10
カヤ様は数日体調を整えた後、私とバルトロメウスを伴って街で求職を始めました。
シェレファ領の話はまだしていません。叔父に受け入れられない可能性もありますし、私自身がカヤ様について行くこともまだお話ししていませんので。
変なところに職を決められても困りますが、カヤ様が職を得るのは難しいものがあります。
カヤ様には魔力がありません。
生活に必要な魔力は、国から支給された魔石に宿る魔力を使っています。カヤ様はこの魔石の魔力がなければ、トイレで用を足した後に水も流せませんし、部屋の明かりを灯すことも出来ません。
つまりは、魔術も使えない、魔石がないと生活にも困る方なのです。
もちろん、カヤ様の魅力は聡明さや他の所にたくさんありますが、それが職に繋がるかと言えば、そうではないでしょう。
国を出なければなりませんので、カヤ様は行商人や他国に拠点を置く商会に職を求めましたが、それは叶わずに日にちだけが過ぎました。
このまま職は得られずとも、私とこの国を出ればいい。
そう思っていた私は、意識せずにカヤ様を軽んじていたのでしょう。
カヤ様が聡明でコミュニケーション能力が非常に高いことを侮っていたのです。
保護期間をあと数日残した朝。
カヤ様は自分で持てる大きさの鞄に、下着と着替え、調理道具に食器を最低限、その隙間に入るだけの食料を詰めた鞄一つで屋敷の玄関に立ちました。玄関には私とカヤ様の二人きりです。他の使用人は本日付けで異動となり、既に屋敷にはいません。
保護期間はまだ残っていますが、北の国に拠点を持つ商隊に同行させてもらえることなり、切り上げて国を出ることになったのです。
カヤ様には王宮から身分証と当座の生活資金が渡されました。それで、この国の義務はお終いとばかりに。
求職していたカヤ様は、自分では行商人としての職が得られないと分かると、商隊の他の役割に目を向けました。国を安全に出るには、自分で護衛を雇う旅行者でなければ商隊に同行するのが一番なのです。
そして、商隊の中でも、商人としてではなく、商人の子どもの世話役としての同行を勝ち取ったのです。
「私もカヤ様と共に参ります」
自分の荷物も鞄一つにまとめました。辞表は侍女長宛に提出済みです。
私の姿を見たカヤ様が首を振ります。
「だめ。ビルケ、大事なふるさと、ある。仕事辞める、なら、そこ帰る」
「いいえ、私はカヤ様と共に。このまま一緒に国を出て、きちんと許しを得てシェレファ領へ共に参りましょう。国境ならばきっと許しが得られると思います。シェレファは羊が人よりも多いくらい長閑な地で、ゆっくり過ごせます。領民の皆も気が良く、カヤ様も気に入って……」
「ビルケ」
私の話を遮り、カヤ様の目から大粒の滴が落ちてきました。
「ビルケ、私のお姉さん、ずっとそう思っていた。魔力ない、得体の知れない私の面倒、見てくれてありがとう。ビルケ、大好き」
不意打ちの笑顔に、私も涙が止まりませんでした。
私のことを「好き」などと言うのは、妹くらいなものです。大抵の人は無表情で怖いと、離れていきました。
カヤ様と共にボロボロと泣いてしまいます。
私と離れることで泣いてくださるのなら、一緒に行ってもいいでしょう!
「ビルケ、大切。あのね、もしも……貴族の人、結婚する前に自分の知らない自分の子ども、いたらどうなる?」
「……は?」
貴族の隠し、子? は? ……まさか。
あいつと恋仲になってから約二ヶ月。……カヤ様の月のもののお世話をしていません。本人は元々不順だと言っていたので、迂闊にもその可能性を考えていませんでした。
不躾なのを無視して、カヤ様の平べったいお腹を見ます。
「バレる前に、無かったことにする。違う?」
違わない。
下位貴族や庶民は、上位貴族の「顎しゃくり」一つでこの世からいなくなることだってある。
カヤ様は私の両手を自分の両手で包んで、笑いかけて続けました。
「もしもの話、だよ。でもね、私一人でここいなくなる、それが一番だと思う。大切なビルケ、ビルケの大切、危なくないの」
カヤ様の望むように。
なんで、今ここでこの思いが。
私は、一緒に行きたい。身重のカヤ様の手を離すなどできない。
……したくない!
「ビルケ。またきっと会う、できる。笑顔で」
嫌だ、聞きたくない!
「だから今は一人で行く。ありがとうビルケ」
「いやです。いやです。……でも、行かれるのですね」
カヤ様は私をぎゅっと抱きしめ、離れました。
私は用意していた旅費の袋と、途中で叔父に出す予定だった手紙をカヤ様に握らせました。
遠慮するカヤ様に、受け取らないと絶対について行くと脅して仕舞わせました。
「落ち着いたらシェレファ領の領主館に必ず連絡をください。もし何か困ったら、絶対にシェレファ領を頼ってください。その手紙を見せれば、全力で力になるように領地に通達しておきます。約束してください。必ず、また会うと」
だから私は別れを言いません。
カヤ様は小さく頷かれて、私に手紙を差し出しました。
「恥ずかしいから後で読む、して」
『じゃあね!』そう言って、出て行かれました。