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 私はしばらくただ茫然と玄関に立っていましたが、ゆっくりと手紙を開きました。


 ビルケェへ


 ……カヤ様は文字を書けるようになっても、どうしても「ビルケ」を「ビルケェ」と書く癖がありました。

 最後まで直りませんでしたね。

 もういっそビルケェに改名しようかしら。


 たくさん、ありがとうがあります。

 わたしの世話、言葉、文字、お金の使い方、魔石の使い方、夜もずっと見る、していたこと。


 夜も伺っていたのに気がついていたのですね……。


 ビルケェがいる、さみしいのとてもへる。

 ビルケェたいへん、だけどわたしうれしいたくさん。

 ありがとう、ビルケェ。また会う、する。いつか。

 しわしわになる、しても、会う、がんばる。

 ビルケェ、笑うとすごいくる。たくさん笑う、幸せに。

 カヤ


 足に力が入らず座り込んでしまいました。

 私が笑うと、一体何が来るのでしょうか……。謎すぎて、カヤ様らしい。

 私の口から乾いた笑いが出てきました。


 また会う。

 ええ、絶対に。けれども、今離れなければならないのが本当に辛いのです。


 泣きすぎたのか、頭が割れるように痛み、血が下がるのを自覚しました。

 何故こんなに別れが悲しいのか、自分でも分からないくらい悲しいのです。身が切られるよう、とは本当のことだと思い知りました。


 倒れる間際に「ビルケ」という声が聞こえましたが、私をそう呼ぶ人はもうここにはいません。それが更に悲しくなりました。





 目が覚めた時、屋敷の自室にある寝台にいました。

 喉がカラカラで、頭がガンガンします。

 窓から見える空は朱く、既に夕方でした。


「気が付かれましたか、シェレファ殿」


 寝台から離れた椅子にバルトロメウスが座っていました。

 立ち上がって私の側に来て、枕元の水差しからグラスに注いで渡してくれます。


 なんで彼が? と思いながらも、黙って水を三杯飲み干します。


「落ち人様が商隊と共に王都を出られたのを騎士団が確認しました。そこから国境の砦に向かっています。シェレファ殿は倒れられたことを覚えていますか?」


 血が下がる感覚は覚えている。バルトロメウスがここまで運んでくれたのでしょう。


「騎士バルトロメウス、お手数をおかけいたしました。私はもう大丈夫ですので、任務にお戻りください」


 バルトロメウスもカヤ様の護衛から王宮へと本日付けで異動しています。なぜ屋敷にまだいるのかは分かりませんが、倒れた私を放っておけなかったのかもしれません。


 私は、本日付けで辞職するので、王宮から出なければなりません。

 屋敷から王宮の門までは結構な距離がある上、鐘六つで門が閉まるのです。閉門後に出るには騎士の詰め所を通らなければならず、手続きもとても面倒です。急ぎ支度して行きましょう。


「侍女長から、本日は屋敷でこのまま休み、明日の朝に侍女長を訪ねるように言付かっています。まだ顔色が悪い。横になられるがよろしい」


 侍女長の気遣いはありがたいのですが、急ぎシェレファに帰り、叔父を説得してカヤ様を迎える準備をしなければなりません。


「いえ、私はこの後領地へ帰りますので、部屋を片づけ次第、このままお暇いたします」


 表情のないバルトロメウスと目が合います。

 ……この顔は、騎士の「任務」の顔です。


「あなたの辞職は叶いません。停職扱いとなります。もちろんあなたの帰郷も許可されません」


 そして、思いも寄らぬことを宣告されました。


「あなたには王家に対する間諜(スパイ)容疑がかけられています。大人しく従うように」





 もう何日たったのでしょうか。

 王宮の一角、窓のない部屋に私はいます。

 唯一の出入り口の外には騎士が配置されています。


 結局あの後、一晩バルトロメウスをはじめ騎士たちの監視下に置かれ、屋敷で休んだ後にここに連れてこられました。

 侍女長から「取り調べに協力するように」と言われ、騎士たちからは「王家が保護する落ち人の情報をイルクナー伯爵に漏洩した間諜罪」について尋問を受けています。


 バルトロメウスは私を連れてきた日以来、見ていません。


 イルクナー領はシェレファ領の隣領です。

 イルクナー伯爵は、黒の森との森境と北の国境を守る辺境伯でもあられます。

 そして、私を王宮へ推薦してくださった方で、亡くなった父の友人でもあります。


 伯爵の一人娘であるエルゼと私は同じ歳で、私の数少ない友人です。私が王宮に来てからは会ってはおらず、季節の挨拶を手紙でやりとりする程度ですが、今でも友人には違いありません。

 エルゼは婿を取って結婚し、二児の母となってイルクナー領で幸せに過ごしているようです。


 そのイルクナー伯爵に私がカヤ様の情報を漏らしたと、騎士が私の罪状を説明しましたが、何一つ身に覚えがありませんでした。


 季節の挨拶にももちろん仕事の話は書きません。基本中の基本です。

 私は侍女として、仕える主人の情報を例え噂話一つでも外に漏らしたことはありません。王宮に勤めてからずっと。


 覚えがない罪状。

 それは、私という小さな存在が、この国の伯爵以上の上位貴族の抗争に巻き込まれたのだと、嫌でも理解しなければなりませんでした。


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