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 この国には公爵家が三、侯爵家が六、伯爵家が十二あります。この数は法で定められており、子爵家と男爵家の数に決まりはありません。

 つまりは、男爵家が子爵家に陞爵(しょうしゃく)されるためには、何か功績さえあげれば叶いますが、我が家のような子爵家が伯爵家になるためには、伯爵家の定数に空きが出なければなりません。それには爵位の異動もしくは家門の取り潰しがなければ叶いません。


 こうして、この国は様々な派閥が対立しています。


 シェレファ領は中立です。どこの派閥にも入らず、どこの派閥に肩入れすることもなく、上位を目指すこともなく。


 唯一、イルクナー領とは非常に近しい間柄ですが、それもきちんとした契約に基づくもので、寄親寄子(同じ派閥)の関係ではないのです。


 今頃おじさまたちも巻き込まれてしまっているんだろうな。

 私を推薦したがために、きっとイルクナー領も取り調べられているのでしょう。

 我がシェレファ領は言うまでもなく。

 ごめん、妹よ。従弟……義弟と乗り越えてください。


 どこかの貴族にとって「私がイルクナー伯爵にカヤ様の情報を漏洩」したことはとても都合が良く、してなくては都合が悪いのでしょう。


 そう、決まってしまった。

 何を言っても、何を言わなくても、私が生きてても死んでても、……そう「決まった」のでしょう。


 地方の子爵の姪にしか過ぎない私の力では、もうここからは出られないことは、十年以上王宮に勤めた私にはよく分かりました。


 粗末な寝台に寝ころんだまま、小さなため息をつきます。

 与えられる食事は一日に一回、コップ一杯の水と小さなパンがひとつ。


 生かすつもりはないのか、身柄を押さえたからもうどうでもいいのか。扱いがぞんざいです。


 時間ばかりがあるので、色々考えていましたが、途中からは食べ物のことばかり考えるようになり、思考回路は段々と濁り、今では白く霞んでまとまらず、恨みや後悔ばかり浮かんでは消えていきました。


 それでも正気を保っていられるのは、生きてカヤ様に会うこと、そしてあいつへの怒りが沸き上がってきているおかげでしょう。


 今回のことにファーレンハイト侯爵家が関わっていることは、恐らく間違いありません。

 カヤ様のことといい、イルクナー伯爵を巻き込んだことといい、シェレファ領を蔑ろにしたことといい、絶対に許さない。


 絶対に。


 意識が混濁した中、たくさんの足音が聞こえましたが、私は闇の中に溶けるように意識が薄れて行くのを静かに自覚していました。


 これが死ぬということ、ですね。

 父様、母様、私、二十五年の人生、私は私なりに頑張ったと思うのです。誉めてくださいますか。

 妹よ。私を姉よ母よと慕ってくれた大切な家族。

 どうか、理不尽を乗り越えて幸せに。


 ……カヤ様に会いたいな。私を大切にしてくれたカヤ様に会いたい。約束を守りたい。無表情だと敬遠される私のほんの微かな気持ちの変化を受け止めてくれるカヤ様に会いたい。


 次、息を吐いたら、もう吸うことはないのが分かりました。


「ビルケ!」


 いつぞやも私を呼んだ声がしました。

 バルトロメウスの声のようにも思いますが、彼は私を「シェレファ殿」と呼びます。名前で呼ぶような仲ではありません。

 誰の声か思い当たらず、目を開ける力も声を出す気力もなく、私は息を吐き出しました。もう、目覚めない自覚を持って。





 暖かい。

 何か暖かいもので身体が包まれていきます。

 なんでしょうか。


 治癒の光。


 ……誰かが私を治そうとしている? なぜ?


「ビルケ! しっかりしろ!」


 優しい光……まるでカヤ様の笑顔のような暖かさ。

 この微睡みの中で苦しまずに逝けるのであれば、幸せなのでしょう。



「ビルケ! ビルケ! ビルケェエ!!」


 ……ちょっと必死すぎやしませんか?

 私、あなたのこと、分かりませんよ?

 カヤ様といい、ビルケのケを「ケェ」と書いたり呼んだりするのは流行か何かですかね?


 結局、カヤ様にまた会いたいという気持ちと、私を必死に「ビルケェエ」と呼ぶ声が誰かを知りたくなって、まだ生きたいと、心の底から願いました。

 叶うか分からないけれど、そこで思考は途切れました。





 目を覚ましたのは、三日後でした。私、最近意識を飛ばし過ぎではないでしょうか。

 そこは窓のない部屋ではなく、長年、王宮で侍女をしていた私はこの部屋を知っています。


「……なんで貴賓室?」


 私の呟きを拾ったのか、部屋にいた数人が寝台に駆け寄ってきました。


「ビルケ!」


「……騎士バルトロメウス」


 なんであなたが私を名前で呼ぶのですか?

 え、ビルケェエは、あなたですの?

 なんで私は貴賓室で寝ているのですか?


 いくら無表情の私でも疑問が顔に出ていたのでしょうか。バルトロメウスが怯んで言い淀みます。


「あ、いや、これはその、シェレファ殿」


 いつも飄々としているバルトロメウスが「しまった」という顔をしたのが意外で驚きました。

 バルトロメウスは目を泳がせてから、私を名前呼びしたこと(がバレたこと)を無視することにしたようです。

 ひとつ咳払いをして騎士の顔を取り戻しました。


「……たくさんの疑問があるかと思います。それは我々もなのですが、体調が許せば、とり急ぎ、落ち人様のことをお尋ねしたい」


「カヤ様の、ことでございますか?」


「そうです。……落ち人様はどこにいますか?」


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