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私の振る舞いが疑われ、そのことがカヤ様が国を追われる原因にどう繋がっていくというのでしょうか。
ここで私は、先程バルトロメウスが私に言ったことを思い出しました。
「待って、ください! カヤ様が、カヤ様が行方不明と!」
「落ち着いてビルケ。殿下は順を追って話しています。……落ち着かないと、また口を塞ぎますよ」
バルトロメウスが私を支える腕に力を込めて言いました。
こっちの謎もあった……!(膝の上なのを忘れていた)
そんなことよりも。
「カヤ様が最優先です!!」
私の様子を見て、殿下がため息をつきました。
「状況だけでそなたを疑ったのが悔やまれる。実物と話していれば、間諜などありえないと分かったのにな」
「はい」
バルトロメウスが返事をして私のつむじに唇を寄せました。
なんで!?
「ジークが落ち人と恋仲になったのを知っているのは、そなたと私、屋敷の者たち、そしてイザベル、あとは本当に限られた数人くらいだった」
「え……あんなにぐでんぐでんだったのに? あ、失礼を」
あまりの驚きに砕けてしまった口調を詫びると、殿下は話しやすいようで構わないと許してくださいました。
「あいつはな、必死で隠していたよ。落ち人が誰にも、国にも目を付けられないように、界を落ちてきただけの、無害で益のない唯の身寄りのない人間だと。本当はたくさんの学術的知識を持つ才能ある娘だろう? そうなると、国が黙っていない」
益があると分かれば国に囲われ、国が選んだ人と子を残す。
そこにカヤ様の意思は、汲まれることはありません。
「私もイザベルも、ジークの望みを叶えてやりたかった。唯一欲しがった女性を手に入れることを叶えてやりたかったのだ」
「なら、なぜ……」
あいつにカヤ様を捨てさせたのですか。
「落ち人にはジークから状況を説明したと聞いていた。しばらく側を離れるが、イーノの、兄の婚約者を守るため、自分が婚約者だと周囲に誤解させ、ベルガード公爵家を攪乱して一気に決着をつけると。それに協力することが、ファーレンハイト侯爵家が、ジークと落ち人との婚姻を許す条件だと」
「カヤ様は、知っていた? ……いいえ、カヤ様は何も知らされず、突然いなくなった騎士ジークから直接別れを言われなければ信じないと!」
「そなたに間諜の疑いがあったため、自分たちは別れたと見せなければならないと、伝えたと聞いている」
「わ、私からカヤ様と騎士ジークが恋仲であることがベルガード公爵に伝わっていると考えたのですね」
「そうだ。そして別れたのが分かれば、それもベルガード公爵に伝わると。そなたが鍵ともなっていたのだ。同時に周囲の貴族や市民の目に付くために、わざと公園でカトリン嬢にバラを渡させた。駄目押しに王家の名で落ち人に国外追放の手紙も出した。ジークは……バラを渡すことに最後まで嫌がっていたが……白く見えるように夕日の丘で淡い黄バラを渡させた」
王太子殿下がまっすぐ私を見て続けます。
「あいつは落ち人を裏切ってなどいないよ」
手が、震えます。私が、カヤ様の悲しみの原因。
合わせる顔がない……!!
「カヤ様は、知らなかった……! 知っていたら……」
間諜だと言われた私に妊娠を告げるはずがない!
「……は、早く迎えに! 私が疑われる原因を作ったことはいくらでも処分を! カヤ様が国を出てしまう! 早く!」
バルトロメウスが私の頭を抱え込み背中を撫でます。
「落ち着いて。落ち人様は、商隊と共に既に国を出られました。国を出た所で、秘密裏に保護される予定でしたが……現在行方が分かっていません」
「まさか、誘拐されて」
「いいえ」
バルトロメウスが私のおでこに手を当てると、柔らかい光が私を包みます。
「……治癒?」
死に逝く私を連れ戻した光と同じ、温かな治癒の光。
「心を落ち着けて続きが聞けるように、です」
王太子殿下が一度視線を下げ、ゆっくりと目線を私に合わせます。
何を言うの? ……いやだ。聞きたくない。
いやだ!
聞かなければ後悔する、なんて、思っていない!
聞きたくない!
「商隊は魔物に襲われ、生存者は見つかっていない。全滅したと見られる」
ゼンメツ。ぜん、めつ。全……滅?
それでは、共に行動していたカヤ様も。魔物に。
バァン!
王太子殿下がそう言った瞬間、冷たい、氷のような魔力が弾けました。
まるで爆発のような現象にバルトロメウスごと身体が壁に叩きつけられ、そのまま床に崩れます。
この、氷の魔力は……。
「ジーク! 止めろ!」
王太子殿下が何かの魔術を編んで寝台を覆います。
王太子殿下の繭のような魔術の中で男が慟哭しています。
「バルト!」
バルトロメウスが王太子殿下に応え、治癒の光で繭を包みます。
少し落ち着いたのか、やがて慟哭は小さくなり、小さな声が聞こえます。
ここで王太子殿下が魔術を解きました。
カヤ、カヤ、どこだ、と。
聞いている方が涙が出るような声で、ずっと。
部屋にきらきらと魔力の残滓が雪のように降り積もっています。
ジーク・ファーレンハイトの氷の魔力。
場違いにも綺麗だな、と思ったら、頭が冷えてきました。
「……話しかけても?」
立ち上がり、衣服を整え、私が寝台に近づき問うと、王太子殿下は無言で頷きます。
慣れた対応でしたので、魔力が暴走するのは、これが初めてではないのでしょう。
「騎士ジーク」
「ビルケ。……カヤはどこだ」
弱々しい声。でも、目の光だけが爛々と異様に輝いています。
自分より慌てている人や怖がっている人がいると、却って落ち着くというのは本当のようです。
これ程感情を駄々漏れにしている彼を前に、私の心は先程とは打って変わってとても凪いでいました。
「カヤ様は国を出られました。あなたを追い回した咎だそうです」
「違う! ちゃんと伝えた! 手紙も毎日出した! カヤが誤解しないように、カヤに嫌な気持ちをさせてしまうが、これが終われば皆に祝福されて婚姻できることも!」
「……手紙などカヤ様宛には」
私は、ハッとしました。
まさか。
「あなたがいなくなってから毎晩、カヤ様の部屋に魔術で届けた?」
「そうだ」
「カヤ様宛?」
「もちろんだ。他の者が読めないよう魔術をかけて毎晩送った」
「なんて、こと……」
カヤ様の部屋に毎晩届く白紙の手紙。
魔力のないカヤ様は読めない、カヤ様宛の手紙。
それを伝えると、目を見開いた彼が私を凝視して言いました。
「カヤにだけ事情を話す時も、魔術を使った。まさか……カヤにも聞こえていなかった?」
カヤ様に事情を話した時も、魔術を使って他の者に聞こえないようにしたと言います。
「あの公園で、魔術を使って話をした後、わざと風に乗せて言っていましたね? 婚約者と領地に帰ると。あれは、私に聞かせるため?」
「あの時、まさかカヤに見られると思っていなくて……バラは兄嫁への友愛を示す黄バラだということを魔術でカヤに言って……、周りの聞き耳を立てている者たちに聞こえるようにそう言った」
ああ、「私」にではない。
彼は、本当に私を疑ってはいなかったのでしょう。
裏切って、いなかった。