07
「ビルケ。こんやくしゃ、どんな意味?」
カヤ様。もう薄々気が付いていらっしゃる……。不安そうに尋ねる声が震えていました。
私が「婚姻を約束した相手のこと」だと説明すると、カヤ様は軽く頭を振って、しばらく目を揺らした後、バルトロメウスにはっきりと聞きました。
「ジークは、結婚する。でも、私とはもう会わない。バートウッス……ファーファはそう言いたい?」
「バルトロメウス・フォアロイファーです。お話を理解はしていただけて幸いです」
「うん、でも会いに行くよ」
バルトロメウスが「は?」と呆けました。
「ジークが私にそう言うなら、そうかも。私と結婚する、言ったのは嘘って。バー……はジークちがう。私はジークに会って聞く、する」
カヤ様は一度言葉を切って、はっきりとバルトロメウスに言いました。
「ジークが言う、以外は信じる、しない」
なんて、強い。
さあ、行こう。と早速彼に会いに出かけると言います。
なんて眩しい。
……そうですね。はっきりと彼から言われたわけでもないのに、本当かどうかも分かりませんものね。
カヤ様、あなたの魂はなんて透き通っていて強いのでしょうか。
まるで父を亡くしたばかりなのに、自分の命が尽きるのを受け入れて私を守ろうとしたあの日の妹のよう。
ええ、どんな事情があろうとも、礼を失した彼に詰め寄るくらいは私にだって許されるでしょう。
「お待ください、落ち人様」
「待ったらジーク連れてくる? こないでしょ?」
バルトロメウスが言葉に詰まりました。
「ビルケ、バ……行くよ!」
「はい」
どこまでもお供しましょう。
そしてカヤ様。この騎士の名前を覚える気が無いことはよく分かりました。最終的には「バルトでいい」と言われたのに、バーバーファーファと謎の進化を遂げていました。
終いには本人のいないところで『パイ先』騎士と呼ぶように。どういう意味か尋ねたら、ベテランのことを呼ぶ時の敬称だとのこと。本当かどうかは疑わしいですが。
この国の騎士を呼ぶ時は、身分に関わらず「騎士」をつけて名で呼ぶ習わしです。本来であれば「騎士ぱいせん」だと教えると『なんかいかがわしく聞こえるからやだ』と直してはくれませんでした。謎です。
カヤ様はまだ保護観察中ですが、悪いものではないという判定が出ているので、バルトロメウスと私と一緒であれば自由に外出が出来ます。私たちと一緒なのは単なるトラブル防止のためです。
カヤ様はまず騎士団本部に突撃しました。彼は休暇中で不在。
まあそうでしょうから、王都のファーレンハイト邸へ訪問伺いを出しました。そちらには在宅していないとの返答で、そもそも任務でこの邸に帰ることはほとんどなく、彼の所在は把握していないとのこと。
まあ、そう言いますわよね。いてもね。
カヤ様は彼がいそうな所を追いかけますが、悉く空振りに終わりました。平行して、彼宛に手紙をしたため、騎士団とファーレンハイト邸へ送ります。
……朝、昼、夕の三回は送り過ぎかなとは思いましたが、返事が一度も無いので、失礼なのはお互い様ということにし、目を瞑りました。
「ビルケ、あのね……、変な手紙、いつも夜に机にあるの。パイ先騎士が置く、してるかな?」
私は驚きました。カヤ様の部屋は私がいる控え部屋を通らないと行けない作りで、バルトロメウスは向かいの部屋で待機し、夜にカヤ様の部屋に訪れたことはありません。
詳しく聞けば、彼がいなくなり、バルトロメウスがやって来た日から毎日置いてあるというのです。しかし宛名も差出人も記載のない真っ白な封筒に、真っ白な便せんが数枚入っているだけとのこと。
一週間続いたので、どういう意味があるのか聞いてきたというのです。
私は封筒を見せてもらいました。七通の真っ白い封筒には、微かに魔術の痕跡がありました。
「……これは指定した者にしか読めない魔術がかかった手紙でしょう。他の人に読まれたくない手紙の時にかける魔術です。他の者には決して読むことが出来ません。魔術を編み解こうとすると、燃えて灰となります」
「私読めない。私宛違う、私の部屋に来る、なんで?」
もっともな疑問に、私は解答を持っていません。
「手紙は転移の術で送られてくると思います。この屋敷の境界には強い守りの術が編まれていますので、害意のある者も品物もはじかれます。ひとまずは、手紙に危険はないかと。誰が、なぜ、カヤ様に送ってくるかは分かりませんが……」
私はバルトロメウスに報告すべき事案だと判断し、手紙を預かって部屋を出ていこうとしました。
「待って、これ、私持つ、他の人に言わない」
そう言ってカヤ様は手紙を抱え込みました。
「しかし、用心をするに越したことはありませんから」
私が手を出すと、カヤ様は俯きながらも拒否しました。
そして、震える声で言ったのです。
「……ジーク宛かも。取りに来るかも。……会えるかも」
この手紙が彼宛であるなど、可能性は万が一にも考えられません。そんなことは、カヤ様自身分かっていることでしょう。
それでも縋らずにはいられない。
カヤ様がそこまで思い詰めていることに他なりません。
今のところ危険はない。
彼がかけていった守りの術は強力で、そこを通ってきた以上、それは確かな事実です。
私は「カヤ様の望むように」と、バルトロメウスに報告することを諦めました。
このことを、ずっと後悔することになるとは、微塵も思わずに。