外れの高台には公園があります。
貴族や庶民問わずに憩いの場所として賑わうこの公園は、夕日に照らされた王都を見渡せる人気の場所です。
ファーレンハイトの家紋をつけた馬車が、そこに向かったと街の子どもから聞きました。貴族によっては庶民にきつく当たる者もいるため、庶民は貴族の紋章に敏感です。貴族の家紋が入った馬車には近寄らないように、必死で覚えるのです。
カヤ様は話を聞かせてくれた子どもにお菓子をあげてお礼を言い、バルトロメウスに尋ねました。
「ジーク、乗る馬車かな?」
「はて、存じませんが……隊長は街に行く時は馬車よりも騎馬を好まれておりましたよ」
と、バルトロメウスは、それとなく馬車に彼は乗っていないと話を誘導したのです。
カヤ様は走り出しました。
上手に人混みをすり抜けてあっという間に見えなくなりました。
公園は何度か訪れたことがあります。道は大丈夫でしょう。
一瞬呆気に取られたバルトロメウスは出遅れ、カヤ様を見失いました。
「ちょ、なんで。……まさか公園に? 追跡の魔術が、効かない!?」
カヤ様は魔力がないからか、あらゆる魔術の効きが悪いのです。追跡しようにも存在がつかめなくて慌てています。
完全に素で呟くバルトロメウスに笑いが出てしまいました。
「シェレファ殿……何を笑って」
バルトロメウスは私を家名で呼びます。その声は低く、途切れがちです。怒鳴りたいのを我慢しているだろうバルトロメウスが、私を見やって目を剥きました。
何かと思い尋ねると「笑うことが出来るのですね」ですって。
失礼な人ですこと。
「だって可笑しいこと。一枚も二枚も上手の『ぱいせん騎士』様が、カヤ様に出し抜かれて……ああ痛快」
どんな事情があろうとも、カヤ様を傷つけ続ける彼と騎士団に私が何も思わないとでも思っているのかしらね。
「あなたは……、いや、落ち人様を追いかける方が先です。行きましょう」
公園まではそう遠くはありません。駆け抜けていったカヤ様はまもなくつく頃でしょう。私たちも急ぎ向かいます。
私たちが公園でカヤ様を見つけた時、カヤ様の視線の先には彼がいました。
彼と女性が向き合って、彼は手に白バラを一輪持っていました。
向かい合う女性は、ブラウナー伯爵令嬢のカトリン様。社交界に疎い私でも存じ上げている評判の美人です。
カトリン様は、ファーレンハイト侯爵家と長年の敵対関係にあるベルガード公爵令嬢のウルカ様から、それはもう一方的とも言える嫌がらせを受けている方です。噂ではありますが、命まで狙われているとか。
ファーレンハイト家とブラウナー家は違う派閥ですが敵対しているわけではありません。
敵の敵は味方とはよく言いますが、政略的に結びつくことは考えられます。
え、まさか、カトリン様に白バラを渡すつもりですか?
ありえない。
つい先日、カヤ様に渡していたではないですか。
カヤ様は白バラを毎日眺めては頬を染め、枯れる前に花びらを押し花にしていたほど、もらった白バラを大切にしていたのですよ!
信じられない!
夕日を浴びて茜色に染まった彼が差し出した白バラを受け取るカトリン様。
ありえない、ありえない!
彼が心変わりをしてカヤ様と道を違えるとしても、騎士にとっての白バラを渡したのはカヤ様になのに!
騎士の白バラは一生に一度だけ!
それをっ……!
カヤ様に気が付いた彼が、慌ててカヤ様に近寄って、何かを言っていました。
魔力を感じます。魔術……他の者に聞き取れないようにしたのでしょう。
そして最後に、なぜかその魔術を解いて、逆に風に言葉を乗せて彼は言いました。
「婚約者と領地に帰る」
彼は、白バラを大切そうに持つカトリン様と共に馬車に乗って去っていきました。
カヤ様を置いて。
馬車の姿が小さくなっていきます。カヤ様はじっとその方向を見つめていました。
馬車が坂を下り、見えなくなったところでカヤ様が崩れ落ちます。
すぐさま支えましたが、泣き崩れて自分では立てない程でした。