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 それから十年。

 色々、……本当に色々ありましたが、私は今も王宮で働いています。


 勤め始めて四年程は私の仕送りで治療を続けていた妹ですが、叔父の領地経営が軌道に乗ってきたことと、妹と従弟が発案した毛織物が寒冷地で流行となり、シェレファ領は格段に豊かになりました。

 妹は自分の力で稼ぐようになったので、私の仕送りは必要なくなりました。

 妹は治療の甲斐あってか、大人になり身体が丈夫になったからか、今では寝込むことも少なくなり、他人と変わらない生活を送っているようです。


 今まで領の羊毛産業としては、羊毛から毛糸を紡ぎ、毛糸を編んで服などを作っていましたが、妹と従弟は、今までよりも細く強い糸から布を織ることに成功しました。その布は一枚で保温性が高く、とても滑らかな肌触りで人気となりました。

 妹と従弟は染色にも力を入れ、紡がれる糸は鮮やかな発色の物も多く、布地も綺麗な色となります。

 絹とは違った温かみのある滑らかな布は、今まででは考えられないほど高値で取り引きされています。

 王都まではまだあまり入ってきていませんが、妹が送ってくれた肩掛け(ストール)を見て、同僚から発注を受けたりしています。


 まあ「妹と従弟が」とセットで話をしていますから、お察しのよろしい方はお気づきのことと思いますが、この二人は相思相愛。

 父が亡くなった当時、私と結婚する話が出ていた従弟は今年二十歳。妹は十六歳。結婚適齢期真っ盛りの年頃です。

 この国は十五歳で成人となりますが、妹は病弱だったため様子を見ていたのかもしれません。

 先日、二人の婚姻について叔父からお伺いの手紙が来ました。

 現在の子爵は叔父です。はっきり「そうするが、お前は今後どうしたいのか」と聞けば良いのに、変に弱腰な対応をしてきます。私が後継ぎを主張するとでも思っているのでしょうかね。


 私自身、実のところ、王宮での仕事や王都での生活に(こだわ)りはありません。帰ろうと思えば、私の仕送りが必要なくなった時点で帰れました。


 でも、まだ「今」じゃない。


 そう思ったのです。


 王宮に勤めて十年。手紙こそ頻繁にやりとりしていますが、実家に一度も帰ったことはありません。そもそも往復するだけで馬車で一ヶ月かかる地です。そんな長期休暇は侍女にはありません。


 私は天恵に従い、王都での生活を続けること。

 この十年、領地のために働いてきた叔父を支持し、妹と従弟の婚姻を認め祝福することを手紙に書き、叔父に送りました。

 妹へのお祝いの手紙も同封します。従弟へは特に入れません。従弟(あいつ)は昔から妹しか見ていませんので。


 女性の結婚適齢期は二十歳まで。

 嫁き遅れて久しい私には食うに困らない仕事があり、一生独身で侍女長まで上り詰めるのも悪くないと思っています。

 侍女の仕事は天職だと思っていますしね。





「……落ち人様の侍女、ですか」


 ある日、侍女長から転属することを告げられました。


 この世にはたくさんの世界があると言われています。この国がある人の世界、この国がない人の世界、神の世界、精霊の世界、魔物の世界など、無限とも言われています。

 通常は繋がることのない界と界ですが、隙間はあるらしく、割と良い頻度でその隙間から色んなものが落ちてきます。

 どうやらこの世界が落ちる先、そういう位置のようなのです。

 時には何に使うか分からない金属の固まりだったり、音の出る箱だったり実に様々なものが落ちてきます。


 それらは落ちた先の国のものとなります。

 国にとって、民にとって「良いもの」なら恵みとなり、「悪いもの」なら災いとなります。

 落ちてきたものによってもたらされる恵みも災いも、この世界では自然のこととして受け入れていますので、何が落ちてこようが慌てません。

 実際、シェレファ領でもちょいちょい不思議なものが拾われていましたから。

 子どもたちは「落ち物」を見つけた時は触らずに大人を呼ぶようにきつく言い含められて育ちます。幸い、近年は災いとなるようなものはありませんでしたが、「落ち物」探しは子どもたちの冒険の一つです。


 落ちてくるのは物とは限りません。なんと生き物も一定数落ちてきます。残念ながらそのほとんどは息絶えて落ちてきますが、稀に生きたまま落ちてきます。

 知能のある生き物は人であるかないかに関わらず、落ちた先の国で一年ほど保護観察し、その後の道を決めていくといいます。「落ちてきた」彼らは、上って元の世界に帰ることは不可能なのですから。


 約四十年程前でしょうか。北の国で黒の森から魔物が溢れ、たくさんの人が死に、町が一つ森に飲まれるという悲劇が起こりました。

 この時、魔物たちと戦った魔術師は「落ち人」だったと言われています。


 黒の森は大陸のほぼ中央にある前人未踏の地で、魔力地場が人知を越えた動きをするので、人が住むことのできない地のことです。

 主に鬱蒼とした森なので「黒の森」と呼ばれています。正式名称はあるのでしょうが、人間ごときが呼んで良いものでもないので、そう呼ばれています。生態系も不思議ですし、魔物たちもとても強いものばかりで、何か目的がない限り、人間は立ち入らない森です。


 黒の森に接している地は、魔物たちとの生存競争がとても激しいです。

 逆に言えば、黒の森に接した地で魔物たちをくい止めてくれているから、それ以外の地は平和でいられる、というものです。

 幸いなことに、シェレファ領は黒の森とは接していません。魔物が出ないことはないのですが、黒の森から来る魔物には警戒せずに済んでいます。


 その黒の森からは不定期に魔物たちが溢れ、人を襲い町が壊れるという悲劇が幾度となく起こっています。

 どこで起こるかも周期も、いつ終わるかも人間には分からない、まさに天災です。


 その天災を終わりにした北の国の落ち人は魔術師として活躍し、終生、北の国で過ごしたと言われています。


 今回の方は、恐らくそれ以来の落ち人様となるのでしょう。

 この東の国に落ちて来られて、保護され、恵みか災いか判定されます。


 ちなみにこの国は、地図上で黒の森から見て東の国なので、単に「東の国」と呼ばれています。名前もありますが、ほぼ呼ばれませんね。

 同じ理由で北の国、西の国と、黒の森に接した七つの国はそれぞれの方位で大陸中から呼ばれています。


 この大陸に落ちて来た落ち人様の記録は、幾人かあります。歴史上の人物として語られることが多い程の昔の記録ですが、北の国の方のように、絶大な力や特殊な知識をお持ちのことが多いと言われています。


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