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カヤ様はどこ、とは? 国を追われ、王都を出て国境の砦に向かっているところを騎士が確認したと、バルトロメウス本人が言っていたことではないですか。
「シェレファ殿はご存じないのですか?」
まるで私が知っていて当然のような聞き方ではありませんか?
カヤ様をこの国から追い出したのは、他でもないこの国でしょうに。
カヤ様と同行する商隊は数年かけて黒の森の周りの国を巡り、北の国へ帰ると言っていました。
ルートまでは分かりません。商隊というものは盗賊や同業の妨害を避けるため、行程を秘密にするものです。
ましてや、カヤ様がその商隊とどこまで一緒にいるつもりかも分かりません。お腹が大きくなれば旅は無理なので、早々に落ち着ける所を探されることでしょう。私に分かるのはそれくらいで……。
私はそこまで考えて、ものすごい悪寒がしました。
バレる前に、無かったことにする。違う?
カヤ様の居場所を見つけて、この国は、あいつは、何をするつもりでしょうか。
いえ、そういうこと、なのでしょう。「バレた」のでしょう。
「私は何も存じ上げません。私は侍女を辞し、カヤ様と共に行くつもりではありましたが、当のカヤ様に断られてしまいました。商隊の行く先も知りません。そもそも、彼女はもう、この国とは縁を切られています。一方的に貴族の遊びに付き合わされて、……恋をされて、白バラと共に捨てられて」
バルトロメウスと目が合います。
「シェレファ殿、落ち人様はあなたにとって何ですか?」
「私が侍女としてお仕えした最後の主です。侍女を辞した今は、恐れながらこの世界での姉を自称しております」
私を探るように。
嘘がないか見るように。
バルトロメウスは目を離しません。
やがて、バルトロメウスは一つため息をつきました。
「我々は……間違えたようですね。ファーレンハイト隊長もイルクナー伯爵もシェレファ子爵も侍女長も、ビルケ・シェレファは主人に不利益になるようなことをする侍女ではない、潔白であると言い切っていました。個人的には私も同意見ですが、任務でしたので」
ん? 色々なんでしょう、情報をぶち込んできましたね?
「ビルケ、とお呼びしても?」
「……もう呼んでいますよね」
「私がファーレンハイト隊長の代わりに落ち人様の護衛任務についたのは、専属侍女があなただったからです。あなたに近づけるならと」
そう言って、バルトロメウスは私を抱え上げました。
「何を!?」
「落ち人様が行方不明です」
抵抗していた手足を止め、バルトロメウスを見ます。
カヤ様が行方不明?
どういうことですか?
いったい何が起こっているのですか!?
カヤ様!!
バルトロメウスは、混乱する私を抱く腕の力を強め、目を合わせながら顔を寄せ。
突然、唇が塞がれました。
貪られるように食まれ、止めるように言おうと口を開いた瞬間に侵入され。
胸を叩いても足をバタつかせても、私を抱えて固定した腕はほどけず。
やがて手足に力が入らなくなり、身体ごとバルトロメウスに預ける格好になって、ようやく解放されました。
「落ち着きましたか? あなたにそんな顔をされるとたまりませんね。……場所を移します。落ち人様の話と、あなたも自分の身に何が起きているのか知りたいでしょう?」
ギラギラとした捕食者の目をした、やや枯れ騎士……。あら、あららら?
胸が心臓が、おかしいことになっています。
黙りこくった私をバルトロメウスは横抱きにしたまま軽々と移動します。連れてこられたのは私が寝かされていた貴賓室とは別の貴賓室です。
その部屋の寝台には、男性が横たわっていました。
「騎士ジーク……?」
自分でも思ってもみない程、低い声が出ました。
男の頬は痩け、髪はボサボサで艶がなく、何より目の周りの隈が酷く、その目は固く閉ざされています。今にも死にそうな程の重病に見えました。
「シェレファ子爵家のビルケ嬢か」
寝台の向こう側に男性が立っていました。
横たわるこいつのあまりの変わりように呆気にとられ、男性の正体に気付くのが遅れました。
「……混乱しているかもしれないが、まずは詫びを。そなたの王宮内での扱いは私の、王家の指示ではない。もう一歩でそなたは衰弱死するところだったと聞いている。人事を掌握できていなかった不手際を申し訳なく思う」
そう言って頭を下げたのは……シュトラール王太子殿下!
「お待ちください! たかが一侍女に頭を下げるなどお止めくださいまし!」
「けじめだ。次期国王たる私が貴族を抑えられなかったことがこの度の原因。そのせいでそなたが危険にさらされた。二度とないように処置をすることを誓う。許せ」
私は膝をつこうとして、呆然としました。
……まだ抱っこされたままでした! 殿下の御前でなんと不敬な!
「騎士バルトロメウス! 下ろしてください! 殿下の御前でございます!」
「よい、そのまま座るが良い。そこの治癒術師からは治癒はしたが一週間は安静ときつく言われている。自分で歩いてはならぬ。バルトロメウスもビルケに付き添うように」
バルトロメウスが「はっ」と返事をし、本当にそのままソファーに座りました。私を横抱きにしたまま。
待ってください、バルトロメウスが治癒術師? 騎士団には治癒術を使う騎士は確かに存在します。では、私を直したあの光と「ビルケェエ」は、やはりバルトロメウスなのでしょうか。
たくさんの疑問、そのとおりです。
そして、今一番の疑問は。
「ナゼ、私は騎士バルトロメウスの膝の上に座っているのでしょうか……」
「私のことは椅子かクッションとでも」
バルトロメウスが嬉しそうに答えるが、そう思える人がいたら連れてきていただきたい。いないから。
正面に座った王太子殿下が改めて話し出した。
「私のことは分かっているな?」
え、この格好は無視なのですか?
え、不敬もいいところですよね!?
「……はい、シュトラール王太子殿下。王宮侍女として勤めて参りました、シェレファ子爵の姪、ビルケでございます」
何とか平静を装って、人生初の男の膝の上からの挨拶です。
羞恥で死ねます。
「ふふ、動じないね。ビルケ嬢、あなたの辞職は保留になっている。今は停職というか、休み扱いだ。散々巻き込まれたあなたに、……散々疑われたあなたに、あいつはあんな状態だから私から事情を説明するが、聞くか?」
王太子殿下が寝台を見やって私に尋ねます。
寝台に横たわる男と知り合っておおよそ九年。思春期を共に過ごし、疎遠な時期もありましたが、ここ一年はカヤ様の側で近しい位置にいた私は、あいつとは名前で呼び合うくらいには情を持っていました。
男女の間に友情は成立しないかもしれませんが、それに近いものを感じていたのです。自惚れでなければあいつも私に対してそう思っていたのでしょう。
でも、裏切った。
何か上位貴族として騎士として、事情があると思っていました。
カヤ様はバルトロメウスに何を言われようと、直接聞かなければ信じないと言い、カヤ様はあいつから直接別れを言われ、一人旅立ちました。
しっかりとけじめを付けて行かれました。
……私も、聞かせていただきましょうか。
あいつの裏切りの理由を。
裏切ったくせに、私を潔白だと言った理由を。