#08 「死神との戦い」
墓地に着いた頃には夕方になっていた。
幸い(?)まだ死霊は出てきていない。
「まだ出てきてくれない、って感じですね」
「ああそうだな。……なあ教えてくれファティマ、死霊、というからには幽霊だろう? 誰かの魂とかそういう気がしないか?」
そう言われた質問にハテナばかりが浮かぶ。魂?
「魂、ってなんですか」
「なんていうか……人の精神というか……体が器なら心が魂」
「……よくわかりませんね」
「宗教では魂の存在はあるものと考えられているが―――実際にありそうだな」
宗教という言葉も初めて聞いた。
「宗教って?」
「偉大な人から教わる教えだ。簡単に言えばな」
「……トレモロさんも信じているんですか、宗教」
いや、と彼は否定した。
「そんなもん、くそくらえだ」
「……あんまり信じていないんですね」
「ああ」
不機嫌そうに彼は言う。
「まあいい。とりあえず、ここらへんで死霊が出てくるまで待つか。……。」
何かを聞きたそうな顔をしている。
「何か?」
「お嬢ちゃん……親はどうした?」
「いません。物心ついたときには、すでに」
「そうか」
あまり聞くべきじゃなかったな、といった感じの彼の顔がみえる。
「そういうトレモロさんは、親はどうしてますか?」
「聞くか? 刺激の強い話だが」
「……あまり聞きたくないですね、その言い方だと」
「そのほうがいい」
そうして一時の沈黙が流れる。墓地に風が舞い込む。それはすこしだけ肌寒い、なんだろう、感じたことのない、気味の悪い寒さだった。
「もしかして、もういませんか、死霊」
「俺にはみえないが……なんだ、寒いのか?」
「肌寒くて、もしかしたら、って思ったんです」
「ならいるのかもしれないな……」
そうしてトレモロさんは背中の刀を抜いた。いつ見ても赤い刃は鮮やかだ。
もうすぐ日が暮れる。オレンジ色だった光景が、薄暗くなっていく。肌寒さは収まらないどころか、さらに寒くなっていく。
それを解決しようと火の魔術をつけた、その時―――。
「嬢ちゃん……囲まれているぞ!」
死霊の鎌が三つほど、私の目の前に据えられていた。
「ヒッ……!」
トレモロさんが私の頭上に刀を振るう。すると、死霊たちは逃げるように散り散りになる。それに合わせて、わたしの首元の鎌もなくなった。
「さーて、死霊退治と行きますかね。『赤刀・雷電』!」
そういって、トレモロさんの刀から雷が暴れだす。
「ターゲットは五匹。まだ三匹しかいないが―――ここで斬らせてもらう!」
彼の赤い雷と刀は、瞬時に死霊を捉えては、すぐに敵を真っ二つにする。
「すごい……!」
「魔法が効くってんじゃ、これが一番よ」
残り一匹も倒してしまうと、死霊の鎌が地面に突き刺さった。
「あと二匹……」
警戒しながら、あたりを見る。残念ながら、死霊の影も形もない。
「ここは墓地の入口らへん……奥に進むしかねえってか」
死霊の鎌を回収しながら、トレモロさんは言った。これ以上奥……あまり進みたくはないけれど……。
「もう少し待ちませんか、死霊たちが集まるのを」
「……怖いか」
その質問にうなずく。
「だが―――ガイド役がここにとどまるんじゃ、俺も進めねえな」
トレモロさんからのプレッシャーが重い。トレモロさんは明り一つ持っていない。その刀の雷で少しは明りになるかもしれないけれど。
「……うーん、もしかしたら今ので死霊側がビビっている可能性がある、かも」
「かも!?」
「だから奥に進むしかない。進まないとこの依頼は達成できねえ」
「……分かりましたよ。……うう」
泣きそう。でも、進むしかない。ここで一人で帰るのも難しいだろう。どちらにしても、この人に命運を握られているんだ。
◆
墓地中部。
様々な墓が立てられているけれど、死霊の影響なのか、手入れされているお墓は少ない。汚れたものが多い。
「出てこねえな……」
「はい……」
慎重に気配を探る。足音、風の音、明りに照らされる夜。私の火のあかりに照らされる周囲。
「ガアーッ!」
「ヒイイッ!」
鳥の悪魔の鳴き声に私は驚いた。その時だった。
死霊が集まってきたのだ。
「こんなにわらわらと……」
一体何匹いる? 六匹はいる。でもそれ以上に数が多い!
「鎌を集めるのに絶好のチャンスだ!」
そんな場合じゃないだろう! と言い出したくなったけれど、事実、トレモロさんは雷の刀で死霊たちをどんどん蹴散らしている。
残り一匹になって。
「おりゃあ!」
会心の一撃を、死霊に叩き込んだのたった。
「鎌が合計12本……持って帰るのも面倒だな、こりゃ。ファティマ、さっさと帰るぞ」
「は、はい」
でも、そこに。
何かが笑う声がする。私でも、トレモロさんでもない、女の人の声。
「まさか。オーナーの言っていた……」
「そうかもしれません……」
振り向くとそこには、死霊たちとは違う、黒いマントを纏ったような姿をした、怪しい死霊(?)がいた。
「アイツらが死霊ってなら……こいつは死神ってところか?」
死神。口にするのもおぞましいその名前をつけられたそれは、鋭い鎌を握っている。
「やるっきゃねえって感じだな……!」
バリバリ、と刀を鳴らすトレモロさん。だけれど。その雷が鳴りを潜める。
「何!? こんな時に魔力切れだと!?」
「魔力切れって……えー!」
思わぬ事態に私も叫ぶ。そんなことお構いなしに、死神は鎌を振るってくる。それに対応するトレモロさん。かち合う刀と鎌。どうやら鎌の力のほうが強いらしい。
「すまねえ、ファティマ……また世話になりそうだ……ッ!」
「もう!」
そういって、火の玉を飛ばす。すると死神はそれをよけた。
こだまする笑い声。その主は空を舞って、私たちの隙を探っている。
「こんな時に魔力切れなんて駄目じゃないですか」
「すまない、張り切りすぎた……」
再び火の玉のあかりを作り、背中合わせになりながら、周囲を見回す。
黒いマントの影は姿をくらませながら、私たちの周囲を回っている。それが分かるのは、笑い声が聞こえているから。
突如、死神は私に鎌を振りかざしてきた!
「ぎゃあっ!!」
「ファティマッ!」
どん、と私の身体は突飛ばされる。そして、私の立っていたところにいたのは―――。
「トレモロさんっ!!」
お腹に鎌の刺さったトレモロさんの姿だった。
「ファ、ファティマ、ポーションだ……」
そういったのち、彼は死神に大きく突飛ばされた。
「こんのぉ!」
私の火の球を飛ばす。やっぱり当たらない。でもこれ以上近づかせないように、何発か小さめのを撃っていく。
彼の元に駆け寄る。お腹から胸にスパッと切れた傷と、血がダラダラ流れている。
「ポー……ションを……」
彼の麻袋からポーションを探し出す。その間にも死神は私たちを襲ってくる。
「しつこい!」
火の玉を飛ばしながら探し当てる。あった。
「かけますよ、ポーション」
そういって、彼の傷にポーションをかける。すると、
「いで、いででででで!!」
傷を治す煙と同時に、彼の元気も戻ってきた。
「大丈夫ですか、トレモロさん!」
「すう、はあ、何とかなった!」
元気いっぱいにそう答えた。
「さて、どう攻略するよ、ファティマ……」
「どう、って言われても……逃げる?」
「賛成……って言いたいが果たしてアイツが逃がしてくれるかな」
アイツ。笑いながら私たちを追うあの死神。
「そういえば、気づいたことがある」
「何ですか?」
「お前の火の魔術……あいつは避けようと必死になってる」
「……つまり」
トレモロさんは刀を片手に立ち上がる。
「俺がおとりになる。その隙に、アイツにありったけの火の魔術を叩き込むんだ」
「おとりって……そんな危険なこと」
「仕方がないさ」
トレモロさんは死神に向かって構える。後ろは塀で行き止まりだ。
「行け、ファティマ!」
そうして死神の横を通り過ぎようとすると、死神は容赦なく私を狙ってきた。その振るってきた鎌を、トレモロさんが受け止める。
「テメーの相手は俺だ!」
そうして、死神と彼は鍔迫り合いを始めた。
私がやらなきゃ、やられる……! 私は死神の後ろに回り込む。それを死神は気づいているのか、いないのか、分からない。
「……っ!!」
悟られないように、私は死神の背後から、火の魔術を撃ち込む。
すると、それも死神はよけてしまった。
「ヤバい……!」
死神が一直線で私に鎌を振ってくる。そんな時だった。死神の頭から無い足元まで一刀両断されたのは。
そこに立っていたのは、燃える刀身を持ったトレモロさんだった。
「どうやら……嬢ちゃんの火と、俺の刀は相性がいいらしい」
死神は形を崩し、その鎌を落とした。
「計十三本。ファティマ、3本でいい、持ってくれ」
「わかりました……はぁ、疲れましたね」
体も心も疲れている。気が付けばもう夜も更けている。
「ああ。だがナイスアシスト……いや、倒したのは嬢ちゃんの火だ。今回のMVPだな」
「MVP……?」
「功労者ってことさ」
そうして私たちは無事に墓地を出ることができたのだった。