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失ったものと得たものと ~ 萱野 唯 ~ にちょい出てきた侍女ビルケさんから見たお話です。
よろしくお願いします。
誤字報告ありがとうございます。
誤字訂正しました。
私の名前はビルケ。
この国の北に領地があるシェレファ子爵家の長女です。
国境に位置する我が領地は、冬が長くて気候の厳しい土地ですが、根菜類の栽培に適しており、人口よりも多いのではないかと常々思っている羊たちの恵みのおかげで、なんとか領民を飢えさせることなく暮らしています。
羊は良い。
毛は毛糸になり、乳は栄養がありチーズになるし、そして余すところなく食卓に上がり私たちの血肉となってくれる。
何より側にいると、とても気持ちが癒されます。
シェレファ領がほぼほぼ自給自足で成り立っている……成り立たざるを得ないのは、その地理にあります。
シェレファ領は王都から馬車でトコトコ二週間の道程です。大きな街道が通っているわけでもなく、道が整っているとも言えません。北の国境を越えた北の国は、険しい山岳の無人地帯が続きます。
つまり、シェレファ領は「誰も通らない地」ということです。シェレファ領自体に用がなければ誰も来ない、陸の孤島です。
田舎と言われればそれまでですが、シェレファは美しい。
厳しい冬を越えた温かな春の日差しや柔らかな緑たち。
羊たちの赤ちゃんが産まれる忙しい春が終わると、夏と言われれば夏だったかという夏が過ぎ、実りと羊たちの恋の季節の秋。
そして長く厳しい冬がくる。
シェレファの民は秋から冬生まれがとてつもなく多いのですが、冬は家にこもる時間が長い、と言えばお察しいただけますかね。
幼い頃から動物たちの繁殖期を普通に見てきているシェレファの子は早熟でもあります。
私自身も冬生まれです。妹が生まれたのも冬です。生まれた妹を一度抱いただけで母が儚くなったのも冬。
私にとって冬は生活が厳しいだけではなく、喜びと悲しみが入り乱れる辛い季節です。
妹は乳母に乳をもらい、何とか生き延びることができましたが、体が弱く、ベッドからあまり出られない生活を送っていました。
弱い個体は淘汰されていく。
それが自然であることは重々承知しています。
それでも私も父も、この子に生きてほしかったのです。弱々しい産声を上げた妹を抱いた母が望んだ、最後のことだから。
問題はお金でした。
自給自足で生活は成り立っていますが、お金は必要です。シェレファ領では、毛糸やチーズを近隣の領に売ってお金を得ています。そうやって得たお金は領民の為に使うと無くなり、領主といえども妹のために治癒術師を常駐させる費用や薬代まで捻出するのは難しかったのです。
数年はなけなしの貯蓄を切り崩し、売れる物は売って何とかしてきましたが、妹が六歳、私が十四歳の時、父が雪山から帰らぬ人となり、破綻しました。
悲しみに暮れる中、親族たちと話し合いとなりました。
まずは父の弟である叔父が子爵を継ぎ、将来的に叔父の息子、私にとっての従弟と私が結婚し、家を継ぐことになります。
妹の治療は止め、自然に任せるという話になりました。
妹も話し合いに参加していました。シェレファでは子どもといえども、一個人として尊重されます。
妹は……まだたった六歳の妹は、母の温もりを覚えておらず、父を失ったばかりの幼子が!
「姉様が幸せになれるように皆様が尽力くださるのであれば、私に不満はありません。母様、父様、私に置いていかれる姉様を誰よりも大事にしてください」
そう言って、とても満足そうに笑いました。
ああ、この子は、ずっと守られて生きてきたこの子は、母様を失った父様と私を逆にずっと守っていたのだと、思い知りました。
熱が下がらず思い通りにならない病弱な体の中に、どれほどの気持ちを押し込めていたのか。その魂の輝きの強さときたら。
この子を失ったらいけない。
この子はシェレファにとって、父様と母様が愛したこの地にとって必要な存在。これからのシェレファに必要な人間。
魔力も高くなく、魔術師の素養もない私ですが、ささやかな「天恵」を持っています。
それは直感。啓示とも言うかもしれません。
突然、強い思いが溢れることがあり、それに従うと物事がより良い方へと進み、無視するとひどい目に遭ってきたのです。
もちろん親戚たちも私の天恵を知っています。
妹を失ってはいけない。一気に舵がきられました。
お金を稼ぐためには今までの領地経営では無理です。今まで父は地元保護のため、外部との交易は最小限に留めていました。シェレファの民は穏やかで人が好く、競争には向いてません。例え騙されても「騙す方じゃなくて良かった」と笑って終わらせるような人たちです。一方で、とても排他的な一面があり、気難しくもあります。
叔父は経営方針を転換し、お金を稼ぐため、名産品を大々的に売り込むことを決めました。
例えうまくいっても、それが軌道に乗るには年単位で時間がかかります。
その間、私が王宮に侍女として上がり、稼ぐことにしました。王宮侍女はものすごい高給取りなのです。
実は隣の領の伯爵家令嬢とは友人で、我が家の事情はもちろん知っていて、過去に王宮侍女の仕事を伯爵家から斡旋しようとしてくれたことがあります。
その時は領から出ることは考えていなかったので辞退しましたが、安全にお金を稼ぐのに、これほどの伝手はありません。
弔問されていた伯爵様は二つ返事で私の推薦状を書いてくださり、トントン拍子で私の王宮勤めは決まりました。
王宮で働くためには、身分を問わず登用試験に合格するか、伯爵以上の推薦が必要なのです。
お礼として叔父が伯爵様と優先交易を提携していました。
伯爵様は元よりもっとシェレファ領の名産品を輸入したがっていたので、売り込みたい叔父と買いたい伯爵様、私への推薦状への礼を尽くす形で誰も文句が言えず、自然な流れですね。……皆、抜かりないですね。