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03


 私がその落ち人様のお世話、ですか。

 とても重要ですが、まだ恵みかどうかも分からない方の側に寄るのは、他の侍女は嫌がりそうですね。


「……あなたの無表情には慣れているつもりなのだけれど、あんまりに無表情すぎて嫌なのか別に受けてもいいと思っているのか、読めないわ」


 侍女長が呆れて言います。


 無表情なのは標準なので放っておいてくださいまし。雪国生まれはあまり表情が動かなくて寡黙なんですよ。おおむね。


「落ち人様の教育係兼護衛騎士には、ジーク・ファーレンハイトがつきます」


 ……ああ、なるほど。それは迂闊に若い侍女をつけられませんね。

 侯爵家の次男、家こそ継がないが騎士として有望、そしてとんでもない美丈夫ですものね。

 更には、来る者拒まない、何人来ても拒まない……で有名ですものね。


 私と彼は同い年。しかし、十四で城に上がった私は、十五で騎士団の従騎士となった彼の先輩に当たります。

 騎士団内では、まずは役職が最優先されます。総長である国王を頂点に、副長、師団長、隊長……と、縦系統は絶対です。自分の生家より爵位が下でも歳が下でも、その人が自分の隊長であれば絶対的存在です。

 面倒臭いのが、横並びの時です。その時は年齢に関係なく、入団年が早い方が先輩です。同じ入団年の中では年齢、生家の爵位ではっきりとした上下関係が生まれます。

 平民には辛い世界ですが、隊長以上になる平民も少なくないので、そこは実力でねじ伏せているのでしょう。


 城に上がって数年間、騎士団付きの侍女をしていた私の主な仕事は、従騎士たちの世話でした。その一人がジーク・ファーレンハイトです。


 辺境の子爵家なぞ、ひと睨みで死滅させられる力を持つ侯爵家次男というアドバンテージも半端ありませんが、金髪に明るい新緑の瞳、整った顔立ちはもちろん、美しい所作、十五歳という子どもと大人の狭間にいる美少年の危うい色気は、城中を魅了しました。


 騎士団内でも、彼を取り合って私闘騒ぎを起こして処分される騎士たち。(全員男性)


 木剣で鍛錬する姿や、騎士に随行する姿を見るために、職務中に職場を放棄し、追いかける侍女や女官たち。(全員女性)


 娘の婿にと囲い込もうと近づいて自分が惚れる貴族たち。(全員中年)


 自分の愛人にと、宿舎に忍び込んだり、部屋に引きずり込んだりして既成事実を企むいい歳した大人たち。(全員結構な地位にいる人)


 総じて、成人したての十五歳に群がる大人たち。(全員頭花畑の変態ども)


 ああ、大変ね、かわいそうに、と、でも自分には関係ないと、私は自分の仕事を淡々と行っていたまでですが。

 いつの間にか、私の横には彼がいるようになりました。


 恋愛的な意味ではありません。


 彼は、それは上手に人の海を泳いでおりました。

 自分の手で納められない時は生家の権力を使い、それでも駄目な時は、王太子の婚約者である自身の妹(の後ろに見える次期国王)の権力を存分に使っていました。


 来る者は拒まず適度に相手をし、去る者は一切追わず、後腐れも全くありませんでした。

 その手腕たるや見事としか言いようがありませんが、いかんせん、笑顔なのに目が心底冷えた光を(たた)えている彼の姿を見ていると、ああ、この人は基本的に人が嫌いなのだな、と思わざるを得ませんでした。近寄ってくる人を「人」として認識していないのだなと。じゃあ何か? ゴミ、かしら。


 私の無表情とは種類が違いましてよ。


 年頃の侍女たちは彼の側では仕事にならず、仕方なく私が対応することが多くなり、やがては「専属でしょ?」と言われる程になりました。

 彼も私が「そういう目」で見ないことが珍しいのか、無数に被っている猫を数匹剥がすくらいには気を許していたのだと思います。


 だって彼は、私の好みをカスリもしていなかったので。

 むしろ対極の存在なので、認識として綺麗な顔立ちだとは思いますが、まあ、心が何も動かないこと。むしろ、笑顔が胡散臭いというか、腹の中が真っ黒な従弟に雰囲気が似ているというか。私が自由に選んで良いと言われましたら「ナシ」なのです。

 もちろんそこに何かしらの政略的な要素があれば、私個人の好みなど述べる隙間もありませんけれども。


 彼はそういった異性(同性?)事情からか、結婚適齢期を超えた二十四歳の今でも独身で、婚約者もいません。

 まあ、貴族の嫡男以外は生涯独身の方もいますので、男性はそう珍しいことでもありません。

 ……貴族の女性が適齢期を超えて独身で、しかも働いているのは片手で数えられるくらいですが存在しますよ? 珍しいだけで、おかしいことではありませんから。ええ。


 何はともあれ、あのジーク・ファーレンハイトと共に仕事をする侍女が必要であれば、それはまあ、私に話が来るのも納得です。

 更には判定前の落ち人様のお世話となると、命の危険まで考えなければならず、肝の据わった中堅以上が求められるはず。


 私の侍女としての能力を買ってくれての選定と思えば、悪い気はしません。

 専属は落ち人様の保護期間と同じく一年。基本給の他に手当も期待できます。妹の婚姻祝いが奮発できそうです。


 侍女長に落ち人様の教育係兼護衛騎士に彼がつくと告げられてから、ここまで考えるに数秒。

 私はありったけの笑顔と共に快諾したのでした。


 それを見た侍女長から「無表情で笑うのヤメテ」と謎の指導をいただいたのは解せません。


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