表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/19

06

 

 呆気ないほど簡単に恋仲になった二人は、二人で部屋に(こも)ってしまいました。

 いくら私が()き遅れでも、部屋で二人してほふく前進の特訓をしているとは思いませんよ。近いものはあるかもしれませんが。


 まあ、彼は侯爵家を継ぐ立場ではないので、伴侶の身分についてはそれほど(やかま)しくはないでしょう。落ち人様であろうが男であろうが幼女であろうが、敵対している派閥の関係者じゃなければ、もはや生物であればよろしいのかと。だめか?


 ワゴンに食事と替えの寝具と着替えを乗せ、部屋の前に置いておくと、しばらくして空の食器などが廊下に出ています。回収してまたワゴンごと置いて、二人を放っておくこと一週間。


 いや、ちょっと(サカ)りすぎ……長すぎじゃないですかね。

 カヤ様、生きてますか?


 さすがに声をかけると、二人してテレテレと部屋からようやく出てきましたが、絡めるように手を繋いで、目が合えば微笑み合っています。私は一体何を見せられているのでしょうかね。


 カヤ様の部屋には一輪の白バラが飾られ、毎日眺めてはニコニコされています。

 この国の騎士は、剣で忠誠を、白バラで愛情を捧げます。

 騎士から一輪の白バラを捧げられることは「あなただけ」という最上の愛情表現であり、求婚なのです。


 来月にはカヤ様の保護も終了となりますが、このまま彼の元へ行くことになるでしょう。

 嫁入りの際は、家族が支度を行うものです。

 もうあまり時間がありませんが、この世界に身寄りのいないカヤ様のお支度は、私がさせていただきましょう。


 表情がなくて何を考えているか分からなくて怖い。そう敬遠されている私に、太陽みたいな笑顔を向けてくれるあなたのために。





 私の天恵は、何か危険を避けるためのものだと思っていました。

 例えば、「この道をこのままは進んではいけない」や「それに触ってはいけない」というような、俗に言う「嫌な予感」のようなものです。それが結構な確率で自分の身を助けてきました。


 カヤ様の望むように。


 いいえ、私は引き留めたかった。私の故郷に連れて帰りたかった。ボロボロに泣くカヤ様から離れたくなかった。

 けれども、カヤ様が望んだことは、一人で旅立つことでした。





 カヤ様の保護期間も後一ヶ月というところで、彼が姿を消しました。

 と言っても、失踪したわけではありません。

 カヤ様の落ち人としての判定は終了し、同時に教育も終了、教育係の任を解かれた彼は屋敷を出ました。任務についての報告を彼が私にする必要はありませんが、人事異動があったのならば一声かけるのが礼儀。ましてや、護衛という安全面に関わることなら連携はなおさらです。


「本日からファーレンハイト隊長の後任として、落ち人様の護衛騎士を任命されました、バルトロメウス・フォアロイファーと申します」


 替わりの護衛騎士である壮年の騎士が派遣され、彼が異動したことを告げられました。


 カヤ様の判定が終わったのならと、騎士団本部が彼を呼び戻したのかもしれません。彼は副長(偉い人)のおもちゃ……いや、お気に入りなので。


 騎士団は機密を扱う部署なので、突然の異動など別に気にすることでもなし、と思っていた私を叩いてやりたいです。


 彼はカヤ様にも何の説明もせず屋敷を出たというのです。

 あれだけ大事にしていた女性に何も告げずに、消えたのです。

 これはただ事ではありません。


「今回の突然の人事異動、一体何があったのでしょうか」


 本来の侍女の領分ではありませんが、そのようなことに構っていられません。

 カヤ様が戸惑って、泣きそうな顔をしているのです。

 侍女が騎士団の任務に首を突っ込むなと叱責されるのは覚悟の上です。


「申し訳ありませんが、自分は落ち人様の護衛と、この屋敷の警護をせよとしか言われておりませんので」


 と、眉毛を「ハ」の字にしてバルトロメウスは答えてくれました。


 いや、知っていても言わないですよね? ええ。


 年の頃は四十歳位でしょうか。あまり手入れしていない茶色の癖毛に濃い灰色の瞳。全身から漲る「下っ端だから分かりません」感。(ほの)かに漂わす「しゃべるわけないじゃん」感。


 この人……出来る。

 この人はさも「僕には分かりません」と相手の油断を引き出す人なのでしょう。

 ちょっぴり好みです。もうちょっと萎れて枯れている方が好きなのですが。


 見た目は出来ない「出来る人」を寄越したということは、事情があるということ。

 ならば、私の仕事は彼がいなくなったことで混乱するカヤ様に寄り添うことでしょう。


「分かりました。以後よしなに願います」


 ぐっと腹に力を入れて、淑女の仮面を被って挨拶をきちんとしましたとも。


 でも、カヤ様はバルトロメウスに素直に問いました。


「ジークは、もういないの?」


「はい、私が後任となります」


「ジークはいつ帰ってくるの?」


「ファーレンハイト隊長はこちらにはもう来ません」


「……会いに行ける?」


「難しいかと」


「ジーク、私と結婚する」


「ファーレンハイト隊長と落ち人様と間にどのようなお話があったかは分かりかねますが……」


 バルトロメウスはチラリと私を窺って、カヤ様の心に言葉の刃を突き立てました。


「ファーレンハイト隊長は、この度の任務の褒美として長期の休暇を与えられました。……婚約者様とお過ごしになるための準備に忙しくされているので、落ち人様が会うことは叶わないかと」


 婚約者と過ごすために、カヤ様とはもう会わない。

 そう、バルトロメウスは言ったのでしょうか。

 つまりは。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ