05
そんなこんなで、穏やかに時は過ぎて。
カヤ様と片言で会話が出来るようになった頃、カヤ様に月のものがきました。
初めてかと思い説明していたところ、しばらく無かっただけだから、あて布や洗濯の仕方を教えて欲しいと言われました。
しばらく無かっただけ……?
私はここで初めてカヤ様の年齢を本人に尋ねていないことに思い至りました。
「私生まれる、した日、十七回数えるしてここに来た。たぶんもう十八」
衝撃でした。
すっかり子どもだと思って、服も下着も子ども用ばかり用意していたのに、まさかの成人済みとは。
いや、まだ待て、時間の数え方がこの世界とは違うかもしれないし、成人の定義も違うかもしれません。
「空の丸い月からまた丸い月になる、三十くらいの朝と夜、向こうとほとんど一緒。それ十二回で一年、一緒。大人は、んー、生まれるした日、二十回数えるとおとな。結婚は、親がいいって言うしたら、女は生まれるした日、十六回、男は十八回数えたら、結婚する、できる」
この世界と大して変わらなかった……!
なんと、カヤ様はすでに成人された女性ということ。
成人女性に子ども用下着を着せる特殊性癖の人のようなことをしていたなんて、侍女としてというより、女性として、人としてありえない……。大変に申し訳なく思います。
カヤ様の年齢が結婚適齢期の成人女性だということ。
このことを知った彼の奇行は斜め上に飛び抜けていきました。
彼はカヤ様が幼女ではなく年頃と知って、今までのように接することが出来なくなったのです。
いや、今までだってほとんど無言で付きまとっていただけですが、それがどう拗れたのか、悪態を吐くようになったのです。本当に理解不能です。
チョッカイをかけてはカヤ様を怒らせて、チョッカイをかけては……。
いや、愛おしそうな顔していますが、やっていることは嫌がらせですからね?
なんですかこのポンコツは。好きな子いじめをする二十四歳ってなんなんですか。国一番の女(男)殺しのあのジーク・ファーレンハイトが。
彼はカヤ様にいらんチョッカイをかけつつ、ようやく教育係の役職を思い出したのか、体術などを教え出しました。
色々な項目を教育するのは、保護期間が終わって、独り立ちが出来るようにです。
ひたすらほふく前進。
ひたすら下段蹴り。
え、な、何事?
カヤ様も嫌がることなく地面を這っています。
何が始まったというのでしょうか。私の常識では二人の行動を微塵も理解できません。
彼は王宮へ「身体能力は通常よりもやや鈍くさい程度」とカヤ様の報告をしました。
私たちは定期的にカヤ様の行動や感情、性格、能力を事細かに報告しています。その報告が元となって、保護が終わった後のカヤ様の身の振り方について、選択肢が示されるのです。
このような報告、カヤ様の為になるとは思えません。
そもそも、ほふく前進の出来で身体能力を判定するなど、女性に対して適正ではないでしょう。誰が出来るのですか、誰が。
断固抗議しようとした私に、彼は私に頭を下げたのです。
後輩とはいえ、騎士団の役職では既に私の上司とも言える隊長職にある侯爵家の彼が、一侍女でしかない子爵家の私に頭を下げました。
本気で彼女を捕りに行く。考えがあるから、見守ってくれ、と。
……犯罪者の巣窟を一網打尽にするような顔して告げられた言葉のどこに「恋愛」要素があったのか。
そしてそれのどこがほふく前進に繋がったのかも……理解する気もありませんが。
まあ、あの彼が、「人」を道ばたのゴミか馬糞のように思っていた彼が、きっと初めて自分から追いかける人。
私はしばらく静観することにしました。
……郷里の妹が従弟に絡め取られ逃げられなくなったのと同じような感じがするのは、何ででしょう。まあ、あそこは最初っから相思相愛ではありましたが。
カヤ様、ご愁傷様です。
まあ、カヤ様も彼のことを憎からず思っているようなので、良しとしましょう。
カヤ様が保護されて約十ヶ月。
魔力なし。
魔術適性なし(魔術は何も使えない)。
現在までに天恵の発現なし。
武術、体術は普通よりもやや鈍くさい。
筆記試験、特筆すべき知識技術はなし。足し算が良くできる。
人柄、温厚で俯瞰的。攻撃性は低い。恐がり。
総合評価「人畜無害」。
今後は自分の好きに生きて良し。
国に有益な界の向こうの知識や技術をもしも持っていれば、国が囲いこんで離さず、それこそ、職業、住む場所、婚姻相手まで、国が選ぶことになるでしょう。
王宮はカヤ様を「悪いもの」ではないと判定し、囲い込むほどの益はないと判定しました。
それによってカヤ様は「自由」を得られました。
彼の根回しが花開いたともいえます。
これでカヤ様は「どこ」で「誰」と「どうなろう」とも、自由なのですから。
保護期間は残り二ヶ月。
彼の猛攻撃が始まりました。
はっきり言って正視できません。きも……失礼。
あのジーク・ファーレンハイトが、甘い言葉を吐き、目だけで愛を囁き、カヤ様の手を握り腰を抱き、一切離れずにカヤ様を陥落しにかかっているのです。
ですが……。
不器用なローキックが忘れられない。
ほふく前進が芋虫みたいでかわいい。
算術計算している時に半眼で唇とんがってるの最高。
って、コレ愛の言葉ですか?
根っこから彼はポンコツなのですね。常日頃追われる立場でしかお付き合いしてこなかった弊害でしょう。ディスりハンパない。
それで陥落たカヤ様も、ちょっと、どうかと……。