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「そなたも貴族ならば、ベルガード公爵家とファーレンハイト侯爵家の確執は知っているな?」
「はい」
この国の上位貴族であるベルガード公爵家とファーレンハイト侯爵家は、派閥も対立していましたが、元々仲が悪かったといいます。ベルガード公爵家は選良意識の固まり、ファーレンハイト侯爵家は武と魔力の実力至上主義。水と油とはこのことでしょうか。
対立はするものの表面上は穏便を保っていましたが、一触即発の緊張関係になったのは、ファーレンハイトの末っ子姫が王太子殿下の婚約者に選ばれたためです。
王家を崇拝し貴族を尊ぶベルガード公爵は、娘のウルカを次期国王に嫁がせたかったのです。
それは叶いませんでした。王太子殿下はイザベル・ファーレンハイトを選んだのです。
これだけでも十分決定打でしょうが、更なる亀裂……断崖絶壁レベルでの溝が掘られます。
ウルカ・ベルガードがファーレンハイト侯爵家嫡男のイーノに恋慕したというのです。それはもう激しく。
その執着たるや。黒の森に住む触手魔植物のごとく、狙った獲物はどこまでも追いかける執拗な狩りは、王宮で知らない者はいない程でした。
「ベルガード公爵は娘のウルカ嬢を溺愛している。私の妃にと勧められたが断り、イザベルを選んだ。私が王となる時、隣にいて欲しいのはイザベルだ。イザベルの能力や性質も、やがて王妃となって民の安寧に貢献すると判断したからだ。王太子妃に執着していたのは公爵本人で、ウルカ嬢は最初から私ではなくイーノを望んでいたのだよ」
「それは……。では、ファーレンハイト侯爵家嫡男様は確かご婚約されていませんよね。領地経営がお忙しく、ほとんど夜会にも出られませんが、社交界でもそれはもう令嬢たちから狙われておいでで……おほん。敵対勢力との融和を考えたら、悪い話ではないかと」
立派な政略結婚ですが、そういうものでしょう。
「イーノが、ムリだと」
え、その一言で済むの?
「イーノには慕う女性がいた。そして最近ようやっとその想いが通じ合い、婚約の運びとなったばかりで、まだ発表はしていなかった」
それは……ベルガード公爵家にとっては面子丸潰れだったでしょう。
そうして方々に「お断り」された原因のどちらにもファーレンハイト侯爵家が関わっているとあって、両家は益々敵対、いや、ベルガード公爵家が一方的にファーレンハイト侯爵家に対して敵意を向け、ファーレンハイト侯爵家もやられっぱなしになるような家ではなく、どんどん深刻な対立になっていったと。
うわあ……。感情論の泥仕合です。
上位貴族の争いなど、下手をすれば内乱に発展しかねません。
「ベルガードは一族でファーレンハイトへ攻撃を仕掛けているが、それで弱るファーレンハイトではない。……狙われたのは、イーノの婚約者だ。ウルカ・ベルガードは、とことんイーノを狙って、イーノの婚約者と噂された令嬢を攻撃した」
「え、それって、その方は……」
ウルカ・ベルガード公爵令嬢から執拗な嫌がらせ……命をも狙われていると言われた令嬢は……。
「カトリン・ブラウナー伯爵令嬢……は、騎士ジークの……」
あの公園で、カヤ様の目の前で、白バラを受け取った女性です。
「そうだ。ブラウナー伯爵家のカトリン嬢がイーノの婚約者だ。これは王家が認めた婚約だ。しかし、ブラウナー伯爵家では公爵家からカトリン嬢を守りきれない。とっとと婚姻することも検討したが、まだ婚約を発表していなかったことを逆手にとって、イーノではなく、ジークの婚約者として周知させ、ベルガード家の目を逸らし、その間にベルガード家を潰すつもりでいた。あの一族は、色々やりすぎた……詳細は言えないが」
背筋が凍りました。
公爵家の取り潰し。
取り潰されるほどの、罪。
余程の事が起きている、私では想像もできないようなことが。
「国の、家の為に、騎士ジークはカヤ様を、捨てたのですね……」
「違う。そうではない。そうではないのだ」
王太子が頭を振って私を見た。
「ベルガード公爵家はありとあらゆる所に間諜を放っている。……ビルケ嬢、……そなたもそうだと」
間諜? 私が? 恩も縁もないベルガード公爵家の!?
「今となっては、ただ忠義に厚い侍女だということは分かっている。疑われた当初から、ジークも侍女長もあり得ないと言っていた。だが、状況はそなたを疑うに十分だった」
「状況……? 私は、誓ってベルガード公爵家とは関係ありません。情報を売ったこともありません!」
「そなたはエルゼ・イルクナーと親しいな?」
「エルゼ……様ですか?」
いつもは親しい仲なので呼び捨てにしているが、彼女は将来の伯爵夫人で、子爵の姪に過ぎない私とは大分身分差があります。
「エルゼ・イルクナーはイルクナー伯爵の一人娘で、婿を取ったな?」
「はい。王宮侍女となってからは会ってはおりませんが、親しくしていただいておりますので、婚姻されたこと、お子が生まれたとを手紙でお知らせいただきました」
「婿の名は知っているか?」
「はい、オスカー様と」
「オスカー・ジンメル。婿となってイルクナー姓となっているが、ベルガード公爵の父方の叔父の妻の母方の伯母の父方の従兄弟の一族だ」
「は? 公爵様の叔父様の奥様の母方の伯母様の……は?」
「……遠縁だ。派閥の一族には違いない。ベルガード一族を婿に取ったイルクナー伯爵からの推薦で王宮侍女になったビルケ嬢を疑った、というわけだ。……あまり王宮内で人と関わらないビルケ嬢が定期的に手紙を送っていたのも、疑われた原因だ」
「推薦してくださった伯爵様に、ご挨拶や近況の手紙を送ることはおかしいことでしょうか」
「通常はおかしいことはない。だが、目立った。派閥の寄親でもない家に出す頻度ではないと。ましてやシェレファ領は近年イルクナー領と親密に事業を展開している。何かしらの報告ごとがあると疑われたのだ」
私は眩暈がしました。
ただただ、妹のために、シェレファ領のために、真面目に勤めていただけというのに。礼をもって手紙を出していただけだというのに。私の与り知らぬ所で自分の振る舞いこそが疑われる原因と言われてしまったのです。